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すし初(東京・湯島天神下)の特上すし!

2019年04月16日 | グルメガイド
4月7日(日)には上野周辺でもう1軒、老舗を訪ねた。それが「湯島天神下 すし初」(東京都文京区湯島3-35-8 コア湯島ビル1階)である。大正10年(1921年)の創業だが、瀟洒なビルの1階にある。ここでは、翌日から(4/8~12)の連続講座の成功を祈願して「特上すし」(税込み2,268円)を注文した。ぴあMOOK『東京老舗名店』には、



伝統の技と新スタイルの融合
湯島天神のお膝元で、江戸前寿司の伝統を守りながら手頃な価格で提供する。厳選されたネタは、創業当時から変わらず築地から毎日仕入れる。鮨だけでなく、新鮮なネタがふんだんに盛られた「重ねちらし」はその美しさも評判だ。

唎酒師(ききざけし)の資格を持ちワインソムリエでもある四代目が、常時揃える30種類の日本酒から、旬と魚との絶妙な組み合わせを教えてくれる。現在ワインの提供を検討するなど新しい鮨の可能性を検討中だ。




うーむ、これはうまい!ネタが新鮮なことはもちろんだが、ネタとシャリの馴染み具合といい、寿司の温度といい、絶妙なのである。しかもそんなに高くない。さすが、江戸前寿司の本場だけのことはある。帰りに、初めて湯島天神(湯島天満宮)にお参りした。Wikipedia「湯島天満宮」によると、



社伝によれば、雄略天皇2年1月(機械的な西暦換算で458年)、雄略天皇の勅命により天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝えられている。南北朝時代の正平10年(1355年)、住民の請願により菅原道真を勧請して合祀した。この時をもって正式な創建とする説もある。当の湯島天満宮では458年創建(雄略天皇2年を機械的に西暦に換算した年数)としている。



徳川家康が江戸城に入ってから徳川家の崇敬を受けた。江戸時代には多くの学者・文人が訪れ崇敬を集める一方、享保期には富籤の興行が盛ん(江戸の三富の1つ)になり庶民に親しまれた。明治5年近代社格制度において郷社に列し、明治18年に府社に昇格した。平成13年(2001年)、神社本庁の別表神社に指定された。平成12年(2000年)3月31日、「湯島神社」から「湯島天満宮」に改称。


天之手力雄命は、天照大神の天の岩戸ごもりのとき、岩戸の脇に控えていて天照大神が岩戸から顔をのぞかせた時、彼女を引きずり出し、それにより世界に明るさが戻ったという力持ちの神さまである天之手力雄命と菅原道真の取り合わせは、まさに文武両道だ。境内には「講談高座発祥の地」の碑も立っていた。碑文には、



江戸時代中期までの講談は 町の辻々に立っての辻講釈や 粗末な小屋で聴衆と同じ高さで演じられていた 文化四年(1804年)湯島天満宮の境内に住み そこを席場としていた講談師伊東燕晋が 家康公の偉業を読むにあたり庶民と同じ高さでは恐れ多いことを理由に高さ三尺 一間四面の高座常設を北町奉行 小田切土佐守に願い出て許された これが高座の始まりであり 当宮の境内こそ我が国伝統話芸 講談高座発祥の地である
平成十七年十一月吉日 六代目 一龍齋貞水 建立
発起人代表 文京区 区長 煙山 力
湯島天満宮宮司 押見守康 


なるほど、これは初めて知った。犬も歩けば棒に当たる。現地を訪ねると、いろんな気づきがあるものだ。
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