<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/">
 <channel>
  <title>意思による楽観のための読書日記</title>
  <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august?fm=rss</link>
  <dc:creator>tetsu814-august</dc:creator>
  <dc:date>2025-07-21T07:26:40+09:00</dc:date>
  <language>ja</language>
  <copyright>&#9400;NTT DOCOMO, INC. All Rights Reserved.</copyright>
  <image>
   <url>https://blogimg.goo.ne.jp/user_photo/74/22ad9980afcc35f20b24f20ae9950b76.jpg?6e3ab9</url>
   <title>意思による楽観のための読書日記</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august?fm=rss</link>
   <description>面白き事なき世を面白くする楽観力-意思に力を与える良き書*****必読****推奨***良書**ウーン*XX　</description>
  </image>
  <description>面白き事なき世を面白くする楽観力-意思に力を与える良き書*****必読****推奨***良書**ウーン*XX　</description>
  <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
  <item>
   <title>続　日本の地名　谷川純一　***</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/b93392bf91014178cdcc6fd1114b7120?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
Amebloに<a href="https://ameblo.jp/tetsu814-august/entry-12917742690.html" rel="noopener" target="_blank">「続　日本の地名　谷川純一」本の紹介</a>を書きました。
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-07-21T07:24:06+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/b93392bf91014178cdcc6fd1114b7120</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/9e/c1ed47ebb42105edcdc391352de8a0c2.jpg" length="19101" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>証言　昭和史の謎　別冊宝島編集部</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/ea0e61a0f53c94162c47f724372a8f78?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
本の紹介を書きました。<a href="https://ameblo.jp/tetsu814-august/entry-12916364917.html" rel="noopener" target="_blank">昭和時代に起きた事件簿 | 意思による楽観のための読書日記</a>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-07-14T08:32:58+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/ea0e61a0f53c94162c47f724372a8f78</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/5d/9fc3e66eb52b582778a920bb921791de.jpg" length="33447" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>日本文化の歴史　尾藤正英</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/3d39736aba87e6cfcd1be2c7185e96e8?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
Amebloに記事を書きました。<a href="https://ameblo.jp/tetsu814-august/entry-12916079826.html" rel="noopener" target="_blank">日本文化の歴史　尾藤正英　**** | 意思による楽観のための読書日記 </a><br>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-07-12T14:57:28+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/3d39736aba87e6cfcd1be2c7185e96e8</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/e7/6ba603b4f083c7299111f0646e0d2d3c.jpg" length="15935" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>対談　昭和史発掘　松本清張　***</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/d5fc566ae60827407beb2b0d66d2e694?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
Amebloに書きました。<a href="https://ameblo.jp/tetsu814-august/entry-12914000244.html?fbclid=IwY2xjawLRSJVleHRuA2FlbQIxMQBicmlkETFRR3g3RHhqZ1hwRlZ4MGFWAR7pP0psMeHEJFU07xCuBy3wZ8EnCukA6RsNmpeUBX776pTtQ4MZ-V9vG_udqQ_aem_RpxNrX6COVo5Yykur1L_8A" rel="noopener" target="_blank">対談　昭和史発掘　松本清張　*** | 意思による楽観のための読書日記</a><br> 
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-07-02T08:04:02+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/d5fc566ae60827407beb2b0d66d2e694</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/28/a39a8c8734175d26575b3e8bf6dbf493.jpg" length="16845" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>富士山はどうしてそこにあるのか　山崎晴雄</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/262d935b681577046a49709d58d0425f?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<a href="https://ameblo.jp/tetsu814-august/"> 意思による楽観のための読書日記</a> 記事書きました。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-07-01T08:32:18+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/262d935b681577046a49709d58d0425f</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/a7/50d6e4828db66a350205bdde73cb2e40.jpg" length="832081" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>四字熟語の中国史　冨谷至　***</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/70e44a557c405d46ecd4f2cb633ebe1d?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
四字熟語は日本人なら誰しも耳にする機会がある言い回し。相撲取りが大関や横綱になる際に挨拶で使われることもある「不撓不屈」「一意専心」など、なにか自分の信念や思いを伝えたい時にも最適。幕末には「尊王攘夷」、日露戦争では「臥薪嘗胆」、その後も「八紘一宇」「天壌無窮」もあった。孔子孟子や中国故事、和製など様々だが、A対B、AandB、AbutB、AneverBなどその組み合わせも様々だが、二文字で一つの意味を表し、合計4文字で意味を持つ。本書では、中国に由来を持つ四文字熟語を中心に、歴史的背景やエピソードをまとめたもの。<br><br>１．聖人が語ったものとしては孔子が論語で述べたものとして、「温故知新」古いことを知ることが新しいことを知る方法である「韋編三絶」韋編とは本の綴じ代のことであり、その綴じ代が三回切れてしまうほどに書物を熟読すること「盗泉之水」盗んできた水は飲まない「糞土之しょう（壁土）」古くて腐りはてた壁土はもう使い物にならない。<br><br>２．諸子百家の言葉で春秋戦国時代の思想を語るもの。「守株矛盾」田んぼに生えた木の株に兎が衝突して死んだからと言って、その株を抜いてはならぬというのは主客転倒という韓非子の儒教批判。「宋襄之仁」戦いにおいて敵方が渡河しているので陣形を整えるまで待つのが正しい、というような宋襄のようなことを言っていては宋が滅びてしまったように戦争には勝てないたとえ。「不射之射」我れ未だ木鶏たりえず、弓を射るなら弓も矢もその存在を意識しなくなるほどの修業が重要という。「風林火山」信玄の旗印だが、四字熟語になったのは井上靖の小説から。<br><br>３．太子公の歴史「史記」の世界から、「酒池肉林」暴虐なる王たる背景にあった逸話から。「臥薪嘗胆」艱難辛苦を乗り越えて目的を達成すること。「四面楚歌」項羽と劉邦の戦いで、項羽が最後の戦いで負ける際に、戦いに弱くて負けるのではなく天命なのだと強がった。それを見た虞美人がその時の状況を表現した。「曲学阿世」司馬遷が接した公孫弘を評して。<br><br>４．古代の終焉の時代から。「乱世姦雄」曹操の墓を巡り。「親魏倭王」称号が語る日中交渉の歴史。「天知神知、我知君知」賄賂はなぜ悪いのか。「蛍雪之功」読書人の世界を表す。<br>本書内容は以上。本書では、熟語にまつわる歴史やエピソードが中心であり、多くの四字熟語を知りたければ別の本を読むべきである。
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-06-28T20:05:47+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/70e44a557c405d46ecd4f2cb633ebe1d</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/e2/2a512b90797e98b41739a0fd46b5bf7a.jpg" length="13038" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>歴史の中の大地動乱　奈良平安の地震と天皇　保立道久</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/93d9d70330e55af2d35be0b46dc00560?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
&#65304;−&#65305;世&#65304;−&#65305;世紀に起きた数多くの地震とその被害に対して、時の朝廷、天皇はどのように対応したのか。特に、&#65305;世紀の貞観時代に起きた陸奥海溝津波と2011年の東日本大震災との関連にも言及する。奈良時代の天皇では、聖武、孝謙など天武直系の時代、その後は桓武とその直系の天皇たちの時代の地震、噴火をとりあげ、869年に起きた陸奥の国沖の地震ならびに海溝津波とその時代の清和の対応を詳述した。 <img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/12/141edb27129b7f867b0fdbf433bd44ab.jpg?1750638291"><br><br><br>古代の歴史では疫病や飢饉と出来事の関連付けが多いが、地震や噴火は列島に暮らす人々にとっては非常に身近で生活に直結するものだった。この時代には朝鮮半島でも大きな地震があり、百済が滅亡した時代には新羅慶州で大地震があり、9-10世紀にも白頭山の大噴火の記録もあり、三陸沖、朝鮮半島、大陸の同緯度のマグマ活動との関連も議論されている。<img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/0e/6eaf06dd653a8f446a06995122e45fc0.jpg?1750638309"><br><br><br>朝廷と藤原氏のあいだでの権力、勢力争いの激化とともに、誅殺されたり配流されてしまう皇太子や王子、藤原氏の高官たちが怨霊化することを恐れた権力サイドによる対応も記録されている。怨霊化の現われが噴火や地震、疫病となる。  <img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/57/2a4563a94a604b615c83c12a47bf1dc4.jpg?1750638327"><br><br>本書で特に詳述されるのは、神話と国土観の関連、噴火、雷神、地震の三位一体化である。神話におけるタカムスビが雷電に、スサノオが地震、イザナミが噴火を象徴するという。こうした神々は尊崇の対象であると同時に、おろそかにすると災厄をもたらす厄神ともなる。貞観の地震の直後から始まったとされる祇園御霊会は、疫病だけではなく地震神であるスサノオへの尊崇を表す意味があるという指摘もある。本書内容は以上。<img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/6a/111047f2a295d9015a8f1db9c0c66882.jpg?1750638342"><br><br><br>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-06-23T09:21:01+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/93d9d70330e55af2d35be0b46dc00560</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/f9/33092f535bd1bd70d2180a98442cae2c.jpg" length="6494" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>東北のしきたり　鈴木士郎　***</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/d6375f8bbb37f346ad38ec3b6f1baa0d?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
東北六県などというが、歴史的経緯より&#65305;つの文化圏に分けられるという。北から津軽、南部、仙台、秋田、庄内、山形&#65288;置賜&#65289;、会津、福島中通り、福島浜通りとなっている。これは徳川政権時代に日本海航路の重要拠点である庄内に酒井氏が入り、福島地方には数多くの徳川家譜代の大名が入ったため。東北には伊達、佐竹、南部、津軽など江戸幕府にとっては油断のならない勢力を監視するため。こうしたことからそれぞれルーツの異なる文化圏が築かれることになる。元々の東北のにおいが強く残る津軽、南部、仙台と関東武士の文化が影響する秋田、東北ではないが越後の文化を上杉が持ち込んだ置賜、東海の徳川系が庄内と会津という具合。現在にまで残る各地の気質、風習やしきたりはこの時期の影響が色濃い。<br> <br>上杉氏が会津に入る前には蒲生氏郷が入っていたが、彼は千利休の弟子、茶の湯、南蛮趣味も持っていた。華やかだった西国趣味が会津に根付いたのはこの時期。大幅な大名入れ替えは南北朝から室町、戦国時代と続いていて、そうした移動に伴う文化の変遷も経験したのが東北地方である。そしてその前には蝦夷が北東北には長くいて、その名残を東北藤原氏、安倍氏、清原氏が受け継いでいた。このように文化は多層的に積み重なっている。<img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/2e/887e6716115a96553e3fc11f8e9e58cf.jpg?1750580869">それでも、その前からあった気質やしきたりも滅びず残っていて、外来の支配者による影響を受けながらも独自の文化を築く。海路を通じて西日本とつながりの深かった秋田ではおせち料理にハタハタ寿司、とろろ飯、納豆汁が欠かせない。とろろと納豆汁は秋田、置賜、会津にまたがる内陸部に共通する。東北全域で残るのはおせちは大みそかに食べる、三が日は寿司や煮しめなどおせちの残りを食べるというしきたり。ナメタガレイは仙台ではハレの日のごちそう、山形の正月にはからかい煮が欠かせない、などなどの特色が残る。<br><br><img class="body-img-portrait" src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/fc/3e4dca48aae77f8e083709cc88f74269.jpg?1750580869">本書ではこうした歴史的経緯を踏まえ、正月料理と行事、お盆、お祭り、七五三、ひな祭り、節句、季節行事、結婚、葬儀、普段の生活のしきたり、近所づきあい、会合、飲み会、食生活、教育、習い事など広範に紹介する。本書内容は以上。<br><br><br>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-06-22T17:30:05+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/d6375f8bbb37f346ad38ec3b6f1baa0d</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/25/4cadcbcc5f77cc1522aeb0228b5f061d.jpg" length="823694" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>科学の方法　中谷宇吉郎　****</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/ea30c7b57238ad080bea507754624a4e?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
初版が1958年で、2021年76刷で改版発行され、本書は77刷、筆者は1962年に死去されているのに、その後もずっと販売され続けているという岩波新書「科学の方法」。科学に向き合う姿勢や考え方を整理した一冊。<br><br>科学というものは自然の現象を人間として捉えるときに、その現象を他人にも理解可能な形で定量的、定性的に解説しようとする試みである。自然の現象は人間がこの世に居なくても起きていることではあるが、人間の五感で捉えられる範囲を中心に分析することであるために、どうしても誤差が生じ、全く同じ現象を再現させることができない場合もあるが、近似的に同等の事象が再現可能であれば実験成功と考えていることも多い。つまり人間による科学には誤差や限界が存在するのが実態。<br><br>動物や植物が遺伝や親による教えにより子孫に伝えてきた特性や知恵と異なる点は、文字や数式により、過去の科学者が科学的に証明してきた事実の積み重なの上にさらに新たな科学的知見を積み重ねることができること。このことで生物学的な進歩速度とは異なる速度で科学の進歩が遂げられてきた。生物による進化の成果と、人間による科学的成果とは比較可能ではない。科学の分野でも生物化学や有機化学と物質的な物理学や無機化学は分野が分けられている。<br><br>本書では、科学に向き合う場合の考え方や分析の切り口として重要な要素について章を分けて解説している。１．科学の限界：再現可能性がある事象を対象とする。自然現象としてはたった一度の現象でも、類似現象の統計的分析や、その事象を実験的に再現できるとすれば科学の対象とできる。広い意味で再現可能な現象を統計的に究明することで科学となる。<br><br>２．科学の本質：人間の利益となる観点で自然現象の実態を探ること。<br><br>３．測定の精度：あくまで比較可能な精度までを取り扱い、必要以上の精度を求めない。重量、距離、温度などいずれも6桁程度までで科学的分析が可能となる。<br><br>４．質量とエネルギー：いずれも不変の法則がある。自然界の実態は物質とエネルギーの総和であるというのが科学の考え方。<br><br>５．解ける問題と解けない問題：木から落ちるリンゴの軌道や速度は定義できても、一枚の紙が落ちる軌道の予測は難しい。地球と月の引力による動きは定義可能だが、三つの天体の引力による三体問題の相互干渉は定義できない。それでも宇宙の星座や太陽系としての天体の動きは予測可能。<br><br>６．物質の科学と生命の科学：別物であるが、いずれも人間との連なりの上に存在する学問と捉える。<br><br>７．科学と数学：文字も数学も自然界の現象を人間が理解できるように抽象化したもの。文字と数学が科学の進歩を担っている。<br><br>８．定性的と定量的：定量的分析が先行しがちだが、測定対象についての性質を常に見守り研究の対象とする姿勢が重要。<br><br>９．実験：科学における最重要事項であるが、全く同じ実験の再現は難しい。また、意図した結果ではない実験からの発見もあることに気づく必要がある。<br><br>１０．理論：実験と対をなす両輪である。理論に基づく仮説のない実験は意味がない。理論の整理のために実験が役立つこともあり、実験から生み出された理論もある。<br>１１．科学における人間的要素：現在の自然科学は人間が自然の中から抽出した人間のための自然像である。自然そのものはもっと複雑で深いものだと思い知ることも重要。科学の発展に限りはない。本書内容は以上。
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-06-20T10:10:35+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/ea30c7b57238ad080bea507754624a4e</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/d2/a26a518e1a7061958033cc84098daa9c.jpg" length="13398" type="image/jpg" />
  </item>
  <item>
   <title>日本のしくじり史　大中 尚一　****</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/7998a021b1376df449887e8bf40a1f4c?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
人は過去の出来事を学んで自分の行動に生かせるのか、という課題に挑む一冊。日本史の出来事は日本人にとっては教訓の宝庫であるはず。「歴史は繰り返さず、形を変えて何度も起きる」と言われるが、なかなか過去には学べないのが実情。古代から近代までのさまざまな出来事からの学びのポイントが一つのエピソードが4ページにまとめられ読みやすい。<br><br>古代、当時の先進国隋や唐から取り入れた律令制だが、日本の実情には合わず、それでも当時の政権は律令制にこだわった。土地の国有性を進めたが、新規開拓推進のために三世一身の法から墾田永代私有へと開拓した田畑の私有を認めた。それでも、わざわざ税を余計に取られるために汗をかく農民はいなかった。なんとか税を逃れるため寺社や上級貴族への寄進を進めることで荘園が広がり、土地の公有制度は平安時代には、律令制の管理責任者であるはずの天皇や上皇自らが所有する荘園拡大に努めるまでに至る。貴族の穢れ仕事忌避から公務員制度も警察、司法などで令外官が増えて例外が広がり、結果的には武士の勃興と権力移行を許すことにつながる。一度組織として決定したことであっても、臨機応変の対応ができるのか、その後も中世から近現代までこの問題は日本史にたびたび登場する。<br><br>中世、源頼朝が立てた東国政権に対し、そのコントロールができると考えた朝廷。まずは東国の受領任命権を鎌倉政権に与え、平家滅亡後はその領地500か所を武家が獲得したことになる。それでもまだ管理可能と考えていたのが後鳥羽上皇、北条義時が執権となり実朝が暗殺されると、義時討伐の院宣を発し、在京御家人たちに協力を呼びかけた。朝廷による討伐の院宣は過去にも平将門、藤原純友、木曽義仲などに対してことごとく成功しているため、この院宣も当然果たされるはず、という後鳥羽上皇の考えだったはずだが、一か月後には逆に東国政権に団結を誓った武士の軍勢に朝廷側は大敗、後鳥羽上皇をはじめ朝廷の三人の上皇が配流された。武士は朝廷の3000か所の領地所有の権利を獲得することになり、以降650年の武士の時代が始まる。朝廷の権威を信じ、地方での在地領主の支持は朝廷には既に向いておらず、武士たちの団結力を見くびっていた後鳥羽上皇が特に認識不足だったわけではなく、朝廷全体がすでに政権管理能力を失っていた。足利義昭と信長の関係も同様である。室町幕府の将軍の権威は、反信長勢力の団結に有効であるはずという思い込みが義昭にはあったが、どちらの側についた方が得策なのか、という価値判断で多くの戦国武将が信長サイドに流れた。<br>近世、徳川政権は家康の教えを守ることで260年もの長期間の政権を維持してきたが、その家康公の教えこそが、尊王攘夷、倒幕の起爆力になった。朱子学は儒教の教えをベースに、戦国時代の下剋上から、忠信孝悌を重んじて上下の身分秩序や礼儀を重んじ、主君に誠実に仕えることを勧めた。その教えには「徳をもって治めるのが王者、武力で治めるのは覇者」とあり、「勤王の志士」を生み出す。天皇に反旗を翻すのは逆賊となり、桜田門外の変からの激動の幕末、そして維新へとつながった。朱子学の教えは現代の日本でも強くその影響が残っているが、過去に学ぶとすれば、その良い面、悪い面をよく観察考察し、グローバルな目線をもち、合理的な判断をすることが重要である。<br><br>近代、日清・日露戦争の結果は、一等国を目指していた当時の日本人を喜ばせる結果と激怒させる側面を持っていた。日本海海戦での勝利の報道に日本の一方的勝利を信じていた日本国民は、賠償金無しの講和結果に激怒、日比谷暴動を起こした。経済的に困窮し国力の限界を露呈していた日本の実態を隠して報道した政府やマスコミの責任は重い。しかしこの結果、講和の仲介をしたため公使館を焼き討ちされた米国の反日姿勢が強まり、日本人移民排除が激化した。日本の勃興への警戒感から、その後のワシントン、ロンドン軍縮条約では日本の軍事力抑制に英米は傾斜、反発する日本の軍部は「統帥権干犯」問題から暴走し日中戦争、太平洋戦争へと邁進することになる。ここでも古代から中世、近世とたびたび繰り返された自己中心的な希望的観測と組織判断の硬直性が発揮され、戦争敗北につながった。<br><br>本書内容は以上。<br><br><br><br><br>
]]></description>
   <category>読書</category>
   <dc:date>2025-06-18T19:17:20+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august/e/7998a021b1376df449887e8bf40a1f4c</guid>
   <enclosure url="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/71/45d737449e48aef6490d1c807ba222d8.jpg" length="34280" type="image/jpg" />
  </item>
 </channel>
</rss>
