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90才ノ介護ダイアリー、忘れていた”サクランボの実る頃”息子と銀パリへ出掛けた夜

2014年06月29日 19時08分41秒 | thinklive

*とても旧い、50年に及ぶ友人から、例年の、さくらんぼが贈られてきた、彼は山形の生まれではあるが、東京の大学をでて間もなく、ボクの作った会社に入社し、役員になってくれた、さくらんぼが贈られてきた最初の年がいつであったか、記憶にはない、利害関係といううか、社会的な関係が切れてから贈られてきたので印象に残っている、会社を辞めてからしばらくして家族で食事をしたいので、小川軒を紹介してくれと行ってきたことがあった、たまたまその日、ボクも小川軒で食事をした、店の人がヤノさんの紹介の方が見えています、と告げられたが、ボクはわかったと答えて、会うのを控えた記憶がある、息子さんが2人いた、彼も70才を過ぎた?callした、75才だという、元気そうでナニヨリ、

*シャンソン「さくらんぼの実る頃」2節目の歌詞、

*ボクは”さくらの実の熟する頃”と記憶していてyoutubeを検索したがでてこない、googleの検索でタイトルが判明、アクセスしたら、加藤登記子の、ノブトイシャンソンにで会った、これはチガウ、もっと銀線のようなか細い、でもツヤツヤした、過ぎ行きし時が蘇る歌であって欲しい、スグニ切り替えた、田口多恵子の弾き語りの方がずっといい、甘さがなければドウシヨウもない、Dannyboyの歌詞もそうであるが、過去が現在であるような、その逆も含めて時間の多元性が彼等の歌には存在する、それを感じさせる歌のスタイルがイノチである、多恵子の歌もドラマ性はキハク、登記子の訳はヒドイ、具体性がけされてタダの思い出になっている、血の滴がない、サクランボの歌はクダモノヤである、この歌詞はフルエル、結合する興奮がある、

Nana Mouskouri - Le Temps des Cerises 1967、ボクがイメージするさくらんぼの季節、

*25年前、長男と銀座でシャンソンを聞いた、ボクが誘った、オーダーメモが回ってきて、ボクはこの歌をオーダーしたが、歌ってくれた、その夜の濃密な闇の感覚が蘇る、時間は直線ではない、ボクは60代半ば?イマ、彼は50代の半ばを過ぎた、この時間の複合は短剣のようにスルドイ、

*彼はいま肩の炎症に苦しんでいる、ボクの肩も循環的に鋭く痛むが、マイナスイオンのパットで治っちゃう、だが、彼には通用しない、彼の年頃にボクも肩を痛めた、NYへ出かけた際に、知人に紹介されてマッサージに3日間通って治癒したことがある、絶対に治る、と治療士は断言したが、あのマッサージの治療は超苦痛であった、イマおもうと、あの治療はluckyであった?サクランボは血の滴、

でもとても短いんだ、サクランボの季節は
二人で夢見ながら
イヤリングを摘みに行く時期は
揃いのドレスをまとった愛のサクランボ、
血のしずくとなって葉の下に落ちている
でもとても短いんだ、サクランボの季節は
夢見ながら摘むサンゴのイヤリング

 

 

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