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創発性

『メディア学小辞典』より

イギリスの哲学者で経済学者のJ.S.ミル(1806-73)は『論理学体系』(1843)で出来事の原因に均質性と異質性があるとしている。これをうけてG.H.ルイス (1817-1878)は『生命と心の諸問題』(1875)で、「創発」の概念を提 起し、進化のプロセスにおいては「結果」の原因への直接的な遡 及はできないと考えた。 E.デュルケームは『社会学的方法の規準』(1895)で、「社会的事実」にはこれに関与する諸個人の心理現象や生理現象に還元できない「新しい」ものの出現が含まれていると考え、「全体の属性」とその「諸部分の属性」との異なりに注目している。創発性の考察では、時間的な因果関係に、体系とその構成部分との関係というシステム理論上の共時的構造性が重なり合っている。前者では現象の「現れ方」に、後者では現象内部の機構に焦点があてられ、機能上の根本的な「パラドクス」への問いかけが生まれる。パースは古典論理学における因果関係の記述には偶然性の介入が不可避であることを指摘している(→可謬性)。

P.ヴァツラグィクたちは、自然現象と精神現象の多くの事例について「別々に考えられる要素からでは決して説明のつかない複合性」の観察に際して、「二つないしはそれ以上の要素の相互関係から現われる創発性」を指摘している。人間どうしの間で必然的に展開されるコミュニケーションは、「役割」、「期待」、「動機」などに関わる「基本的な単位としての個人」にその担い手としての役割を指定し「分割できる」けれども、コミュニケーションの「連続は相互に分割でき」ず、相互行為の「超総和性」を認めざるを得ない。生物学的レベルから、現代社会の「予期できなかった」そして「予期できない」さまざまな出来事に至るまで、理論的かつ実践的なレベルでの未知のことがらは極めて多い。元来「現れてくる」ことを意味するemergeは、「既存の構造から導かれてはいるが、驚かせるもの」を含意している。日常会話において 「状況を創発する展開」が認められ、あるいは「自己産出的な体系は持続的に創発的である」と考えられている→自己産出。

N.ルーマンは『社会システム理論』(1984)で、矛盾がシステムの構成要因になり得ることを認め、コミュニケーションにおいては「交互に相手の関心を読み取ろうとする循環のなかに据えられた→自己言及が、→相互作用にとってネガティヴなものであり、しかもまさにそうであるがゆえに実り豊かである」と記している。社会システムに認められる「創発的な秩序」とコミュニケーション・プロセスとは、相互浸透しながら展開している。創発とは「決して→複合性の累積などではなく、複合性の組成の中断ならびにその新たなる開始に他ならない」。

現代社会の危機的な状況への言及に際してしばしば「創発」の 概念が適用され、ときに単純化された概念使用がみられる。「創発性」への言及は、常に対象把握の手法についての検証を求めている。我々は世界の出来事を記述しようとし、伝統的に蓄積されてきている多様な概念を使用しながら整合性を目指している。このとき→観察には基本的に→パラドクスの要因が不可避的に含まれ、我々が用いる諸概念の不断の検討と更新が求められている。ルーマンは→矛盾への言及を軸にシステム間現象の創発性の問題を取り上げ、『社会の社会』では、この概念を説明概念ではなく「エピソードを伝えているだけ」のものとしている。この概念には、「要素と全体の関係」を見直すためだけではなく、r全く異なる思考態度を導入する」企図が託されている。同書における→象徴によって一般化されたコミュニケーション・メディアについての詳細な記述や、遺稿『社会における教育システム』における→媒質と形式の概念の実践的な適用のなかに、→媒介の視点からのシステム理論体系化の構想が「説明」され、「創発性丿概念との相補的な関係が示唆されている。
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