Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

============
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村のランキングです。クリックで応援して下さい

============

私たちは今現在、天主を非常に深く侮辱している世界に生きている。天主様の憐れみを求めて、私たちの声を公にする。

2019年08月10日 | 聖伝のミサの予定
2019年7月15日(月)聖母の汚れなき御心の随意ミサ
聖ピオ十世会アジア管区長 サマース神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる神父様、そして兄弟の皆さん、ここにいらっしゃる皆さん、今日は東京で素晴らしい日です。ミサのいけにえを捧げるのみならず「天主様の憐れみを求めて、私たちの声を公に為す」という日だからです。

私たちはこう言うかもしれません、「プロ・ライフのマーチで行進で、何故、天主の憐れみが必要なのか?」

しかしこのマーチは、私たちに基本的な真理を教えてくれる、思い出させてくれるものです。つまり「私たちは今現在、天主を非常に深く侮辱している世界に生きている」という事です。

私たちは例えばこういう事を知っています、「堕胎」と言われている殺人が行なわれている事によって、今まで全世界で行なわれた世界の全ての戦争を合わせて亡くなった人々よりも、更に多くの胎児たちが命を落としている、という事を知っています。

人間に対しておそらく最も恐ろしい殺人というのは、これは「堕胎」です。

癌で亡くなった方、あるいは交通事故で亡くなった方、あるいはそれ以外のあらゆる事故、病気等で亡くなった方の数よりも、堕胎で亡くなった赤ちゃんの数は、更に多いものです。

まず私たちはこのミサのいけにえで、私たちの信徒、そして全ての人の罪の償いを御捧げ致しましょう。そしてこの償いを果たした後に、私たちは天主の憐れみを乞い求めましょう。

その後に、天主が私たちに下さるこの命の大切さを祝いましょう。まずこの天主が私たちに与えて下さった霊魂、そして命の喜びを見せる事によって、祝う事によって、他の多くの方々の回心の第一歩となる事でしょう。

この多くの信仰を知らない人たちは、この世で非常に短い、そして辛い生活を送っていますが、私たちが、このカトリックの家族が、大きな家族が、この世の辛い事や悲しみにも関わらず、いつも命の喜びを持っている事を見て、大きな慰めと、そして回心への一歩となる事でしょう。

カトリックの信徒は私たちは、天主が私たちの日々の生活に為しているその行為を、この真理を知っています。

その真理というのは、「まず犠牲、あるいは苦しみ、そして自分の利益を放棄する、自分勝手を放棄する、自分の都合を放棄するという事によって、この世界に命をたくさんもたらす」という事です。

それに対して異教徒たちは、「苦しみとか、都合の悪い事や、あるいは悲しみという事は、この世において最もあってはならない事だ」と考えています。

ところがカトリックは、私たちの主の良い模範に従って、苦しみを受け入れ、死を受け入れて、それを抱きしめ、そしてそれによって、命と喜びを生み出しています。

私たちはこう祈りましょう。数年後、今日は「海の日」ではなく、将来数年後には、「海の星のマリア様の日」となる事を祈りましょう。

私たちはですから、たくさんのロザリオの祈りを唱えて、そしてマリア様に私たちの霊魂を奉献して、そしてこの全ての私たちの祈りや奉献が、マリア様によってイエズス様に届けられるように、お祈り致しましょう。

聖母の汚れなき御心よ、我らの為に祈り給え。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

コメント

「もしもあなたたちの正義が、ファリサイ人たちのそれに勝らないならば、天の国には入れない。」私たちの主が要求する正義とは一体何なのか?

2019年08月09日 | お説教・霊的講話
2019年7月14日(主日)聖霊降臨後第5主日のミサ(荘厳ミサ)
聖ピオ十世会司祭 ビルコック神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる兄弟の皆さん、まず私は小野田神父に、今日このミサを捧げる名誉を下さった事を感謝したいと思っています。そして私はこのミサを、皆さんの意向の為に、そして「日本におけるキリスト教世界の確立」という意向の為に御捧げしたいと思っています。

特に皆さん、「忠実」を守って下さい。信仰を忠実に守って下さい。私たちの主イエズス・キリストに対する忠誠を守って下さい。そして今日福音が私たちに教えようとしている、この教えを忠実に守って下さい。

まず今日福音では、私たちの主は使徒たちにこう言うのです、「もしもあなたたちの正義が、ファリサイ人たちのそれに勝らないならば、天の国には入れない。」

一体これは何の事を意味しているのでしょうか?一体「正義」というのは、義というのは何なのでしょうか?

「正義」というのは、隣人に対する関係を調整する徳であって、まず隣人に、そして天主様に対する関係をも調整します。「私たちの行動、行為が、隣人に対してどうあるべきか、あるいは天主に対してどうあるべきか」という事を私たちに教えます。

ですからこれは、私たちの社会生活の関係を作る為に、また天主との関係を成り立たせる為に必要な徳です。

では、その「正義」というのは、外的な行為において私たちと隣人との、あるいは天主との関係を調節するものですけれども、この事は天主の十戒に全て含まれています。

例えば、「汝、殺すなかれ」というのはなぜかというと、隣人の生命というのは私に属していないので、私たちはそれを尊重する義務があります。

「汝、盗むなかれ。」隣人の所有物は私に属していないので、それを尊重する義務があります。

「汝、父と母を敬うべし。」これも私たちは、両親から全て良いものを受けたので、その両親に対して感謝と尊敬を表す義務を持っています。

「汝、唯一の天主のみを礼拝すべし。」これも私たちは、真の救い主、真の創造主、天主から全てを受けたので、その天主に祈りと礼拝と感謝、そして服従と従順を払わなければなりません。

ところで、この天主の十戒に属するものは、ファリザイ人たちも全てやっていました。彼らは盗みもせずに、殺人もせずに、天主に対する祈りも礼拝もしていました。

では一体何でイエズス様が、「彼らの義に正義に勝らないならば、あなたは…」などと言ったのでしょうか?

なぜかというと、イエズス様は私たちに「新しい掟」を与えようとしているからです。

では新しい掟、私たちの主が私たちに要求するものとは、正義という事は一体何なのでしょうか?

例えばそれをイエズス様は、一つの例を挙げて今日仰います、説明します、「汝、殺すなかれ。」ファリザイ人たちはそれは守っていました。しかしそれは外的なものにしか過ぎませんでした。でも、私たちの主の教える掟の「正義」というのは、内的なものであって、つまり「殺すなかれ」というのは、「隣人に対して怒るな。」「怒るな。」「私たちの正義というのは、内的なものであって、霊魂に関するものである」と教えています。

新しい掟というのは、「愛の掟」であって、愛、つまり、「天主をまず愛する」という掟です。「天主を愛し、そして隣人を天主に於いて愛する」あるいは「隣人に於ける天主を愛する」という掟です。もしも私たちが天国に行く事ができるとしたら、この愛の掟を守らなければなりません。

私たちの主は、この内的な徳がどれほど大切かという事を説明して、内的な正義の徳がどれほど大切か説明して、こう言います、「ファリザイ人たちは、白塗りの墓だ。なぜかというと、外見は綺麗で真っ白だけれども、中は腐っている、腐敗している。」「私たちの正義は外側ではなく、内側から始まらなければならない」と。

私たちの主の仰る「愛徳」というのは非常に深いものであって、これは霊魂の深くに根付くものです。ですから福音の終わりの方では、この私たちの主は、「怒るな。怒ってはいけない、悪い事を言ってはいけない」と言うのみならず、更にもっと深くを教えています。それは何かというと、例え私が怒っていなくても、隣人が怒っているのならば、私たちが、彼らがその隣人がその怒りから抜ける事ができるように、行って、「何かする事があるか」と、何か私たちの方でそれを探しに行かなければならない、とさえも仰っています。

愛する兄弟の皆さん、どうぞこの福音のこの教える愛徳に生きるようになさって下さい。これを実践するようになさって下さい。実は私は皆さんと一緒にいて、皆さんの愛徳に非常に感動しました。

まず、皆さんの司祭に対するその尊敬とその愛徳、イエズス様を私たち司祭職の内に見る愛徳、そして皆さんの間の間の愛徳と助け合いの心。どうぞこの愛徳の精神を保ち、それを生きるように、続けるようになさって下さい。聖ヨハネも言っています、「愛の内に留まれ」と。

皆さん、もしもその愛徳を保つならば、どうぞそれを輝かせるようになさって下さい。日本の回心の為には、皆さんのこの愛徳の飛躍が、その輝きが必要です。私は、聖母マリア様が皆さんのこの中に愛徳をますます増やして下さるように、お祈り致します。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

コメント

飛行機からの富士山

2019年08月09日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今週は、赤ちゃんの洗礼式に岩国まで行って来ました。その時見えた富士山の写真をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田神父


帰りの富士山


岩国の眺め 岩国城から


錦帯橋





行きに見た富士山





コメント

大修院長聖ヨハネ・グアルベルトのミサ: 私たちが相手を赦せば赦すほど愛徳に生きる事ができる : ビルコック神父様御説教

2019年08月08日 | お説教・霊的講話
2019年7月12日(金)大修院長聖ヨハネ・グアルベルトのミサ
聖ピオ十世会司祭 ビルコック神父様御説教

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


親愛なる兄弟の皆さん、今日は私たちは聖ヨハネ・グアルベルトの祝日を祝っています。この聖人は、10世紀から11世紀の間に生きた方です。

聖ヨハネ・グアルベルトは、この出来事で非常に知られています。

ある日、家族の一員が暗殺されたのです。そして聖ヨハネはこの事を非常に心に深く傷付けられて、そしてこの事を、この犯人に対してとても怒りと憤りを覚えていました。

ところである聖金曜日に、フィレンツェを旅している時に、この家族を殺した暗殺者に出会ったのです。ヨハネ・グアルベルトはお供の者たちと一緒に武器も持っていました。しかし暗殺者はたった一人で武器もありません。復讐の絶好の機会だと、剣を抜いて躍りかかりっます。

その道はとても狭くて、右にも逃げる事ができずに、左にも行く事ができず、後ろにも逃げる事ができませんでした。犯人は聖金曜日である事に気が付き、十字架に架かった者のようにサッと両手を広げ、跪いて、頭を差し出して「私たちの為に本日数々の苦しみを受け、十字架の上に生命を捨て給うた主イエズスの聖名によってお願い致します。どうぞ命ばかりはお助け下さい」と言う事でした。

ヨハネ・グアルベルトは非常にこの行為に胸を打たれて、乗っていた馬から降りて、この暗殺者を復讐して殺す代わりに、彼を抱き締めて赦したのです。

そしてこの時に聖ヨハネは、私たちが毎日唱えているこの祈りを唱えたのです、「我らが人に赦す如く、我らの罪を赦し給え。」

これこそが私たちのカトリックの態度であって、愛徳の態度です。私たちがもしも相手を赦せば赦すほど、愛徳に生きる事ができます。「相手を赦す」という事は、非常にキリスト教的な徳です。これは聖ステファノがやった事であり、私たちの主イエズス・キリストも十字架の上で模範を見せた事です、「聖父よ、彼らを赦し給え。彼らはその為すところを知らざるが故なり」と。

そしてこの「人を赦す、敵を赦す」という事は、非常に使徒職的な、使徒的な行為です。なぜかというと私たちの主も、「聖父よ、赦し給え」と私たちを赦す事によって、私たちを回心させました。また聖ステファノも、自分を殺すその相手たちを、敵を赦す事によって、聖パウロの回心も引き起こしました。

特に私たちは、マリア様にお祈りしましょう。特に秋田のマリア様に、この同じ態度を私たちが持つ事ができますように、お祈りしましょう。

秋田のマリア様は、私たちの罪を赦す為に涙を流されました。そしてそれと同時に手を開いて、私たちが回心するように招いておられるからです。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

コメント

御聖体こそが、私たちの霊的生活の中心であり、私たちの霊的な糧である : ガブリエル・ビルコック神父様御説教

2019年08月08日 | お説教・霊的講話
2019年7月11日(木)教皇殉教者聖ピオ一世のミサ 
聖ピオ十世会司祭  ガブリエル・ビルコック神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父


聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる信徒の皆さん、今日、私が皆さんの為にミサをする事ができるというのは大きな喜びです。そして私は皆さんの、司祭職に対する信心とその奉仕の心に、また御聖体に対する信心とその奉仕の熱情に、本当に感動して感嘆しています。

この御聖体に対する大きな信心を是非、皆さんにしっかりするようにと、そのまま続けるようにと励ましたいと思っています。なぜかというと、この御聖体こそが、私たちの霊的生活の中心であり、私たちの霊的な糧であるからです。

御聖体はまず、私たちを色々な面で養ってくれますが、まず「信仰」を養って下さいます。

なぜかというと、御聖体の秘跡において、私たちの主イエズス・キリストの全ての玄義が含まれているからです。

まず私たちは御聖体を信じる事によって、イエズス様の「御託身の玄義」を信じます。なぜかというと、イエズス様の本当の人間の御体である、という事を信じているからです。御体・御血、そして御霊魂を御持ちの御聖体です。そして同時に御神性も、天主であるイエズス様も信じます。

御聖体は、「贖いの玄義」も私たちに深く信じるようにさせます。なぜかというと、御聖体というのは、私たちの主の御受難と御死去の実りであるからです。もしも御聖体が私たちの前に現存するとしたら、それはイエズス様の御受難を再現してのみ、初めてこれが実現するからです。

第2に、御聖体は、私たちに徳の、「望徳」の聖徳を高めて養って下さいます。
なぜかというと、御聖体というのは、私たちの永遠の命への約束であるからです。これは聖トマス・アクィナスも、そして私たちの主イエズス・キリスト御自身も仰っている事です、「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、彼の中に永遠の命がある」と。そしてその時に、命を持つ「だろう」とは仰らずに、命が「ある」と仰ったからです。

第3に、御聖体が私たちに、「愛徳」を養って下さいます。
なぜかというと、御聖体というのは、愛の秘蹟であるからです。なぜかというと、イエズス様は御聖体において、御自身を全く最も寛大なやり方で、私たちに御与え下さるからです。イエズス様は私たちの為に御亡くなりになる事によって、御自分を与え尽くしたからです。これこそ愛の証拠です。

ですから私は皆さんに、御聖体に対する大きな信心をぜひ続けてほしいと願うばかりです。なぜかというと、この御聖体の信心というのは、それのみならず、究極的に「使徒的」であるからです。

使徒的であるという事はどういう事かというと、使徒たちのように、御聖体は霊魂を引き寄せるからです。私たちが御聖体に対する信心を行う為に、ミサをする為に、イエズス様の約束を実現する事になります、「私が高く上げられた時に、全てを私の元に引き寄せよう」とイエズス様は仰いました。イエズス様は御聖体の信心をすればするほど、多くの霊魂たちをイエズス様の方に引き寄せて下さいます。

そして早かれ遅かれ、この多くの霊魂たちは御聖体にやって来る、そしてこの事がこのチャペルに、この聖堂において実現する事を私は祈っています。

特にマリア様にお祈り致します。マリア様が皆さんのこの共同体を祝福して、そして増加させて、そして成長させて下さいますように、お祈り致します。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

コメント