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パートナーに伝えること

時間は微分される

 時間は微分されます。夢の中でそれを悟った。時間は夜中の1時半です。それが夢に、積み重ねた時、つまり、積分した時には細かい時間はゼロになります。大きい時間だけ残ります。だから、同じことをやっている方が残るということです。

 色々なことをちょこちょこやっているのは、やっていないのと同じです。積み上げたかったら、毎回、リバース掛けることです。

フェースブックはわからない

 2時から、フェースブックをやっていたけど、TMのサイトにしてもよくわからない。あれでは登録しているだけです。どこも繋がっていない。グルメの写真に対して、「いいね」を連発しているだけ。

ゲーム化をいかにコミュニティ化

 ケータイにしても、どういう世界になるのか、というのは、社会の要請で決まります。元々、皆がどういう夢を描くのか、その中で日本的な要素は何なのか。

 ケータイでのゲーム化をいかにコミュニティ化するのか。ゲーム化からコミュニティ化は私の理論の中核です。ゲーム化からコミュニティ化しないといけないのかは、数学のジャンルで行っていきます。その結論を使っていきます。

 日本人の集団性についても、社会のジャンルで説明します。過去からの経緯と将来への展望は歴史のジャンルで説明します。

 一つのジャンルで連続で説明するのではなく、ジャンルを超えた連携になります。改めて、今の7つのジャンルでいいのかどうかも未唯空間の補完で証明します。

パートナーに伝えるには

 こんな複雑な論理をいかに簡単にするのかがポイントになっています。そうすれば、パートナーも、偶々な人に影響されずに自分の論理を持つことができます。

 広い範囲から、いかに要望を持ってくるか、大量データを偶然を使って、いかに処理するのかについては、もっと理論化しないといけない。同時に、集めた情報を行動に結び付けていくのかというのが、パートナーには必要です。それが企画そのものです。

電算部で得たこと

 電算部の時に得たことを考えても、4つぐらいのポイントに集約されます。

 一つは大量データの処理方法。二つ目は数学を活かして、システム技術を磨いた。三つ目は、先輩が居なくなったから、じぶんでたんどくでやることができた。四つ目は、組織に頼らないことです。そして、組織を超えるすべです。

 組織の中で、個人をいかに活かすのか、その人でならないことを集めてきて、より多くのことを可能にするのか。

研究開発部署で行ったこと

 電算部で得たモノを、研究開発部署で、形にしました。時代はユニックスになる時です。マックが急に表れました。組織の環境から、技術者個人の環境に切り替えた、これはビル・ゲイツが望んだ世界を目指した。

 誰かに依存するのではなく、自分の技術を自分で表現できる環境が望まれていた。それをマックを示すことで、皆に考えてもらった。研究開発部署のところで、邪魔されない環境とか、数学的なアイデアをカタチにしたとか書いている項目に、バックデータで裏付けします。

未唯空間の論理付け これが今、できる論理です。これを1024項目でとりあえず、引当ます。

 だから、始まる前にビビっているのは確かです。どのようにしてつなげていくか、一つの言葉に確実に意味を持たせることです。その上で、項目を、社会学的に数学的に、歴史的に論理を組み立てる。

論理的でないという言葉を連発

 パートナーに対しては、この最近、「論理的でない」という言葉を連発しています。論理的でないことを論理的に、分かりやすく説明していく。まあ、当然反発するけど、時間が経てば、その意味の一部は理解されることを期待するだけです。

 今日は8章を作り上げました。パワーポイントだけでなく、全体の論理が見やすいアウトラインも作り上げました。9章は明日に回しました。そこに、今後、色々な情報を付け加えていきます。パートナーへの指針を超えて、社会全体を示すモノです。

 まだ、3時半です。今日も1時半からノコノコやっています。バスの中での睡眠時間だけがとよりです。

マルチバース

 ユニバースではなく、マルチバース。多重宇宙。未唯宇宙は多重です。偶然の中のひとつの空間です。

 前は未唯宇宙をμギャラクシーにしたけど、むしろ、μマルチバースの方が的確かもしれない。μマルチバースは略すると、MuMvですか。MuMuなら、ミューミューですけど。

 一瞬一瞬を生きているようにするには、そういう空間に生きるしかないでしょう。どっちみち、無限次元空間の住民だから。パートナーの世界もあるけど、他の空間も同時に動いています。どういう可能性を選択していくのか。
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組織は生命体である

『俊敏な組織をつくる10のステップ』より

アジャイル(俊敏)な組織が求められている

 こうした中で、これまでの考え方から脱却して新しい経営のあり方を模索する動きが出始めています。そうした企業が目指すのは、状況変化に迅速に対応することのできる「アジャイル(俊敏)な組織」です。

 変化の少ない時代には、しっかりとした司令塔と整備されたマニュアルがあれば統制の取れた組織運営が可能です。しかし、複雑性が増して変化のスピードが速くなると、さまざまな状況の中で臨機応変な素早い意思決定と行動が必要になります。

 そうした時には、中央の司令塔とマニュアルだけでは迅速な行動は取れません。なぜなら、マニュアルには盛り込まれてはいない状況に対処しなければならず、いちいちトップの判断を仰いでいたのでは仕事にならないからです。

 急激な変化の時代に求められるのは、「自分たちは何者なのか? 何のために存在しているのか?・」という問いに答える「ミッション」や、「自分たちは何を目指しているのか」についての「ビジョン」、そして「それを実現するために大切にすべき価値」としての「バリュー」について組織の構成員全員が共通の理解を持っていることです。そしてそれに応えるのがホールシステムーアプローチによる組織変革なのです。そうした「アジャイル(俊敏)な組織」は次のような特徴を備えています。

  ◇組織の階層や部門の違いを超えた密接な社内コミュニケーションを維持している

  ◇多様なものの見方や意見を尊重し、自由活発な意見交換を行っている

  ◇組織が何を実現したいのか、そのために何が大切なのかを、全員が共有している

  ◇外発的動機(「何々をすべきである」)ではなく、内発的動機(「何々を実現したい」)を大切にしている

  ◇問題点ではなく、可能性に焦点を当てている

  ◇対話を通じて価値を共有している

決めようとしなくても決まる~自己組織化のエネルギーを信じる~組織は生命体である

 序章で述べたように、最近になって組織や人の集まりを生命体として見ようとする動きが広がってきています。この本で紹介しているさまざまなホールシステムーアプローチの手法は、いずれも組織が生命体であることを前提にしており、生命体が持つ「自己組織化能力」を発揮できるような工夫がなされているのです。

 組織を機械として見る見方をすると、組織は誰かによって所有される存在であり、従業員は株主や経営者などのために最大限の利益を生み出すために存在することになります。 また、その行動はマネジメントによって与えられる目標や意思決定に対して受動的に反応することになります。機械論的世界観のもとでは、従業員は「人的資源」であり、使われる存在です。このことは「人材」を「人財」と言い換えても変わりません。そして組織は誰かに強制的に変えさせられることによってのみ変わるのです。

 これに対して組織を生命体として見ると、組織は自分自身が所有者であり、他から与えられるのではない自らの内在的な目的も持っています。また生命体である組織は、外部の誰かによって作られるのではなく、自分自身の内的なプロセスによって自らを作るのであり、自らの目的を達成するために自律的に行動する主体なのです。
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ポータルを論理的に説明

詳細が始まらない

 本当に詳細が始まらないですね。会社でやるのは、今週は無理なので、家でやりましょう。

 会社では、8章と9章を作り出します。構想の具体化です。その上で、9月分を反映させないといけない。

 詳細を中身を見てやっていては大変だから、とりあえず、番号をつけます。概念の部分は夜中にやります。今日も、2時前から起きていた。その時に感じたのは、一瞬一瞬、生きているという感覚です。

社会は論理的

 社会は論理的に変わっていきのか。多分、そうでしょう。何しろ、数学をベースにしているから。カタストロフィーの理論も、革命も複雑性も同様に論理的に説明できます。途中のパラメーターを抜くから、論理の飛躍があるように見えるだけです。今回の未唯空間の補完は完璧にします。

 何が足りないのか、本当にそうなるかをシミュレーションをしていきます。そこから、論理的なシナリオを作り出します。

ポータルを論理的に説明

 ポータルにしても、社会の変化とか、皆の要望・欲望を含めて、論理的に変わっていきます。3年前に基本設計した時と今とでは異なります。事実はそこで全てが当てはまるわけではないけど、事実の方が大きいです。本で書いてあることの方が大きいです。そこからエッセンスを持ってきて、論理的に組み立てます。

 おチョコチョイのGのように、自分の都合のいいように変えることはしません。パートナーは人からの影響で、ロジックが混在する傾向にあります。

 ジョブスにしても、マイクにしても、彼らが成功した理由、また何を狙っているかをロジックで説明でき居ます。一人ひとりにパソコンを渡して、ネットワークでつなぐことはどういうことなのか、それによって、何が起こるのか。

 論理的にポータルを考えるとなると、なぜそうしているのかを一つひとつに対してハッキリさせないといけない。起こっていないこと、社会の変化も含めて説明していきます。

 その結果、どうなるかをつなげていきます。一つのことに対して、多くの事実をバックをつけていく。個人的な感覚でショートカットはしません。

A6の紙で読書

 iPadで恰好よく、本を読めるようにすることは諦めます。その代わりにA6サイズでプリントしたのを読みます。個タラの方が安定します。書き込みもできます。

 使う予定であったお金は奥さんのiPadかデジタルカメラに回します。とりあえず、今のパソコン3台体制でいきます。2万円のグーグルかアマゾンにの端末に、自分のデジタルライブラリを入れ込めるようになってからにしましょう。

やるべきこと

 何しろ、一瞬たりとも、気を抜かない。

 やるべきことはいくらでもあります。孤立と孤独の世界から、本当の社会シナリオを作り出します。

日本の集団性の影響

 日本の集団性に対して、ゲーム化が起こって、どのように公共性を持つようになるのかのロジックができます。法則ができます。西洋の個人主義との両極端で現象が起こっています。

 だから、新しい数学もできるのです。新しさというのはロジックです。今まで隠されていたパラメーターを表に出すことです。それは法則であって、方程式ではないです。

 だから、考えて、日本はこんないい加減な国になってしまったのか。やはり、政府も国民もお互いに依存しているのでしょう。共依存です。

 何もないところから作りだすには、提案レベルのがいいです。ある程度、勝手にやった所から、お互いが将来をどうしていくかを考えていかないといけないのに、依存したままです。思考停止で進んでいきます。

 それでは環境社会でやっていけない。今までのロジックは通用しません。過去の戦争では、国民動員では成功した。350万人ぐらいの犠牲は忘れられている。その犠牲を元にして、それにかぶせていくカタチです。それを言い訳にします。日清・日露の20万人の犠牲を無駄にしないために、太平洋戦争で350万人をかぶせたように。

 環境社会ではそのロジックは当然、成り立ちません。何しろ、地球規模の課題解決です。公共をどう作っていくかです。まあ、図書館と一緒ですね。
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「ゲーミフィケーション」は昔からある概念

『ゲームの力が会社を変える』より ゲーミフィケーションは何か?

「ゲーミフィケーション」は、特に新しい概念というわけではありません。

こういってしまうと、「ゲーミフィケーショ」とは何か、その新しい概念について知りたいと思って本書を手に取った方は、驚かれるかもしれません。

しかし、これは重要な点です。ゲーミフィケーションは決して新しい概念ではなく、既にあらゆる業界やさまざまな場面に取り入れられており、私たちの誰もが必ず体験したことがあるものなのです。たとえば、TSUTAYAのポイントカードやブログのアクセスランキング、もっと広義ではラジオ体操のスタンプカードもゲーミフィケーションの一種です。このように多数の事柄に導入され、多くの成果を上げている概念が、改めて注目を浴びているのが今の状態なのです。

そもそも「ゲーミフィケーション」とは、ゲーム以外の分野にゲーム的要素を組み込むことで、ユーザーのモチベーションやロイヤリティなどを高める手法を指す言葉です。当然、テレビゲームやソーシャルゲームの中にも組み込まれていますが、それ以外の幅広い分野にも取り入れられています。

ゲームに夢中になった経験がある人は多いでしょう。古くはファミリーコンピューター、プレイステーション、ニンテンドーDSやWii、オンライングームやアーケードゲームなど、さまざまなゲームが存在してきました。ついつい時間を忘れて、1日中ゲームに没頭してしまう人も多いでしょう。最近では、ソーシャルゲームに熱中する人たちが増えており、手持ちのスマートフォンで気軽に始められるために、ゲーム人口の裾野を広げています。

このように多くの人がゲームに熱中するのは、単に面白いからだけでなく、ゲームの中に、それだけの仕掛けや仕組みがあるからです。そして、そのような仕組みは、生活やビジネスなど多くの場面で活用されているのです。

本書では、その中でも主に企業内での活用シーン、つまり社員のモチベーションを高めて仕事の効率を上げたり、社員や顧客の声を共有して社員教育に役立てたり、会社の知名度をアップしてブランディングするなどの活用法に注目していきます。

本書を読み進める前に、ぜひ、ご自身の会社について振り返っていただきたいことかあります。

御社では、社員の士気は高いでしょうか。

売上のみにフォーカスして、ギスギスした感じはないでしょうか。

社内に笑顔や会話があふれていますか。

自主的に他の社員と関わったり、会社を良くするようなアイデアを出したり、行動を起こす社員はいるでしょうか。

愚痴ばかりで、社内が僻々とした雰囲気に包まれてはいないでしょうか。

毎日のように遅刻する社員がいたり、離職率が高かったりはしないでしょうか。

もしひとつでも思い当たることがあるなら、ぜひ本書を読んで御社に取り入れてもらいたい仕組みがあります。

それが、「ゲーミフィケーション」です。本書では具体的な成功事例を紹介しつつ、その仕組みを知っていただこうと考えています。
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1時半からの活動

寝れば、寝るほど、しんどくなります。

やはり、起きている手ですね。

パソコンをしていると、腰が痛くなります。

眼自体がかなり、しんどい。今は何もしないでおこうと思うけど、しないでおくのが一番しんどい。
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文明と戦争 富と安楽

『文明と戦争』より

歴史を通じ、繁栄の高まりは戦争と兵役の苦難に耐える意思の低減に関連づけられてきた。豊かな近代以前の社会で金持が成し遂げた肉体労働からの解放と贅沢な生活水準と、それによってより異質で魅力のないものとなった従軍や戦地生活の肉体的苦難は相容れなくなった。通常の生活の方が便利なものが多く、そこから逃げ出したいと思わせるようなものは少ない。そして追求したいと思わせる魅力というものも、軍務のなかには相対的に少ないのである。豊かさが文民的な性質のもので、戦士階級による直接的な力を通じた搾取に基づくというよりは法によって保護されているという場合、非武装化されているエリートは暴力的な紛争に対してさらに馴染めなくなる。我々が見たように、歴史的にはこのことによって、繁栄する近代以前の社会は貧困層からの暴力的な乗っ取りに無力になってしまったのであった。飢えたオオカミは定期的に満ち足りた犬を打ち負かした。この関係が近代になると変化するのだが、そこでは優れた軍事装備を生み出す成熟した科学技術のインフラストラクチャーが圧倒的な重要性を持った。しかし、それと同時に、産業と科学技術の時代が進展し、先進国の一人当たりの富が一五倍から三〇倍という驚異的なペースで増えていくにつれ、昔は特権階級のみが享受していた豊かさ、快適さおよびその他の便利なものが社会全体に拡大していったのである。ブルジョワになるという夢が登場し、そして社会の大部分を覆い尽くすように広がっていった。経済的に発展した「消費社会」では、平均的な男女はいまや昔の貴族以上の快適な生活を普通に享受するようになっている。

かくして増加していく豊かさは、生産と貿易での相互依存を増幅させるという近代の論理だけではなく、裕福さと快適さとが社会の苦難に耐える意欲にもたらす効果―それは今や社会全体に広がり着実に上昇しているIという伝統的な論理も通じて作用し、戦争を減らしたのである。この二つの原理は『ニューョークータイムズ』記者であるトマスーフリードマンが記した、半ば遊びのような原則に反映されている。その原則によれば、ファーストフード・チェーンのマクドナルドの店舗を持つ国同士は戦争を決してしないというのである。国際関係理論の研究者の間でしばらく思索の種になったこの定式が出てから、旧ユーゴスラヴィアのような例外は存在するようになってきている。いずれにせよ、マクドナルドのような多国籍企業を引きつける国は世界経済に十分につながっており、かつその恵みを享受するだけの裕福さを備えているという考え方に、それは基づいてい≒第二次世界大戦後ヽ先進国で豊かさと快適さのレペルは新たな高みに至り、そしてその時期において豊かなほぼ全ての国が民主主義であったため、好戦性の低下における快適さの効果と民主主義の効果を区別することは難しい。既に記したように、ある程度これら二つの要因が相互に関連していることは明らかなのである。それがどの程度関連しているかという点は、後ほど論じる。

今日の自由主義的、裕福で安全な社会の人々にとって、ほんの数世代前の自分たちの祖先がどのように暮らしていたか、そして貧しい国の現在の生活が依然としてどのような状態にあるのかを思い描くことは難しい。生きることはいうまでもなく困難を伴うものだが、昔ははるかにそうであったのである。近代の社会では不安が恐怖や肉体的苦痛に取って代わってきたのかもしれない。しかし、伝統社会の利点を正当に評価したり、近代性のストレスや問題を踏まえたうえであっても、この変化は革命的以外の何ものでもない。近代以前の社会の人々は、最も基本的な意昧での生き残りのために奮闘したのである。彼らのほとんどは飢えから逃れるために肉体労働を一生したが、決して飢えから解放されることはなかった。孤児、小児での死亡、配偶者の早世、死の全般的に早い訪れといった悲劇は、彼らの人生から切り離されるものではなかったのである。どの年代においても彼らは病気、障害、苦痛といった効果的な治療が存在しなかったものにむしばまれた。国家の支配が確立している場合でも、近隣国同士の暴力を伴う紛争はよくあった。したがっていつでも起こり得る可能性があった。このため、肉体的強さ、頑強さ、名誉といったものが重視されたし、それらの全ての評判を持つことが重要であった。苦難と悲劇は人々の態度を硬化させ、運命主義的な心境にさせがちである。その文脈でいえば、戦争による苦しみと死とは、マルサスの主張する他の死神たちー飢饉と病-と並んで、もう一つの自然に近い不幸として経験されたのであった。

これに比べ、あるいは対照的ですらあるのだが、裕福な自由主義社会の生活は劇的に変化した。肉体労働の衰退は既に言及した。飢えと欠乏は豊かな社会に取って代わられ、そこでは最も基本的な需品である食糧が事実上制限なく入手可能となった。これにより、窮乏よりむしろ肥満が貧困層の間ですら1いや実をいえば彼らの間で特に、ということまであるのだがI問題となるという、歴史的に見て前代未聞で逆説的な結果が生まれた。小児または若い時期の死亡は稀な出来事となり、幼児死亡率は産業革命以前に比してほぼ二〇分のIまで低下した。人口全体に占める一年当たりの死亡者はI〇〇〇人につき三〇人から、七人あるいはI〇人の水準へと下がっ‰昔は第一位の死因であった伝染病がヽ衛生の改善ヽ予防接種、抗生物質によって脅威でなくなっただけではなく、生きていくなかで昔はついてまわった無数の炎症や障害-視力の低下、歯の劣化、皮膚病、ヘルニアーが、薬、医療器具、そして手術によって緩和された。麻酔や鎮痛薬からバイアグラに至る他の薬が、生活の質を劇的に改善するようになった。先進国の人々は暖かくエアコンの効いた住まいに暮しているが、その住まいには家事のほとんどをやってくれる電気製品も備えつけられている。室内風呂やトイレもある。彼らは毎日手を洗うし、それと同じくらいに服も着替える。徒歩よりも車で移動する。余暇時間を占めるメディアを通じて、ポピュラー娯楽の圧倒的な流入を受けている。遠く離れたエキゾチックな場所で休暇を取る。「必要性のピラミッド」を駆け上がった彼らは、個人の自己充足を強調する「ポストモダン」「ポスト物質主義」的価値が自分たちには合っていると考えている。これは特にアメリカ人には信じがたい話かもしれないが、先進国(アメリカのインナIシティのような特に問題を抱える地区は別として)では、物理的暴力の可能性が日常生活の要素ではもはやなくなっている。秩序と快適さを備えた社会では、社会的なやり取りにおけるぞんざいな振る舞いは減り、他方で礼儀正しさ、平和的な議論、ユーモアが規範となる。男性は「自分の女性的な側面につながりを見出す」ことがよりできるようになる。子供や若者はかつて親に体罰でしつけられたり、学校、遊び場、路上でけんかをしたりしたものだが、今や彼らは社会全般での暴力に対する嫌悪に囲まれ、暴力を避けるよう習慣づけられている。

こうした変化と同じくらい劇的に、社会的な期待や心理的な性も上昇する。裕福な自由主義社会の人々は人生を単に耐え忍ぶというよりは、生きて人生を支配し、それを楽しむことを期待するのであり、戦争が彼らの人生設計のなかに入ってくることはほとんどない。

そうであるとすれば、歴史的に共和国の外交政策と関連づけられてきたあの「軽率な熱情」が、第二次世界大戦後に発達してきた裕福で消費者主義・快楽主義的な自由民主主義社会でほとんど消滅しているように見えるのも、驚くには当たらない。そのうえ、相対的に裕福でない「デモス〔民衆〕」においてよりもその社会のエリートおよび裕福な中間層においての方が、この変化の影響は大きい。社会内の「持たざる者」の方がより暴力的な社会行動に走りやすいのと同じように、国際体制で恵まれていない国家もそうした行動に陥りやすいというのは、全く偶然ではないのである。
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岡崎図書館の10冊

未唯へ

 母親の老人ホームにiPadを持って行った。アルバムを見せるつもりでいたが、ゴロッと寝たままでいたので、そのまま、帰ってきた。

 寝ていると、足が冷えて、しびれてきます。

 体調が悪いので、パソコン業務を行わずに、本を読んでは、寝ることを繰り返していた

岡崎図書館の10冊

 豊田市のスタバで、岡崎の本を読むつもりでいたが、体調が悪いので、家に直行。やりかけのOCRをしていたら、腰が痛くなったので、寝ながら、本を読んでいた。

 岡崎図書館へ返本に行ったけど、またしても、10冊、借りてきてしまった。あまり、負荷をかけずに処理します。次は、2週間後です。

 313.7『デモクラシーの世界史』

 G290.9『イギリス』地球の歩き方

 G290.9『モロッコ』地球の歩き方

 223『マンダラ国家から国民国家へ』東南アジア史のなかの第一次世界大戦

 105『日本2.0』

 319.2『フィリピン民衆vs米軍駐留』基地完全撤去とVFA

 629.3『カブーム!』KaBOOM! 100万人が熱狂したコミュニティ再生プロジェクト

 311『政治』ジャン=ジャック・ルソー

 567.0『明るい炭鉱』

 943.7『そこに僕らは居合わせた』語り伝える、ナチス・ドイツ下の記録
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中国 農村の変容

『近現代中国政治史』より

前近代、中華帝国においてフォーマルな官僚機構の最末端に位置していたのは県の長官である知県であった。郷紳層は、知県の統治を補完するとともに、科挙制を媒介として儒教的社会秩序の体現者としての社会的権威と統治機構に参画しうる政治回路を事実上独占していた。地域政治に対する彼らの関与は二〇世紀初めの新政を契機に様々な法的保証を獲得し、そのことが国民革命の打倒対象としての「上象劣紳」と批判される新たな社会的地位を有することになる。

一九三〇年代、国民政府による保甲制度(「戸」を単位とし一〇戸を一甲、一〇甲を一保とする)が導入された地域では、国家行政の政治的伝達ルートは各世帯にまで伸長し、郷紳がそれまで担ってきた役割は新しい機構によって回収されていく。すなわち保長は、合法的な地方公務の執行者として地方の公的資金の管理権限を保有し、食糧の徴収・負担金の割当て・徴兵の割当てなどの権力を握ることになった。

中華人民共和国成立前後の土地改革によって地主制が廃絶され、農民的土地所有が実現した。しかしながら、権力を奪取した中共にとって地主階級の打倒は一つの通過点であって、集団化による社会主義社会の実現が追求されねばならなかった。このような農村での政治運動は、権力奪取に至る過程で中共が獲得したエ作方法-エ作隊の派遣、積極分子の選抜、闘争大会の開催、新たな権力の樹立-によって実施された。この中共党組織と人民解放軍(退役者を含む)の実力を背景として展開された大衆動員型の農民運動の過程で新たな農村幹部がリクルートされ、同時に中央権力による基層社会の掌握が基本的に実現した。

農業集団化は農地の公有化を伴っていたが、一九五八年「大躍進」と呼ばれる中国政治の急進化のなかで、中国農村は一挙に人民公社に再編された。それは農家を「生産隊」「生産大隊」とピラミッド状に編成した大規模な組織で、農業・工業・商業・教育・軍事のマルチ機能を備え、中国農村が将来共産主義社会に移行する最良の形態であるとされた。「大躍進」運動による共産主義のユートピアの追求は国民経済を破綻させ、二〇〇〇万人とも言われる膨大な餓死者を生んだ。

一九六二年、人民公社は二〇~三〇世帯で編成される「生産隊」を実質上の単位として再編されることとなった。すなわち生産隊の範囲内の土地はすべて生産隊に帰すことを前提として農田水利建設が行われ、さらに飛び地調整によって村落の境界が生産隊の区画と一致するようになっていった。このインフラ整備や社隊企業という共有財産の存在は、「村落~生産隊」という集団的生存意識を生みだしていく。したがって、生産隊長には人民公社や生産大隊のりIダーとは異なる独自の役割が求められたのであるが、こうした中国農村の変容は、戸籍制度による移動制限や計画経済という制度的要因、さらにインフラ建設や企業創設に果たした下放青年や退職労働者の役割も重要であった。

人民共和国成立以前の中国で広く行われていたのは本人の意思によらない請負い婚(包辨婚) 共産革命と女性  であり、結婚の決定権は父母もしくは家長にあって子女は「父母の命、媒酌の言」に従うものであるとされた。こうした婚姻制度の背景には家を社会の根本秩序とし夫婦を人倫の基本とする儒教観念があり、三従(父・夫・子に従うこと)や四徳(女性としての道徳・話し方・身だしなみ・仕事)が強調された。

清末民初以降、近代思想に目覚めた青年男女は、伝統的な婚姻制度に反発して自由恋愛による結婚を渇望し、すでに父母の命に従って旧式結婚をしていた既婚者も自らの信条と現実の間で苦悶した。

一九五〇年、婚姻の自由、一夫一婦制、男女平等を規定する中華人民共和国婚姻法が公布・施行された。こうして両性の自由な意志によらない婚姻は無効であるとして、大衆動員方式によって婚姻法貫徹運動が展開され、「生産力の発展・生産建設」に有利な「民主的で睦まじい幸福な家庭」が目指された。

女性解放とは社会的労働への参加にほかならないという基本方針のもと、ほとんどの女性が「労働者」となり、このことによって男女共働き社会が出現する。同時に、学校教育において男女を区別する諸制度も廃止された。こうして労働や教育などの面での男女平等が強調され、新中国の女性は「すでに解放された」、「女性問題は解決ずみ」という評価が社会の共通認識となっていった。たしかにそこでは男性も家事を分担し、女性労働者は表面上男性と同等の地位を獲得したかに見えた。とはいえ、社会的労働への参加には解消しえない女性性(ジェンダー)に関わる課題群について、ほとんど意識されることはなかった。

人民共和国成立後、大規模な廃娼運動が展開された。すなわち妓院を全面的に閉鎖し、妓女に対して教育・更生を施すとともにその就業・生活問題を解決した。こうして一九七〇年代半ばまでに、中国社会では職業としての売春は姿を消すことになる。

中共政権にとって、女性労働力は国家建設のために不可欠であり、さらに大躍進運動期における家事労働の大幅な社会化によって、女性も男性同様に社会生産に従事するようになった。この政治運動はまもなく破綻するものの女性の社会進出は定着し、結局人民中国で専業主婦層が形成されることはなかった。六〇~七〇年代、「女は天の半分を支える」として女性の社会的労働への全面的進出が謳われたが、それは男性のあり方を基準とした「平等」であり、性別分業を根本的に克服するものではなかった。

都市では、政府は強い主導権によって労働力を統制しており、個々の労働者に職業選択の自由はなかった。このことは結果として女性労働者の増加を招来するものであったが、農村の女性もまた人民公社の労働力として組織されていた。そして都市でも農村でも、その労働条件における男女不平等が存在していた。また公権力による個人の管理は、婚外性行為の処罰や性に関する情報の厳しい制限を伴うものであった。

共産革命と この公権力による個々の民衆に対する厳格な管理は、共産革命によって可能となった。
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国家中心の歴史の見直し

『近現代中国政治史』より

二〇世紀から二一世紀にかけて、その時点での国家を正当化しない枠組みを追求した例をいくつか挙げよう。これも、国家と環境の相互作用という縦軸と、時系列にみた横軸に分けることができる。

第一に、国家と環境の相互作用という観点から見て、国家が自律的、主体的に成長し成立したのではなく、その周囲の地域や国際環境とのフィードバック・プロセスの中で出現、または建設されたという相互作用を重視する研究が現れた。

日本を含む束アジア地域の外交関係を、「グローバルな規模で世界が一体となりはじめた一六世紀の東アジア」という、地域と国家のフィードバックを歴史の枠組みで捉えるダイナミックな視点による研究もこのグループに入れることができる(岡本、二○○八)。この問題意識は、グローバル化か進行中の時期をカバーできるため、岡本の議論は、清末、中華民国、中華人民共和国という時期区分に拘束されることなく、二一世紀初頭にまで及んでいる。中国史研究の包括的な概説書の中で、井上裕正が主体とその環境間の相互作用を重視する観点を採って説明を行ったように、現存の一つの国家だけに焦点を当てるアプローチはますます少なくなってきたようである。

近現代思想も、国家ごとにそれぞれ確立していくのではなく、アジアの思想家たちの間で進められたフィードバック・連鎖の中で成熟していく、という枠組みからの研究もある。

国家と同じく、アジアや束アジアという地域の概念も、もともと存在したというよりも、発明されたものであるという、突き放した立場が主流を占めてきた(この論点は様々な文献で紹介されているが、溝口雄三らが編集した「アジアから考える」シリーズ〈東京大学出版会〉でも強く意識されている)。かつては、アジアになんらかの意味や価値を与えようとする研究や主張が相対的に多かった。二一世紀初頭においても「束アジア共同体」の議論に見られてきたように、その立場は引き続き存在しているが、逆にアジアという地域概念にとらわれない研究もある。例えば、アジアにとどまらず、ユーラシアというもっと広い地域枠組みで考えると、地域だけでなく、世界史の展開かきわめて異なって見えることもある。

第二に、新たな地域の視座として、主に二〇~二一世紀に存在する国家の形成との関連から評価されてきた海洋を中心とする秩序やネットワークも、取り上げられるようになった。辺境と見なされてきた海域が実は交通やコミュニケーションの主要な場であり、それ自体が[海は一つ]という意識を持った領域と捉えられ、これまでの陸上国家中心の直線的な史観に変更を迫ったのである。

ユーラシアや海洋という枠組みによる研究は、実は自律的に存在したにもかかわらず、歴史研究の表舞台からはぼ抹殺された歴史の展開面を復活させたものとして評価された。これらの研究は、歴史が、単純な進化論に基づいた系統樹のようなかたちで記述されるという基本的な前提を否定した。それも単なる理屈だけではなく、実証的なアプローチによって明らかにしたのであり、そこから、現在とは大きく異なる世界が実現していた可能性を強く示唆して、二一世紀初頭にまでしぶとく生き延びた国家形成の政治神話を相対化していく役割を果たした。

第三に、時系列の観点から見て、近代と前近代の対照の行き過ぎに対する異議申し立ても、歴史研究に沈潜した研究者から行われた。この時系列の対照の行き過ぎは、東アジアとヨーロッパという別の図式的な対照の行き過ぎとも対応していた。

夫馬進は、近代以前の中国の王朝は朝貢体制をとっていたというが、中国の政治的、文化的優越性を認めないヅェトナムや日本に対しては、知らないふりをして関係を維持した事例などを具体的に挙げ、前近代と近代、朝貢体制と主権国家システムの違いを単純に区別し述べることができないとした。「中国のかつての国際関係がシステム論として図式化されればされるほど、実際の中国外交は指の間から漏れてゆく」。このような歴史学の不確定性原理ともいえるような競合関係、つまり図式化した要約による単純化をすれば史実が軽視され、史実に基づけば単純化した要約ができないジレンマは、簡単には解決できないであろう。

以上、国家の相対化の試みを説明した。このようにして、二一世紀初頭では、二つの立場が並存するようになった。一つには、国家の重要性を一方で認めながらも、そこにとどまらない立場が主張されるようになった。つまり、アジアにおける国家建設の構想が研究され続ける一方、国家を前提とする歴史を研究する必要を認めながらも、それにとらわれない姿勢が大事だとされるのである。国家を前提とする歴史を相対化しようとするこれらの試みの背景には、現在と過去だけでなく、地球規模の統合が進むと考えられる将来像が、たとえ明確に示されなくとも、問題意識の中核にある。

しかし、二一世紀初頭の時点において、国家だけを見ることは確実に少なくなった一方、国家の存在意義が完全になくなったわけでもないし、国家に替わる何らかの新しい事物が明確に現れたのでもない。しかも中国では、中国独自の政治、経済、社会の枠組みがあるという立場からの議論も存在する。「中国モデル」や「北京・コンセンサス」などとも呼ばれるこの立場は、国家としての中国の歴史という枠組みを前提としている。

つまり、国家は以前よりも重要ではなくなったとしても、まだ十分に大きな意味があると考えられる。このような状況では、個々の研究では、国家を相対化する研究とともに、国家を対象とする研究を続ける二つのアプローチのうち、どちらか一方だけを使ってもかまわないが、テキストとしては複合的なアプローチを扱うべきであろう。

清末、中華民国、中華人民共和国というプロセスをまとめて理解しようとすると、まず連続性を見ていくことになる。この見方からすれば、中国という国家の形成プロセスというまとめ方ができる。ふつう、研究を進めようという場合、これまで進められてきた研究を参考にするものである。もちろん、すでにある研究をそのまま使うのではなく、取捨選択することになる。

国家形成、つまり一つの国家ができる巨視的なプロセスを見る場合、統合論という先行研究がある。しかし、中国の場合、単に国家形成だけでなく、そのプロセスに革命が大きな役割を果たしたという大きな特徴に関する先行研究も見ておかなければならない。この方面では、歴史的制度論という研究がある。ここでは、統合論と歴史的制度論という研究の先行例を見ていこう。
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午後からOCRに終始

かなり、大きなもののOCRを午後から行っていた。『近現代中国政治史』、『文明と戦争』、『インド洋圏が、世界を動かす』、『ゲームの力が会社を変える』です。

これらを消化するにはかなりの体力が必要です。
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