モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

その32:大航海時代の脱線編①:略奪ごめん!権利・利権の源は?

2008-02-25 09:13:33 | ときめきの植物雑学ノート

“発見”“拾った物”“奪ったもの”“育てたもの”は誰のもの?
コロンブスが新大陸を発見して、ここを領土とするなど新たな利益機会が生まれた。
この新たな利益機会の権利を、追従するであろう競争相手から守るために
・権利を発生させ如何に保護をするか?
・どのような利権の開発・開拓投資を行ったか?
・そしていかに投資回収をしていったか?
ヨーロッパ人にとって認識していない新大陸、歴史初の巨大な利権開発事例をレビューしてみたい。
何故ならば、冒険であっても、その行為には投資家がいて出資があったからこそ実現した。
大きなリターンは“権利”を“権益”にしなければ実現しない。
さて、スペインはどういう利権開発をしていったのだろう!
新大陸での“権利”の正当性化と、そこでの“権益”の作り方についてのプロセスの確認からしてみよう。

世俗のNew権利を裏付けていたのは、ローマ教皇。
ポルトガルは、スペインに先立ち15世紀初めから1世紀半にわたり海外に進出した。
人口100~150万人のこの小国ポルトガルが海外進出した要因は、
自国だけでなくヨーロッパ中の金・銀を吸い尽くしていた“香辛料・薬草などのアジアの物産”の魅力のようだ。
インドにいち早くたどり着き、アジアの物産、特に香辛料をわが流通に乗せたい。
あわよくば、生産地・生産システムを横取りしたい。
こんな明確な動機があった。

地中海経由は、ヴェネチア、オスマン帝国、カイロの商人などが抑えているので、
アフリカ喜望峰周りでの新ルートを開拓せざるを得ない。
1482年には、ギニア湾岸にミナを建設し、ここを拠点として金・奴隷・胡椒・象牙などの貿易で潤ったが、
このような、利権・権益を世俗で認められるように保証させておく必要があり、
1455年にローマ教皇から大勅書を獲得した。
これが大きな意味を持ち、これ以降、教皇が保証し、国王が運用する二人三脚での
新世界の略奪と秩序を形成する時代にはいった。

大勅書の内容は、「キリスト教の布教をするかわりに、すでに発見したさらにはこれから発見する非キリスト教の世界における征服と貿易の独占権と聖職叙任権を国王に与える。」というものであった。
困ったときの神頼みではなく、困ってはいないが、いずれ追従者が来た場合の正当性を担保した。
新世界への十字軍という気構えもあったのだろうが、この時代の征服とは、戦費を賄う
戦略品の徴収(現代では略奪というが)は当然でありこれをも意味している。

(写真)世界を二分した子午線(赤線左がスペイン領)


新世界をスペイン・ポルトガルで山分けする企み
1492年のコロンブス新大陸発見後の1494年に、
それまでの条約を見直して新しい条約がスペインとポルトガルとの間で結ばれた。
トルデシーリャス条約というが、両国で、世界を二分して支配するという大胆な条約だ。
スペインの領土は、西アフリカベルデ岬諸島西方370レグア地点に引かれた子午線(西経46度30分)の西側(図上では赤線の左側) と決められ、
アフリカ・アジアはポルトガルに任せ、新大陸すべてをスペインが支配する意図を持ったが、
この時期は、世界の地理的な認識ができていなかったため、南アメリカのブラジルは、
この子午線より東側に入るのでポルトガル領となるなど後日不都合なこともあった。
この条約締結も教皇の調停で決着している。

オスマン帝国とは対立していたが、ヴェネチア共和国などのイタリアの国家を含めた協議があってもしかるべきと思うが、
そうはなっていない。
たった3人で世界を山分けし、キリスト教の布教と切り取り自由の免罪符との交換。
イスラムのジハードも含め、宗教の怖さがここにある。
全ての根源を神から預託されているという論理には何でも出来るという怖さがある。
やはり気をつけよう。


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