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ジェーンの噛み跡




Copyright 2019 Peterson & Daus

恐竜の骨化石に、肉食恐竜の噛んだ跡などの摂食痕がみられることは珍しくなく、これまでにも多くの事例が報告されている。そのような獣脚類の噛み跡は、闘争などの社会行動、摂食行動における骨の利用、捕食や共食いの証拠とされてきた。
 しかしこれまで報告されている獣脚類の噛み跡は、ほとんどが成体のものとされており、幼体や亜成体の噛み跡というものは報告されていなかった。Peterson & Daus (2019) は、ヘルクリーク層のハドロサウルス類の尾椎に残っている獣脚類の噛み跡を解析し、そのサイズや間隔を異なる成長段階のティラノサウルスの上顎と下顎の歯と比較した結果、噛み跡はティラノサウルスの幼体のものと結論している。

このハドロサウルス類の部分化石BMR P2007.4.1は、モンタナ州南東部Carter Countyのヘルクリーク層から採集されたもので、Burpee Museum of Natural Historyに保管されている。この標本は風化した腰部(仙骨と左右の腸骨)、3個の胴椎、2個の近位の尾椎からなる。この腸骨は、前寛骨臼突起の角度など、いくつかのハドロサウルス類の特徴をもっていた。それらの形質はハドロサウルス科に共通のものだったが、生息年代からはエドモントサウルスと考えられた。

2個の尾椎は血道弓の付着した跡が全くないことから、近位の尾椎と考えられた。このうち1個の椎体の腹側面に、3個のV字形の凹みがあり、凹みの中では皮質骨が割れていて、穿孔(刺し穴)puncture marksと考えられた。これらの穿孔は5 mmの深さで、間隔が68 mmあいており、治癒した跡はなく、動物の死後形成された摂食痕と思われた。それぞれの穴にV字形の傷があることから、元の歯には顕著な稜縁があったと考えられる。

穿孔の大きさと形から、大型ないし中型の肉食動物によってつけられた傷と思われたが、ヘルクリーク層で候補となる肉食動物としてはティラノサウルス類、ダコタラプトル、ボレアロスクスやブラキチャンプサのようなワニ類がある。しかしワニ類の歯は断面が円形で小さく、ドロマエオサウルス類の歯はダコタラプトルのような大型種でも小さく側扁していることから、ティラノサウルスのような大型獣脚類のものと考えられた。

著者らはまずシリコンゴムで尾椎の穿孔の型をとり、元の歯の形状やサイズをよりよく視覚化した。次いでこれを、2つの成長段階のティラノサウルスの上顎骨歯および歯骨歯と比較した。11-12歳と推定される後期の幼体ジェーン(BMR P2002.4.1)と成体であるスタン(BHI 3033)を用いている。これらの歯の形状をデジタル化し、先端から5 mmの深さでの断面の形状、つまり前後の長さ(近心遠心長)と左右の幅(唇側舌側長)を測定した。またそれぞれの上顎骨と歯骨について、隣接する歯同士および1つおきの歯の間隔も測定した。獣脚類の歯列は1つおきに交代する傾向があるためである。



測定の結果、スタンのような成体のティラノサウルスの上顎骨歯と歯骨歯は、今回の尾椎の穴をあけるには大きすぎ、間隔も空きすぎていることがわかった。一方、尾椎の穴の測定値は、ジェーンの上顎骨歯と歯骨歯の測定値とはよく一致した。近心遠心長と唇側舌側長を横軸・縦軸にとってプロットしたグラフを描くと、尾椎の穴の測定値はジェーンの測定値の範囲内によく収まっていることがわかった。また尾椎の穴の間隔も、ジェーンの上顎骨の歯とよく一致することがわかった。

噛み跡だけから生きている動物を捕食したのか、死体を食べたのかを識別することは困難であるが、穴が尾椎の腹側にあったことから、このハドロサウルス類は既に死んで横倒しになっていたことが示唆される。肉食性の哺乳類や鳥類の摂食行動の観察から、多くの場合、脊椎の部分を食べるのは内臓や四肢を食べ尽くした後である。ハドロサウルス類の尾椎には初期段階で食べられる筋肉も多く付着している。しかし尾椎の腹側の穴の位置から、このティラノサウルスは血道弓や多くの表層の筋肉、尾大腿筋などを除去した後、尾椎をかじっていたと考えられる。このようにBMR P2007.4.1に残された摂食痕は、死骸の中でも最後の部分を食べた行動を記録していると思われた。

つまりこの場合は死体を食べた痕跡と考えられるので、ジェーンのような幼体がハドロサウルス類の肉を食べたとはいえるが、自力で倒したとは限らない。大型の成体がハドロサウルス類を殺し、大部分平らげた後で、幼体が来て食べ残しをあさったのかもしれない。一方、成体のティラノサウルスについては、生きた状態で捕食した証拠があるようである。DePalma et al. (2013) の研究では、ハドロサウルス類の尾椎の病理的に癒合した部位からティラノサウルスの歯が見つかっている。つまり尾椎に埋まった歯の周囲に治癒した跡があることから、このハドロサウルス類は噛まれた後も生きていた、というわけである。この場合は、尾椎の椎体側面のかなり腹側よりにあるが、下顎の歯なのだろうか。こちらは尾の付け根ではなく、後方1/3くらいの位置なので、生きた状態で咬みつける位置ということだろう。

ジェーンのような幼体の歯は成体に比べるとずっと薄くナイフ状で、骨を噛み砕くようにはできていない。しかし尾椎の穿孔から、ティラノサウルスの後期の幼体や亜成体は少なくとも、骨に穴をあける能力はもっていたことがわかった。将来、他の成長段階のティラノサウルスの摂食痕が見つかってくれば、生体力学的な実験と組み合わせることにより、ティラノサウルスの成長過程における食性の変化や生態学的役割について新しい知見が得られることが期待されるという。


参考文献
Peterson J. E., Daus K. N. (2019). Feeding traces attributable to juvenile Tyrannosaurus rex offer insight into ontogenetic dietary trends. PeerJ 7:e6573 http://doi.org/10.7717/peerj.6573

DePalma II R. A., Burnham D. A., Martin L. D., Rothschild B. M., and Larson P. L. (2013) Physical evidence of predatory behavior in Tyrannosaurus rex. PNAS vol. 110, no. 31, 12560-12564.
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