goo

フィンランド 市民のリビング図書館

『フィンランド 育ちと暮らしのダイアリー』より

午前10時の開館を前に、玄関先には30人以上の人だかりができています。ここは、タンペレ市中央図書館、通称メッツオ(雷鳥)。鳥の形をし、直角の角がどこにもない独創的かつ、開放的な造りをしています。「街の市場や森のごとく、人々がふらっと足を運ぶなかで、新しい本や人との出会いが生まれるように」と設計されたこの図書館には、毎日、約4000人の市民がやってきます。公共図書館の定期的利用率70%以上、1人あたりの年間貸し出し数約16冊(2016年)、図書館利用率世界一といわれるフィンランド。その市民と図書館とのつながりについて、お伝えします。

初めて作る自分専用のカード

 社会保障カードの次に、生まれて初めて作る自分専用のカードといえば、図書カードだといわれます。タンペレ市ではネウボラでの乳児健診の際、各家庭に図書館発行の読み聞かせガイド冊子が配られます。そこには入園、家族の死、離婚、きょうだいの誕生、性への関心、病院通い、眠れないときなど、さまざまな場面を取り上げ、テーマごとに絵本の紹介リストが掲載されています。小さな冊子でぱありますが、それは、乳幼児期からの図書館利用や本とのふれあいを育むよいきっかけになっているはずです。

保育園でも身近な図書館の本

 3番目の息子・怜馬の通うP保育園。お昼寝はいつも、読み聞かせから始圭ります。子どもたちが眠りの友(ぬいぐるみ)を抱っこして自分のベッドにもぐると、先生は照明を暗くし、揺り椅子に腰をかけ、厚みのある本をゆっくり開いて静かに朗読を始めます。そして、それが終わる頃には、子どもたちはすーっと夢の世界に。

 保育園では月に1回、図書館から本のコレクションが大きなケースで運ばれてきます。先生からの要望を聞きながら、毎回、司書が年齢に合わせて本を選定しています。活動と活動のあいだの隙間の時間、子どもたちが落ち着かないときなど、本を開くことは、園生活の随所に見られます。

学校に図書館はないけれど、地域図書館と連携

 フィンランドの図書館法では、それぞれの住まいから2キロメート少圏内に図書館があることが理想とされ、それが不可能な場合、Iキロメートル圏内に移動図書館の停留所を設置することを推奨しています。この基準をもとに、各自治体はサービスの提供を行っており、人口約22万人のこのタンペレの町には、中央図書館に加えて13の地域図書館、五つの施設図書館(老人ホーム、病院内など)が設置され、2台の移動図書館バスが約140の停留所を巡回しています。

 しかし、フインランドの基礎学校には、目本のようなりっぱな学校図書館はほとんどありません。多くが資料室程度のため、各学校は、近くの地域図書館を利用。図書館がそばにない学校には、週1回、移動図書館バスがやってきて、貸し出しが行われています。まだ、司書が学校訪問してブックトークを行ったり、定期的に各クラスを図書館に招いて、館内オリエンテーリングなど手法を凝らした図書館利用のための講座を実施した学校図書館がない分、学校と地域の図書館は連携して、子どもたちの読書活動を支えています。

声も音楽も響くにぎやかさ

 メッツオぱいつも活気にあふれています。本が目的の人はもちろん、イベントや講座、学習会への参加者、インターネット利用者、展示スペースの美術作品を鑑賞する人など、さまざまな人が集まります。館内の喫茶店では、多くの人がコーヒー片手に本を読んだり、友だちと待ち合わせしたりしています。音楽書籍や楽譜がそろう音楽コーナーに入ると、気になる曲のタイトルを専門の司書にたずねる人やヘッドホンをつけて音楽を視聴する人、防音室の中では、ピアノを練習している学生さんの姿も見られます。

 図書以外にも、エクササイズのためのダッズ、楽器、急に雨が降った場合の傘、たくさん本を借り過ぎたときのための袋などいろいろなものが貸し出されてされており、図書カードを使ってすべて無料で借りることができます。

 児童図書コーナーは、いつも子どもたちの元気な声が響いています。絵本の棚のそばには、ぬいぐるみや玩具をそろえた遊びスペースが設けられ、朗読室では、定期的に人形劇やおはなし会や映画鑑賞会が開かれるなど、小さなお客さんたちがゆったり楽しく過ごせる工夫がなされています。また放課後になると、近隣から多くの小学生たちがやってきます。学習エリアで宿題や調べものをする子、コンピュータ室でインターネットやボードゲームを楽しむ子など……。カウンターには、児童図書専門の司書が配置され、来館する子どもたちの案内、質問対応をしています。そして子どもたちが帰宅し、落ち着きを取りもどす夕方からは、しばしば音楽の夕べやミニコンサートも催されます。そんな目は、閉館時間の20時まで、メッツオの玄関ホールには心地よい音色が響きわたるのです。

 図書館は静かであるべきと思っていた私。フィンランドに来て、図書館に対するイメージがすっかり変わりました。この国でぱ、図書館は「市民のリビング」と表現されるほど居心地のよい、いろいろな体験ができる空間なのです。

サーミ人

 フィンランドには、フィンランド人以外に先住民としてサーミ人がいます。サーミ人は長らく狩猟や漁業を生業とし、後に、現在のフィンランド、スウェーデン、ノルウェーおよびロシアの国境にまたがる北方のエリアでの卜ナカイ放牧を営んできました。サーミ人たちの言語も単一ではなく複雑に分かれています。サーミ人の居住エリアを含む国々はサーミ人にあまり干渉せず、何世紀にもわたってサーミ人たちぱ国境について無関心でした。

 現在、サーミ人はEUエリアでは唯一の先住民とされ、先住として「独自の言語と文化を維持し発展させる権利」を有しています。さらに、フィンランド憲法では、サーミ人に居住地での言語と文化に関する自治が保障されており、サーミ議会も認められています。フィンランドでのサーミ語は、「サーミ人の言語に関する法律」(1992年)によって公式の位置づけを獲得しています。公式には、フィンランドでは、自身をサーミ人と見なし、かつ、なんらかのサーミの文化背景のある祖先がいることを示す記録がある人がサーミ人とされます。どのような記録がサーミ文化とのつながりの根拠になるかという点については、法によって、数多くのさまざまな公的な書類が規定されています。今日、フィンランド国内には約6000人のサーミ人がいて、このうち約3000人がサーミ語を母語としています。フィンランドのサーミ人の多くは北部のサーミ地区以外の場所にいて、たとえば、ヘルシンキに住んでいるサーミ人も少なくありません。

 フィンランド北部では、サーミ人とのつながりがなく、フィンランド人だけを先祖とする住民もいます。このようなフィンランド人たちのなかには、サーミ人と同様、自分たちも先住者だと主張する人もいます。ラップランドで暮らす人たちが幾世紀ものあいだに交流してきたことも事実です。実際には、サーミ語を使えるかどうかがサーミ人であることについての最も信頼できる基準です。文化アイデンティティが他者を排除するために定義づけられ、さらに土地の所有や経済的な利害が絡めば問題が生じるかもしれません。しかし、フィンランドではそのような問題はなく、欧州経済領域(EEA:European Economic Area)の市民であれば、トナカイ放牧エリアに住む人は誰でもトナカイを所有できます。隣接するノルウェーやスウェーデンでは、実質的にはサーミ人だけにトナカイ放牧の権利が認められています。

フィンランドの義務教育では、1970年代からサーミ語が教えられてきました。1999年の義務教育法によれば、サーミ人の居住地で暮らしていてサーミ語ができる生徒については、主にサーミ語で教育を行わなければなりません。2000年代のフィンランドでは、約490人の生徒がサーミ語で学校教育を受けていました。サーミ人の居住地以外の場所で暮らすサーミ人生徒は、義務教育を補完する教育として週2時間程度の授業がサーミ語で行われます。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 中途半端から... 豊田市中央図... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。