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「する」としての老い,「ある」としての老い

『はじめて出会う生命倫理』より

芹沢は,「老い」に関して次のように言及している。彼によると,私たちは自分の人生を常にできること,しうること,すなわち「する」を基準にして考え,私たちの社会もまた「する」を基準にして成り立っている。そして,「する」を基準にして「老い」を見ると,「老い」はひたすら「できなくなる」こととしてだけとらえてしまい,「する」の世界が縮小していくという認識から離れられなくなってしまうという。 ここで、老いることをたんに「できなくなる」(=[する]の不能化)という見方で把握するだけで足りるのか,と疑問を投げかける。彼はそこで,「する」という基準を相対化する言葉として「ある」をあげる。「ある」とは〈存在そのもの〉であり,それはたとえば胎児や生まれて間もない新生児であり,人間の出発点だ,という。彼によると,子どもというのは,〈存在そのもの〉として生まれてきて,やがて何かできるか,何を成しうるのかということを問われ,自分自身に対しても何かできるのかということを問いかけながら成長する。「ある」から「する」へ,これが自然なプロセスだという。

しかし,人間は一方通行ではない。もうひとつ,「する」からまた「ある」へ戻るというプロセスがある。「ある」に始まって「する」という段階を経て,もう一度「ある」という段階に戻っていく,これが人生のプロセスの原理的な把握だというのだ。ここから「老い」の過程を,「する」のくびきから脱し,「ある」という段階に戻れる状態に入ったことを意味すると論じる。「する」を視点にしている限り,老いの過程は,「する」の後退や縮小といったマイナスなものとみなされる。しかし,「ある」に視点を置いてみると,後退・縮小とみなされてきたことは,「ある」への着地・回帰ととらえなおすことができるというのだ。

芹沢は,「する」「ある」論から介護についても次のように言及している。現実社会の中では人間は「する」を基盤に秩序づけられ,そこに日常生活がある。だとすれば,それは仕方がないことなのだが,本来の人間のあり方というのは「ある」から「する」の段階を経て,もう一度「ある」へ回帰していく,この道もまた避けられない,という認識をもてるかどうかで,介護の仕方,介護する者のあり方というのはずいぶん違ってくるのではないか,と。

暮らしのさまざまな場面で介護が必要になった人は,「する」という眼差しからは価値がないとみなされてしまう。介護する側も,その人のために介護や世話や見守りや気遣いなど,いろいろな「する」を強いられる。こうして,介護する者の価値観も,「する」というところに意図せずしてしばられてしまう。

「介護される」とはどういうことか,について考えた場合,「他者に自分の生と身体をゆだねる,あずける」ということがひとつにはあると私は考える。そして,「他者に自分の生と身体をゆだねる,あずける」者にとって,他者とどう生きていくのか,他者とどう関係を築いていけばいいのかが切実な問題となる。その問いに対する答えとして,他者の援助は受けるが支配はされない,ということがあると思う。「他者に自分の生と身体をゆだねる,あずける」者にとって,他者の援助は受けるが支配されないためには,介護される者自身の「自己決定」が重要である。ところが,「他者に自分の生と身体をゆだねる,あずけること」と,「自己決定すること」とは,相いれないことであると考えてしまう節がある。それはなぜなのだろうか。それは,「他人の力をかりない=自分の力で」自立観にとらわれて「自己決定」というものをとらえてしまうからであろう。誰にも依存しないことを「自立」と定義するこの社会では,他人のケアに依存しなければならない状態に陥ったとたんに,その人の自己決定能力は否定されるのである。しかしながら,「他者と関係を築こうとする、自立観からしてみれば,そもそも「自己決定の尊重」とは,相手の欲求や意思を尊重しながらも,何か最善の決定なのかを共同で考えていこうとすることとしてとらえられる。ただし,「介護される」人たちの中には,周囲の呼びかけに応じられないと見られる人たちもいる。また,自身で相手に呼びかけられないと見られる人たちもいる。そういった人たちの「自立」「自己決定」は,どうあればいいのだろうか。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (μ)
2011-04-05 21:51:04
何しろ、あなたの晩年は悲惨ですよ。「孤立と孤独」を最後まで貫くか、奥さんよりも早く、亡くなることです。
 
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