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シリアの現政権がこれからどうなる

『シリア』より

七月、反体制派グループでは全国で一〇〇万人以上の民衆が街路に出たと主張したが、政府側ではせいぜい一三万五〇〇〇人程度だったとしている。革命が成功するにはクリティカル・マスといわれるほどの民衆が街路に出る熱気と勢いが必要だが、シリアではまだそのレベルには達していなかったと私は見ている。その判断はダマスカスの知識人たちも共有し、同地の外交団でも同様の見方だ。四月以来、国連が監視団を派遣して治安状態がやや改善したときでも、デモの規模は、反体制派の発表によっても全国で数千人から数万人程度だ。

次に、国民の中の積極的政権支持派でもなく反政権、反体制派でもない中間層といわれる多くの国民は、次第に虐殺など非人道的行動ぶりが明らかになってきた反体制派グループに対していっそう警戒的、批判的になってきた。

国民の生活条件は決してよくない。それでも生活苦からくる社会の不満は反政府運動となって顕在化するまでにはなっていない。経済界でも政権に対する不満は大きいが、積極的に反体制派に肩入れして政権打倒に向かう動きにはなっていない。

政権の内部崩壊の兆しも見えてこない。これまで政権から離反したメンバーはほとんどおらず、国防軍、治安軍、警察の中でも離脱者は限定的である。

他方、国外で活躍する反体制派グループは国際社会から広い理解と支援を受けていながら、国内の民衆から強い共感を得るにはなっておらず、連携はほとんどできていない。 また、民衆蜂起が始まって以来一年余り過ぎても、いくつもある反体制派グループ間で大同団結すらできていない。

確かに、国民はアサド政権について、民衆蜂起を弾圧する過程で大変に反感を増大させたことだろう。政権に密着した一部のアラウィ派に対する批判には大きいものがある。今後の政権運営については治安機関と軍の影響力が強まるのは避けられない。

それでもバシャール・アサド大統領個人に対する批判となると事情は変わってくる。大統領夫妻の生活はアラブ世界にあって例外的ともいえるほどつつましい。国民はそれを知っている。アルジャジーラが一二年二月に報道した映像で負傷したいたいけない子供が「バシャールに神の鉄槌が下されますように。神が私たちの復讐を遂げて下さいますように」とたどたどしく喋る場面があったが、実はそれは典型的な「やらせ」映像だったことが判明している。

シリアの民衆蜂起についてはいくつも考える課題がある。

カタール、サウジアラビア、そしてトルコの過剰なまでの反シリア姿勢。これら諸国の権益がシリアによって直接的にも間接的にも侵されたわけではない。彼らはアサド政権が民衆蜂起によって比較的短期間で崩壊しうると読み、民衆への支援と称して一気に突き進んだ。だが、読み間違った。

アラブ連盟の歴史の中で加盟国が自ら進んで公然と他の加盟国の政権打倒に邁進するカタールとサウジアラビアの動きは前代未聞の事態である。アサド政権が生き延びるとなると、両国はブーメラン効果に直面する可能性が出てこよう。トルコにしてもエルドアン政権がこれまで封印してきた問題が噴出してくるだろう。

メディアのあり方についても深刻な問題を提示した。アルジャジーラなど湾岸諸国の衛星放送局は客観的報道を目指すというジャーナリズムの姿勢から大きく逸脱した。衛星携帯電話、さらにBGAN端末器などを国内の反体制派グループに積極的に供与したと言われる。そして、武装集団側で明らかに挫造したニュースを報道し続け、その一方で、たとえばシリアにおける新憲法採択の国民投票を無視し、ほとんど報道しない。一二年二月にダマスカスのタッゼ地区で起きた未明の銃撃戦では、深夜の騒音で目を覚まされた付近の住民たちは早速テレビをつけて、アルジャジーラなどが報じる荒唐無稽なニュースやコメントぶりを「堪能」した。

アルジャジーラ社内ではジャーナリズムの危機だとして過去一年、有能な記者が数多く退職する事態が進行していることは前述したが、また、ニュースの信頼性が落ちるにつれて往年の名声も色槌せてアラブ世界で視聴者離れ現象が起きていると聞く。

過去六〇年余り、中東世界では中東紛争の公正で永続的包括的な解決を実現することが最重要課題であるという共通認識が存在し、中東世界の政治外交的重心がイスラエルとその周辺地域に位置していた。その一方で、第四次中東戦争後にアラブの産油国が演出した二度の石油危機を経て原油価格が高騰し始めて以来、湾岸諸国の富が飛躍的に拡大してアラブ世界の経済的重心は確実にGCCの湾岸諸国に移動し、二〇世紀末から二一世紀になると湾岸諸国は政治外交分野でも自国の可能性を強く意識するようになった。その地域での最も深刻な脅威はイランである。中東世界における重心の移動という大きなうねりが生んだ出来事が、シリアの民衆蜂起以来の事態であるというべきであろう。

ニューヨークの人権団体Human Rights Watch一二年三月に、政権側に加えて反体制側でも非人道的行動を働いており、それは一一年九月以来特に増えていると発表した。すると、米国のシリア駐在フォード大使(帰国してワシントンで勤務中)は人権団体の発表の一週間後に行われた下院での公聴会で従来どおりのシリア政府非難を語気強く繰り返すのだったが、出席議員に反体制側の残虐行為について質問されて初めて、去年ホムス市内の事態が危険になって以来同じような報告は入手していたと答えるのだったが、言葉は曖昧で力弱く、内容にも乏しい。

ホムス市内の緊張の高まりとは一一月頃のことだ。だが、一二年春に辞職したアルジャジーラのベイルート支局長は一一年四月に武装グループがレバノンから国境を越えてシリア側に入るのを目撃し、五月には武装グループがシリア政府側と武力衝突している現場を報告したと語っている。

また、私の友人の従兄弟だちがすでに八月にホムスで反体制派グループに拉致され殺されている。しかも、殺される前にYouTube上に二回「出演」し、最初の回は、自分は上官が一般市民を殺せと命令したので脱走した兵士であると「証言」し、二度目には市民を五人殺したと「白状」した。

だが、その従兄弟は軍籍にはあるが文官であって武器には縁がなく、「証言」も「白状」も強制された偽りのものだ。友人のさらに他の従兄弟は黒の目出し帽の男たちに無理やり拉致され、市民が見ている前で首を切り落とされた。市民はその異常な様子に手も足も出せなかったという。情報収集の最前線にいるはずのフォード大使の情報が事態の展開から大きく遅れている。民衆蜂起が何カ月もの間平和的であったというのは神話、作られた話でしかない。
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