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公共空間のつかいこなしとコミュニティ:図書館

『コミュニティ事典』より

公共図書館のいま

 新聞や雑誌を読みながら長時間滞在する高齢者、親が絵本を読み聞かせする横で遊びに興じる子どもたち、宿題や友だちとの会話を楽しむ学校帰りの生徒たち。いま公共図書館に足を運ぶと、従来の図書の貸借や読書、学習目的だけでなく、さまざまな目的で図書館に滞在して、時間を過ごす場所として利用されている光景が目に飛び込んでくる。こういった「滞在」行為に対応した空間計画とサービス提供を実現した「滞在型図書館」は、1990年代に開館した苅田町立図書館や伊万里市立図書館を噴矢に、その後せんだいメディアテークに続くが、現在では多くの公共図書館の計画課題になっている。さらに近年では、図書館という場所や本そのものを媒介にして人と人のつながりを創る取り組みも確認できる。蔵書ゼロから立ち上げ、関心の連鎖というF知縁」を基盤に蔵書とネットワークを構築させるFまちライブラリー」はその好例であろう。

公共空間としての公共図書館

 このように、あらゆる市民の滞在場所となり、また市民同士をつなぐ役割を公共図書館が果たせるのは、ユネスコの公共図書館宣言にもあるように、何人も拒まず、無料で利用することが保証されているためである。これは、学校は子どもたち、病院は患者というように、「公共」とは称するものの実際には特定の利用者やニーズに応えるべく、カスタマイズされた他の公共施設と性格が大きく異なる。斎藤(2000)の公共性に関する3相(Open、Common、Official)の指摘を援用すれば、非排他的(Open)で[知]という共有可能(Common)な関心や図書等があり、それを制度も保証する(Official)公共図書館は、文字通り公共空間としての特性を備えている場所であるといえよう。

まちの居場所としての公共図書館

 地域における居場所づくりは、孤立化や無縁化か進む今日の日本の地域社会における1つの課題であろう。各地に「コミュニティカフエ」と称する場所が生まれていることはその証左である。まちの居場所に関して、建築計画学では主宰者=主(あるじ)の存在や、主宰者主導の比較的小規模の空間づくりや個別の事情に合わせた運営に注目した論考が重ねられてきた。しかし、公共図書館においても、上記のような日々の様子から、[まちの居場所]となっていると感じられる図書館も少なくない。たとえば、武蔵境駅前に開設された武蔵野市立図書館の分館である「武蔵野プレイス」は、図書館機能を基盤にしながら市民活動拠点として、また青少年の居場所づくりのために必要な空間とそれに対応できるスタッフが配置されている。15万人都市の図書館分館として年間150万人を超える来館者を迎える実績の理由は、この図書館の機能的先進性だけでなく、①前庭とセットになった入りやすい空間づくりや②分節化されたヒューマン・スケールの部屋の集積、③さまざまなタイプの家具の配置、④そして駅前という立地性といった空間特性を備えているからであろう。しかし、公共図書館が高齢者や親子の居場所となっていても、その様相は地域コミュニティの居場所である「コミュニティカフエ」のそれとは異なる。公共図書館はOpenを旨とするO圧cialな運営方針が多様な市民の来館と滞在を担保する中で、図書自体や図書を介した知的な活動などのCommonな媒介物が人と図書館、もしくは人やコミュニティ同士をっなく≒より広く市民の居場所としての性格を有している。

社会包摂を支援する公共図書館

 海外に目を転じると、疲弊した都市や地域コミュニティの再生や社会包摂の一翼を公共図書館が担う例は少なくない。筆者が分析を進めているロンドン・タワーハムレッツ区プ茫図書館「アイデア・ストア」とイタリア・ボローニャ市立図書館「サラボルサ図書館」は、移民の言語習得や就業支援、ホームレスの社会復帰を支援する窓口と指南役の役割を担っている。とくにサラボルサ図書館は、先見性を持って自ら地域社会や市民の課題に対応してきたというよりも、社会に開かれた公共図書館として開館後に寄せられた二ーズに応えて取り組んできた。もちろん、図書離れや汀技術の発達により図書館という固有の場所の存在意義が薄れてきた影響は無視できないが、逆にそのことが公共空川としての公共図書館の今日的な存在意義を浮かび上がらせているのではないか。

 実際に現地に赴くと、日本の公共図書館でみられるような滞在行為もあれば、より切実な要望を持って来訪していると思われる人々もいる。そしてそのような市民のために、さまざまな空間やサービスを用意している。また、交通の要所や市民が日常的に来訪しやすい商業施設に隣接するように再配置し、内部のアクティビティが外部からも視認できるような空間構成や建築デザインを施している。つまり、その場所の利用方法や滞在の可能性を街の側から視認、共有できることを計画者や運営者は意識的に実行している。さらに注目すべきことは、個々の図書館の建築計画的特徴だけでなく、都市・地域計画に関わる戦略的な空間およびコミュニティ計画のなかで公共図書館が整備されていることである。

 また、ボローニャでは文化部がサラボルサ図書館を所管しており、「文化=市民の交流」の場所として必要な空間や運営方法を構築している。日本の公共図書館は一般に教育委員会が所管しているが、どの行政部署が担当するかは、できあがる空間や機能そしてサービスの質に大きく関わる。この点はこれから再編が進む日本の公共施設計川・運営の課題である。

まちづくりとは何か

 「まちづくり」の多相化は本事典の存在がまさにそれを表している。すなわち、主体やその組織運営に関する議論、価値基準(たとえば歴史保存、景観保全、住環境良化など)をどこにおくかという議論、あるいは法規制からみたハード面からの議論など、実にさまざまな視点から語られる。つまり、一言で「まちづくりとは何か」について共通理解とすることはかなり難しい問いである。しかし、「まちづくり」が地域ごとに現れる課題を解決するための方策として議論される背景には、「変化への対応」に必然があるという点は共通であるといってよいだろう。

 ではなぜ、変化に対応を考えねばならないのか。その先には地域社会の存続という目的があり、その実現にむけて、変化し始めたあるいはすでに変化してしまった、地域における社会資本の整備状況や機能の充足程度、住民の年齢等の構造や関係性、経済活動の主体やあり方、規模などを再構築することが必要になっているからといえる。

社会構造の変化とマーケティング視点の欠如

 先にも触れたように、「まちづくり」は「変化への対応」のためのアイデアであり行動であるが、社会構造のなかで、端的な変化は人口構造の変化や産業構造の変化と、それにともなう働き方や暮らし方の変化であろう。

 すでに多くの指摘があるように、この先数十年に顕在化してくる人口構造の変化の特徴は、少子化による人口減少と高齢化の同時発生による従属人口指数の上昇にある。また、産業構造の特徴の一面である3次産業化は、人が集積する場所に、新たな産業と雇用が集積するという循環を生じさせる。この2つの変化は関連しながら、職自体やより高い収入を得やすい場所を求めたり、職場と住まいの関係から利便性の高さを求めた居住地の選考をしたり、といったように人々の暮らし方にも変化を及ぼす。

 商店街といわれるエリアの商業活動の停滞・縮退や中心市街地にある不動産ストックの低利用・未利用、あるいは空き家問題の主要因である(とくに地方で郊外に開発された)住宅地の過剰ストックと資産価値の低下などは、先述のような変化の連鎖により、人々の暮らし方が変わったことにともなうものといってよいであろう。

 では、暮らし方の変化への対応ができない要因はどこにあるのか。人口増を背景にした経済の高度成長期において「開発」そのものが地域に人と活動を呼び込み、地域の付加価値拡大を実現してきた。しかし、人口構造や産業構造などの変化は不動産市場の需給バランスも変化させ、地域によっては地価も下落傾向にあり、新たな開発行為は回収不能の過剰投資となり、付加価値を生まないだけではなく周辺に未利用空間(空き家、空き地、空きビルなど)を生み出す元凶にもなりかねない。このように、従来型の社会システムがもつ、供給計画ありきで需要の把握に対する努力の欠如いわばマーケティング視点の弱さというのが、変化への対応力の低さの背景にある。

リノベーションとは何か。

 国土交通省によるリノベーションの定義には、「建物を新築時の目論見とは違う次元に改修する」ことある。この新築時の目論見とは違う次元、というのは少し抽象的でわかりにくいが、当初の建設時に期待された機能や価値とはまったく別の新たな機能や価値を実現すること、と言い換えることもできそうである。つまり、リノベーションとは「新たな機能や価値の実現」するための創造的な行為であるということである。そして、このように新たな機能と価値の実現において重要な視点は、まさしくマーケティング視点を持って現在の市場で起こる変化の兆しをとらえ、未来の需要を把握することに他ならない。

まちづくりにおける「リノベーション」の本質的な意味

 最後に。本項のタイトルである「リノベーションとまちづくり」における[まちづくり]の目的、つまり地域社会の持続可能性を高めるために、リノベーションという行為の意味と、それがもたらす効果という視点からリノベーションとは何か、を考えてみる。

 先に示した国交省によるリノベーションの定義は、単体の建物の改修を前提とした定義である。しかし、単体の建物の改修、あるいはその使い方の変更という行為を通じて期待される効果は、建物の効用や価値の引き上げだけではなく、新たな価値をエリアに装着、創造することにまで及ぶはずである。つまり、1つの建物に対する改修を通じて、現在、建物が立地する商店街や中心市街地、あるいは郊外住宅地には存在しない機能や場を挿入することで、新たな集客や取引、人間関係を引き起こすという価値を創造することである。

 このように考えるとき、まちづくりへの影響をもたらす「リノベーション」は、その定義自体を変えことになる。「まちづくり」の対象範囲の運営を[まちの経営]と見立て、そこにある不動産ストックを「経営資源」ととらえれば、経営資源から創出される付加価値の最大化により、まちの長期安定的な存続の実現が経営目標となる。そして、目標達成にむけた経済合理的な手段の1っとして、過大な初期投資をともなう従来的な開発的な手法によらず、すでに目前にある不動産ストックを利活用という手法が選択肢として注目されている。

 「リノベーションとまちづくり」でとらえるリノベーションとは、まちに新たな付加価仙をもたらし自立的な持続可能性を向上させるという目的達成のため、たとえば不動片ストックに関わる貸主と借主の関係性や資金の分担など、「社会システムや関係性の変|川までをも手段として目論むような、総体的な行動であると定義できる。
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