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観光地富良野の誕生

『新しい広場をつくる』より

富良野は現在、外国からの観光客であふれている。数年前に富良野に伺った際にタクシーの運転手さんに聞いた話では、一日に五、六回、外国人を乗せることも珍しくないと言う。主な顧客は、韓国、台湾、香港、シンガポール、そして冬のオーストラリアからのスキー客である。近年は中国本土からの団体客も少しずつ増えている。富良野全体が、完全に脱『北の国から』の方向に向かっている。

現在の富良野の最大の観光アイテムはラペンダーを中心としたお花畑と、冬のスキーである。ただし、ラベンダー畑は、もともと観光のためのアイテムだったわけではない。いや今でこそ北海道有数の観光地となっているが、六〇年代までは、富良野自体は純粋な農村地帯だったのだ。

ラペンダーはもともと香水の原料として生産されてきた。しかし▽几七〇年前後から、香水の原料が人口香料に取って代わられ、ラペンダーの需要が激減する。七三年には、香料会社の買い上げがゼロとなり、富良野のラペンダー栽培は実質ストップする。ただ、このとき、手塩にかけたラペンダー畑を潰すに忍びなく思った富田さんという農家が、一面だけ畑を残した。この一面だけ残ったラベンダー畑が、旧国鉄のキャンペーンこアィスカバージャパン・のポスター、カレンダーに採用される。翌年から、カメラを提げた旅行者が富良野を訪れるようになり、徐々に富良野の美しさが、当時、北海道を旅する若い旅行者(カニ族)たちの間で広まっていく。

一方、七四年には富良野プリンスホテルが開業、スキーリゾートとしての富良野がスタートする。

そして、一九八一年『北の国から』の放映が始まり、富良野ブームが到来する。

しかし、もしもこれだけのことなら、そのブームは数年で終わっていたかもしれない。大河ドラマと違って、放送が何年にもわたったという幸運はあったとしても、それだけがいまの観光地富良野を支えたわけではない。また富良野は、バブル後の長引く不況にもよく耐えて、観光地としての地位をいまも保ち、向上させている。

ここでも重要なのは、富良野の人々が、「香水工場の見学」「ポプリの作成」「ラペンダー摘み体験」など、様々な参加体験型の企画を打ち出していった点だろう。富良野は、観光に関わる人々の小さな努力の積み重ねによって、見事に、第一次産業を第三次産業に転換したのだ。あるいは様々な食品加工業なども、この富良野の地で生まれているから、いまの流行りの言葉でいえば農業の「高度化」「六次産業化」に成功した典型的な地域と言える。

実際、このような状態になると次々にアイデアが生まれてくる。いまや夏の名物となっている「北海へそまつり」は、富良野が北海道において経度・緯度の中心点に位置することから生まれた祭りだが、四千人の踊り手、七万人の観客を集める大イベントになるまでには、多くの紆余曲折があったと聞く。あるいは、夏と冬の観光の端境期に、ワイン祭りを開く。通年観光施設として、「カンパーナ六花亭」のような新しい観光スポットを次々に誕生させていく。街には英語、韓国語、中国語の表記があふれ、すでに国際観光都市の様相を呈している。

以下は、やはり拙著『わかりあえないことから』の内容と重複することだが、私はここ十数年、ほぼ毎年富良野の街に呼ばれ、市内のすべての小中学校で演劇を使ったコミュニケーション教育のモデル授業を行ってきた。現在、その事業は私の手を離れて、さらに広がりを見せている。

富良野でモデル授業を行っていて面白いのは、保護者や地域の方たちの見学者の数が異常に多いという点だ。全校生徒十数名といった小さな学校で、生徒と同じか、それ以上の大人たちが見学に来る。要するに、お母さんはもちろん、お父さんたちも農作業を休んでモデル授業を見学に来るのだ。あるいは子どものいない近隣の大人たちさえも見学に来る。

要するに、富良野の農家の方たちは、以下のようなことを考えているらしいのだ。

「自分たちは農家だし、また自分の子どもにも農業を継いでもらいたいけれども、これからの日本の農業は、高価格高品質の付加価値で勝負していくしかない」

こういったことを、富良野の人々は実感として強く抱いている。それ故に、

「だから、農家こそ、新しい発想や、消費者のニーズをくみ取る柔軟性、コミュニケーション能力や国際性が必要だ。農業こそが創造産業だ」

そのために、私のような者の授業にも、多くの見学者がやってくる。実際、富良野は、富良野ブランドを確立しており、「富良野メロン」「富良野かぼちや」といった無農薬、高品質のブランドは強い競争力を持つ。

二〇一三年度には、富良野高校に道内初の演劇を組み込んだコースが新設された。まだ札幌にもない新しい取り組みを行おうとしているのだ。もちろんこれは、プロの演劇人を育成するためのコースではない。二十年後、三十年後の農業と観光の町富良野を支える、豊かな発想と表現力をもった人材を育成するプログラムだ。
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