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国民国家の意識で日本は最後の最後

『日本型移民国家の創造』 二二世紀の人類像 ⇒ 国民国家の意識がある限り、極東の日本が世界の真ん中になるのはムリ!

人類共同体思想は日本の精神風土のたまもの

 日本型移民国家創成論のような日本の国家ビジョンが世界の注目を浴びるのは非常にめずらしいことではないか。世界の知識人は私の移民国家論のどの部分に最も関心が高いのだろうか。

 外国の知識人と討論した結論をいえば、移民後進国の日本が、日本民族をはじめ世界の諸民族がうちとけて一つになる「人類共同体社会」の創造を提案している箇所ではないかと思う。たとえば、二〇一四年四月、私の講演を企画した南カリフォルニア大学日本宗教・文化研究センターのダンカン・ウイリアムズ所長は、移民国家・日本の未来像を描いた私の著作を読んで、「真の移民国家ビジョンを提示したもの」「和を尊ぶ日本の伝統的精神風土から生まれたもの」「ハイブリッドジャパンをめざすもの」と評価した。

 ちなみに、ダンカン・ウイリアムズさん(四四)は日本生まれで、父が英国人、母が日本人のハイブリッドである。少年のころ日本の禅寺で修行を積んだ経験を有し、ハーバード大学で宗教学を専攻した日本仏教学の泰斗である。

 さて、世界の移民政策の専門家は人類の多様性を強調し、多文化共生を目標に掲げる。それに対して私は人類の同一性を強調し、人種・民族・宗教のちがいを超えて人類が二つになる地球共同体の理念をうたう。

 日本型移民国家ビジョンは、人類未踏の多民族共生国家の創設、地球規模での人類共同体の創成、恒久的な世界平和体制の構築の三本柱からなる。二二世紀の新しい世界秩序の形成を視野に入れた、日本人のアニミズム的世界観から生まれた独創的な移民国家思想である。それは、一万五〇〇〇年も平和と安定が続いた縄文時代(狩猟・採集時代)に起源を有し、現代の日本人の心にも深く刻まれている「自然との一体感」および「平和の精神」のたまものである。

 人類は多様な人種と民族と国民に分かれているが、そのおおもとは一つである。人類は生物分類学上は唯一のホモ・サピエンスに属している。人間の根の部分の文化と価値観は共通するところが大部分である。人種が異なっても、人類としてのアイデンティティを持ち、相互にコミュニケートでき、相互に共感し、相互に理解できる存在である。

 文化を共通する種としての人類の本質に照らして考えると、日本が世界初の人類共同体の創造を国家目標に定めても、それは決して夢物語ではない。時間はかかっても、和の心の遺伝子を持つ国民が総力を挙げて取り組めば、実現の可能性があると考えている。

 「人類は一つ。人種や民族のちがいはあっても同じ人間。文化や価値観のちがいはあってもごくわずか」という普遍的な人類像に基づき、学問としての移民政策学の発展に寄与したいという大望をいだいている。

世界平和哲学の世界史的意義

 民族や文化の異なる人と人との平和共存の前途は険しい。人類史の書をひもとけば、異なる民族間の戦争の歴史であったことは歴然としている。文明が進んだ二一世紀の世界でも、人類の本性ともいうべき民族と宗教の問題に起因する戦争・内乱・テロが頻発している。また、動物社会に見られる縄張り争いと、子孫を残すための生存闘争も、人類の本能として根強く残っている。

 しかし、その一方で、平和を希求する心が人類のDNAにインプットされているのも事実である。世界の人々の理性と平和を願う心が一つになり、世界平和体制をつくる夢が二二世紀中に実現することを願ってやまない。民族のちがいが主たる原因で人間の殺し合いがエスカレートし、人類を全滅させるようなことは絶対あってはならないとひたすら祈念するものである。

 地球上で戦争が絶えない根本原因は、動物の中で人類のみが持っている民族精神と宗教心が厳然として存在すること、人類から枝分かれした諸民族が文化と宗教の優劣を競って戦争を繰り返すことにある。民族と宗教の根底にある絶対主義的優越感と排他的性格を正さないかぎり、世界の恒久平和は永久に実現しない。以上のように人類史を理解するわたしは、民族学的思考と世界平和思想に基づき、以下のような仮説を立てた。

 〈異なる民族と宗教に対する精神的な許容量が大きい日本人は、人類社会がかかえる民族対立と宗教対立の問題を超越する存在であって、永遠の世界平和に貢献する可能性の高い民族ではないか。地球上に存在するあらゆる物に神がやどると考える日本人は、すべての民族・宗教と公平につきあう稀有の民族であり、世界各地で燃え上がる民族感情と宗教感情を和の心でしずめ、民族問題と宗教問題を平和的に解決する能力をそなえているのではないか。〉

 そのうえで、前述の南カリフォルニア大学主催の「日本の移民政策に関するシンポジウム」において、坂中移民国家論の根本理念と位置づけられる人類共同体論と世界平和哲学を世界の移民問題の専門家に披露した。「日本の移民国家ビジョン--人類共同体の創成に挑む」の課題で基調講演を行った。以下はそのさわりの部分である。

 〈日本人は古来、人間はもとより動物、植物、鉱物など自然界に存在するあらゆる物と心を通わせ、自然に親しみ、そこに神が宿ると信じている。自然と自己を同一視する万物平等思想(アニミズムの自然観)を抱いている。それは人類を含む万物の共生につながる自然哲学である。万物の霊長の思い上がりを戒める日本人の叡智である。

 八百万の神々を受け入れ、地球上に存在するすべての人種・民族はみな平等であると考える日本人こそが、人類の悲願である地球共同体を創造できるのではないか。〉

 私の親友に敬虔なイスラム教徒がいる。二七年前に難民として日本に来たパキスタン人である。いま、東日本大震災の被災地に家族ともども移住し、支援活動に熱心に取り組んでいる。彼は多数の被災者の尊敬を集めている。

 そのパキスタン人は坂中移民政策論の精髄というべき人類共同体思想の信奉者である。二〇一三年二月、彼を激励するため宮城県の被災地を訪れた際に、彼は人類共同体構想の世界史的意義を強調し、それは「多種多様な神様が仲むつまじく共存するアニミズムの宗教心が根底にある坂中さんの独創的研究の成果」と評価した。そのうえで人類共同体のアイディアの将来を予言した。

 〈坂中さんの人類共同体の理念は世界中に広まり、世界平和体制の確立に貢献する。神の加護があるので近未来の地球社会で人類共同体が実現している。坂中さんは世界の人々に平和をもたらす救世主になる。〉

 信仰心の篤いイスラム教徒が真剣な顔で「坂中英徳は世界の救世主」と熱をこめて語るのを聞いて驚いた。異国の神の助けがあって二二世紀には地球規模で人類共同体社会が形成されており、人類の悲願である世界平和が現実のものになっているという。

 在日パキスタン人の予言が適中するかどうかは不透明である。ただ、日本人の和の精神が根本にある地球共同体思想と世界平和哲学が世界の人々の共感を呼び、世界の普遍的理念として二二世紀の地球社会で認められるという望みはかなえられるかもしれない。
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