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図書館と絵本

『絵本と社会』より

「指定管理者制度は導入しない」「厳しい財政状況でも、図書館への優先順位を下げては断じてなりません」と宣言して活動し、全国的にも高い評価を得る伊万里市民図霞館。スターバックスコーヒーや蔦屋書店が併設され、図書館を利用するとポィントが付与される制度を導入して視察やメディアの取材が相次ぐ武雄市図書館。伊万里市民民図書館は利用登録数が市民の5割を超える。その秘密は子どもたちの読書にあった。ブックスタートを導入し、家族で同じ本を読む「家読」(うちどく)活動に収り組んで成果を上げ「文字・活字文化推進大賞」を受賞、市は2010年には「子ども読書のまち」宣言を行った。一方、武雄市図書館は、図書館を官民連携によりおしゃれな知的集客施設に変えた先駆的事例として全国の公共図書館の見直しに一石を投じた(『つながる図書館』猪谷千香/ちくま新書/2014)。ともに佐賀県にあり、車なら30分で行き来できると注目を集める二つの対照的な図書館、どちらの道を選択するかはそれぞれの自治体と市民が決めることだが、公共図書館の今後を占う注視すべき動向である。

図書館は、図書、雑誌、視聴覚資料、点字資料、録音資料などを収集・整理、保存し、利用者に提供し、併せて行事の実施や図書館利用の指導を行う施設であり、サービス対象別に国立図書館、公立図書館、大学図書館、学校図書館、専門図書館、その他の図書館に分類される。「図書館法」(1950年制定)により、公共図書館のサービスが明確に定義されたが、図書館サービスが十分に行われるようになったのは『中小都市における公共図書館の運営』(略称・『中小レポート』、日本図書館協会、1963年)からであり、現在の図書館サービスの基本となっているのは「中小レポート」を整理、発展させ公共図書館の新しいモデルを提示した『市民の図書館』(同協会、1970年)からだとされる。そこで示された公共図書館の具体的なサービスは、(1)市民の求める図書を自由に気軽に貸し出すこと、(2)児童の要求にこたえ、徹底して児童サービスすること、(3)あらゆる人々に図書を貸出し、図書館を市民の身近に置くために、全域にサービス網をはりめぐらせることであった。これによって市区町村立図書館は大幅に増え、貸出点数も飛躍的に増加した。

公共図書館の児童サービスの目的は、(1)子どもと本を結びつけ、読書の楽しみを伝えること、(2)子どもたちが必要な情報にアクセスすることができるようにすること、(3)図書館の使い方を指導することである(|『児童サービスの歴史』汐崎順子/創元社/2007年)。本来「児童」は、7歳から12歳までの小学生をさすが,2000年の「子ども読書年」の制定,2001年のブックスタートの開始により、0歳児をサービスの対象とすることが一般的になり、現在ではO歳から12歳くらいまでの乳児、幼児、児童とその保護者を対象とし、さらに児童資料を利用する学生や研究者など一般成人や、児プ礒関連機関の人々を対象とすると定義されている。図書館における児童登録者数の割合(児童登録率)は, 1965年以降着実に増えている。これは、公共図書館の増加に加えて、公共図書館が児童サービスに力を入れてきた成果だといえる。

戦後の児童サービスの歩みは、「選書」をめぐる論争の歴史でもあった。1960年代は石井桃子らによって紹介された(『児童文学論』リリアン・H・スミス/岩波書店/1964年)古典に基準を置いて本の評価を行い、質の高い優れた図書を選書し、その中から子どもに自由に選ばせるという考え方が支配的であった。しかし、「市民の図書館」が市民の求める図書を貸し出すことが図書館の当面の重点目標であるとして以降、絵本を含む児童図書も子どもの要求に従って人気の絵本を購入するようになった。そのため、貸出冊数のみに目を奪われ、良書を子どもに手渡す働きかけが弱まる結果を招いた。現在は子どもの要求や貸出回数を重視する図書館と、質の高い優れた絵本を収集し提供しようとする図書館の二極化の傾向が見られる。前者は「優れた絵本というのは、大人の自己満足であって、読まれなければ何の意味もない」と主張し、後者は「子どもや保護者が絵本の優劣を見分けることは簡単ではなく、経験豊富な司書によって選ばれた優れた絵本のなかから保護者や子どもが自由に選ぶのが望ましい」と主張する。トロントの「少年少女の家」で日本人でただひとり司書を経験した桂宥子は、『理想の児童図書館を求めて』(中公新書/1997)で、子どもと良書の橋渡しをするプロの児童図書館員や司書が大切であること、図書選択こそ児童図書館員の最も重要な仕事であり、公共図書館の厳しい選択が児童出版界の質的向上につながることを強調している.

90年代以降子どもと読書をとりまく動きが活発になった。政府は「子ども読書年」制定を機に、「読み聞かせキャンペーン」をマスメディアを使って展開した。2001年,には「子ども夢基金」が創設され、民間団体が行う子どもの読書活動への助成を開始した。2002年には、初の国立の子ども図書館「国際子ども図書館」が全面開館。2003年には,都道府県や市町村で「子ども読書活動推進計画」が策定され、この計画のもとで図書館、学校、地域団体が連携して子どもの読書に関する取り組みを行った結果、不読率が減少し平均読書冊数が増加している(『公共図書館児童サービス実態調査報告2003』日本図書館協会、2004年)。

たとえば、世田谷区ではすべての小学校で保護者やボランティアによるおはなし会が行われており、図書館と文学館の共催による研修プログラム「学校おはなしボランティア養成講座」(5日間)、経験者のための「ステップアップ講座」(3日間)、関係者が事例報告を基に話し合う場、「子ども読書推進フォーラム」を2006年から毎年実施している(子ども読書の現状と、絵本を中心とした読書推進計画の具体的な収り組みを東京・世田谷区と三鷹市の事例を中心に報告。「子ども読書と絵本再考」生田美秋/『現代の図書館』2008.3)。同様の取り組みは全国の自治体でも実施されている。

この一連の動きの背景には、2003年のOECD生徒の学習到達度調査(PISΛ)において日本の子どもの読解力が41か国中14位に低迷したことがある。文部科学省は2005年までの「読解力向上プログラム」を作成、さらに学習指導要領の改訂を行い、子ども読書の推進と国語力の向上に取り組み、次の調査では読解力の順位は上がり、文部科学省の取り組みは功を奏した形となったが、調査は学力低下以上に深刻な問題として、学びを拒絶し、学びから逃走する子どもたちの急増(「趣味としての読書をしない」小学生が53%を占め、OECD参加国中、最も多い)という現実を明らかにした。

指定管理者制度の導入やコンピューター化による運営の合理化が急速に進み、絵本の選書や児童サービスを行う図書館司書資格を有する職員がいなくなることへの危惧が深刻になってきた。絵本の場合、広い見地から優れた作品を選び、子どもや保護者からの質問に適切に対応できるようになるためには豊富な経験が必要である。また、子どもの読書を支える場として家庭、公共図書館と並んで学校図書館の充実が課題となっており、司書教諭と常勤の学校図書館担当職員の配置による活性化が急務である。

冒頭に紹介した公共図書館を町づくりの中核施設、情報拠点として見直す動きと並行して、全国各地に「子ども図書館」「絵本図書館」が誕生し始めている。子どもと読書への理解が浸透し、人間形成の基礎を培う乳幼児期に絵本に親しみ、楽しむ環境づくりを行うことが重要であるとして、ブックスタートの実施自治体の拡大と並んで全国的に見られる動きである。新設の「子ども図書館」「絵本図書館」は、図書館であると同時に子育て支援の場と位置づけられているところに特徴があり、司書と共に保育士を配置している所もある。2016年には高崎市の子ども図書館、札幌市の絵本図書館のオープンが予定されている。
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