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反映対比表 Week 52

12月21日

 本屋の活用 6.3.1.3(3) 本屋と総合的体制

 図書館が本屋のマネをする 6.3.1.3(3) 本屋と総合的体制

 立ち読みが本屋を救う 6.3.1.3(3) 本屋と総合的体制

 未唯Ⅱ(ミュー・ツー) 7.2.1.4(1) 未唯(Ⅱ)に引継

 ミュー・ツーの逆襲 7.2.1.4(1) 未唯(Ⅱ)に引継

 「ひとり」は不用 7.4.1.4(1) 生活規範

12月22日

 本格的な立ち読み体制 6.3.1.3(3) 本屋と総合的体制

 「日亜対訳クルアーン」 4.3.3.3(1) ムハンマドの変革

 起きたら、9時半 7.3.3.4(1) 退社後の生活

 パートナーはハレーすい星 7.3.1.1(2) ハレーすい星

 本新町の本屋経由の散歩ルート 7.3.3.1(3) 最低限の維持

 人とのつながりがある人 7.1.1.1(2) 生きてきた

 バスの状況がわかるシステム 5.4.2.1(4) 周辺環境取り囲む

 「豊田まちなかおいでんミュージカル」 8.4.4.3(3) マスメディアに対抗

 未唯Ⅱに私のすべての知識を 7.2.1.4(1) 未唯(Ⅱ)に引継

 貸出冊数が無制限って、すごいな 6.1.2.2(1) 年間1500冊

 本屋と図書館を総合的に考える 6.3.1.3(3) 本屋と総合的体制

 短いイヤホンを探さないと 7.1.3.4(2) 考える道具

12月23日

 生きている違和感 7.1.4.2(1) 外と内の時間

12月24日

 未唯空間の理論化 1.5.3.3(3) 多層化表現の次元

 エコットの100円カフェ 3.2.3.4(3) 組織に働き掛け

 未唯Ⅱ計画 7.2.1.4(1) 未唯(Ⅱ)に引継

12月25日

 いやな季節 7.2.1.3(3) 余計なことはしない

 メールが来ない 7.5.3.1(1) メールはトラウマ

 中分類での「反映」 1.5.1.2(4) 未唯空間に反映

 「未唯Ⅱへの置き手紙」 7.2.1.4(1) 未唯(Ⅱ)に引継

 横断的に見ていく 1.5.2.4(4) 未唯空間の位相化

 所有が戦争を起こす 5.8.3.1(1) 所有権の弊害

 中東の王国・帝国 4.6.1.1(3) 宗教に従う国

 3Rよりシェア 5.8.3.3(2) お互い様の世界

 クルアーン 各章の概要 4.3.3.3(1) ムハンマドの変革

 クルアーン アレキサンダー大王の記述 4.3.3.3(1) ムハンマドの変革

 クルアーン 第3章 イムラーン家 4.3.3.3(1) ムハンマドの変革

 ケネディの夢は消えた? 4.2.4.3(1) 地政学で読み解く

 購買意思決定と情報源の変化 5.4.1.4(4) コラボで意思決定

 ネット上のクチコミとブランド 5.5.4.3(2) 思いに変換

 ネットとリアルの融合:オムニチャネル時代へ 9.6.3.1(1) 市場メカニズム

 人類すべての歴史を理解するという課題 4.3.1.2(3) 歴史の方向の見定め

12月26日

 土曜日の朝活 6.1.2.3(3) 本を片付ける

 ドラッガーのイノベーション 10.3.3.4(4) 世界に影響を与える

 レバノンが気になる 9.3.3.1(2) 国境なきムスリム

 ドイツ哲学と日本哲学 10.2.1.3(1) ドイツ観念論

 反映で中分類から見直す 1.5.1.2(4) 未唯空間に反映

 ハイアラキーから配置へ 10.4.4.3(4) 配置で考える

 権力の階層性 4.2.2.3(4) 権力の階層

 階級の出現 4.2.3.1(3) 官僚発生

 指導者と指導力 4.2.3.2(1) 指導者を渇望

 政府の権力と複雑さの増加 4.2.3.1(3) 官僚発生

 貧富の差の拡大 4.2.1.4(1) 集中で格差を生む

 コンシューマリズムの波 4.5.1.1(1) ソーシャルツール

 『論理哲学論考』 10.2.1.4(3) 「論考」

12月27日

 ICレコーダー用の1mのイヤホン 7.1.3.4(2) 考える道具

 OCR本のまとめ 6.6.1 6.6.1.2(1) 個人ライブラリ

 20年で半減り!? 9.8.2.4(3) 生物多様性

 なぜ滅ったのか? 9.8.2.4(3) 生物多様性

 スズメは絶滅してしまうのか? 9.8.2.4(3) 生物多様性

 特徴がたくさんあってわかりやすい鳥 9.8.2.4(3) 生物多様性

 都市の新参者 9.8.2.4(3) 生物多様性

 尾を振る不墨蹟 9.8.2.4(3) 生物多様性

 スタバの「クローバーネット」 9.8.4.1(3) 多様な専門家を配置

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配置というキーワード

ベッキーもSMAPも扱う

 SMAPのことでも、ベッキーのことでも未唯空間で扱えないといけない。そうでないと、日本を変えることができません。いかにして、覚醒させるか。耳にしたことは、全ては私のために用意された。ベッキーもSMAPも。

 SMAPは完全に体制に屈している。ビートルズを見倣え。40にもなって、独立していないとは、日本が変わるわけがない。

 未唯空間上のどこに位置づけるかです。ベッキーの方は所有という観点から見ていく。SMAPの方は、体制の意思の力から見ていく。フジテレビとか事務所が一連で動いている。彼らは見た目での企画力に優れている。

ぐれるには

 居ない以上はぐれることが必要です。

 パートナーから存在が認められていないだけで、こんなに寂しい気持ちになるんですね。まあ、唯一だから。この感覚は多分、本質的なものです。実体です。ごまかしているだけです。そのごまかしは重要なんでしょう。それも存在である限りはハッキリさせないといけない。

スタバのココア

 スタバから今日、送られてきたチケットでココアにしました。ココアとカフェモカが新しくなったと言っています。クリームがたっぷりで、ココアが見えなかった。素で味合わないとダメ。色々なものが乗っかりすぎ。感想としては、「ココア」はわからない。

配置というキーワード

 あくまでも配置にするから、全てを預けません。その周辺です。偶々挙げた4つ以外は当然、そこにも書きます。

 代表項目もいくらでも変えられます。順番がないから、何処を中心するかは問題ではない。それらが一つの塊であることが重要です。例えば、L6は「位相」になっています。その中に「配置」があります。配置の概念の方が多分大きいでしょう。ハイアラキーという座標系に比べて、配置は位相そのものです。

 配置することによって、分化も起こるし、統合も起こる。だけど、配置から近傍は手繰れないけど、位相を通じれば、近傍につながります。配置の中をいかに伝播していくのか。多分、伝播の所に情報共有が絡んできます。

サファイアが意味すること

 サファイアで代表される項目は何を意味するのか。元々は4つのファクターによる循環です。f:ファシリテーション、i:インタープリテーション、r:リアライゼーション、e:エンパワーメントで、4つ合わせて、fireです。

 頭に、持続可能性:サステーナブルを成り立たせる機能を表しています。

風が冷たい

 参合館の図書館ポストに26冊を返却するために来ました。風が冷たい。とてもじゃないけど。

Inspirationソフト

 Inspirationソフトは重たくなりすぎています。未唯空間を開くのに時間がかかり、多く開くとこけてしまう。途中のログを自動的に取るために、その都度、動きが止まります。

 Windows10でInspirationが動くことは保証されていない。それがWindows10への移行を妨げています。これだけのソフトは他にはない。25年前から使っています。なぜ、皆が分からない内に、ドンドン環境が悪くなってしまった。
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配置と未唯空間の対比

L.1 存在と無
 L.1.1 存在と無 ⇒ 1.1.4 存在と無
 L.1.2 真理探究 ⇒ 1.1.2 真理
 L.1.3 孤立と孤独 ⇒ 1.1.1 孤立と孤独
 L.1.4 存在の無 ⇒ 7.8.4 存在の無

L.2 存在の力
 L.2.1 意思の力 ⇒ 10.5.1 意思の力
 L.2.2 歴史哲学 ⇒ 4.6.1 歴史哲学
 L.2.3 存在の力 ⇒ 1.3.3 存在の力
 L.2.4 分化と統合 ⇒ 9.7.2 地域インフラ

L.3 内なる世界
 L.3.1 宇宙の旅人 ⇒ 1.3.1 宇宙の旅人
 L.3.2 独我論 ⇒ 7.5.1 独我論
 L.3.3 内なる世界 ⇒ 1.4 内なる世界
 L.3.4 外なる世界 ⇒ 1.4.4 外なる世界

L.4 未唯空間
 L.4.1 全てを知る ⇒ 1.8.1 全てを知る
 L.4.2 未唯空間 ⇒ 1.5 1 未唯空間
 L.4.3 考え抜く ⇒ 1.4.2 考え抜く
 L.4.4 未来 ⇒ 6.8 知の未来

L.5 共有意識
 L.5.1 共有意識 ⇒ 3.2.3 ボランティア
 L.5.2 公共図書館 ⇒ 6.3.2 公共図書館
 L.5.3 社会の様相 ⇒ 10.6.4 個人=超国家
 L.5.4 地域変革 ⇒ 5.7.4 地域を変える

L.6 位相
 L.6.1 配置 ⇒ 2.2.1 空間配置
 L.6.2 近傍 ⇒ 2.5.3 近傍
 L.6.3 位相 ⇒ 2.5.4 位相空間
 L.6.4 伝播 ⇒ 9.7.1 カバーリング

L.7 進化
 L.7.1 課題対応 ⇒ 9.1.1 人口問題
 L.7.2 歴史の進化 ⇒ 4.8.4 市民=超国家
 L.7.3 先の先 ⇒ 2.8.4 先の先
 L.7.4 新しい数学 ⇒ 2.7 新しい数学

L.8 未来
 L.8.1 未来方程式 ⇒ 4.5.1 未来方程式
 L.8.2 インフラ ⇒ 8.6.2 クラウド
 L.8.3 知の体系 ⇒ 6.7 知の体系
 L.8.4 クルマ社会 ⇒ 8.8 クルマ社会

M.1 社会構造
 M.1.1 社会構造 ⇒ 1.3.4 社会構造
 M.1.2 多様化 ⇒ 4.2.2 多様化
 M.1.3 地域課題 ⇒ 3.4.3 地域配置
 M.1.4 幸せな社会 ⇒ 1.8.3 幸せを実現

M.2 国民国家
 M.2.1 国民国家 ⇒ 4.2.2 国民国家
 M.2.2 政治形態 ⇒ 4.1.1 民主主義
 M.2.3 民主主義 ⇒ 4.1 民主主義
 M.2.4 合意形成 ⇒ 3.7.4 合意形成

M.3 空間モデル
 M.3.1 空間モデル ⇒ 2.2.1 空間配置
 M.3.2 持続可能性 ⇒ 2.5 サファイア革命
 M.3.3 循環 ⇒ 9.4.1 サファイア循環
 M.3.4 数学理論 ⇒ 2.7.4 新しい数学

M.4 情報共有
 M.4.1 ソーシャル ⇒ 8.4.3 ソーシャル
 M.4.2 ポータル ⇒ 3.7.2 ポータル
 M.4.3 コラボ ⇒ 6.5.2 コラボ
 M.4.4 情報共有 ⇒ ⇒3.5.2 状況把握

M.5 中間の存在
 M.5.1 地域配置 ⇒ 3.4.3 地域配置
 M.5.2 中間の存在 ⇒ 3.5.4 中間配置
 M.5.3 まとめる ⇒ 8.7.3 まとめる
 M.5.4 知の世界 ⇒ 7.6.4 知の世界

M.6 システム設計
 M.6.1 パートナー ⇒ 5.6.3 パートナー
 M.6.2 要望 ⇒ 8.1.1 思いを知る
 M.6.3 システム構成 ⇒ 5.5.1 ネットワーク
 M.6.4 システム設計 ⇒ 8.5.1 システム処理

M.7 新しい循環
 M.7.1 新しい循環 ⇒ 4.7.1 日本型循環
 M.7.2 学ぶ ⇒ 6.4.4 教育を変える
 M.7.3 高度サービス ⇒ 5.8.2 仕事を変える
 M.7.4 生活者 ⇒ 7.6.2 家庭を変える

M.8 環境社会
 M.8.1 グローバル化 ⇒ 9.3 グローバル化
 M.8.2 地域インフラ ⇒ 3.6.3 地域インフラ
 M.8.3 環境社会 ⇒ 9.8.2 環境社会
 M.8.4 クルマ社会 ⇒ 8.8 クルマ社会
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OCR化した14冊

『旧約聖書入門2』

 アブラハムの執り成しとソドムの滅亡

 アブラハムのイサク献供

 出来事を理解するためのコメント--叙述の解釈

『アフリカ進出戦略ハンドブック』

 世界中から注目される最後のフロンティア市場

 アフリカ市場に対する誤解と実態

 アフリカ市場への進出を阻む3つの障壁

 アフリカに静脈産業を根付かせる:会宝産業(中古自動車部品)

『海外市場ビジュアルデータブック』

 アフリカに進出すべき10の理由

  経済成長の余地が大きい

  未整備のインフラが膨大なビジネスチャンス

  中間層が旺盛な消費意欲を持っている

  世界最速で人口が増加している

  世界有数の資源国が揃っている

  軍事クーデターは限定的で減少傾向にある

  経済圏は拡大基調にある

  モバイルマネーの利用が拡大している

  極度な貧困状態が緩和されつつある

  人口増加と都市化が 急速に進行する

『ヘーゲルからニーチェへ』

 時代の精神的潮流の起源--ヘーゲルの精神の歴史哲学から見る

 第一章 ヘーゲルにおける世界史と精神史の完成--歴史の終結

  第一節 世界史の終結という構造

  第二節 精神の絶対的形式の歴史的終結という構想

  第三節 ヘーゲルにおける国家およびキリスト教と哲学との宥和

『大変化』

 多様な働き方の先にあるものは

  正社員礼賛の固定観念は昭和の遺物?

  「労働時間で給与を支払う」の問題点

  海外からゲストワーカーを受け入れれば、女性の働き方が一変する

  「プロ」ならいつでも、どこでも生きていける世界に通用する大学教育とは

  「残業するほど暇じゃない」と言える日々を送ろう

『日本の少子化 百年の迷走』

 はじめに--〝絶滅危惧種〟としての日本人

 ようやく動き出した人口政策

  第三六項「地方創生」という名の人口減少対策

  将来人口の目標値を掲げる

  人口減少に備えた国家の作り替え

  「静かなる有事」

『海軍反省会8』

 杜撰な潜水艦運用計画

 補給と潜水艦戦

 潜水艦に人材が残らない

 「本音を言う潜水艦屋は少将にしない」

 潜水艦を希望する者はほとんどいなかった

 「日本国の陸軍」は「陸軍の日本国」になっていた

 反省会に陸軍の証言は必要なのか

 陸軍の声は慎重に扱わねばならない

 知米派・山本五十六が読み違えたアメリカ人の心理

『日本--呪縛の構図』

 盧溝橋からノモンハンヘ

 破局までの道のり

 真珠湾攻撃、無条件降伏、そして戦争の遺産

 日米「同盟」が持続不可能な理由

 再び「入亜」へ

『ソクラテス われらの時代の人』

 哲学の天才、ソクラテス

 ソクラテスの使命
 伝統的なギリシア哲学の問い

 ソクラテスの問い掛けの方法

 ソフィストたち

 ソクラテスの仕事

 ソクラテスのアイロニー

 ソクラテスの語り口

 ソクラテスの目指すもの

 ソクラテスの背後にいるプラトン

 現実のソクラテスと「プラトンのソクラテス」の違い

 腹話術の人形のようなソクラテス

『第二次世界大戦外交史(下)』

 緒戦における日本の戦争目標

 米英の作戦は対独本位

 チャーチルが説く第二戦線自重論

 ナチス・ドイツの新秩序の理論

 ナチスのレーベンスラウム(生活圏)

 アメリカはソ連の対日戦を煽る

『行政法概説Ⅲ』

 公物法の基礎概念

 公物

  意義

  公物の要件

  公物の類型

 営造物

 公共施設

『シベリウスの交響詩とその時代』

 時代を超越する-- 《タピオラ》

 創作晩年期に向かうシベリウス

 フィンランド独立に向けて

 独立の余波と内戦

 カンタータ《われらの国》の表現世界

 シベリウスの苦悩と困難な創作状況

『開発なき成長の限界』

 互いに支え合う成長と開発

 持続可能な発展

 開発と教育

 取り残されるインド

 忍耐はもういらない

 インドの不平等の特質

 公共サービスと社会的分断

 忍耐を捨て去り、民主主義を活かす

『国境なき医師団』

 現地からの声

 MSFのブロダとそれらに対する反応の歴史

 MSFプログの内容分析

 なぜブログなのか?

 フィールドで活動する--「なぜ私はこんなことをしているのか?」「なぜ私たちはそこまでするのか?」

 苦悩、怒り、ケアの限界

 子どもたちの意味

 任務がもたらす贈り物

 任務の終わりに

 現地から『故郷と呼ぷ場所』へ
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MSFのフィールドブログ

『国境なき医師団』より 現地からの声

ブロガーの多くは、なぜ自分の経験を記録することにしたのか、ということから話を始める。彼らはまず、(一見些細に見える日常生活の断片を含む)自分の経験を、家族や友人だちと分かち合いたいのだと述べる。彼らは、「ある瞬間の強烈な経験」とこれらの経験を貫いている「たて糸」に関して、伝えたいと思っている。ブログを書くことは、彼らが経験したことについて、そして(ベテランのMSFメンバーだちから告げられていたような)自分の身に起こった変化について、熟考する手段である。また、ブログを書くことは一種の証言にもなり得るぐと書いている者もいる。支援する相手を一人の人間として扱い、その肉声を伝える「証言」は、MSFの基本的理念を体現するものである。さらに、「人々が、私のブログによって、この世界を苦しめている問題に気づくとしたら……」と、あるブロガーは書いている。「私がMSFの活動の目的を人びとに知らしめ、それに対する意見をブログを通して受け取ることができるなら、これほど嬉しいことはない」と。また、ブログを書くことは、長い目で見れば、MSF内部で「冷蔵庫シンドローム」と呼ばれているものに対する「保険」になる、という者もいる。

MSFで流行っているジョークがある。「任地に赴き、しばらくして故郷に戻る。家族と一緒に食卓についているとき、任地で経験したあらゆることをみんなに話したいと思う--貧困、疾病、死、楽しかったこと、悲しかったこと。すると、家族の誰かが、無表情にこっちを見て言う。「ふうん。すごいね。ところで、新しい冷蔵庫を買ったことを話したっけ?」

私が家に戻った時、このようなことは起こらなかった。「冷蔵庫シンドローム」は、起きなかったのである。私は、みんなが話の内容を理解していると言う感じを受けた。それは、皆が私のブログを読んでいたからだと思う。

ブログの持つこのような利点を理解しながらも、セキュリティ以外の点で「危険」を感じているブロガーもいる。彼らは、ブログを書くことがもたらす落とし穴について、読者に警告する。それは、固定観念、狭い先入観、シニカルな傾向などが、ブログに入り込んだり、その内容が表面的なことに終始する、といったようなことだ

まず第一に、固定観念を助長する危険がある。(略)私たちは、これこそ「真のアフリカだ」あるいは「真の××国だ」と考えるものを見ると、すぐにカメラを取り出す。(略)ロバに乗ったの女。泥にまみれて遊んでいる愛くるしい裸の子ども。夕陽を浴びてそそり立つマンゴーの樹。(略)だがそれは、単純化され形骸化された偏った姿にすぎない。(略)

二つ目の危険は、地域全体の印象をネガティブなものにしてしまうことだ。私たちが派遣されるのは、戦火に焼かれ開発の進んでいない絶望的に貧しい場所であり、さらに、何らかの伝染病が蔓延していることも多い。確かにそこには、笑っている子どももいるし、住民の不屈の精神も見られ、それには元気づけられる。しかしそれらは、気が滅入るような絶望的な状況の中だからこそ、ひときわ目立っているだけなのである。長時間働きつづけ、一日中生ぬるい水を飲み、あちこち虫に刺されていると、否定的な気持ちになってしまうのだ。(略)

また、表面的なことしか書かない危険もある。(略)ときおり、複雑な問題は避け、「ここは何と暑いのか」とか、「汗ばんだ腕が書類にくっついてインクがにじんでしまう」というような泣き言をならべてしまうのである。

ブロガーが、任務の遂行で、--肉体的、感情的、精神的に--手いっぱいな場合、ブログを書くことは息抜きになり、読者の反応はサポートになる。

私は以前、「最悪の状態ににあったときに、ブログがずっと私を支えてくれた』と書いた。この意見交換の場を与えてくれたMSFには感謝している。(略)

時間を割いてこれを読んでくれた人々の存在は、私を謙虚な気持ちにさせてくれる。

これがブログの最後の更新になるでしょう。契約期間がまもなく終わり、私は家に戻ります。意見を交わしてくれた皆さんに、心からお礼を申し上げます。皆さんが、叫び、喜び、熟考、怒り、笑い、そして物事をはっきりさせようとする態度を、私と共有して下さったことに、感謝いたします。私のブログは、予想していたよりも個人的なものになりました。旅人にとって、その影とのおしやべりは、ずっと、重要な仕事の一つとなっていました。

私はこのところ何年も、人道的な仕事をしようとする自分の傾向について、ずっと考えて来た。旅や冒険や新しい経験に、私はアドレナリンの噴出する瞬間を探しているのだろうか? その仕事は、私の精神力を試すためのものなのか? 私を駆り立てるのは、社会正義を求める気持ちなのか? 私は現地に行って、その実情を世に伝えたいのか? 人類全体の幸福のために僅かでも貢献したいのか? 一日が牛乳で始まりマティーニで終わるような生活とは無縁の土地で暮らすことが、どんなことなのかを知り、独りよがりな考えを打ち壊したいのか?

この疑問の答えが得られたのは、四月にMSFの面接を受けた時だった

ブロガーたちはしばしば、任務の開始時と終了時に、自分たちが人道的医療を行なうために現地に出かけて行く理由を、あれこれ考える。その動機が複雑に入りくんだものであるという点で、彼らの意見は一致している。動機には、理想主義、愛他心、義憤、社会正義の追求、冒険心、あるいは、気詰まりな日常からの脱出、過去との決別への欲求、自己実現の追求、自分を試したい気持ち、そして「出来ることをする」というプラグマティズム精神、などがある。

私が知っているMSFメンバーの多くは、たいてい非常に立派な理由--世界を変えたいという欲求、同じ人間として手を差し仲べたいという気持ち、あるいは、この世界に巣食う不正に対する憤りなど--から、参加している。しかしそれと同時に、私たちの多くが、ある意味でアドレナリン中毒であることも事実である。ただし、各自が求める活動はそれぞれ異なる。たとえば、予防接種の普及活動、自然災害地への緊急出動などの、危険な状況下で短期間に多くの人々を助ける、様々な活動である。(略)

私がこの仕事をする理由は、利他的なものであると同時に、非常に利己的なものでもある。(略)(私が思うに)この世には断じて受け入れがたい事がある。人びとが苦しんで死んでいくのは多くの場合、不幸なことに、インフラストラクチャーも、薬剤も、医師も、清潔な水も、平和も、正義もない、そんな土地に生まれたからである。それに対して私は、望む物はすべて手にしていた幸運な人間の一人である。そして--ここが利己的な所なのだが--それにも拘わらず私は、満足できなかったのだ。生きている実感がもてず、私は幸せではなかったのだ。

多くのブロガーが、MSFの仕事が彼らに変化をもたらしたことの意義について、証言している。

私の仕事が、おそらくこの世における最高の仕事の一つである理由--

 1 私は日々のほとんどを、病気の、しかし可愛いたくさんの子どもたちの治療に費やしている。彼らは具合が良くなると、笑顔を返してくれる。子どもたちやその家族とともに病気の治療にいそしむ喜びにまさるものは、ない。

 2 私は、子どもたちの母親や父親と日々を過ごしているが、彼らは、回診のときに私が飛ばす下らないジョークに笑ってくれる。笑うのは楽しい。そして人を笑わせるのはもっと楽しい。

 3 私は、患者やその家族に信頼されていると思う。この気持ちは、世界中のどこにいても、私に神聖な恩恵を与えてくれる。

 4 私の周りには、MSFボランティアの仲間がいる。私は彼らのために命を投げだす覚悟があるし、彼らも私に対し、そう思ってくれていると思う。

 5 私は世界中で最も美しい場所の一つ--中央アフリカ共和国の田園地帯--に住んでいる。

 6 私は自分で仕事のスケジュールを立てる。(略)仕事をやり遂げるなら、それも、きちんとやり遂げるなら、私は自由に日々の計画を立てることができる。

 7 多くの場合、私の周りには、学習意欲と向上心をもち、MSFで働きたいと思っている献身的な現地スタッフがいる。

 8 私たちの医学的介入は、無力な人びとの生命を救い、苦しみを軽減することができる。そういう仕事を、私は契約どおり、MSFのメンバーと共に行なうことが出来ている。

 9 私は、自分の仕事を遂行するのに必要な手段を与えてくれると信じられる、MSFのもとで働いている。

 10 私は、その理念と活動が私を奮起させるような(時に課題を突き付けてくるような)組織で働いている。

私がケニアで働いていたとき、人びとは、薬剤、設備、医療器具など、基本的なものがないために難儀していました。MSFは、この、目の前にあるごく基本的な問題を簡単に解決してくれました。自分のスキルを使うのに必要なあらゆる資源が手元にあるのは、なんと有難いことでしょう。ひどい栄養失調にかかっている子どもを見ると、平静ではいられません。食物が不足しているために苦しみ、身体が自らの組織を破壊しはじめている子どもを見るのはつらいものです。でも、適切な治療を施せば、信じがたいような変化が起きます。今にも死にそうだった子どもが、治療を始めて僅か二、三日後に、ここにきて初めての笑顔を見せてくれたり、一、二週間後には駆けまわったりするのを見ると、大きな励みになります。大人であれ子どもであれ、栄養失調であれ、HIVであれ、死に瀕していた人間に適切な治療を施し、効果が現われるときほど、報われる瞬間はありません。中毒になると言っても良いほどです。何度も何度も、それを見たいと思うのです。
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インド 忍耐を捨て去り、民主主義を活かす

『開発なき成長の限界』より 互いに支え合う成長と開発 持続可能な発展 開発と教育 ⇒ 

「忍耐とはささやかな絶望であり、美徳を装っている」と『悪魔の辞典』(一九〇六年出版)のなかでアンブローズ・ビアスは書き記している。インドは何世紀にもわたって、美徳とされるこの資質を大いに発揮し続けてきた。不平等、階層化、カーストによる分断に対しては異常なほど寛容であり、社会秩序を保つうえで必要であるということで受け入れてきた。後進的なインドが自分の問題を解決するために必要であるということで、植民地支配に伴う目に余るような不公正に対しても寛容であった。物事がゆっくりとしか進まないインドにはその他の選択肢がないということで、経済的停滞にも我慢してきたが、それがインドに衰退をもたらした。インドの女性たちは、生物学的または社会的に必要であるという理由から自由を奪われながらも、それに静かに堪え忍んできた。人間本来の貪欲さによる避けられない結果だとあきらめて、説明責任の欠如や汚職の蔓延に我慢強く堪え続けてきた。そして、いうまでもなく、安定した経済秩序と表裏一体をなしているとして、社会的弱者層は終わりのない苦難と搾取と侮辱に何とか堪え忍んできた。

このような不公正と不正を解消するうえで、忍耐がその助けになるなどということはまったくなかった。さらに、その他のはっきりと目に見える形でも、忍耐が報われるということは明らかにはならなかった。それとは反対に、問題を解決する方法を積極的に探し求めている時に、よい方向へと変化が起こり、自由がもたらされるということがよくある。実際、インドの人々が政治に対して我慢できなくなったことで大衆運動が生まれ、英領インドが統治不能に陥ったからこそ、イギリスによる植民地支配の抑圧は終焉を迎えることになったのである。

不満や抗議の声が表に出てこないという問題は、今日のインドには見られない。しかし、はっきりと声を上げるような、政治的にも影響力のある異議申し立てが、恵まれない境遇にあるインド人を苦しめ続けてきた剥奪や不正といった問題を十分に反映しているかどうかという点については、しっかりと検討してみなくてはならない。(とても裕福なわけではないが、ちょうど中間に位置するインド人よりも所得や生活水準がはるかに高い)比較的恵まれたインド人が政治的重要性や影響力を手にしていることで、本当に貧しい人たちが上げる声へと実際には引き寄せられるはずの関心が、妨げられがちになってしまう。その結果、深刻な剥奪を受けている人たちの大部分がほとんど排除されるという事態が、多くの政治課題についてあまりにも頻繁に起きているのである。

そして、恵まれない人たちが排除されることによって、こうした人たちの利害が公共政策に反映されないという状況が、様々な領域で起こるようになってしまう。学校教育、保健医療、社会保障、その他の関連する課題がインドの計画立案で無視されているのは、このような全般的な傾向の一つの側面なのである。さらに、特権階級の利害に引きずられた結果生まれる公共政策の歪みというのは、その他にも様々な形で姿を現している。例えば、農業と農村開発をないがしろにすること、個人的利益のために天然資源などを開発して自然を破壊すること、特権的な集団に政府の補助金を(公然とまたは暗に)大盤振る舞いすることなどが挙げられる。

これまでにも論じてきたように、多様な側面を持つインドの不平等は、不平等それ自身が解消されないような仕組みを生み出す傾向にあり、特に公共的議論やメディアの報道に見られる歪みを通して引き起こされる。インドにおける大きな社会的分断は、異なるグループの間での発言力や影響力について深刻な不平等を伴っている。さらに、それほど剥奪に苦しめられていない人たちからなる大きな(そして、活力に満ちた)集団を主に利しているように見えるメディアの報道や公共的議論の歪みを通して、社会的弱者が直面している剥奪の深刻さを見えにくくすることにも社会的分断は一役買っている。このようにして、さらにはこれ以外の形で、比較的恵まれた人たちとそれ以外の人たちとの間の社会的分断の深刻さというものが、民主主義のもとで用いられる標準的な手段の活用を難しくしているのである。そして、そのなかには、問題となっている不平等に立ち向かうために、はっきりと不満の声を上げるということも含まれている。

極端なまでの不幸が社会に産み落とされ、それが非常に深刻なものであるという現実があまりにも見えにくくなっているために、(発信力のある政治指導者たちが我先にと支持の声を上げる対象である)一般市民という概念そのものがまったく違う意味に定義し直されている。大金持ちほどは裕福でない比較的豊かな人たちは、社会的弱者という自己認識を抱いている「庶民」--ヒンディー語では「アーム・アードミー」--であると自分たちのことを見なす傾向がとても強い。しかし、最上層に位置する大金持ちとでも比較しない限り、比較的豊かな人たちを「庶民」と描写するのには無理がある。

初期の東インド会社の役員の一人であったジョージ・リンゼイ・ジョンストンは、一八○一年にロンドンの議会で洞察に満ちた見解を述べるなかで、英領インド帝国は「世論の帝国」であり、「現地人が自分たちの強さをよく考え」てみようとしないことによって成り立っていると指摘している。インド人全体が自分たちの強さというものをよく考えようとしないことが、ジョンストンの時代にインドがイギリスに服従し続けていた大きな要因であったのだが、この欠陥がインドから姿を消してすでに長い時間が経過している。しかし、その一方では、恵まれない立場にいるインド人が立ち上がり、自らが直面する異常なまでの剥奪をいち早く徹底的に取り除くために声を上げようとしない点はそのままであり、インド政治を取り巻く状況がその理由の一端となっている。いわゆる「庶民」というカテゴリーを構成している「比較的恵まれているが、誰よりも恵まれているというほどではない人たち」の抱く不満は、社会のなかで重要な話題となり、この容易に団結できる集団の考え方というのは、主要な政党から最も大きな支援を受けている。インド社会の弱者層を長年にわたって苦しめ続けている深刻な剥奪に対して、それほど関心が向けられていないのとはあまりにも対照的である。

とはいうものの、インドの民主政治は、最も深刻な剥奪に苦しんでいるインド人に対して「自分たちの強さをよく考え」てみる機会、そして、あまりにも多くのインド人の生活を台無しにしているきわめて深刻な不平等はいち早く改善されるべきであると要求の声を上げる機会を与えている。これにはインド政治の在り方の問題という側面ももちろんあるが、剥奪と不平等が広範に及ぶとともに、特異な性質を帯びているという事実をしっかりと認識することにも大切な役割がある。そして、今日のインドが直面している最も重要な課題の一つは、まさにこの点なのである。
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シベリウス フィンランド独立の余波と内戦

『シベリウスの交響詩とその時代』より 時代を超越する-- 《タピオラ》 創作晩年期に向かうシベリウス

フィンランド独立の瞬間は何ら華やいだものではなく、《フィンランディア》の結末のような輝かしい高揚感を人びとにもたらすこともなかった。その様子を巧みに描写しているのが、一九一七年一二月八日に『ヘルシンギン・サノマット』(前身は『パイヴァレヘティ』。一九〇五年に名称が変更されて現在に至る)が報じた以下の記事である。

 「このもっとも重要な瞬間におけるフィンランド国民のように、独立宣言時、虐げられた人びとの顔に歓喜の表情がまったく見られないというのは、世界史上でも例がないことである。獅子の旗はそこかしこにむなしくひるがえり、新聞社は義務としてこの記事を書いている。フィンランドという国家が歴史上初めて独立の一歩を踏み出したにもかかわらず、である」。

それも当然であった。いまやフィンランドは軍国主義の重苦しい空気に包まれ、ストライキや暴動、貧困や失業、食糧難や極度のインフレが人びとの生活に深刻な影を落としていたからである。なかでも危惧すべき事態は非社会主義者と社会主義者の対立であり、両者の緊張は一触即発の状態にまで追い込まれてしまう。そしてついに起こるべくして起こったのが、独立宣言の翌月、一九一八年一月二八日に勃発したフィンランド内戦である。主にドイツ軍とイェーガー隊が支援した白衛隊と、ロシア軍が後ろ盾になった赤衛隊の両陣営による戦いだったが、実質的には軍事訓練などまったく受けたことがない民間人同士の痛ましい市民戦争だった。その凄惨さは筆舌に尽くし難く、犠牲者の数は双方合わせて三万七〇〇〇人あまり、当時のフィンランド総人口のおよそ一パーセントにもおよんだ。二〇世紀前半のヨーロッパが体験した内戦のなかでも、この悲劇に匹敵するのはスペイン内戦(一九三六~三九。ピカソの『ゲルニカ』で有名)くらいであったといわれている。

当初、ヘルシンキを一気に制圧した赤衛隊はその勢力をフィンランド南部全体に広げ、トゥルク、タンペレ、ヴィープリといった主要都市も支配下に収める。彼らは鉄道のほか、新聞、電話、電報などの通信網を強引にコントロールし、戦いを有利に進めていった。しかし軍事能力に乏しかった赤衛隊の戦果は小さく、しばらくすると戦況が悪化の一歩をたどるようになる。一方の白衛隊はフィンランド西部の港町ヴァーサを拠点とし、名将グスタフ・マンネルヘイム(一八六七~一九五一)の指令下、ドイツで十分な訓練を受けたイェーガー隊の力を借りながら巻き返していく。そして四月初旬、最終的な決戦地タンペレで白衛隊が赤衛隊を破ったことで、白衛隊の勝利が動かぬものとなるのである。翌五月、赤衛隊の降伏によりフィンランド内戦は三ヶ月あまりで終結した。

この内戦の問、フィンランドの至るところで殺人行為が横行する。いまや白衛隊のシンボル的存在になった《イェーガー隊行進曲》を作曲したシベリウスも、赤衛隊のターゲットにされているのではないかと、自らの身を深刻に案じた。ヘルシンキに近いヤルヴェンパーは彼らの制圧下にあったし、物々しい外出禁止令が出されるなど、アイノラでひっそり息をひそめていたシベリウス一家でさえ命の危険を感じたらしい。シベリウスは日記のなかで、当時の不安な気持ちを次のように書いている。「私たちの国、そして人びとの行為は本当に恥ずべきことだ」(一九一八年一月二八日)。「殺人また殺人。戦地の人たちだけでなく、誰もが危険にさらされている。労働者階級の勢力はまるで転がる雪玉のようだ。《イェーガー隊行進曲》の作曲者と知られたら、彼らは私を殺しにくるに違いない。ミッコ・スロールが死んだ〔これは誤報であることが後に判明する〕。殺されたのかもしれない。銀行のお金を利用できるのは『労働者』のみ。私たちにできるのは、遅かれ早かれやってくる死を待つことだけだ」(同年二月二日)。

実際、シベリウスの関係者は次々と災難に見舞われていった。当時ヘルシンキのラピンラハティ心療病院に医師として勤務していた弟クリスティアンは、満床の病院に運ばれてきた赤衛隊負傷者の入院を断ったところ、数日間投獄されてしまった。シベリウスを尊敬する若き作曲家アーレ・メリカントも、理不尽な投獄の憂き目にあう。かつてシベリウスの下で作曲を学んだレーヴィ・マデトヤの場合、二歳年上の兄ユリヨが赤衛隊に殺されている(マデトヤの沈痛な思いは、同年一二月に初演された悲劇的な交響曲第二番に見て取れよう)。シベリウスの薫陶を受けたもう一人の有望な作曲家トイヴォ・クーラに至っては、白衛隊の戦勝を祝うどんちゃん騒ぎのなか、ささいな喧嘩がもとで皮肉にもイェーガー隊に頭を撃ち抜かれてしまった。その後クーラは五月一八日、わずか三四歳の若さで世を去っている。

そうした暗雲が垂れ込めるなか、シベリウス一家も屈辱的な出来事を体験することになる。二月一二日と一三日の両日にわたり、赤衛隊一派がアィノラの家宅捜索を行ったのである。一日目は武器の所有、二日目は食料品などの貯蔵状況を調査するためだったが、この無法行為によってアイノラは、すべての部屋が上から下までめちゃくちゃに荒らされてしまう。シベリウスの動揺と心痛はかなりのもので、「あのような連中に私の貧しい家財を見せなければならないとは、何という屈辱だろう。武装した無法者に対して、私は無防備な作曲家に過ぎないのに」(一九一八年二月一四日の日記)と、激しい怒りをあらわにするのだった。アイノラでは電話の使用が差し止められ、シベリウスが日課としていた戸外の散歩時も、あちらこちらに設置された赤衛隊の見張り小屋に通行許可証を提示しなければならなかった。

こうしたシベリウス一家の状況を耳にした友人たちは、彼らをヘルシンキの安全な場所に移動させようと計画する。その先頭に立ったのはカヤヌスであり、彼は赤衛隊と交渉してシベリウス一家が無事にヘルシンキヘ赴くことができるよう取り計らうのだった。当初シベリウスはアイノラに留まる意向を示したが、最終的には旧友の説得にしぶしぶ応じることにする。そして二月二〇日、カヤヌスが先導するそりに乗って、弟クリスティアンの勤務するラピンラ(ティ心療病院)を目指すのだった。

シベリウスの関係者は皆、ヘルシンキ市内で分散して生活せざるをえなくなった彼らをとても温かく迎え入れてくれた。しかし食糧不足は深刻であり、シベリウスの体重は二ケ月あまりで二〇キロも減ったという。この頃より彼が急に老けこんだ印象を与えるようになったのは、そのためだろう。特に注目されるのは、毛髪の減少が目立ち始めたからであろうか、あえて自ら髪を剃り上げるようになったことだ。もしかしたらシベリウスはわざと禿頭にすることで、世俗の虚飾を排した峻厳なイメージ、あるいは修行僧のようにストイックな雰囲気を進んでまとおうとしたのかもしれない。それも内戦後のことである。
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