goo

フランスによる地中海連合

『新・100年予測 ヨーロッパ炎上』より

二〇〇八年七月に設立された地中海連合は、主としてフランスの置かれた地理的条件から発想されたものである。フランスは北ヨーロッパの大国であると同時に、地中海の大国でもある。その地中海周辺の国々をまとめ、EUと並ぶもう一つの経済同盟を作ろう、というのが元々の発想だった。ョーロッパ諸国に加え、北アフリカ諸国、イスラエルなど、ジブラルタル海峡からボスポラス海峡までにいたる広い範囲の国々が参加している。フランスとしては、これで自国が十分に競争していける自由貿易圏を作れればと考えた。また、新たな貿易圏でフランスは支配的な存在になれるだろうという思惑もあった。

かつての植民地だったアフリカ諸国との関係を強化することで自らの経済力の弱さを補い、中東や地中海での立場を強めるという狙いもあった。フランスは、地中海連合をEUからは離れた独立の存在と考えるべきと主張しながら、同時にEUとのつながりの重要性も強調した。そのため、結局はどっちつかずの印象になってしまった。当初の予定では、地中海に面する国々だけで設立するはずだったが、参加国が大幅に増えたために趣旨がぼやけた面もある。現在の参加国数は四三で、うちニハグ国はEUと重複している。議長国は二年ごとに替わる輪番制で、EUの加盟国と非加盟国が交替で務めることになっている。連合の意思決定は、年に二度の外相会議が、二年に一回の首脳会議でなされる。構想はあり、それに沿って組織は作られたが、実体はないに等しい。どう機能させるのかが明確でないからだ。シリアとイスラエルの両方が加盟していて組織として本当に成り立つのかも疑問だ。連合の規則がEUのそれと衝突する場合にどうするのか。発想は素晴らしいが、あまりに大きな矛盾を抱えている。すでに書いたように矛盾に寛容なフランス人の特質がどういうところに表れていると言えるかもしれない。

今までのところ、連合では事実上、何も明確には定められていない。単に加盟国で何らかのかたちの貿易圏を作ろうと決まっただけである。それでもフランスの推進派は、連合に何とか命を吹き込むべく努力を続けている。こうした動きを見ていくと、地理的な位置がいまだにフランスの経済や政治に大きな影響を与えていることがよくわかる。隣国のドイツとは国益に隔たりがあり、妥協点を見出すのは難しい。しかし、一九四五年以降のヨーロッパの秩序は是が非でも維持したいので、そのための確固たる基盤が欲しい。イギリスに関しては、その存在を問題とみなせばよいのか、問題解決の協力者とみなしてよいのか決めかねている。いまだにイギリスをはじめ、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどを「アングロ・サクソン諸国(もはや時代遅れの言葉だとは思うが)」としてひとまとめに扱ってしまう傾向も強い。フランスは確かに北ヨーロッパの国だが、同時に南ヨーロッパの国でもあるし、地中海諸国の一つでもある。そこでのフランスの地位は、北ヨーロッパでの地位より高い。どの地域もやはり細かく分裂している。それでもフランスとしては、EUに代わる選択肢となる可能性があれば追求せざるを得ない。

フランスとかつての植民地であるアフリカ諸国との関係は、イギリスと英連邦諸国との関係よりもはるかに近かった。諸国にとってフランスは独立後も大きな存在であり、フランスの意向に国の行方が左右されるのは珍しいことではなく、軍の介入すら度々行われた。フランスの植民地には、イギリスの植民地に比べ、その準備が整わないまま独立したところが多い。フラソスによる半植民地的な扱いが続いた背景には、そういう事情もある。

フランスは中東では、レバノソ、シリアの両方と近い関係にある。ただ、フランスがシリアに軍事的に介入することはなかった。アメリカが参加を拒否したためである。レバノンとシリアは、第二次世界大戦後にフランスの保護領となった国だ。北アフリカ諸国との利害関係もいまだに深い。そう考えれば、地中海連合という発想自体は真っ当なものだとも言える。地中海地域の貿易においては、フランスは以前から中心的な役割を果たしていると考えて間違いない。

地中海連合にイスラエルが参加していることに対しては、イスラム教国が反発を強める恐れもあるが、イスラエルにとっては願ってもないことだ。また、EUへの参加を拒否されているトルコが連合には参加しているというのを奇異なことと受け取る人はいるが、そうとばかりは言えない。はじめは不合理に見えたことがあとで意味を持つ場合もある。地中海地域は、ヨーロッパに産業革命が起きる以前は地球上でも特に豊かな場所だった。イスラム教を信仰する北アフリカとキリスト教を信仰する南ヨーロッパは、常に平和的にというわけではないが、関係は保っていた。

地中海連合を作ることでフランスが失うものはほとんどないが、得るものは大きくなる可能性がある。EU外の国々との関係にほんの少しでもプラスになれば、それだけで意味はあったということになるだろう。得るものが大きいか小さいかは、フランスを中心とするその組織がどの程度の富を生むかによって変わる。今のところ先行きは不透明と言うしかない。トルコやイタリア、フランスのように工業がある程度以上発達した国々と、アルジェリアやリビアのようにエネルギー資源の豊かな国々とをこれまでより強く結びつけられれば、成果は出るのでぱないか。EUではドイツに奪われた地域のリーダーの地位にフランスが就くチャンスでもある。

連合の活動がEU並みに本格化する見込みは薄い。だが、これまでよりも活動に熱心になる国が現れることはあるだろう。参加国をどうまとめればいいが、参加国、特にフランスにどんな利益があるのかはまだよくわからない。互いに強い敵意を抱いている国々も参加していて、果たして大きな対立なしに共存できるのかも疑問である。

いかに疑わしいものであろうと、フランスにとってEUに代わり得るのは地中海連合しかない。飛躍的に産業の生産性と収益性を向上させ、ドイツに匹敵するような経済力を身につけない限り、EUでの地位は取り戻せない。しかし、選挙に勝つために政治家は失業対策に力を入れざるを得ず、その状況ではフランスが経済力でドイツに並ぶどころが近づく日すら来るとは思えない。産業革命の頃に始まるフランスの構造的非効率性はいまだに変わっていない。EU内では、これから地位は低下する一方だと思われる。フランスはとても孤立して生きていける国ではない。他の国々との連携は欠かせないが、EUでの将来が暗いとなれば、何か代替案がいる。地中海連合が有望かはわからないが、一つの代替案ではある。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 凸凹を作って... 日中のパワー... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。