キハ82系:特急「南紀」(文字マーク)
現在も名古屋~新宮・紀伊勝浦を結ぶ特急「南紀」。
紀勢本線~関西本線の名古屋口を結ぶ定期特急は、天王寺~名古屋間を走破していた「くろしお」で、終焉までキハ81が使用されていたことでも有名です。
紀勢本線西線側の電化工事が進捗し、昭和53年10月ダイヤ改正において、特急「くろしお」が381系化されることになります。(一部製造の追いつかなかった期間に485系800番代を含むも使用されました。)
その際、天王寺~名古屋間を直通していた1往復の特急「くろしお」は系統分割され、電化されない東線側については名古屋~紀伊勝浦間に特急「南紀」が3往復(のちに4往復)新設されました。
昭和57年10月6日 名古屋駅にて キハ82系 特急「南紀」
瀬野八、山口、小野田線の撮影の帰りになぜか名古屋に寄ってこの写真を撮っています。
名古屋地区にはしばらく訪問していなかったため、この「南紀」の写真を撮るために立ち寄ったようです。
電車特急のボンネット型ヘッドマークがイラスト化されたのは昭和54年秋くらいからのようでしたが、気動車特急についてはイラスト化が全国的に遅くなっており、「南紀」についてはまだイラスト化されていませんでした。
幹線の電化が進むにつれ、キハ181系の余剰車活用が活発となり、キハ82系の淘汰が急速に進みましたが、JR東海にはキハ181系の在籍がなかったため、その後もキハ82系が活躍することになります。
キハ82系・381系:特急「くろしお」
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現在も名古屋~新宮・紀伊勝浦を結ぶ特急「南紀」。
紀勢本線~関西本線の名古屋口を結ぶ定期特急は、天王寺~名古屋間を走破していた「くろしお」で、終焉までキハ81が使用されていたことでも有名です。
紀勢本線西線側の電化工事が進捗し、昭和53年10月ダイヤ改正において、特急「くろしお」が381系化されることになります。(一部製造の追いつかなかった期間に485系800番代を含むも使用されました。)
その際、天王寺~名古屋間を直通していた1往復の特急「くろしお」は系統分割され、電化されない東線側については名古屋~紀伊勝浦間に特急「南紀」が3往復(のちに4往復)新設されました。
昭和57年10月6日 名古屋駅にて キハ82系 特急「南紀」
瀬野八、山口、小野田線の撮影の帰りになぜか名古屋に寄ってこの写真を撮っています。
名古屋地区にはしばらく訪問していなかったため、この「南紀」の写真を撮るために立ち寄ったようです。
電車特急のボンネット型ヘッドマークがイラスト化されたのは昭和54年秋くらいからのようでしたが、気動車特急についてはイラスト化が全国的に遅くなっており、「南紀」についてはまだイラスト化されていませんでした。
幹線の電化が進むにつれ、キハ181系の余剰車活用が活発となり、キハ82系の淘汰が急速に進みましたが、JR東海にはキハ181系の在籍がなかったため、その後もキハ82系が活躍することになります。
キハ82系・381系:特急「くろしお」
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