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ソ連はよみがえるか ユーラシア同盟

『プーチンの思考』より

プーチンがメドページェフとの「ポスト交換」で大統領選への出馬を表明した一〇日後の二〇一一年一〇月四日、ロシア紙「イズベスチヤ」の一面トップに「ユーラシアの新たな統合-きょう生まれる未来」と題するプーチンの長大な論文が掲載された。旧ソ連圏の再統合を目指す、いわゆる「ユーラシア同盟」構想の発表だった。ドミトリー・ペスコフ首相報道官は「ユーラシア同盟」創設がプーチンの次の六年間の優先課題の一つになると述べ、同構想がプーチン復帰後の外交政策の中核であることを明確に示した。

一九九一年に崩壊したソビエト連邦に対するプーチンの思い入れは複雑である。「祖国防衛」を願ってKGB入りした時、プーチンにとっての祖国は明らかに「ソ連」だった。そのソ連の崩壊を目の当たりにしたプーチンは「ひどく傷つき」、同時に大国ソ連を崩壊に導いた共産主義への幻滅と嫌悪はその後の生涯で変わらぬものになった。

一方、独ソ戦で負傷し足が不自由になったプーチンの父ウラジーミルは熱心な共産党員だった。古くからの知人によると、プーチンは大統領就任の前年に亡くなった父の墓前で「ソユーズ(同盟)」--[ソピエト連邦の正式名称は「ソビエト社会主義共和国同盟」だが、日本語では一般に「ソビエト社会主義共和国連邦」と翻訳されている--の復活を誓ったという。プーチンにとって旧ソ連圏の再統合は、独ソ戦に参加した父の思い出につながる生涯の目標なのである。

ただ、プーチンが考えている「ユーラシア同盟」とは、ロシアや諸外国のメディアが書き立てるような「ソ連の復活」とはかなり違う。

プーチンが大統領二期目の二〇〇五年四月に行った連邦議会に対する年次報告演説で「ソ連崩壊は二〇世紀最大の地政学的悲劇だった」と述べたことはよく知られており、これが「プーチンはソ連の再興を目指している」との見方につながっている。

プーチン自身はこの直後の同年五月五日、ドイツのテレビZDFなどとのインタビューで「ソ連の崩壊は人々に自由を与え、解放の機会となった。それをあなたが『悲劇』と呼ぶのは驚きだ」と質問され、いつものように皮肉を交えた言い回しで次のように答えている。

ドイツが統一され、ソ連が崩壊したことが(ドイツ人である)あなたにとって驚きだというのはおかしな話だ。独裁制からの解放は必然的に国家の崩壊を伴わなければならないわけではない。想像してみてほしい。自分のことをずっとロシア人だと思ってきた人々がある朝目覚めたら、その日から自分たちはロシアの領域外にいることに気付く。そういう人が五人や一〇人ではなく、二五〇〇万人いたのだ。彼らは親類や経済的結び付き、生涯にわたって蓄積してきたすべてから切り離された。個々の人間にとって、このことが悲劇でないといえるだろうか。悲劇そのものだ。

『ソ連崩壊を悲しまない者には心がない。ソ連に戻りたい者には脳がない』という言葉がある。私たちは事実を指摘しているだけで、過去を振り返るのではなく未来を見据えなければならないことはわかっている。前に進まなければならないことはわかっているが、何か起きたかという事実は明確に理解しておく必要がある。

カーネギー財団モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長は著書(『ロシア新戦略』作品社、二○一二年)の中で、「ソ連に郷愁を感じない者には心がない」と言ったのはウクライナ最高会議議長(元社会党党首)だったアレクサンドル・モロスで、「ソ連に戻りたい者には脳がない」は、エリツィンらと一九九一年一二月八日にソ連崩壊と独立国家共同体(CIS)創設を含む「ペロベージエ合意」に署名したウクライナのレオニード・クラフチュク元大統領の言葉だと指摘している。いずれにせよ、ロシア、ウクライナ、ペラルーシのスラブ三国の国民のかなりの部分が感じている気分をよく表している言葉といえるだろう。

プーチンは二〇一〇 年一二月の「テレビ国民対話」で、「私は『ソ連崩壊を悲しまない者には心がない。以前のままのソ連に戻りたい者には脳がない』と言ったのだ」と述べて、この言葉が自分の考えと一致していることを認めながら、「昔のままのソ連」に戻りたがるのは非理性的だという形の「軌道修正」を入れている。

ZDFなどとのインタビューからは、プーチンがソ連崩壊を第二次大戦後のドイツの分断や、現在も続く南北朝鮮の分断と同列に見ていることがうかがわれる。冷戦の終結と東欧民主化により、戦後分断されていたドイツは統一したが、ソ連は一五の共和国に分解し、今度はロシア民族にとっての分断の悲劇が続いている。プーチンがしばしば、ソ連から独立し欧州連合(EU)に加盟したバルト三国でのロシア系住民への差別問題でバルト諸国を厳しく非難するのは、こうした認識があるからだ。

大統領復帰の意思を表明した後の二〇一一年一〇月一七日、ロシア三大テレビ社長らとのインタビューでプーチンは「ソ連とは何か。それはロシアだ。ただ、別の呼び方をされていただけだ」とも指摘している。プーチンにとって、ソ連崩壊とは大ロシアの解体だった。「ソ連」に対するプーチンの態度は肯定と否定の両面を含んでいる。

プーチンがその一方で「ソ連に戻りたい者には脳がない」と思うのは、ソ連崩壊の主因が個人の発意を否定した非効率な共産主義体制そのものにあったことを「ペルリンの壁崩壊」の時に身をもって経験しているからだろう。プーチンは同じインタビューで、旧ソ連圏再統合のアイデアはもともとカザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ大統領の発案であって自分やロシアだけの提案ではないと強調し、「ユーラシア同盟はソ連の復活ではない。ロシアは、いろいろな分野でわれわれより遅れている国のために余計なリスク、余計な負担を背負い込みたいとは思っていない」と説明した。

ソ連時代にはロシアが石油や天然ガスを資源の乏しい各国に国際価格より大幅に安い値段で提供するなどして「帝国」を維持していた。現代のロシアにそのような余裕はない。プーチンは、旧ソ連圏再統合は主として経済の効率性のためであり、旧ソ連圏に現在の欧州連合(EU)に近い主権国家の統合体をつくることだと繰り返している。

「ユーラシア同盟」の意義

「イズベスチヤ」掲載の論文の中でプーチンは、「ユーラシア同盟」はソ連復活を目指すものではない、過去の遺物の復活やコピーを試みるのはナイーブだと強調する一方、政治・経済分野での新たな価値のための統合は「時代の要請である」とし、ユーラシア同盟は強力な国家間統合の一つとなり、欧州と成長著しいアジア太平洋地域の間の連結役を果たすことができると説明している。

さらに、EUとユーラシア同盟の将来の協力も視野に入れるとし、「ユーラシア同盟という効率的な統合体に結集してこそ、われわれ(旧ソ連諸国)は二一世紀の国際社会で名誉ある地位を占め、経済成長と進歩のリーダーの仲間入りをすることができる」と締めくくっている。

プーチンはまた、二〇一一年一一月一一日にモスクワ郊外で行われた内外有識者との会合「ワルダイ会議」でフランスの政治学者エレーヌ・カレール=ダンコース氏に「独立国家共同体があるのになぜユーラシア同盟が必要なのか」と聞かれ、EUがもともとは第二次大戦で破壊された欧州の経済復興のための石炭と鉄鋼生産を共通の管理下に置くことを目的とした欧州石炭鉄鋼共同体として第一歩を踏み出したことを指摘しながら「旧ソ連圏諸国にとっても同じことだ。旧ソ連諸国はソ連の計画経済の下で発達したため国際市場から孤立し、ソ連崩壊後は競争力を失って困難な状態にある。ソ連時代はこれらの国々の鉄道、道路、エネルギー網は互いに連結し、経済は補完し合っていた。個々の企業はばらばらでは存在し得ない。統合することで、経済に競争力をつけることが可能になる」と説明した。

ロシア、ベラルーシ、カザフスタンの三カ国は二〇一一年七月に「関税同盟」を発足させ三カ国間の税関を廃止、一二年一月から「統一経済圏」に移行した。これをペースにまず「ユーラシア経済同盟」を二〇一五年までに発足させ、最終的にはEU型のユーラシア同盟に発展させる、というのが「同盟」形成の大まかな構想だ。

既にロシアのメドページェフ、カザフスタンのナザルバエフ、ペラルーシのルカシェンコの三大統領が二〇一一年一一月一八日、モスクワで、「ユーラシア経済同盟」創設に向けた「経済統合に関する宣言」に調印した。三首脳はさらに、加盟国の代表で構成し経済同盟の執行機関となる「ユーラシア経済委員会」創設条約にも署名、初代事務局長にはロシアの産業貿易相だったビクトルーフリステンコ氏が就任した。メドページェフは会談後の記者会見でほかのCIS加盟国にも参加を呼びかけていくとし、将来的には通貨、経済政策の統合を目指すと述べた。

ユーラシア同盟はどの程度現実味があるのか。カーネギー財団のトレーニンは、プーチンが目指す旧ソ連圏の統合は関税同盟などの現実的段階は既に始まっているものの、政治統合を目指す「ユーラシア同盟」は多分に理想主義的で現実味が薄く、「大統領選に向けたプーチンの外交マニフェストの色彩が強い」と指摘する。

中立系世論調査機関レバダーセンターによると、ソ連崩壊から二〇年に当たる二〇一一年一二月、ロシアでソ連に「郷愁を感じている」人は五三パーセント。二〇〇〇年一二月の七五パーセントからは下がったものの、まだ半数を超えていた。大統領選でプーチンの選挙対策本部長を務めた映画監督スタニスラフ・ゴボルヒン氏はプーチン本人の否定にもかかわらず、「ユーラシア同盟」は「ソ連の復活だ」とあっさり答えていた。

「ユーラシア同盟」創設を選挙前に打ち出してソ連時代に郷愁を抱く保守層の支持を固め、現実的には旧ソ連圏の経済協力を推進してEUなどに対抗し生き残りを図る。「ユーラシア同盟」構想は、ソ連崩壊を悲しむものの、そのままソ連に戻ることは不可能だと悟っているプーチンのしたたかな選挙戦術であると同時に、「ロシアの伝統的価値」によって国民を統合する保守的傾向と、市場経済を受け入れ共産主義的発想からの決別を図る改革志向のバランスを取るプーチンらしい選択といえる。その一方で、プーチンという人の中で解消できずに存在し続ける「過去への郷愁」と「未来への志向」をめぐる矛盾の露呈という見方もできる。それはそのまま、現在のロシアが抱える矛盾ともいえるだろう。
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