この物語はフィクションです。

文中に出てくる、地名、社名、商品名、姓名、その他の固有名詞はすべて架空のものであり、作者の創作です。

仮に実在の名称と一致または類似があったとしても偶然であり、文中のものとは無関係です。

 

前回までのあらすじ

情報処理業大手の山谷システム開発の営業課長、尾藤はある日の朝刊に自社が発表を予定しているプレスリリースそっくりの記事を見つける。

尾藤は設計部の矢部と開発部の石川に連絡、情報漏洩の可能性を語る。

情報漏洩の可能性を感じた設計部の矢部は、開発部に社内情報管理チェックを依頼したが、漏洩ルートは見つからなかった。

それから1月ほどたったある日。営業の尾藤と藤田は矢部に話があると持ち掛けた。

 

**

 

「実はね。おい、藤田。」

「はい、実はこれなんですが。」

さっきまでとぼけた会話をしていた藤田は突然神妙な顔つきになって、鞄から数枚の紙を取り出した。一枚目の紙は、矢部も絡んでいる提案資料の一ページで科学技術庁に提出したものだった。

「これがどうかしたの。」

「まあ、めくってみて下さいよ。最初に言っときますけど大きな声は出さないで下さい。」

「何言ってんの。これは俺が書いたんじゃないの。」

矢部は、紙を手の甲ではたきながらそう言うと、紙をめくりながら目をそこに落とした。

二枚、三枚と手が進み、五枚目になったとき矢部の手が一瞬止まった。そして、顔を紙に近づけると、矢継ぎ早に次々とめくっていき、戻り、そしてまためくり、手が止まった。

矢部はゆっくりと顔を上げて、尾藤の顔を見た。

「尾藤さん、これはいったい。」

「そうなんです。藤田。小声でな。」

「はい、実はですね。」

「はいっ。おまちっ。」

親父さんが障子を開けた。矢部はさっと資料を机の下に下ろし、藤田も話を止めて体をテーブルから離した。親父さんは頼んだ料理のうちのいくつかを置いて、また障子を閉めて戻っていった。藤田は顔を障子から矢部の方に戻し、再び口を開いた。

「月曜日に科学技術庁の提案に行ったときにですね、田中さん、あっ、これは今回のご担当の方なんですけど、その田中さんに資料を見せたときに反応が変だったんですよ。」

「ん。それで。」

「田中さんが言うには、科学技術庁の外郭で、今は独立行政法人ですけど、同じシステムの調達を考えているところがあって、まあ、同じことだから税金の無駄っちゃあ、無駄ですけど。」

「藤田、良いんだよ、そんなことは。肝心のところだけ早く言えよ。」

「はい、まあそこの外郭のご担当から田中さんにご相談があったんですって。本庁でも同じようなシステムを考えているんだったら、逆に違う仕掛けでやったほうが成果も比較しやすいだろうからって。それで、先週そこの方が業者から提案を受けた資料を持ってらしたんですって。」

「うん、正論じゃん。同じもの二つ買うより、違うもので効果測定してもらった方が良いしね。ひとつにされちゃうのが一番困るよね。」

「そりゃ、そうなんですけど。それより問題は。な、藤田。」

「ええ、田中さんが変な顔をしているんで、どうしたんですかって聞くと、これどことも相談してないよねって、言うんですよ。こっちが分けわかんなくって、はあって返事をすると、田中さんが、藤田さん、僕は君と永年の付き合いで信頼している、ちょっと待ってくれって、暫く席をはずされたんです。」

「信頼されてんじゃん、自慢だね。それでこの資料との関係は。」

「藤田、だから話が長いのよ、君は。」

「まあ、課長。そのときのドキドキ感を矢部課長にも判ってもらいたいな、と。」

「おう、結構ドキドキしてきたよ。」

「暫くして、一部黒く塗りつぶしたコピーを持ってらして、それがこの後ろにつけた資料です。」

「おう、それでここ塗ってあるのね。」

確かに資料の右下は、数センチ黒い筋が入っていた。

「たぶん、そこは社名が入っていたんだと思うんですよ。それで、絶対に他言しないと約束してください。これは先週僕が相談を受けたときに貰った資料の写しです。今、藤田さんから貰った資料にとてもよく似ていると思いませんか。まるで写したみたいに。」

「写したみたいにね。」

「田中さんが言われるには、もちろん、藤田さんが真似をしたとは思いません。しかし、偶然にしては似すぎています。さっき説明を受けていたときに、先週見た資料と瓜二つでびっくりして説明は耳に入りませんでしたって。」

「しかし、他団体の資料をよく見せてくれたね。信頼受けているのがよく判ったよ。」

「いやあ、それを自慢したいわけじゃないんですけど。」

「たまたま科技庁の外郭で類似システムの引き合いがあって、たまたまうちとおんなじ仕組みを考えて提案したところがあるってことですよ。」

「そりゃ、変だ。前半のたまたまはよくある話で、ほんとにたまたまかもしれないけど。」

「そうでしょ。でももし漏れてたとしたら、入札値の比じゃないですよ。電話でシステムの説明したとしても、ここまでうまく説明できんでしょ。」

「うん、尾藤さんの言うとおりだ。でもいくらなんでもうちが競合しているところには出せないからな、タイミングよく漏れるのも変だし。どうしたのかな。」

「田中さんによると、最初に事業計画を立てたのは田中さんで、その後外郭が似たようなことを考えてるのがわかって、別々にやって比較しようとなったそうなんです。外郭の方に先にシステムの概要説明があったんで、参考にしてほしいって資料が来たそうです。」

「その時点で、システムの概要がおんなじだってわかったってことだな。」

「ええ。で、うちより先に資料を出せたってことはカンニングした可能性が高いってことです。」

「そういえば、ん。ちょっと待ってよ。さっき、ちょっと気になって。」

矢部は資料をめくり直し、やっぱりなと言った。尾藤がなんですかと質すと、矢部は、これは先週初めの時点の資料だよと言った。

田中氏との打ち合わせは先週の木曜に予定されていた。資料はその週の月曜には出来ており、矢部は打ち合わせに同行する予定だった。それがお客様の都合で今週月曜にずれていたのだ。

矢部は都合がつかなくなり、同行しないかわりに藤田が説明しやすいように補足資料を作った。その時、一部システムの構成も見直して修正した。田中が渡してくれた資料の写しは、その修正前のものと同じだった。

「なるほど、これで、漏れたのは確実ですね。」

「まず、そうでしょう。調査は意味なかったんですかね。」

「いや、そうとも言えんでしょ。前回、穴を埋めたから漏れてたとしても経路が特定しやすいと思うよ。」

「矢部さん、調べるとしたらまた石川さんとこですかね。大丈夫ですかね。」

「俺も自信ないなあ。とにかく、明日でも直接行ってみるよ。今度は調べ方も考えてもらわないとね。しかし、よく似てるよね。」

「参っちゃいますよね。でも相手もばれてるって知らないでしょうし、動きを注意しないとね。お客様ルートで知ったことまで漏れるとお客様に迷惑が掛かっちゃいますから。」

「そうね。うちの中でも暫く内密だなあ。誰に言うかなあ。」

「矢部さん、誰かに言うつもりなんですか。」

「ん、職制から言うと、部長、本部長、常務。まあ、はっきりするまでは言わないけど、黙って開発本部長に相談したことが常務にばれるのも困っちゃうよな。」

「開発本部長って、堀田常務ですよね。うちの八木常務と仲悪いって聞いてますけど。」

「仲悪いと言うか、ライバルだよね。まあ、氏か育ちか知らんけど性格も真反対だから、反りが合わないって言うのか、相容れないんじゃないかな。」

「それって仲悪いってことじゃあ。」

「そうか、はははは。」

資料は藤田の鞄に仕舞われ、この後は他愛もない無駄話や愚痴に花が咲いた。

 

(この章 終わり。 次章に続く)