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環境対応が企業にもたらすメリット

『競争戦略論』より 競争力と環境規制

イノベーションが果たす中心的役割、ならびに環境改善と資源生産性の関連性を探るため、我々は一九九一年から、環境とビジネス研究所(MEB)と共同で、環境規制によって大きな影響を受ける産業や部門--パルプ・紙、塗料・塗装、電子機器、冷蔵庫、乾電池、印刷用インク--の事例研究を全世界的に進めてきた。

データからわかったことは、環境規制への対応コストは、別の競争優位性を提供するイノベーションを通じて、ゼロにはできないまでも、最小化できるということである。我々がこの現象に初めて気づいたのは、各国の競争力を論じた『国の競争優位』のために調査している時だった。

エコロジーと経済のトレードオフがとりわけ顕著であると考えられる化学産業を例に挙げよう。廃棄物の発生防止に関して二九の化学工場を調べたところ、「イノベーション・オフセット」(イノベーションによるコスト相殺)によって資源生産性が改善していることがわかった。一八一の活動のうち、コスト増が生じたのはわずか一件である。産出量が変化した七〇の活動のうち、六八件は増加だった。そのうち特定のデータが取れた二〇件の平均増加率は七%であった。

このようなイノベーション・オフセットは驚くほど少ない投資で実現し、回収期間も短かった。資本コストが具体的にわかる四八件のうち、四分の一が設備投資をまったく必要としなかった。回収期間のデータがある三八件のうち、ほぼ三分の二が半年以内に初期投資を回収していた。汚染源削減のための投資一ドル当たりのコスト削減効果は、算出可能な二七件の平均で年間三ドル四九セントだった。またこの調査では、企業を汚染源削減の取り組みに向かわせる主要因が、廃棄物処理コスト削減と環境規制対応の二つであることが判明した。

環境規制への対応がもたらすイノベーションは、大きく二種類に分けられる。

第一は、環境汚染が生じてしまった時に、これに対応するためのコストを最小化する新しい技術や手法である。そのカギは、汚染にまつわる資源を何らかの価値に転換することにある。企業は、毒性物質や排出物を処理して使用可能な形に変えたり、廃品をリサイクルしたり、二次処理能力を改善したりする方法を学んでいる。

たとえば、フランスのシャランペにあるローヌ・プーランの工場では、二塩基酸として知られるナイロンの副生物をがっては焼却処理していた。同社は七六〇〇万フランを投資して新たな設備をつくり、回収した二塩基酸を染料やなめし用の添加剤、あるいは凝固剤として販売した。この新しい回収プロセスは年間約二〇一〇万フランの売上げを生んでいる。

マサチューセッツ州を拠点とするサーモ・エレクトロンが開発した新しい脱墨技術(古紙からインクを剥離する技術)は、リサイクル紙の利用の可能性を広げる点で、目覚ましい効果を発揮している。同じくマサチューセッツ州ウォルサムのモルテン・メタル・テクノロジーは、各種の有害廃棄物を処理する触媒抽出法を開発して、コスト削減効果を上げた。

第二のイノベーション--第一のものよりもはるかに興味深く、また重要である--は、資源生産性を向上させることで、汚染の原因を抜本的に解決するというものだ。このようなイノベーション・オフセットは、投入資源の利用効率の向上、製品産出量の増加、製品の改善など、さまざまな形で可能である。以下の例について考えてみたい。

既存の原材料を低コストの原材料で置き換えたり、既存の原材料の利用効率を高めたりすれば、資源生産性が改善される。ダウ・ケミカルのカリフォルニアエ場では、塩化水素ガスを腐食剤で浄化し、さまざまな化学物質を生産している。同社は蒸発池に廃水を貯蔵していたが、新たな規制により、一九八八年までに蒸発池を閉鎖することを強いられた。一九八七年、この新法遵守の圧力から、同社は生産プロセスを見直したことで、苛性ソーダの使用量が減り、また腐食性廃棄物を年間六〇〇〇トン、塩酸廃棄物を年間八○トン削減させることに成功した。ダウはまた、廃棄物の流れの一部を工場の他の部分で原材料として再利用できることを発見した。これに要したコストは二五万ドルだったが、年間二四〇万ドルの節減を達成した。

3Mも資源生産性を向上させた。溶剤排出量の九〇%削減を義務付ける新たな規制の遵守を強いられた同社は、より安全な水溶液で製品を塗装することにより、溶剤をまったく使用しない方法を見出した。その結果、3Mは製品開発における先行者利得を獲得した。競合他社の多くが製造プロセスを変更したのは、ずっと後になってからである。しかも、溶剤を利用する塗装には承認プロセスが必要だが、これが不要になったため、新製品発売までに要する時間が短縮さ脳呼

また3Mは、イノベーションが工程の一貫性を高め、ダウンタイム(製造工程の休止時間)を減らし、コストを大きく削減できることを発見した。同社はかつて接着剤をバッチ単位で生産し、それを貯蔵タンクに移していたので、悪いバッチが一つでもあると、タンク内の全部が不良品になりかねなかった。その結果が、生産ロス、ダウンタイム、有害廃棄物の廃棄コストだった。3Mは、新規バッチの品質検査を迅速に行える新技術を開発し、これにより、ほとんどコストをかけずに有害廃棄物を年間一一〇トン、コストを年間二〇万ドル以上削減することに成功した。

化学製品の生産では、一度設備の運転を中断してしまうと、製品の品質を安定させて仕様通りに仕上げるために、再開時に初期運転をしなくてはならないことが多いが、その際に産出されるものは廃棄するしか方法がなかった。規制によって廃棄物の処理コストが上昇したのをきっかけに、デュポンは以前より高性能のモニター機器を導入した。その結果、生産中断とそれに伴う再開時の初期運転の回数が減った。同社は廃棄物の発生を抑えただけでなく、何も生産していない時間を減らすことにも成功したのである。

廃棄物や汚染の排出量を削減し、より生産的に資源を利用するために製造プロセスを変更すると、生産高の増加につながることが多い。環境基準が新しくなったため、チバガイギー(一九九六年にサンドと合併してノバルティスとなったが、化学部門はチバ・スベシャリティケミカルとして分離された)はニュージャージー州トムズリバーの染料工場の廃水流を見直した。その際、エンジニアたちは生産プロセスに二つの変更を施した。第一に、汚泥を発生させる鉄の代わりに、害の少ない化学変換剤を使用した。第二に、毒性の可能性がある排出物を廃水流に放出するのをやめた。同社は汚染を減らしただけでなく、歩留まり率を四〇%高め、さらに年間七四万ドルのコスト削減を実現した。工場の当該エリアは最終的に閉鎖されてしまったが、この事例は、規制により工程の見直しが促されたことを物語っている。

環境規制を遵守するための工程の見直しは、製品の一貫性や品質を高めることにもつながる。一九八七年に採択され翌年発効されたモントリオール議定書(正式名称「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」)、そして一九九〇年の米国大気浄化法(一九五五年制定)の改正により、電子機器メーカーはオゾン層を破壊するフロンガスの一掃を義務付けられた。当時多くの企業が、プリント基板の製造時に生じる残留物を取り除く洗浄剤としてフロンガスを使用していた。

レイセオンの技術者たちは難題に直面した。当初、フロンガスをまったく使用しない洗浄は不可能だと考えられていた。しかし研究の結果、閉鎖循環システム内で再利用可能な別の洗浄剤が発見された。フロンガスを用いた洗浄剤では品質が低下することもあったが、この新しい方法によって品質が平均的に向上しただけでなく、オペレーションコストの削減にも成功した。この規制を受けて、他の研究者たちも、洗浄がいっさい要らない方法を見出し、いわゆる無洗浄ハンダ付け技術を開発して、品質を落とさずにコストを低下させた。環境規制がなければ、このようなイノベーションは実現しなかっただろう。

環境規制に対応したイノベーションは、不要なパッケージングを減らしたり、設計を簡素化したりすることで、製品原価を下げ、資源生産性を高めることができる。

一九九一年に日本で施行された「リサイクル法」(正式名称「再生資源の利用促進に関する法律」)では、製品をよりリサイクルしやすくするための基準を定めている。これを受けて、日立製作所をはじめ、日本の家電メーカーは、分解に要する時間を短くできるように製品を再設計した。日立の場合、洗濯機の部品数を一六%、掃除機の部品数を三〇%削減した。部品の数が減ることで、分解だけでなく、そもそもの組み立ても楽になる。こうした再生可能な製品を義務付ける規制は、ユーザーが負担する廃棄コストを下げるほか、資源が回収しやすい設計につながる可能性がある。その結果、顧客消費者か、使用済み製品を回収するメーカーのどちらかに、大きな価値がもたらされる。

そのような製品イノベーションは、顧客の力ではなく、規制によるところが大きいが、世界はますます資源効率の高い製品を求めている。多くの企業がイノベーションをてこに、環境にやさしい製品によって価格プレミアムを実現し、新たな市場セグメントを開拓している。

ドイツは他国に先駆けてリサイクル基準を導入したため、ドイツ企業はパッケージングの少ない製品の開発において先行者利得を獲得している。こうした製品はコストが低いうえ、市場でも必要とされている。米国では、カミンズ・エンジン(現カミンズ)が環境規制に押されてトラックやバス向けの低排出ディーゼルエンジンを開発し、同様のニーズが拡大している国際市場で優位なポジションを確立している。

以上のような事例はあるが、企業が常にイノベーションによって環境負荷を低コストで削減できるとは限らない。ただ、製品、生産工程、オペレーションの再設計というイノベーションを通じて、環境汚染を減らす機会が広がっていることは明らかだ。

いまだに環境規制に抵抗する企業もあるし、規制規制の中には資源生産性の高い革新的なソリューションを阻害するものも少なくないが、それでもここで紹介したような事例はもはや珍しいものではない。その事実は重要なメッセージを発している。それは、企業が環境改善に取り組むためには、新たな思考のフレームワークがすぐにも必要だということである。
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