goo

グアテマラのマキラドーラ

『グアテマラを知るための67章』より

 マキラドーラ 韓国資本に支えられるアパレル産業の発展

  製造業のグローバル化は、生産工程の細分化による世界規模での機能的分業をもたらし、欧米や日本の巨大市場の周辺の途L国が労働集約的な生産に程の集積地としてグローバル経済に急速に収り込まれてきた。グアテマラも、1980年代後半に米国市場への輸出拠点のひとつとしてアパレル産業のグローバル化に取り込まれた。グアテマラのアパレル輸出は30年近い歴史を持ち、アパレル製品は同国の主要輸出品目である砂糖とコーヒーと並ぶ輸出品目となっている。
  グアテマラのアパレル産業は、いわゆるマキラドーフ制度によって始まった。マキラドーラとは、国内外からの直接投資を呼び込む目的で、輸出向け生産を行う企業に対して、原材料、機械、設備等の輸入関税の免除および法人税や売上税の面での優遇措置を付与する保税加工制度を指す。現地では、その制度の下で輸出加工を担う工場は慣習的に「マキラ」と呼ばれている。1984年に米国が中米・カリブ諸国に対して輸入関税の優遇を与える中米カリブ支援構想(CBI)を打ち出し、それを制度的に補完する形でグアテマラは同年に最初のマキラドーラ法として「輸出産業振興法」(法令21-84)を、続いて1989年には改正法である「輸出活動とマキラの発展振興法」(法令29-89)を制定した。これ以降、グアテマラは急速に対米アパレル生産拠点となっていった。WTO協定に基づき法令29-89は2015年末に廃止され、2016年から新たに「雇用保護のための緊急措置法」(法令19-2016)がアパレル輸出産業の優遇制度の枠組みとなっている。
  グアテマラと同様に他の中米諸国も同じ時期に対米アパレル輸出生産に着手し、今日まで輸出加工業を発展させてきたが、グアテマラを特徴づけるのは、なによりも韓国資本の存在感である。1989年以降、韓国系企業の進出が目立つようになり、2000年には258の事業所のうち166ヵ所を韓国系が占めるに至った。2017年3月時点でも172の縫製事業所のうち韓国系は100ヵ所を数え、アパレル輸出の約60%を占めている。1990年代までのアパレルに場の多くは、肌身で移住してきた韓国人が設に吠した親会社を韓国に持だない個人経営の企業であった。韓国人がアパレル工場経常のために人挙して移住してから20年を超えており、グアテマラ生まれの韓国系二世が経営する国内企業も川えてきている。アパレル産業における韓国人の存在感は、さらに高まっているといえる。
  アパレル産業を長年主導してきた韓国系企業だが、その構成は2006年の米国-中米自由貿易協定(以下CAFTAと表記)の発効と前後して大きく変貌している。ひとつは、製品の種類と企業の変化である。初期のアパレル輸出品目はスラックスやコートなどの織物衣服だったが、2000年を境にTシャツやタンクトップといったニット衣服が主力目四川となった。その変化の要因となったのが、韓国大手ニットアパレルメーカーの直接進出であった。セア商易、ハンセ実業、ハンソル繊維の大手三社は、2000年前後に相次いで大規模な自社工場を設立し、ニット衣服の対米輸出生産量を劇的に増加させた。現在、セア商易はグアテマラに4工場、ハンセ実業とハンソル繊維はともに2工場を保有するほか、中小縫製企業を傘下に収め、国内下請け網を発達させている。アパレル業界団体のVESTEXによれば、セア商易はグループ企業全体の輸出量がグアテマラの総アパレル輸出の40%を占めるほど突出した存在となっている。
  もうひとつの変化は、CAFTAの原材料の原産地規則を活用するために、2000年代半ば以降、韓国資本の直接投資による糸・生地サプライヤーの集積が進んでいることである。CAFTAの原産地規則では、原糸原則が採用されている。つまり、自由貿易圏内で生産された原糸(生地用の糸)で作られた生地を使ったアパレル製品が無関税となる。この優位性を活用すべく、韓国系大手・中堅ニットアパレルメーカーは、グアテマラに系列の韓国系の糸・生地メーカーを誘致しており、南部のエスクィントラ県パリン村付近が韓国系生地サプライヤーの集積地となっている。これにより、糸から完成品までの生産を一括してグアテマラで行う産業クラスターが形成されることになった。
  CAFTAを契機として、グアテマラのアパレル産業が縫製特化から一括(フルパッケージ)生産へと成熟する一方で、国別の繊維製品の輸出量の規制枠組みであった多角的繊維協定(MFA)の2004年末の撤廃は、グアテマラにアジアとの国際競争という課題を突き付けることになった。グアテマラのアパレル輸出は2004年をピークに減少、横ばい傾向にある。輸出の減少と先述の産業クラスター化は一見矛盾するようだが、これは国際競争に対する韓国系企業の戦略とかかわっている。CAFTA期にグアテマラの韓国系大手メーカーはニカラグアとハイチに工場を新設し、グアテマラとの間で製品の分業体制を進めている。グアテマラは中米でも労賃が高い。そこで、それまでグアテマラエ場で生産していた量産品の生産をニカラグアなどの工場に回し、グアテマラエ場では小ロットで高付加価値の製品を生産するようになったのである。つまり、韓国系企業は、米国市場に近いというグアテマラの地理的優位性と自社工場の一括生産能力を組み合わせて、付加価値の高い製品の迅速供給を可能にし、米国市場をめぐる国際競争力を高めようとしているのである。
  ここまで存在の際立つ韓国系企業を中心に紹介してきたが、グアテマラの国内企業にも言及しておこう。グアテマラのアパレル産業では韓国セクターと国内セクターがほぼ分離しており、生産システムの点でも異なる。韓国セクターでは生産を受注するアパレルメーカーを頂点として、そのドに生地サプライヤー、縫製ド請けサプライヤーが付き従う構造になっているが、国内セクターではリステックスとグルポ・インペリアルなどの国内資本の大于生地メーカー4礼がアパレル生産を受注し、生地を生産・裁断し、「サブマキラ」と呼ばれる小規模・零細サプライヤーに縫製工程のみを下請けに出す構造になっている。しかし、これらの生地メーカーの本業は、CAFTA域内およびメキシコヘの生地の輸出である。韓国系企業の存在が際立ち、国内セクターとの産業連関の希薄さが懸念材料ではあるものの、国内セクターもCAFTAを契機として独自の戦略の下で着実に成長しているといえる。

 マキラドーラの労働問題 深まる労働者の窮状

  グアテマラのアパレル・マキラドーラ産業は、国際生産ネットワークヘの参入以来、中心的な輸出セクターとして着実に成長してきた。だが、その裏返しとして、労働者が安い賃金での就労を余儀なくされ、また労働者としての権利を享受できていないという労働問題が横たわっている。
  日本で時折ニュースになるユニクロの下請け工場の労働条件の問題など、輸出加工業の労働問題は、途上国のみならず先進国企業にも跳ね返ってくるグローバルな問題である。企業の社会的責任(CSR)が浸透してきた今日、国際下請け生産の現場に対するNGOや消費者からの厳しい視線が注がれている。自由貿易協定でも労働者の権利や労働法の遵守を謳う社会条項の内容が厳しくなってきている。グアテマラの輸出産業のこれからの発展は、労働者の権利の擁護や適正な労働条件の保障によって国際社会からの信頼を得られるかにかかっているといっても過言ではない。
  グアテマラのアパレルエ場の労働者は産業発展の恩恵を享受できているのだろうか。最も重要な賃金については、2004年末の多角的繊維協定(MFA)の撤廃以降、人きな変化かみられる。2004年頃までは生産量がきわめて多く、労働者は早朝から深夜まで長時間労働を強いられていたが、労働者は最低賃金レベルの基本給のほかに、生産量に応じた奨励給を得ていた。より多く稼ぎたい者は、時給が2倍となる深夜残業で多くの残業代を手にすることができた。たいていの工場は通勤バスを提供していたため、通勤費も割安だった。ある韓国系工場の2004年2月の給与台帳では、平均的な縫製工の月給は基本給と奨励給で約1480ケツァル(当時のレートで約188ドル)だった。深夜残業代はたいてい現金で1000ケツァル程度支払われた。長時間労働に対する激しい批判が起きていたものの、収入が必要な者には稼ぐ機会があった。
  MFA撤廃以降の変化は、奨励給の大幅カット、残業時間の短縮、通勤バスの廃止の形で表れている。先はどの工場の2005年10月の給与記録では、同様の縫製工の月給は、奨励給のない基本給のみの約1300ケツァル(当時のレートで約163ドル)に下がっていた。2016年に労働者に話を聞いた時にも、以前は200~500ケツァルあった奨励給が、今では50ケツァルもらえれば良いほうだとの嘆き節が聞かれた。MFA撤廃による国際価格競争の激化によって、労働コスト削減が顕著になり、残業も21時までに終わらせるよう求められるようになったと労働者は語る。さらに追い打ちをかけるように、2008年には、最低賃金の上昇による外資の逃避を防ぐ措置として最低賃金法が改正され、それまでの農業部門と非農業部門の二本立ての最低賃金から輸出・マキラ部門を分離させ、三本立てとなり、マキラドーラ部門の最低賃金が最も低く設定されることになった。
  アパレル産業の発展は、労働者の生活をいっそう圧迫している。このことはグアテマラ政府が発表している最低限の生活の充足の指標となる基礎的食糧バスケットおよび基礎的生活バスケットと最低賃金の推移をみるとよく分かる。基礎的食糧バスケットは1世帯5・38人分の必要最低限の栄養摂取を満たすための食料26品目の価格である。基礎的生活バスケットは食糧バスケットに光熱費、家賃、学費等の費用を追加したものである。2015年の基礎的食糧バスケットは3405・60ケツァル(約450ドル)、基礎的生活バスケットは6214・60ケツァル(約810ドル)で、輸出・マキラ部門の最低賃金は2450・95ケツァル(約320ドル)である。図1から、CAFTA期に食糧バスケット、生活バスケットともに価格が大きく上がる一方で、最低賃金の上昇は弱いことが分かる。1世帯5・38人分は余裕を持った設定のように思われるが、工場労働者は自身の世帯だけでなく、兄弟・姉妹、両親、祖父母の生活も支えている場合が多い。たいていの労働者は子ども2~3人と、両親、兄弟・姉妹、祖父母のうち1~3人の生計支持者である。それゆえに夫婦ともに工場で働くケースが多いが、それでも食べるだけで精一杯の水準だといえる。生活バスケットと最低賃金の乖離を見ると、学業の継続や整った家に住むことがいかに難しいかが分かるだろう。
  こうした低賃金状況にありながらも、労働者は金銭的にやりくりし、生地の裁断や縫製などのある意味単調な仕事を日々懸命にこなしている。低賃金に抗議して会社と衝突することはない。しかし、グアテマラのアパレル工場では頻繁に労働争議が起きている。労働者が怒って抗議行動に出るのは、給与と手当に関する権利が保障されない時である。具体的には、2週間ごとの給与の支払いが遅れた時や残業代をごまかされた時、そしてそれに対して抗議したことで解雇され、解雇手当が支払われない時である。給料が安くても我慢して働くが、報酬が支払われなければ不満が噴出する。労働者は定期的な収入を頼りにぎりぎりの生活を送っているのである。
  給与未払いは大きな争議に発展する。グアテマラには争議の一般的なプロセスがある。給与支払いを求めて、労働者がグループを組んで、経営者に直談判に行くと、経営者は労働組合の結成を恐れて、グループの労働者とその仲間を即座に解雇する。解雇された労働者は、地元の労組やNGOの支援を受けて労働裁判所に解雇不服申し立てをする。同時に、NGOは国際人権NGOと連携して、その工場に生産委託しているアパレルーブランドを労働者の人権侵害の加担者として批判する。アパレル・ブランド企業は自社ブランドのイメージを守ろうとして、生産委託を停止し、工場は閉鎖を余儀なくされる。この争議のパターンは、CSRが問われるようになった1990年代後半から目立つようになった。なかには、経営者があらかじめ会社に親和的な労働者グループを抱き込んでおき、反企業的な労働者グループが現れた時に、脅迫や暴力によって労働者の手で反乱分子を排除させるケースも少なからず見られる。
  グアテマラの輸出産業では、労働法にある組合化や団体交渉といった労働権が実質的には認められておらず、労使の問題を社内で解決する手段がない。それゆえに、労働者の不満は人権NGOを介して国際的な社会運動に発展しやすい。グアテマラの労働権の侵害は、CAFTAの労働仲裁廷にも持ち込まれており、国際問題化している。外資誘致による産業発展のために企業を優遇せざるをえないのが途上国の実情ではあるが、CSRが厳しく問われるなかで、企業統治が輸出産業の持続的・安定的な発展には欠かせない。政府が、労働者の低賃金状況の改善のみならず、CSRの制度構築とその履行のために指導力を発揮できるかが問われている。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 未唯宇宙8.1.1... 前4世紀にお... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。