日記

ネットでの書き込みを実名制にしろという話題が。
自分がずっと前から持っている考えに、「顔面を晒すと説得力が無くなる」ってのがありまして、まあそれはつまり見た目が九割的な発想からなんですけど。見た目が悪いと聞いてもらえないんじゃないかと思うので、意見は意見として単品で捉えられる今の状況は実はとても素晴らしいんじゃないかと思います。ネットリテラシーがしっかりすれば、悪意の書き込みは減らないにしても、それの判別はできるようになるだろうし。
というのも、かーずSPの管理人が何かの番組に出ているのを見て、すごく妙な気分になってしまって、サイトを素直に見れなくなってしまったので。自分だけじゃないと思うんだよなあ、コレ。みなまでは言いませんが。
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コメント
 
 
 
書いてみたら、長くなった。勿体ないので書き込みます。 (恭乃)
2007-11-08 02:24:23
確かに日本人はことさら肩書きと外見で判断しますしね。しかしそれと同程度の反論が別方向からもできます。
 実名を出してネットで発言せよという意見は、発言には責任が伴うという原則を基に表明することが基本のようです。
 確かに匿名の名の下に過激な発言や公序良俗にもとる行為をするものも存在します。違法サイトを念頭に置けば実名制の下で責任ある行動をせよということはもっともなことのように感じます。
 しかし、ネット普及の主な影響として従来より遙かに意見表明するハードルが低くなったこと。そのネットにおける意見表明の自由が、意見表明の代表例である国会内での議員が発言・表決などをする自由、および選挙における投票の自由を支える制度として議員の免責特権・秘密投票の原則と同様の制度として働いているものが匿名性にあります。匿名性以外に自由な意見を支える制度は存在しないと述べても過言ではありません。
 他方、ネオナチなどの過激な意見や犯罪的な発言が蔓延って健全な意見交換ができないのでネットにおける発言は落書きと同様で無意味であるとの旨の意見が存在するようですが、同種のものは電話が発明される前から存在した。しかし意見交換の健全性は全体として保たれてきていると記します。加えてネットの意見の有効性は、先日の自民党総裁選当日における麻生氏の応援に集った方々の活動およびそれの影響を示す麻生氏の得票数がネット意見の無効性を反証しています。
 ネットを実名制にすることは意見表明の自由性損なわせるという意見の下論じてみました。実名制にしろという方は、なぜ議員に免責特権やら不逮捕特権があるのか、選挙はなぜ無記名投票なのかということを考えたことがあるのか不思議に思うし、芸能人が自分も氏名を公表しているのだからネットでもという変な意見もありますしね。正直、実名制を推奨する論は感情論しかみたことがありません。困ったものです。
 
 
 
Unknown (paloalto)
2007-11-10 23:06:34
そうそう、無責任に言える事がいいんですよね。金持ちで見栄えのいい、性格も好ましい人が正しいことを言うかどうかは分からないんですから、それなら全部が同じラインから見る事ができたほうがいいじゃない。客観性を持った議論って、いう人は沢山いますけど出来る人はあんまりいません。でも、ネットなら少なくとも他人の地位やらなんやらという無駄なファクターは除く事ができるわけで、その辺は大事にしていただきたいなあと。
 
 
 
Unknown (ナカムラ)
2007-12-01 05:13:17
僕も昔、声優の顔を見て光を失いました。
 
 
 
Unknown (paloalto)
2007-12-02 01:07:25
エロゲの声優の顔は絶対に見ないようにしています。
 
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