★☆海の幸の日常日記☆★

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PTAはちょっと大変

2006年06月23日 | 海の幸の小さな哀しみ
1年に3回だけ行事がある保育園のPTA。
行事と言っても夕方に1時間くらい親子で参加するだけのもので、内容は「子どもと一緒に遊ぼう」とか「おまわりさんから交通安全の話を聞こう」とか「保育園の看護師さんから健康についての話を聞こう」など、働くお母さんの負担にならない程度のもの。

今日は「保育士の先生から子どもと楽しめる遊びを教わろう」でした。
♪とんとん とんとん ひげじいさん~
の歌で、ひげじいさんをアンパンマンに替えて遊んだりしました。
おお、懐かしい~。

先生が弾くピアノの音に合わせて
「はい、では両手を羽のように広げて、つま先立ちで走ってみましょう~」
とか
「次は床にころがって、どんぐりころころです~」
とかもやってみたりして。
最初は軽い軽いと思っていたのですが、そんなお遊戯なんて幼稚園と共に卒園しているお母さんたち。
…だんだんと辛くなってきました

翌日、先生の予告通り筋肉痛になる私。運動不足すぎますね。
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私は作家になれない

2006年06月19日 | 海の幸の小さな哀しみ
私は岬を寝かしつけるとき、『みさきひめのおはなし』を作って聞かせています。

小さな国の、小さなお城に、小さなお姫さまが住んでいました。
お姫さまの名前は岬姫と言いました。
ある日岬姫は。。。

ネタがない。
いや、どんなネタでも良ければ何とかなります。
でも
「え~、お母さん、その話面白くな~い! もっと面白いのないの~?」
「そのお話って『おむすびころりん』じゃん! つまんないよ!」
「またその話なの~? 違う話にしてよぉ!」
とクレームの嵐。

きちんと起承転結があって、話の『起』は岬を惹きつけるものじゃなくちゃいけなくて、結末は予想外のもので、なおかつ面白くてハッピーエンドじゃなくちゃいけなくて、パロディは禁止で、ネタの使いまわしも禁止。

…き、厳しすぎます

私は暗くなった寝室で、脳味噌をギュウギュウ絞ることになります。

世の中の作家という職業をしている人は本当にすごいなぁと思う今日この頃。
私はどう頑張っても作家にはなれそうにありません。
いや、なる予定もないけれど。
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見かけ倒し

2006年01月30日 | 海の幸の小さな哀しみ
お腹空いたな~
さっきしょっぱい物食べたから、今度は甘い物食べたいなぁ~
そう言えばこの間、炊飯器でケーキが焼けるって記事を見かけたなぁ~

よし、いっちょやってみるか

というわけで、さっそく炊飯器でケーキを焼いてみました。
スポンジケーキミックスを混ぜて、黄桃をスライスして、炊飯器にGO
スポンジケーキミックスを使うんだから絶対に失敗はないだろうとろくにレシピも調べずに作った私が甘かったです。

…待つこと45分。

ハッキリ「激マズ!!!」と言える味でした

ベチャベチャのコナコナのネバネバのベタベタの…。
いくら料理が下手な私でも、お菓子づくりが苦手な私でも、ここまでの失敗は初めてです。
見かけだけは良かったんだけどなぁ…
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ステキな本棚を目指しています

2005年11月09日 | 海の幸の小さな哀しみ
以前にもちょこっと書きましたが、小学3年生の時の担任の先生が、給食の時間に本の読み聞かせをしてくれる先生でした

私たちは給食を食べ終えると先生の周りに集まり、防災頭巾を座布団代わりにして車座に座って本を読んでもらうのですが、どんどんストーリーに引き込まれ、主人公と一緒になってハラハラ、ドキドキ
本当に身を乗り出して話を聞いていました。

本の読み聞かせをしてもらうあの楽しさは、今でも忘れられません

そんな経験からか、本当のことを言うと、今でも児童文学の方が好きだったりします

岬の母親になって、私は自分の本棚を『いつか岬が私の本棚をこっそり覗いたとき、どの本を手にとっても夢中になれる本ばかりを揃えた本棚にしよう』と思いました。
お財布との兼ね合いもあるし、まだまだ淋しい本棚ですが、いつか惹きつけられて離れられない、夢の本棚を作り上げるのだ

今回探した本は「黒ねこの王子カーボネル」という本。
児童文学の王道(?)、岩波少年文庫です。
『岩波少年文庫だから永久に不滅だろう』とタカをくくって、ハタチの時に引っ越しする際に処分してしまっていたのですが、今回読みたくなって改めて探したら、絶版になっていました

大手書店にも在庫がないということでamazonでユーズドを見つけ、とりあえずは一件落着。

それにしても、私が最近探す本って絶版が多くないかなぁ…

そして私はようやく気が付きました。
小学3年生だったあのときから早21年が経っているということに。
(気づくのが遅すぎ!!)

『あれだけ面白いストーリーだったんだから、絶対に大丈夫』という発想も、もうそろそろ通用しないのかも知れない。
売れ行きが悪ければ自然淘汰されちゃうんですよね…
いくら息の長い児童文学とは言え、『本は出会い。見つけたらすぐに買う!!』という考えも必要かな…と思う今日この頃です。



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私信

2005年07月13日 | 海の幸の小さな哀しみ
DOE嬢、ゴメンっ!!!
眠れなかった上にしょんぼりしていた私は、結局DOE嬢とのを食べる約束をキャンセルしました。
本当にごめんなさい

今度こそ、ごちそうするからねっ
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眠れなかった…

2005年07月13日 | 海の幸の小さな哀しみ
現在、朝の6時です。
徹夜しちゃいました。もう若くないのに…。

…これから寝ます。

なんでこんなことになったかというと、残暑見舞いのはがきづくりや、住所録の見直し(入力し直し)をしていたから。

実は。
私がウツになる前に勤めていた会社に出入りされていた、ソフト&ハードウェアの営業マンさんの訃報を聞きました。
私自身は仕事上の接点があったわけではなかったのですが、世間話はたくさんさせていただいていました。
穏やかなんだけど実力のある、素敵な営業のおじさまでした。
夫から訃報を聞いたら、涙がこぼれました。
岬がティッシュを持ってきて、涙を拭いてくれました。

生前、ご自身にもお孫さんがいらっしゃるとおっしゃっていました。
ウツになる前の私が生まれたての岬を連れて出社したりすると、とても可愛がってくださいました。
目尻が下がりっぱなし、口元がゆるみっぱなしで岬を抱き上げてくださいました。

ご自身も自分がガンであることをきちんを知っていらして、先行きが明るくないことなど、すべて承知の上での闘病生活だったそうです。
闘病生活も長期に渡っていたらしく、薬もかなり強いものを使っていらしたそうです。
ご本人にとっても、ご家族にとっても、辛い闘病生活だったのではと思います。

もうお目にかかれないと思うと悲しいけれど、辛い闘病を終えられて、今はきっとまた、あの笑顔でいらっしゃるんじゃないか…と思っています。
そう願っています。

住所録からこの方のお名前を削除するのは本当に悲しかったです。
削除キーを1回、ぽんっと押すだけでもうその方に年賀状を差し上げることはないのです…。

そんなことをつらつらと考えていたら、夜が明けてしまいました。
今日はDOE嬢と14時にケーキを食べるお約束。
…守れるんでしょうか、私?


だめだったらごめん>DOE嬢
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書くことがあるような、ないような…

2005年07月02日 | 海の幸の小さな哀しみ
どんどん更新しなくなっていますね、このブログ

みなさ~ん、お元気ですか~? いえ~い!!

…むなしい。
母子でお泊まり保育をしていた実家から帰宅して、疲れ果てております。
なつさまがコメントくださっているとおり、なんだか落ち着くような、落ち着かないような日々でした。
82歳のおばあちゃんが最新型の洗濯機でせっせと私と岬の衣類を洗濯して、きちんとたたんでくれたりして。
左足骨折で車椅子生活中な母が「あんたはいいから寝てなさい」と言ってくれたり。
妹夫婦が仕事の合間に「お姉ちゃんはいいから寝てて!」と岬の保育園の送迎をしてくれたり。
もちろん食事も用意してもらっていました。

ひたすら薬を飲んで眠って暮らしていたにもかかわらず、私の病状は悪化の一途をたどっております
薬も今までで一番たくさんの量を飲んでいます。
家事も岬の洗濯以外は全部パス。
旦那さまと岬はコンビニ弁当暮らしでございます。
それでも良くなってるかって言うと、あんまり良くないんだな、これが。
今度の通院日までに気分があがってこなかったら、また薬かカウンセリングが増量になると思います。
は~あ。

愚痴日記になってしまってごめんなさい。



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ナミヘイ以下

2005年06月16日 | 海の幸の小さな哀しみ
最近、視力が落ちる一方の海の幸でございます。
メガネをかけるのは鬱陶しいのですが、メガネをかけないとカレンダーも見えない。
今度の運転免許更新時は、備考欄に『眼鏡等…』と書かれてしまうことでしょう

さて、そんなワタクシ。
自宅ではメガネをかけずにぼんやりした視界で過ごしているのですが、今日はやむを得ず目黒まで外出。雨が降っていてただでさえ視界不良なので、メガネをかけて行きました。

そうは言っても、基本的にメガネをかけるのが嫌いなので、ファストフードのお店でもコーヒーショップでも、とにかく席に落ち着いたらメガネを外してしまうワタクシ。

気がついたらメガネがな~い

見た目はちゃっちいけど、2万円もしたんです。
諦めるわけにはいかない
探しました。

まずはスターバックス
さらにタリーズコーヒー
ひたすら「青いフレームのメガネ、忘れていませんでしたか?」
と、聞いたのですが、どこにもなし。

あぁ…どこに置いてきちゃったんだろう
ひょっとしてメガネをかけてきたつもりで、自宅に置き忘れたんだろうか…。
それとも岬を保育園に送っていったときに、岬のロッカーにでも置いてきちゃったんだろうか…。
そう思いながら駅ビルのお手洗いへ行き、鏡を見てみると…

私、メガネかけてるじゃ~ん!!

スターバックスの店員さんも、タリーズコーヒーの店員さんも、不思議に思わなかったのかなぁ
それとも、青いフレームのメガネを2つ持ってるんだと思ったんだろうか?
それとも…陰でこっそり笑われていたんだろうか(←一番可能性が高いかも?)

ナミヘイさんはよくおでこにメガネをずりあげて置いて、「カツオ、わしのメガネを知らんか?」と聞いていたりしますが、私ってば、ナミヘイ以下じゃん

あああああ…



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祖母を送る

2005年05月09日 | 海の幸の小さな哀しみ
先月の28日に、札幌在住の祖母が他界しました。83歳でした。
一昨年の夏にはすでに末期ガンだと宣告されていて、本人もすべてを理解した上での闘病でした。
とても気丈な人で、あとは死を待つのみと分かっていながら、最後まで取り乱すことなく天寿を全うしました。

葬儀は祖母の長男(=私の伯父)が住職を務める函館のお寺で執り行われました。
ゴールデンウィークとぶつかったため、祖母を送りたいと思っていた人全員が、仕事などの日常生活に煩わされることなく、純粋な気持ちで葬儀に参列することができました。
ただ、ゴールデンウィークにぶつかったということは、裏を返せば東京在住組はとにかく函館までの交通手段の確保が難しく、インターネットを駆使しながら、まるで松本清張か西村京太郎の小説のように時刻表を調べ、乗り継ぎを考え、チケットを手配し、宿泊先を探し…。
そんな東京在住組がたどり着くまで、北海道在住組は祖母を守って待っていてくれました。
そして、みんなで祖母を送りました。
祖母は僧侶になった自分の息子2人(=私の伯父と実父)、孫2人(=私の従兄弟たち)に葬儀をしてもらって、嬉しかったんじゃないかなぁ…と勝手に想像しています。
そのほかにも近隣のお寺からお坊さんが来てくださって、総勢13名ものお坊さんにお経をあげてもらいながらの葬儀でしたから、ひょっとしたら立派なお葬式すぎて照れ笑いしているかも知れません。

葬儀に全員が参列できたこと、ものすごく立派な葬儀だったこと。今思うと、すべては祖母の力だったんじゃないかと思います。
決して平穏無事な人生を歩んだ人ではなく、また平穏無事ではない人生を生き抜くだけの強さを持った人でしたから、祖母自身も、祖母の4人の子どもたちも、その周囲の人々も、いろいろと複雑な気持ちの行き交いがあったと思います。
でも、最後は立派なフィナーレを飾りました。
伯父も立派なフィナーレを飾らせました。
伯母は祖母を立派に看取りきりました。
私の両親も精一杯のことをし尽くしたと思います。
伯父が「親を亡くして悲しいという気持ちはあっても、あのときああしておけば…というような悔しい気持ちはまったくありません。むしろ母をこんなにも清々しい気持ちで送ることができて、変な表現かも知れませんが、嬉しく幸せだと思っています」と挨拶したくらい、本人にとっても、周囲の人間にとっても、もう、これ以上ないくらい立派な、文句なしの人生の終わり方だったと思います。

孫の私からすれば、大人たちの複雑な事情はなんにも分からず、また、あえて知ろうとせず、ただ「北海道のおばあちゃん」でした。
純粋に甘えた気持ちで過ごし、祖母に死が近づいていると聞いてはいても、手紙を書いたり写真を送ったりするのはごくたまに、気が向いたときだけ。
でも、そんな気まぐれな手紙や写真を、祖母は喜んでくれていたそうです。
抗ガン剤を使うと髪の毛が少なくなると聞いて送ったシフォンの帽子も、ずいぶん愛用してくれたようです。
決して出来の良い孫ではない私は、最後まで甘えた気持ちのまま、祖母を送りました。大人の事情に首を突っ込まず、ただ孫は孫らしく最後まで「おばあちゃん、大好きだったよ」とだけ思って祖母を送るのが、私にとって祖母にできる、唯一のことだったように思うからです。

葬儀を終えた今も、祖母はいろいろなかたちで私にたくさんのことを教えてくれています。
生と死の間には絶対に越えられないものがあるのだということ。そして、生きているものは、その越えられないものを越えて死ぬのだということ。葬儀や供養といった言葉の本当の意味。そして私がこれからの人生を幸せに生きていけるように、祖母の今までの人生を知り、その人生を手本にしたり反面教師にしたりすること…。

私は相変わらずなんにもできない孫です。
これからもなんにもできない孫でしょう。
でも、祖母はなんにもできない孫の私にいろいろなことを教えてくれました。
だから私は、なんにもできない孫だけれど、せめて祖母が教えてくれたことだけは忘れないようにしたいと思います。
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小さな別れ

2005年03月25日 | 海の幸の小さな哀しみ
昨日、実家の愛犬・マロンが天国へと旅立ちました。
10歳11ヶ月でした。
心臓が悪く、ここ1ヶ月くらいはいつ別れのときが来ても…と覚悟をする日々でした。
仕事をしながら看病していた実家の両親は、さぞかし大変だったと思います。

私と岬は一緒に最後のお別れに行きました。
冷たくなって眠っているマロンのほっぺを触った岬。マロンはお世辞にもしつけの行き届いたわんこではなかったので、岬が触るといつも怒って吠えていたのに…
「今日はマロンちゃん、岬が触っても吠えないよ?!」
と、とっても嬉しそうで不思議そうな顔をしていました。
最後の最後にマロンと仲良くできて良かったね。

マロンがやってきた頃、両親は仕事が忙しく、私は短大生、妹は女子高生。
仕事だ、バイトだ、部活だ、遊びだ…と、家族バラバラに飛び回っていました。
家族の団らんなんてどこかへ吹っ飛んでいたとき、マロンがやってきて団らんの時間を作ってくれました。
マロンがいなかったら、家族の会話なんてなかったと思います。

そして、妹と私が立て続けに嫁いだあとは、マロンが娘二人分の空間を一生懸命に埋めてくれていました。

犬畜生なんて言われるけれど、犬は犬なりに、大きな役割を果たしていたと思います。

今までありがとうと、素直に思うワタクシでした。
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座布団じゃないやい!

2005年03月17日 | 海の幸の小さな哀しみ
クッションがボロボロになっていました。
5年間、毎日毎日家族の体重を受け止め、二つ折りにされて枕として扱われていたので、無理もありません。
そこで、クッションカバーを取り替えることにしました。

ユザワヤへGo
せっかくなので和風の柄にしよう!
旦那さまの希望通り、ソファに合うダル系のグリーンで
矢羽根模様のコットン生地を購入しました。
張り切ってクッションカバーを取り替えたところ、

見事に座布団になりました。

え~ん
違うんだ、これは座布団じゃないんだ。
あくまでもクッションなんだよぅ。

せめてもの証として、真ん中や四隅に糸のフサフサをつけないことにしました。

…どう見ても座布団ですが。
それもまたよし、ということで。
家族に愛されれば、カテゴリーなんかにこだわらなくたっていいのさ


<余談>
ユザワヤへ行こうと地元の駅へ向かう途中、友人に遭遇。
バイトの昼休み中とのことなので、友人のバイト先の事務所にあがりこみ、一緒にお昼を食べました。
今度はゆっくり遊ぼうね>DOEさま♪


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みんなでやるから、こわくない!

2005年03月09日 | 海の幸の小さな哀しみ
花粉が飛んでいますねぇ…

私はネコ・ハウスダスト・スギ花粉はダメです。

今年のスギ花粉は半端じゃありません。
軽度の花粉症である私ですら、目がかゆくなり、鼻水が流れ出てきます。耳の中までかゆいです。正直言って、耳の奥から脳味噌までもがかゆい感じです。喉もイガイガしています。
できることなら顔のパーツ全部を取り外して、生理食塩水で洗い流したいと思います。ついでに脳味噌も喉も肺も取り外してザブザブと洗えたらスッキリサッパリだろうと思います。
軽度の私ですらこんな感じですから、重度の花粉症の方だったら…。
今年はおそらく酸素ボンベを背負ってお風呂場の浴槽に頭までどっぷり浸かる以外に安住の地はないかと存じます。
いくらなんでもあんまりだ。

で、軽度な私ですら、写真のような花粉対策スタイルとなっております。
普段だったら絶対にやらないけど、周囲の人がみんな似たような格好をしていると、こわくないですね。

そう、みんなでやるから、こわくないんです。

私の場合、問題は、スギよりも…。

スギよりも…。

ネコが一番ダメなんです!
スギよりハウスダストより、ネコがダメ。


でも、ネコアレルギーでこの格好はできねぇべ??

ネコ、好きなんです。アレルギーがなければ一緒に暮らしたいと思うくらい好きです。本当です。
でも、医者には
「朝晩欠かさず風呂に入り、ブラッシングが大好きで、新陳代謝をしないネコだったら飼っても良いけど、そんな奇跡のようなネコはいないだろうから諦めなさい」
と、言われております。

あぁ、それなのに…。
旦那さまの実家にはネコさまがいらっしゃるのですよ。

正直申しまして、ヨメ的にはかなりまいがっ!…な状況でございます。

オシュートメさまが優しい方で、私が帰省する前にはいつも以上にお掃除してくださるし(もともとものすごくお掃除上手なオシュートメさまで、おウチは常にピカピカですが)、本当に申し訳なくなるくらい私のネコアレルギーを心配してくださるので、かえって…なんというか…。
こんなヨメで申し訳ありません…

今度帰省するときは、上の写真のような格好で帰省しても良いですか?
…って、ダメだろうなぁ。
花粉症は圧倒的多数で市民権を得ましたが、ネコアレルギーはまだまだ地位が確立されていません。
たぶん、この先ずっと、ネコアレルギーの地位は確立されないでしょう。
仮に地位が確立されたとしても、季節と関係なくこんな格好で歩くのはイヤですし、本来ネコさまと一緒に暮らしたり、すれちがうネコさまとたわむれたりしなければ全然問題ないわけで、こんな格好は必要ないのです。

…今度の帰省(いつ帰省するかは未定ですが)もまた、抗アレルギー薬を片手に帰省しようと思います。

うぉ~う、目がかゆい~っ


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抹茶くず湯

2005年03月01日 | 海の幸の小さな哀しみ
うおぅ
先ほど近所の内科から帰ってきました。

インフルエンザの検査を受けましたが、陰性だそうです。
「症状がかなり似ているんですけどねぇ…
と、お医者さんは首をひねっていましたが、結果が陰性な以上はただの風邪です。
『限りなく透明に近いブルー』(by村上龍)だとカッコイイ感じがするのに、『限りなくインフルエンザに近い風邪』だと、どうしてこんなにも情けない感じがするんでしょう
あぁ、もう、頭が朦朧として、何も思い浮かばないよ、ママン

岬がこの間ひいていた風邪もインフルエンザに症状が似ていて、2回も検査されていました。
岬からいただいてしまったのは確実なようです。
熱も岬のときと同様、38℃台からいっこうに下がる気配なし。

それにしても、インフルエンザの検査って痛いですね。
本当に一瞬なんですけど、まだ痛みが残っている感じがします。
高熱で心身共に弱っているときにやられるから、ショックが大きいのでしょうか
岬が目頭を押さえて涙をこらえていた気持ちがよくわかりました。
(↑「海の幸、休日診療所へ行く。」をご参照ください)

海の幸、今日も…。」に寄せていただいたhiro093さまのコメントに『そういえば私こどものころ熱が出て寝てるときはいつもプリンを食べさせてもらってそれがうれしかったなぁ~。』という一文があって、私はお粥が嬉しかった…とコメントさせていただいたのですが、もっと嬉しかったものを思い出しました。
それは…
くず湯!!
大好きです。両親が仕事で忙しいときは、自分で鍋一杯に作ったりしました。
今日は粉末でお湯に溶くだけの「抹茶くず湯」を買ってきましたが。

くず湯を食べて(飲んで?)、『ファイト一発』を飲んで、薬を飲んで、今日はもう寝ます。
おやすみなさい

我が家は旦那さまも体調不良です。
朝食もほとんど手つかずで出掛けていきました。
大丈夫なんでしょうか…。
モノの好みや趣味など、ほとんどと言って良いほど重なる部分のない夫婦なのに、風邪だけが重なることないじゃない

とにかく、皆さまもどうぞお気をつけて…。


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我が愛車の光と陰

2005年02月03日 | 海の幸の小さな哀しみ
これが我が愛車です。
いわゆる電動アシスト付き自転車です。
後ろには娘の岬を乗せるイスもついています。
これさえあれば坂道だらけのご近所もす~いすい
本当に快適です。
この自転車を考案した人を、私は心の底から讃えたいと思います

我が家はすごーく中途半端な場所にあって、最寄り駅は全部で5カ所。最寄りのバス停は全部で3カ所。それだけ聞くとすごく立地条件が良さそうですが、いずれの駅・バス停へ行くにも坂を上ったり下ったりして徒歩8~10分かかるのです。
だから大好きな(?)目黒へ行くのも実はすごく面倒
最寄り駅へ歩いて行って電車に乗って目黒で降りたら…所要時間は最短でも15分。
そんな目黒だって、この愛車を使えば自宅から8分です。
一方通行も自転車だったら大抵は逆走できますしね

が…今日は最悪でした。
またもや目黒へ出掛けたのですが、急な上り坂の途中でバッテリーが切れたのです。
まいがっ!

このテの自転車はバッテリーが切れたら最悪なのです。
電気で動く分、自転車自体の重量が重いのです…。とにかく重いのです…。
打ち捨てて帰ろうかとも思いましたが、買ってくれた旦那さまに申し訳ないので頑張りました。
ケナゲなヨメでしょ。

…でも、私が旦那さまにプレゼントした折り畳み自転車は「いや~、帰りの上り坂が結構きつくてねぇ~」と会社でホコリをかぶっている、というのはココだけの話という方向で。
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3年目の真実と、3年経っても解明されない謎

2005年02月01日 | 海の幸の小さな哀しみ
私は目黒へよく行きます。
今日も所用があって目黒へ行きました。

目黒へ行ったら『newsDELI』へ行くのが私の決まり。
足かけ3年、すでに80回以上は行っていると思います。
当然今日も行きました。
そして温かいジャスミンティーを頼むのも私の決まり。
当然今日も頼みました。
スタッフの人に「ジャスミンティーをホットでください」とお願いすると、独特な形のポットにティーバッグとカップ2.5杯分くらいのお湯が注がれて、テーブルまで運ばれてきます。
私はいつもジャスミンティーを飲み干し、いつも『もうちょっと量が多かったらいいのになぁ』と思いつつ、店を出るのでした。
が、。今日の私はひと味違う! お財布に少し余裕があったのです!
そこで豪快な気分でスタッフを呼び止め、「ジャスミンティー、もう1杯ください」とお願いしました。
すると「はい。こちら、お湯足しができますが、いかがなさいますか?



……
………

うみのさちは はじめて「おゆたし」のこうげきをうけた。つうこんのいちげき。


「じゃぁ、お願いします…」

うみのさちは「おねがいします」というのがやっとだった。87のダメージをうけた。


3年も通ってて、今頃こんな真実を知るなんて。
3年もの間、物足りなく思いながら「武士は食わねど高楊枝」な気分でお会計をしていた私って…。

きぃーくやしいーぃ
お湯足し、してもらおうじゃないの
どんどんもってこ~い

結局2回お湯足しをしてもらいました。ポット3杯分、カップで8杯、もちろん全部飲み干しましたとも。ええ! ついでにコップのお水も3杯いただきましたわよ。
お腹がちゃぷん…といったのが、少し切なかったです。



しかも、今日の日記はこれだけでは終わらない。
長いですよ、みなさん。覚悟して。

次のお題は『ハニートースト』です。
『newsDELI』の定番商品でありながら、非常に食べづらいこのハニートースト。
一体どうやって食すんだべか??
作り方のレシピカードは配ってるくせに、食べ方のレクチャーカードはもらったことないぞ。
アタクシは何度チャレンジしても、カノー姉妹やキミジマトワコみたいな優雅な食事風景に至ったことはありませんことよ。
(カノー姉妹やキミジマトワコがこのハニートーストを召し上がるかどうかは存じませんが)
ほらほら、隣のおっさんもやっぱり悪戦苦闘中だしさ。

もう、しょうがないので、スタッフに直球ストレート勝負。
「これ、どうやって食べるんですか?」
「中身を先に召し上がるお客様もいらっしゃいますしぃ、外側と中身とを一緒に切り分けてから召し上がるお客様もいらっしゃいます。でも、お好きなように召し上がっていただければいいんですよ

うみのさちは たからばこをあけたが、なかにはなにもはいっていなかった。


結局ナイフとフォークをぎこぎこと力一杯動かし、皿に傷が付くこともいとわず、ひたすらに切り分けて食べました。
ナイフとフォークを押さえていた両手の人差し指が痛いよ、ママン


みなさん『newsDELI』でホットティーを召し上がりますか?
お湯のおかわりが無料でできることをご存知でしたか?

みなさん『newsDELI』でハニートーストを召し上がりますか?
そのときはどうやって召し上がっていますか?

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