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「未唯への手紙」の「自分」編の2巡目のロジック展開

未唯へ。昨日に引き続いています。会社のカウンセリングセミナーで、皆さんの趣味は何ですかと聞かれた時に、咄嗟に出てきたのは「私の趣味は女性を好きになること」です。あとから、考えるとかなり当たっています。

「自分」のサイクルの2巡目を述べます。社会との接点として、女性を求めました。トラウマで落ち込んだ時に、初恋の彼女のことを思い出しました。ああいう人が、この世にいることが唯一の救いでした。「孤立と孤独」の世界の闇の部分ではなく、この世に「わかってくれそうな人がいる」ということで安定した生活ができました。

それは何かに支えられている、それは共同体ではなくて、何か違うもの、依存はしてないけど、何かに支えられているという感覚です。そこで出てきたのが「もう一人の自分」という女性です。「孤立と孤独」にいながら、自由でいられるのは彼女がいるからです。

彼女がいることでもう一つの世界、夢を聞いてくれる世界、夢を語れる世界、私には夢がありますという世界ができました。「もう一人の自分」というのは、私の中で、社会から否定された部分が集まって、出てきた人です。彼女がいれば、私は「孤立と孤独」にいながら、キッチリと生きていけます。

「もう一人の自分」という女性が私の中にいることで、副作用として、自分の中に女性的感覚が生まれました。女性的な感覚で行動を開始しました。この感覚があると、女性には素直に接することができます。恋するのも楽です。女性の心で女性を好きになることを始めたら、男性が醜くなりました。あんなものに依存するつもりはありません。

女性の中のすばらしさを本人以上に見つけることができます。恋するといっても、才能に恋することが多いです。

女性での基本は恋することです。ここでも観察者に徹します。女性的感覚から観察します。

偶然を必然だというところ、女性として行動することによって、さまざまな偶然が重なりました。とてもあり得ない偶然が行動によって、起こりました。偶然が未来を作り出すことを信じるようになりました。

シンプルにして、どんな事態にも対応できるようにする。女性の根本はシンプルです。仕掛けなくて、自分が生まれてきたまま、やっていけばいいということです。

後半は、寝ながら、JPEGを見ながら、しゃべったものをICレコーダに録りました。
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