Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ礼拝し希望し御身を愛します!御身を信ぜぬ人々礼拝せず希望せず愛さぬ人々のために赦しを求めます(天使の祈)

【質問】祝別の意味とはなんですか?祝別されるとものはどうなるのですか?

2010年05月31日 | 質問に答えて
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

 御質問を頂きましたので、ご紹介いたします。

【御質問】
 お恥ずかしい話ですが、私は今まで祝別の意味を考えた事がございません。
祝別とは、只の物が祝別後はもはや只の物でなく、信仰の役に立つ物になる、とNovus Ordo のカテケージスで教わったのですが、これは正しかったのでしょうか。

【お返事】
 カトリック教会には、秘蹟と準秘蹟があります。
 「祝別」というのは、準秘蹟に相当します。

 ご存じのように、秘蹟は、私たちの主イエズス・キリストが直接に制定したもの、準秘蹟は「カトリック教会」が制定したものです。

 準秘蹟を制定したのは「カトリック教会」であると、カギ括弧付きの「カトリック教会」と書いたのは、準秘蹟の中には、イエズス・キリストからその制定が由来しているものもあるからです。例えば跣足式です。しかし、たとえイエズス・キリストが積極的な意志と行為で制定したのではなく、「カトリック教会」(=イエズス・キリストの神秘体)の意志と行為で制定されたとしても、準秘蹟の偉大さは軽視できません。

 秘蹟も準秘蹟も、天主の命を与えるために制定されました。秘蹟も準秘蹟も、イエズス・キリストの御受難と復活の贖いの業の功徳が元になっています。ただし、秘蹟と準秘蹟とでは、その性質も効果も強さも子となっています。

 弱き人間には、常に超自然の助けが手元に必要です。その助けとして準秘蹟があります。

 人間は、天国に行くために被造物によって邪魔される弱さを持っていますから、準秘蹟は天への道行きの助けとして、それを照らし、保護し、体と霊魂の保全を促進します。

 カトリック教会法典1144条によると、準秘蹟は「教会の取り次ぎを通して効果を得るために、特に霊的な性質の効果を得るために教会が使用することを望む物および行為」です。

sacramentals are objects and actions which the Church is wont to use, somewhat as she uses the sacraments, in order to obtain through her intercession effects, especially effects of a spiritual nature (can. 1144).

 準秘蹟の効力は、カトリック教会の祈りと取り次ぎの力によります。準秘蹟を使う人々の信心によるだけではないのです。

 秘蹟は、事効的に "ex opere operato," 働きます。つまり、自動的に・秘蹟を執行したことによって効力を持ちます。

 準秘蹟は、それを使う人々の信心の程度によって "ex opere operantis," 働きます。たしかにこれは真理ですが、しかし、準秘蹟の効果性はそれだけではないのです。準秘蹟は、行為する教会の業によって "ex opere operantis Ecclesiae" 働くと言えます。まず、キリストの神秘体としての教会、キリストの花嫁としての教会の祈りの力によるのです。

そこで準秘蹟は3つのグループに分類できます。
(1)天主の礼拝に関する空間や人(司祭や司教を除く)や物にかんするもの【祭壇の聖別、修道女の聖別、祭服の祝別など】、
(2)ミサ聖祭や秘蹟の執行のために使われる物にかんするもの【祭壇の献香、聖福音の朗読、洗礼式での様々な儀式など】、
(3)教会における礼拝から延長上にある、キリスト教の家庭生活、仕事などにかんするもの【家の祝別、動物や畑の祝別、道具の祝別、水、塩、薬草の祝別、王や女王の祝別、ペストの時の害虫や有害な動物の祝別、火事や嵐や地震や洪水などから人間を守るための祝福など】。

 もちろん、準秘蹟をつかう信徒の心の状態も効果があるかないかの決め手になります。

 そこで、もしも、何かが準秘蹟として祝別されたのならば、祝別後はもはや只の物でなく、信仰の役に立つ物になるのです。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

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4 コメント

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Unknown (小さいヨゼフ)
2010-06-02 14:02:23
こんにちは。この記事を機に祝別についてお聞きしたいのですが、御絵は祝別の必要はないと司祭に教わりましたが、祝別されてない御像を前に、お祈りした場合、そのお祈りはどうなりますでしょうか? 

御像や御絵は、あくまでも主や御母や聖人などを想い出す手段であると言う事を考えるならば、祈りの価値が無くなったり、劣ったりはないと思うのですが。

また祝別されてないメダイやロザリオの使用、と言う場合も考えられます。もちろん祝別された方が良いのはわかりますが、祝別されてないものを使用した場合、やはり価値は無いですよね?

それと今は、家で簡単にプリンターで、聖母などの絵を印刷出来ます。印刷の失敗や印刷出来ても思うような色で印刷出来ない場合、これを棄てたりしたら、汚聖になりますか?
ミサ中の祝別式について (フランシスコ)
2019-12-04 18:44:28
小野田神父様、こんにちは!
いつもすばらしい記事を拝見させていただきありがとうございます!
今回、祝別式について質問をさせていただきます。
私もロザリオなどを神父様に祝別していただいたことがありましたし、ほかの方もそうですがいつも普段のときでした。
ところが最近ある教会でミサ中に妊婦さんの腹帯を祝別されていたのです。
それも神父様が祈祷書をみながら5分ぐらいでしょうかされていました。
物の祝別をミサ中にすることは許されているのでしょうか?
あまりみたことがないのでお聞きしたく思いました。
お時間がおありの時でけっこうですのでどうぞよろしくお願いいたします。

神父様のご多幸をお祈りいたします。
祝別について (thomasonoda)
2019-12-19 17:41:16
アヴェ・マリア・インマクラータ!

フランシスコさん、こんにちは!

「物の祝別をミサ中にすること」ですが、
聖伝のミサにおいては、スータンの着衣式、叙階式、修道者の誓願式や修道服の着衣式、などではそのような祝別をすることがあります。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
ミサ中の祝別式について (フランシスコ)
2019-12-30 19:45:11
小野田神父様、質問にお答え下さりありがとうございました!
特別な場合(聖香油のミサなど)はミサ中に物の祝別もありますがそうでない場合は普通はしないという理解でよろしいのでしょうか。
もし普段のミサ中に例えば御絵の祝別やロザリオの祝別、自動車の祝別などされていてもよさそうなものですがあまりそういった話をきいたことがありませんので。
今年一年も私の至らない質問にお付き合いお答えいただきありがとうございました。
来年も同じような質問をするかもしれませんがご容赦くださいますよう。
来年も何卒よろしくお願いいたします!
神父様、良いお年をお迎え下さいますように!

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