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多数とは誰のことか

『いまを生きるための政治学』より 政治に参加するということ

政策を決定するのは多数決によるとして、では人々はどのようにして多数と少数に分かれるのであろうか。あるいは、多数派というまとまりは、どのようにして形成されるのであろうか。

政治における多数のまとまりは、社会における利害や立場の分化に対応することがある。ヨーロッパであれば、カトリックとプロテスタントという宗教的分岐や言語、民族といった単位でまとまりができることもある。一九世紀以降、資本主義経済の発達とともに貧富の格差が拡大してくると、先進国では経済的な力の大小が、まとまりを規定するようになった。労働者は、労働組合を結成し、それを基盤とした左派政党を作り、再分配を求めた。他方、経営者や富裕層は保守的政党を支持した。そして、この二つの勢力が多数を求めて競争するようになった。これが二大政党制あるいは二極的政党システムの基本形である。

しかし、富裕層の人数と労働者の人数が政治の世界でそのまま多数決に反映されるわけではない。いつの時代にも、常に富裕層は少数であり、労働者は多数である。しかし、どこの国でも保守的政党が支配する時代の方が長い。人は、所得水準によって政治的なまとまりを作るとは限らない。

その一つの理由としては、二〇世紀後半という時代には、各国で中間層が形成され、単純な階級対立の図式が崩れたことが挙げられる。中間層に属する人々の中には、ある程度の財産を持ち、富裕層と同じような政治意識を持つ者も出てきた。

では、グローバル金融資本主義の展開によって、格差が再び拡大し、中間層が分解するようになった二〇世紀末から二一世紀初頭にかけてはどうであろう。一般の労働者の賃金は下がる一方で、金融機関の経営幹部は日本円で数十億円の報酬を得て、その上彼らが投機に失敗して金融危機が発生すると、国民の税金によって金融機関は救済される。金融経済の暴走に抗議するアメリカの市民運動、ウォールストリート占拠では、「九九対一」というスローガンが叫ばれた[『オキュパイ? ガゼット』編集部二〇一二]。グローバル金融資本主義の中で富を得るのは国民の一%で、九九%は犠牲を強いられるという意味である。実際に統計が示すとおり、上位階層への富の集中は進んでいる(図2-1)。この運動は、二○一二年の大統領選挙で再選を目指したオバマに大きな影響を与えた。そして、オバマは中関層の復活を公約に掲げた。しかし、同時に選挙が行われた下院では、共和党が多数を占めている。共和党は金持ち優遇減税の廃止に強硬に反対し、財政赤字削減をめぐる議論はデッドロックに陥っている。

九九%の人々が現状を理解し、富の集中に怒り、金融の暴走に規制をかける政策に賛成すれば、政治の世界では圧倒的に勝利できるはずである。では、なぜ実際にはそうならないのであろうか。客観的な階層所属と、主観的な自己認識の間にずれがあるということは一つの説明である。実際には貧しくても、富裕層になれるという幻想を持っている人もいるであろう。

より大きな問題は、金融機関の無軌道、無責任に怒るという共通の前提から出発しても、九九%の中で異なる主張に分化するという現象が起こる点である。民主党リペラル派の政治家は、金融機関に対する規制の強化と、社会保障を通じた労働者への再分配を主張する。これに対して共和党は、金融機関救済のための公的支出の拡大を批判する。そして、社会保障の縮小や減税を主張する。

人間は自分の置かれている経済的状況を正確に理解することは困難であり、それを改善するための理路は複数あって、どれが正しいかはすぐにわからない。日本の例を取るなら、一九九〇年ごろから生活者というシンボルがしばしば使われるようになり、生産、供給者に対する保護を撤廃することが、価格の低下をもたらし、生活者の利益を増進すると言われてきた。確かに、規制緩和や投資の自由化で、安い製品が国内市場にあふれるようになった。しかし、同時に賃金も下落している。生活者のための政策が、必ずしも生活を楽にしているわけではないのである。「官と民」、「生産者と消費者」、「高齢者と若年層」など、同じように生活をしている人々を分けるシンボルが政治の中で飛び交う。そうした言葉の中からどれかを選んで、人は自分の所属するまとまりを決める。

だから、九九%を一つの政治的主張にまとめることは実は困難な作業である。また、自由で競争的な民主政治の中では、様々な主張、集団が、多数の支持を求めて出現するものである。それは民主政治の宿命である。それを前提としたうえで、政策的主張をするときには、少しでも多くの人々の共感を獲得できるような言葉と運動のスタイルを見つけることが必要となる。
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