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聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え! 聖ヨゼフの特別聖年(2020年12月8日〜2021年12月8日)

「ロザリオの秘密」第八、第九 聖母は、ロザリオを説教する人だけでなく、他の人に模範を示してロザリオを唱えさせる人すべてを祝福する

2021年10月25日 | カトリックとは

「ロザリオの秘密」聖ルイ・グリニョン・ド・モンフォール

八番目のバラの花:ロザリオの不思議な力

聖母がいかにこの聖なるロザリオを大切に思われているか、いかに他のすべての信心よりもロザリオを好んでおられるかを言葉にすることは難しいだろう。また、聖母が、この信心を説き、確立し、広めるために働く人々に対してどれほど多くの報いをお与えになっているか、逆に、この信心に反して働く人々をどれほど厳しく罰しておられるかは、十分に表現することはできない。

聖ドミニコは生涯、聖母を讃え、その偉大さを説教し、ロザリオを唱えて聖母を敬うように皆を励ますことにのみ心を砕いていた。その報いとして、彼は聖母から数え切れないほどの御恵みを受けた。天の元后(女王)としての偉大な力を行使して、聖母は彼の働きに多くの奇跡と不思議な力を授けた。全能の天主は、彼が聖母を通して求めたものを常に与えられた。その中でも最大の栄誉は、聖母が彼がアルビ派の異端を撲滅するのを助け、彼を偉大な修道会の創立者また大修道院長とされたことである。

ロザリオの信心を回復させた福者アラン・ドゥ・ラ・ロシュについては、聖母から多くの特権を受けた。聖母は何度も彼に現れて、彼が自分の救霊を得る方法、良い司祭や完全な修道者になる方法、そして主に倣う方法を教えてくださった。

よく悪魔に誘惑され、迫害されていた彼は、深い悲しみに襲われ、時には絶望しかけたこともあったが、聖母はいつも、彼の霊魂から暗闇の雲を追い払ってくれる優しい存在となって、彼を慰めてくださった。

聖母は彼にロザリオの唱え方を教え、その価値とそれによって得られる実りを説明し、彼に偉大で輝かしい特権:聖母の新しい浄配と呼ばれる栄誉をお与えになった。貞潔の愛の証として、聖母は彼の指に指輪をはめ、彼の首に御自分の髪で作った首飾りをかけ、ロザリオを贈ったのである。

トリテメ神父、カルタヘナ神父、ナバラのマルティヌス神父(いずれも非常に学識のある人物)などが、彼を最高の賛辞で語っている。福者アランは、10万人以上の人々を信心会に引き入れた後、1475年9月8日にフランドルのズノレで亡くなった。

聖ヨハネの福者トマスは、至聖なるロザリオについての説教でよく知られていたが、霊魂に対する彼の成功を嫉妬した悪魔が彼をひどく拷問したため、彼は病気になり、医者が見放すほど長い間病に苦しんでいた。自分はもう本当に死ぬのだと思ったある夜、悪魔は想像を絶する恐ろしい姿で彼に現れた。ベッドのそばに聖母の御影(ごえい)があったので、彼はそれを見て、全ての心と魂と力を込めて泣いた。「助けてください、私を救い出してください、私の愛する、優しい御母よ!」 彼がそう言うやいなや、絵が生き返ったように見えた。聖母は手を差し出し、彼の腕を取って言った。

「恐れてはいけない、トマス、私の息子よ、私はここにいて、あなたを救うつもりです。今すぐ起きて、以前のように私のロザリオを説教しなさい。私はあなたを敵から守ることを約束します。」

聖母がこのように仰せられると、悪魔は逃げ去り、福者トマスは立ち上がって、自分が完全に健康であることを確認した。そして、喜びの涙を流しながら聖母に感謝した。彼はロザリオの使徒職を再開し、彼の説教は驚くべき成功を収めた。

聖母は、ロザリオを説教する人だけでなく、他の人に模範を示してロザリオを唱えさせる人すべてを祝福しておられる。

レオンとガリシアの王であるアルフォンソスは、自分の召使い全員がロザリオを唱えて聖母を敬うことを強く望んだ。そこで、彼は大きなロザリオをベルトに掛けて常に身につけていたが、残念ながら自分では唱えなかった。しかし、彼がロザリオを身につけていたことで、廷臣たちは非常に敬虔にロザリオを唱えるようになった。

ある日、王は重い病気にかかり、死を宣告されたとき、ヴィジョンの中で自分が主の裁きの座の前にいることに気が付いた。多くの悪魔が彼の犯した罪を告発し、裁判官である主が彼を地獄に落とそうとしていた時、聖母が彼のために執り成しに現れた。聖母は一対の天秤を呼び寄せ、彼の罪を一方の天秤に載せ、彼がいつも身につけていたロザリオをもう一方の天秤に載せ、彼の模範によって唱えられたすべてのロザリオも一緒に乗せられた。その結果、彼の罪よりも、ロザリオの重さの方が大きいことが分かった。

そのような彼を聖母は大きな優しさを以って見つめながら、こう仰せられた。「あなたがロザリオを身につけてくれたことによる、このささやかな栄誉への報いとして、私はあなたのために、私の御子から大きな恵みを得ました。あなたの命はあと数年は助かるでしょう。この数年を賢明に過ごし、痛悔と償いをするように。」

意識を取り戻した王は、こう叫んだ。「私を永遠の苦しみから解放してくれた、いとも聖なる童貞マリアのロザリオに祝福を!」

健康を取り戻した王は、残りの人生を聖なるロザリオへの信心を広めることに費やし、毎日忠実に唱えたという。

聖母を愛する人々は、アルフォンソ王やこれまで述べてきた聖人たちの例に倣うべきであり、そうすれば彼らもまた、聖なるロザリオの信心会のために他の霊魂たちを獲得することができるだろう。またそうすることによって彼らは地上では大きな御恵みを受け、後の世では永遠の命を得ることができるだろう。“私を説教する者は永遠の命を持つ”

九番目のバラの花:敵

聖なるロザリオの信心会の発展を妨げることは、実に邪悪であり、他の霊魂に対する不正である。全能の天主は、この信心会を軽蔑し、破壊しようとした多くの人々を厳しく罰してこられた。

天主が多くの奇跡をもって聖なるロザリオに承認のしるしを与え、それを承認する教皇の勅令が書かれているにもかかわらず、今日、聖なるロザリオに反対する人々があまりにも多い。これらの自由思想家や宗教を軽蔑する人々は、ロザリオを非難するか、他の人々をそこから遠ざけようとする。

彼らが地獄の毒を吸収し、悪魔に感化されていることは容易に理解できる。なぜなら、主祷文、天使祝詞、イエズス・キリストとその聖母の御生涯と御死去と栄光の神秘など、カトリックの信仰において最も神聖なものすべてを非難することなく、聖なるロザリオへの信心を非難することは誰にもできないからだ。

他人がロザリオを唱えることに耐えられないこれらの自由思想家は、しばしば自分でも気付かないうちに、本当に異端的な精神状態に陥り、ロザリオとその聖なる神秘を憎むようになる者もいる。

信心会に嫌悪感を抱くことは、天主と真の敬虔さから遠ざかることになる。なぜなら、私たちの主御自身が、「私の名によって二、三人が集まるところには、私もまたそこにいる」と語っておられるからだ。善良なカトリック信者は、聖にして母なる教会が信心会に与えた多くの偉大な贖宥を忘れるべきではない。最後に、ロザリオ信心会への参加を他人に思い留まらせることは、霊魂の敵となることである。なぜならロザリオは、罪を償い、キリスト教的生活を受け入れるための確実な手段であるからだ。

聖ボナヴェントゥーラは(『詩篇』の中で)、聖母を蔑ろにする者は、罪のうちに滅び、呪われると述べている:「彼女を蔑ろにする者は、その罪の中で死ぬ。」もし、聖母を軽視したことに対する罰がこのようなものであるならば、実際に他の者たちを信心から遠ざけた者たちに対してはどれほどの罰が待っているだろうか!

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ヴィガノ大司教「パンデミックの緊急事態が終わるようロザリオを祈りましょう」力でも、武器でも、指導者でもなく、ロザリオの聖母が勝利に導いた!

2021年10月25日 | カトリック・ニュースなど

Archbishop Viganò: Pray the Rosary for the End of the Pandemic Emergency.

パンデミックの緊急事態が終わるために聖なるロザリオを!

2021年10月15日

450年前の1571年10月7日、パトラス湾のレパントにおいて、ドン・ファン・デ・アウストリア率いるキリスト教徒軍の艦隊がトルコ軍に大勝利を収めました。数的にも軍事的にも明らかにオスマン帝国の艦隊に劣っていたにもかかわらず、「神聖同盟」が奇跡的に達成したこの勝利は、聖母の介入によるものとされ、その日から聖母は「勝利の元后」「キリスト信者の助け」という称号で崇敬されるようになりました。私たちがロレトの連祷(聖母の連祷)の中で唱える「Auxilium Christianorum」(キリスト信者の助け)という呼祷は、この奇跡的な勝利の後に付け加えられたものです。それ以来、私たちは聖母を「いと尊きロザリオの元后」としても祝っています。

神聖同盟の旗は、「In hoc signo vinces」(このしるしにて勝て)という標語とともに使徒聖ペトロと聖パウロに両側から挟まれた磔刑十字架が描かれ、前年に聖ペトロ大聖堂で聖ピオ五世(トリエント公会議の教皇、聖伝のミサの教皇、そして聖なるロザリオの教皇)によって祝別されたもので、教皇艦隊の提督マルカントニオ・コロンナに託されました。1571年9月16日、神聖同盟の艦隊はメッシーナを出航し、10月4日にはトルコ軍に向かって進むためにセファロニア島の港に集結しました。神聖同盟は、スペイン王、ヴェネチア共和国、教皇領、ジェノバ共和国、ルッカ共和国、マルタ騎士団、パルマのファルネーゼ家、マンチュアのゴンザガ家、フェラーラのエステンセ家、ウルビーノのデッラ・ロヴェーレ家、サヴォイ公、トスカーナ大公によって結成さました。キリスト教ヨーロッパは、ポワチエ(732年)とウィーン(1529年)で撃退されたあと再び脅威となった共通の敵に立ち向かうために団結しました。

今日では、私たちの敵はさらに巧妙でさらに危険です。同盟者であるべき人々、当時直面したのと変わらない脅威に直面している私たちを助け守るべき人々―私たちに対して無慈悲な戦争を仕掛けているのは、まさに彼らなのです。

私たちを保護すべき人々が、侵略を支援し、私たちのアイデンティティー、信仰、文化、伝統を組織的に抹殺している人々なのです。キャンセル・カルチャーの名の下に、4世紀にわたってイスラムが私たちの国を三日月【イスラム】に従わせるのを防いだレパントの勝利を、私たちに何とかして恥じさせようとしているのです。

しかし、もし今日私たちが目の当たりにしていることが1570年に起こっていたとすれば、あの驚くべき勝利はまず間違いなく不可能だったでしょう。聖ピオ五世が神聖同盟を招集せずにイスラムとの対話を進めていたとすれば、ドン・ファン・デ・アウストリアが個人の利益のためにスルタンと共謀していたとすれば、ヴェネチア共和国が、オスマン帝国がキプロスのヴェネチア人に負わせた今日では私たちが「人権侵害」と呼ぶ行為に沈黙していたとすれば、スペイン王やイタリアの君主・大公たちが国家の世俗性に訴えていたとすれば、カトリック・ヨーロッパの諸国民が戦い、勝利を収めることは決してできなかったでしょう。なぜなら、大衆運動は、たとえ最良の意向によって動機づけられたものであっても、指導者、カリスマ的な導き手、そして彼らを導き、行動を調整する権威を必要とするからです。

こういう訳で、私たちが直面している危機は非常に深刻なのです。それは権威の危機に起因しており、従う者よりも先に、命令する者に活力を与え、方向付ける道徳的な原則や価値観の欠如に起因しています。私たちに命令する人々は、イタリア国民のためにその役割を果たしているのではなく、その代わりに非常に強力な金融エリートの命令に従っているのです。今日、実際に指揮を執っている人々は、自分自身は組織に属していませんが、役人を買収したり、意のままに操るために彼らが配置した人々を脅迫したり、誠実な人を追い出したり、反対派をコントロールしたりして、組織を利用しているのです。

もし、私たちの指導者たちが本当に「bonum commune」(共通善)について気にかけ、彼らに命令している人々に従わなかったのならば、一方では製薬産業、他方ではグローバリスト・エリートたちの命令に従わずに、ウイルスを治療していたことでしょう。同じことが教会でも起きています。それは、司教たちが新型コロナウイルス感染症のナラティブ(物語)にどれだけ早くひれ伏したのか、どれだけ早く教会を閉鎖したのか、どのようにして信者に予防接種を受けるように勧め、教皇職の権威と威信を利用して、最初は遺伝子血清を後援し、今は環境保護的な移行、すなわちもう一つの執着物であるクラウス・シュワブ・ロスチャイルド【母親がロスチャイルド家出身】が理論化したグレート・リセットを後援しているのか、などを考えるだけで十分でしょう。

政治家、国会議員、裁判官、医師、ジャーナリスト、聖職者。彼らは皆、サイコ(心理)パンデミックのナラティブ(物語)にへつらい、同様に不条理で科学的に混乱した地球温暖化の理論を無批判に受け入れる準備もできています。なぜなら、それは単に、彼らの主人たちが、最初は緊急のパンデミックについて投機し、今はいわゆる「環境緊急事態」(green emergency)について投機することに決めたからです。次の緊急事態は「グリーン・パス」 --- ワクチンパスポートは「グリーン」と呼ばれますが、それは偶然ではありません --- さらに市民が持つ自然な自由に由来するその他を没収を押し付けるための口実として使われるでしょう。

これで、彼らの行動を正当化するために私たちに提示されているものはすべて、常に、彼らの犯罪的意図とは無関係の口実でしかないのが何故かを皆さんは理解するでしょう。一方で、もし彼らが、内部関係者向けの会議の出版物で予測するだけでなく、人口を減らして奴隷にしたがっていることをはっきりと私たちに話すならば、誰も騙すことに成功しないでしょう。

サイコ(心理)パンデミックが発生している世界のすべての地域で、人々は反対の意思を表明するために街に繰り出しています。ソーシャルメディアの検閲にもかかわらず、私たちが皆インターネットで見ることができるもの、すなわち、フランス、ドイツ、オランダ、ギリシャ、旧ユーゴスラビア諸国、アメリカ、オーストラリア、カナダ…そしてイタリアの何万人、何十万人という人々について、体制側のメディア(事実上すべてのメディア)は組織的に沈黙しています。私たちが少し遅れて目を覚ましたのはその通りですが、彼らが約2年間にわたって私たちを欺いてきたり、現実とは一致しないことを私たちに話したり、治療法はなく、人々は新型コロナウイルス感染症で死んでいると言ったりしていましたが、実際には私たちにマスクや都市封鎖、門限を受け入れさせるために、感染者を意図的に殺していたということを、私たちは理解し始めています。今日、彼らは治療法があると私たちに言っていますが、それは単に製薬会社が法外な値段で特許を取得した薬(その副作用はいまだに不明)を持っていて、それを何年も前から非常に安い値段で(有害反応なしで)入手できたからです。そして、どの裁判官もそれについては何も言わないのです。

親愛なる兄弟姉妹の皆さん、市民の利益を目的とする権力が、実際には市民を堕落させ、貧困に陥れ、奴隷状態にし、さらには衰弱させたり物理的に排除したりするために利用される場合、それは権力を簒奪することによって行われることを、皆さんはよく理解なさることになるでしょう。私たちに求められる専制的な法律への従順は、共犯となります。なぜなら、恐喝によって、平常な状態であれば実行を拒否するような、非合理的で潜在的に有害な行動を私たちに押し付けるからです。

しかし、医師が病人を治療せず、代わりに製薬会社に身を売っていることを、平常だと考えることができるでしょうか? CTS(イタリア医療庁の科学技術委員会)、AIFA(イタリア医療庁)、EMA(ヨーロッパ医薬品庁)、WHO(世界保健機関)のメンバーの利益相反に直面して、黙っていられるでしょうか? プロトコルやパンデミック計画、治療法の禁止についての告発を、黙って受け入れることができるでしょうか? 今日まで私たちに監禁、苦痛、みじめさ、解雇、破産、窮乏、苦しみ、死を与えてきただけの権力者に、信用を与え続けることができるでしょうか? 彼らが「皆さんのために行っている」と言ったとき、皆さんは本当にそれを信じているのでしょうか?

こういうわけで、これほど多くのデモや抗議活動が行われているのであり、こういうわけで、デモや抗議活動が成長し続け、ますます効果的になるように、それらの間の調整が行われることが望ましいのです。こういうわけで、私たちは、主が、健全な原則、崇高な理想、真の義務感によって動機づけられた誠実な人々を呼び起こし、彼らが現在の暗い政治的、社会的、宗教的状況に対して、メーソンの侵入や門番なしに、具体的で共有可能な代替案を作り出すことができるように望むべきなのです。

しかし、自分たちの行動を起こさせるべき理想と倫理をすべて裏切った一群の政治家、医師、ジャーナリストからの脅威に立ち向かうために、自分たちを組織するのであれば、この市民的抗議行動にキリスト教的な魂(精神)を与えることも不可欠です。そうすればはじめてその行動が道徳的に高貴な存在であり続けることができ、成功して天主の祝福を受けることを望むことができるのです。

私たちはもうすぐロザリオを一緒に唱え、天主の玉座の御前での至聖なる童貞の御取り次ぎを懇願し、歴史の中で何度も行われてきたように、今日も人間の問題に介入してくださるように願います。皆さんは、信仰と、天の母に駆け寄る子どもの謙虚な確信をもってそうなさるでしょう。自らの欠点にもかかわらず、天の母に依り頼むことができることを知っておられるからです。さらにもう一度聖母に祈り、聖母に約束しましょう。祖国をキリスト教国に回心させ、復興させるためにできることを行い、その価値を誇りに思い、公にキリストの十字架を掲げ、その法律、団体、業績、芸術において、イタリアを偉大にし、多くの聖人を与え、文化を実りあるものにし、ビジネスを繁栄させた信仰を証しすること誇りに思うことを。

レパントの海戦の後、ヴェネチア共和国(Repubblica Serenissima)の元老院は、今日では世俗国家の支持者をつまずかせるような信心のわざで、「Non virtus, non arma, non duces, sed Maria Rosarii victores nos fecit」(力でも、武器でも、指導者でもなく、ロザリオの聖母が私たちを勝利に導いた)と荘厳に宣言しました。同様に、聖ピオ五世は、この戦いの後に発行された記念コインに、詩篇118篇から取ったこの標語を刻ませました。「Dextera Domini fecit virtutes」―「主の御右手は不思議を起こした」。

450年前、聖なる御母は全カトリック世界の熱心な祈りをお聞き届けになり、キリスト教軍の艦隊に奇跡的な勝利を与えてくださいました。ファチマや他の多くのご出現で聖母が私たちにお求めになったように、今日も私たちが祈り、償いをする方法を学ぶならば、聖なるロザリオを唱えることで、天から新たな奇跡を請い求めることができます。それは、私たちの愛する祖国を、腐敗した人々や組織にはびこる裏切り者たちから解放し、良き人々を動かして、重大な犯罪で身を汚した人々を勇気を持って糾弾させ、裁判官や法執行機関のメンバーを照らしてその義務を果たさせ、自称慈善家や彼らに仕える人々が専制的な妄想に浸るのをやめさせ、政治家を動かして、エリートの死のイデオロギーを冷笑的に実行させるのではなく、憤慨した人々の正当な要求を実行させることです。

私たちが告白している信仰の首尾一貫した証人となることによって、祈りと秘跡によって養われた誠実で聖なる生活を送ることによって、私たち自身が童貞マリアにお願いすることにふさわしい者となりましょう。私たちの母にして元后は、私たちからの具体的なしるしだけを待っておられるのです。「Nos cum prole pia benedicat Virgo Maria.」(童貞マリア、聖なる御子とともに、われらを祝福し給わんことを。)

+ Carlo Maria Viganò, Archbishop
+大司教カルロ・マリア・ヴィガノ

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カトリック聖伝のミサの報告 聖ピオ十世会 SSPX Japan Traditional Latin Mass in Tokyo and Osaka

2021年10月25日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2021年10月24日、東京のミサに来られた方は、子供達も入れて合計113人でした。大阪では25人でした。天主に感謝いたします。

2022年のアンジェルスプレスのカレンダーは日本に届きました。来る10月31日の主日のミサから皆様に運送費なしのお値段(1500円:USD12.95)でお分けすることができるようになりました。御予約をされた方々にお渡しいたしますので、よろしくお願いいたします。

エコンの50周年の写真アルバムは、まだご希望の方を募っております。ご連絡をお待ちしております。

11月の予定です。
11月1日(月曜日)は、大阪と修道院とでミサがあります。
大阪では、いつもの通り午前6時30分からミサ、
修道院では、午前11時30分からミサ、の予定です。

11月22日(月)は、大阪で午後6時からミサと御聖体降福式がある予定です。

11月23日(火)勤労感謝の日は、名古屋(いつもの場所)で、午前10時30分からミサがあります。

【報告】【東京】
Dear Fathers:

Shown below are the number of attendees at the masses in Tokyo today. The total number of attendees at the masses in Tokyo today was 113, including children.

09:00 mass
M: 24 (incl. 5 children)
F: 24 (incl. 4 children)
Total: 48 (incl. 9 children)

11:00 mass
M: 22 (incl. 6 children)
F: 23 (incl. 6 children)
Total: 45 (incl. 12 children)

12:30 mass
M: 11 (incl. 0 child)
F: 16 (incl. 1 child)
Total: 27 (incl. 1 child)

Total of 3 masses (excl. 7 people who participated in multiple masses)
M: 53 (incl. 11 children)
F: 60 (incl. 11 children)
Total: 113 (incl. 22 children)

コメント (1)
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“天主に返すもの”とは何か?「チェザルのものはチェザルに、天主のものは天主に返せ」

2021年10月23日 | お説教・霊的講話

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、2021年10月24日は聖霊降臨後第二十二主日です。

「テレワーク」方式ではありますが、皆様にYouTubeで「聖霊降臨後第二十二主日の説教」の動画をご紹介いたします。

この動画が気に入ったら、お友達にもご紹介くださいね。

SSPX JAPAN聖ピオ十世会日本にチャンネル登録もお願いいたします。

天主様の祝福が豊にありますように!

トマス小野田圭志神父

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「ロザリオの秘密」第四、第五、第六、第七のバラ:聖ドミニコがどのようにして聖なるロザリオを確立したか、そして福者アラン・ド・ラ・ロシュがどのようにしてそれを復興させたか

2021年10月22日 | カトリックとは

「ロザリオの秘密」聖ルイ・グリニョン・ド・モンフォール

四番目のバラの花:福者アラン・ドゥ・ラ・ロッシュ

すべてのものは、たとえ最も神聖なものであっても、特に人間の自由意志に依存している場合は変化することがある。聖なるロザリオ信心会が、聖ドミニコによって設立されてから一世紀の間だけその熱気を保っていたことは不思議ではない。それ以降は、埋もれて忘れ去られたもののようになってしまった。

また、人々が聖なるロザリオを軽視し、聖なるロザリオが世に降した天主の御恵みの流れを妨げたのは、悪魔の邪悪な策略と嫉妬が大きく影響していることは間違いない。

こうして1349年、天主はヨーロッパ全体を罰し、かつてないほどの恐ろしい疫病をすべての国に送り込んだのである。疫病はまず東から始まり、イタリア、ドイツ、フランス、ポーランド、ハンガリーと広がっていき、どこに行っても荒廃をもたらした。大きな町も小さな町も、村も修道院も、この流行が続いた三年間で、ほとんど完全にさびれてしまった。

この天主の災いに続いて、すぐに二つの災いが起こった。フラジェランテスの異端と、1376年の悲劇的な分裂である。

その後、これらの試練が終わったとき、天主の御慈悲により、聖母は福者アランに古代の「至聖なるロザリオの信心会」を復興させるように告げた。福者アランは、ブルターニュ地方のディナン修道院のドミニコ会の神父の一人だった。彼は著名な神学者であり、その説教は有名であった。聖母が彼を選んだのは、もともとこの地方で信心会が始まったのだから、同じ地方のドミニコ会員が信心会を再び設立する栄誉を得るのが最もふさわしいとお考えになったからである。

福者アランは、主からの特別な警告の後、1460年にこの偉大な仕事を始めた。彼は主の緊急のメッセージをどのように受け取ったか、彼自身が語っている。

ある日、彼がミサを捧げていたとき、聖なるロザリオを説くために彼を駆り立てようとした主は、聖なるホスチアの中で彼に語りかけた。

“どうして、こんなに早く私を再び十字架にかけることができるのか?”とイエズスは仰せられた。

「主よ、あなたは何と仰いましたか?」 福者アランは恐ろしくなって尋ねた。

“おまえたちは以前、自分たちの罪によって私を十字架に付けた”とイエズスは答えられた。
“おまえたちが犯した罪によって私の聖父を怒らせるくらいなら、私は喜んでもう一度十字架に付けられることを望む。お前たちは、私の御母のロザリオを説教するために必要なすべての知識と理解を持っているのにもかかわらず、それをしていないがために、今また私を十字架にかけているのだ。お前がそれを説教しさえすれば、多くの霊魂に正しい道を教え、彼らを罪から遠ざけることができるのに、お前がそれを怠っているがために、彼らが犯す罪を、お前自身が犯していることになるのだ”。

このひどい非難を受けて、福者アランはロザリオをひたすら説教することを厳粛に決意した。

ある日、聖母も彼に語りかけ、もっともっとロザリオを説教するように促した。

「あなたは若い頃、大変な罪人でしたが、私の御子からあなたの回心の恵みを得ました。回心した罪人は私の栄光であるので、もし可能であれば、あらゆる苦しみを経てでもあなたを救いたいと望みました。そして、あなたが私のロザリオを広く伝えるのにふさわしい者とするためにも、そうしたかったのです。」

聖ドミニコは福者アランにも現れ、彼の宣教の素晴らしい結果を伝えた。彼は絶え間なく聖なるロザリオを説いており、その説教は大きな実を結び、宣教中に多くの人々が改宗した。彼は福者アランに言った。

「私が聖なるロザリオを説教することによって得た素晴らしい結果を見てください!あなたも、聖母を愛するすべての人も、同じようにしてください。そうすれば、この聖なるロザリオの実践によって、すべての人々を真の聖徳の本当の知識に引き寄せることができるでしょう。」

簡潔に言えば、これが、聖ドミニコがどのようにして聖なるロザリオを確立したか、そして福者アラン・ド・ラ・ロシュがどのようにしてそれを復興させたかの歴史である。

五番目のバラの花:信心会

厳密に言えば、ロザリオの信心会は一種類しかない。それは、メンバーが毎日一五〇回の「めでたし」によってロザリオを完全に唱えることに同意するものである。しかし、ロザリオを唱える人々の熱心さを考慮すると、三つの種類を区別することができる。一週間に一回ロザリオを完全に唱える「普通会員」、一年に一回だけ完全に唱える「終身会員」、毎日完全に唱えることを義務付ける「毎日会員」、つまり一五〇回の「めでたし」から構成される十五連のロザリオを唱えることを義務付ける「毎日会員」である。

これらのロザリオ会員の義務は、いずれも罪の負債を伴うものではない。このような義務は完全に自発的かつ超然としたものであるため、これを怠っても小罪にさえならない。言うまでもなく、必要な回数だけロザリオを唱えて義務を果たすつもりのない人は信心会に参加すべきではないが、会員はその信心の義務を行なう際、自分の身分上の義務を怠ってはならない。

であるから、ロザリオが聖なるものであるにもかかわらず、自分の身分上における義務と衝突する場合には、実行すべき義務を優先しなければならない。同様に、病気の人は、ロザリオの全部または一部でも、その努力によって疲れて悪化する可能性があるならば、それを唱える義務はない。

従順さを必要とする義務があったり、純粋に忘れていたり、緊急の必要性があったりして、ロザリオを唱えられなかった場合は、小罪さえ犯していないことになる。そして、世界中で聖なるロザリオを唱えている兄弟姉妹の恩寵や功徳を分かち合い、同じように信心会の恩恵を受けることができる。

また、親愛なるカトリック信徒たちよ、たとえ不注意や怠惰からロザリオを唱えなかったとしても、形式的に軽蔑していない限り、絶対に罪にはならないが、この場合、信心会の祈り、善行、功徳への参加はできない。さらに、小さなことや超過分のことに忠実でなかったがために、ほとんど知らないうちに、罪の負債を伴う大事な義務を疎かにする癖がついてしまうかもしれない。なぜなら、“小さなことをいいかげんにすると、次第に貧しくなる ”からである。

六番目のバラの花:マリアの詩篇

聖ドミニコが聖なるロザリオへの信心を確立して以来、1460年に福者アラン・ドゥ・ラ・ロシュがそれを再確立するまで、ロザリオは常に『イエズスとマリアの詩篇』と呼ばれてきた。これは、『ダビデの詩篇』に収録されている詩篇と同じ数の『天使祝詞』があるからである。単純で無学な人はダビデの詩篇を言うことができないので、ロザリオはダビデの詩篇と同じように彼らにとっても実りあるものだと考えられている。

しかし、ロザリオは三つの理由から、後者よりもさらに価値があると考えられる。

1. 第一に、天使祝詞は、御托身された御言葉、という崇高な実を結んでいるのに対し、ダビデの詩篇は、御言葉の到来を予言しているに過ぎないからである。

2. 第二に、実体はその前兆よりも重要であり、体はその影よりも重要であるように、聖母の詩篇はそれを前兆しているに過ぎないダビデの詩篇よりも偉大である。

3. そして第三に、聖母の詩篇(あるいは「天にまします」と「めでたし」で構成されるロザリオ)は、最も祝福された三位一体の直接の御働きであり、人間の道具を通して作られたものではないからである。

聖母の詩篇やロザリオは、次のような特別な理由から、それぞれ五連ずつの三つの部分に分かれている。

1. 三位一体の三つのペルソナを崇敬するため。
2. イエズス・キリストの御生涯と御受難と栄光を賛美するため。
3. 天国の「凱旋の教会」の模範をまねて、地上の「戦闘の教会」に属する信者らを助け、煉獄の「苦しみの教会」の苦悩を和らげるため。
4. 霊的生活の三段階(浄めの生活、照らしの生活、一致の生活)があるため。
5. そして最後に、私たちの"今"の生活に豊かな聖寵が与えられ、"死"に際しては平安が、"永遠"において栄光が与えられるため。

七番目のバラの花:バラの冠

福者アラン・ドゥ・ラ・ロッシュがこの信心を再確立して以来、人々の声、すなわち天主の声は、この信心をロザリオと呼ぶようになった。つまり、人々が敬虔にロザリオを唱えるたびに、一五三本の赤いバラと十六本の白いバラでできた冠を、イエズスとマリアの御頭の上に置くということである。天国の花であるこれらのバラは、決して色あせることなく、その非常な美しさを失うことはない。

聖母は、ロザリオという名前を完全に承認しており、何人かの人々に、めでたしを唱えるたびに美しいバラを聖母の与えていること、ロザリオを完全に(三環)唱えるたびに聖母にバラの冠を作っていることを明らかにしている。

よく知られているイエズス会のブラザー・アルフォンソス・ロドリゲスは、非常に熱心にロザリオを唱えていたので、「我らの聖父よ」と唱えるたびに赤いバラが、「マリア」と唱えるたびに白いバラが出てくるのをよく見たそうである。赤いバラと白いバラは、美しさも香りも同じで、唯一の違いはその色だけだった。

聖フランシスコの年代記には、ある若い修道士の話が出てくる。彼は毎日夕食の前に聖母の冠(ロザリオ)を唱えるという立派な習慣を持っていた。ある日、何らかの理由で彼は唱えられなかった。修道院長に、食卓につく前にロザリオを唱えることを許可してほしいと頼んだ時には、すでに食堂の鐘が鳴っていたので、許可を得て自分の部屋に戻って祈った。

しばらくして、修道院長が別の修道士に彼を迎えに行かせたところ、彼は、自分の部屋で天の光を浴びて、二位の天使を従えた聖母と向き合っている修道士を発見した。天使はそのバラを一輪ずつ取って聖母の頭の上に置き、聖母は微笑みながらそれを受け取っていた。

最初の二人の修道士に何が起こったのかを調べるために派遣された最後の他の二人の修道士も、同じような美しい光景を目にし、ロザリオをすべて唱えるまで聖母は立ち去らなかった。

つまり、完全(三環)なロザリオは天上の大きなバラの冠であり、五連のロザリオは小さな花輪、あるいはバラの小さな冠であり、それはイエズスとマリアの御頭の上に置かれるのだ。薔薇は花の女王であるから、ロザリオはすべての信心の薔薇(女王)であり、それゆえに最も重要なものなのである。

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