意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

アイヌと縄文 瀬川拓郎 ****

2016年08月31日 | 本の読後感
六万年ほど前にアフリカを出た現代の人類は、長い道のりを経て35000年前に氷河期の日本列島にやってきた。旧石器時代を経て、15000年前頃からは気温が温暖化、縄文時代に移行した。本州では3000年ほど前からは弥生時代に移行するが、北海道では縄文時代が続き西暦千百年頃からはアイヌの先祖の二風谷時代に移行した。

最近のDNAによる研究によると、現代も24000人ほどいるアイヌは縄文時代の人たちの子孫であるという。ただし、本土では大陸からの渡来人と縄文人の混血が進んだ。琉球人は本土人より縄文的要素が高く、アイヌでは非常に高く認められるが、オホーツクとの混血もうかがえる。東北北部の先住民である蝦夷(エミシ)は、出雲との関係が見られ、方言の共通が見られる。つまり、朝鮮半島からの移入は、何度もあり、その流入経路は北九州経由、出雲経由、福井経由、新潟経由など多様だった。

東ユーラシアの人類の類型分析によると、アイヌはどの人類とも異なる特徴を持ち、日本列島に住み着いた人類は、当時の人類としては孤立した遺伝子を持つという。そしてアイヌの言語も、古代の言語としては独自であり、日本語の原型である可能性も高い。世界の言語の中で分類しきれないものが9つあり、アイヌ語、日本語、サハリン語、朝鮮語と4つが東ユーラシアに集中しているという。

弥生文化が朝鮮半島からもたらされたとき、日本列島に広がっていた縄文人は列島北部と南部に追いやられた。北部のアイヌとエミシ、南部に琉球と隼人である。その時、縄文人は北では、本州北部から北に追いやられたのだが、名残は、日本列島の東北北部に地名としてはっきりと残っている。川を表すアイヌの言葉「べつ」「ない」は本州の仙台と酒田を結ぶ線の北側に残っている。「ない」はアイヌの日本海沿岸グループが進出した日本海沿岸に、「べつ」は太平洋側に残っている。

現代のアイヌと古墳時代以降の文化は異なるため、筆者はこれらの古墳時代以降の時代のアイヌを「ニブタニ人」と呼ぶ。ニブタニ人の貴人が亡くなると、3年の「もがり」を行った。もがりの習俗は本州にも残っている。ニブタニ人は、妻が遺体をミイラにして三年後に埋葬した。ミイラ化の習俗は東ユーラシアでは珍しい。しかし、もがりの習俗は朝鮮半島や大陸沿海にもあった。これは儒教の影響も受けていたことを示す。

本州を大和政権が統一すると、ニブタニ人は、大和と交易を行うようになるが、物々交換を拒否し、あくまでも贈呈とその返礼、という形式に固執した。それは、交易の商品が、本来は自然からの賜り物のはずにも関わらず、それを商品とすることに抵抗があったという考え方だと。そのため、交易のための商品も、いったん聖なる場所に持ち込んで、賜り物である毛皮などのお祓いをした。こうした習俗は、瀬戸内海に海賊として生きていた村上海軍にも残っていた。つまり、山の中に山の民として残った人、海の民として残った人、これらが縄文人の末裔である可能性があるというのである。

秋田に残ったマタギは、平地に降りることなく、奈良や京都の町までたどり着けたという。山の民、海の民には、弥生文化には計り知れない世界を持っていた。

現代の日本人が、自然との共生や里山資本主義を唱えるのには、こうした縄文人の魂がまだ残っているのかも知れない。強欲資本主義の限界を乗り越えられるのは、意外にも、こうした縄文人の考え方なのかもしれないと、妄想してしまう。
コメント

ポスト資本主義 広井良典 ****

2016年08月29日 | 本の読後感
人類は、火を使い文字を使いはじめてから、狩猟から農耕へ、そして物々交換から市場経済へと進んできた。本書では、資本主義とは、市場経済プラス拡大と成長を志向するシステムであると定義。これはマルクスの資本論における市場経済の定義である「商品ー貨幣ー商品」の変型で、「貨幣ー商品ー貨幣」というサイクルが最初の貨幣より後の貨幣が大きくなることを志向するシステムであると。この拡大のサイクルが、コミュニティサイズの成長が止まるとどうなるのか、これが本書のポイントである。

資本主義経済における歪みを是正する国としての方向には二つあり、ひとつは公共事業や科学技術への投資、もうひとつが、社会保障や税制による所得の再分配である。現在の世界の国でいうと、アメリカは前者優先の科学国家、欧州は後者優先である福祉国家。ローマクラブによる「成長の限界」で分析されたのが、農耕による土地の限界突破、植民地化と工業化による労働力の限界の突破であると。そしてこれも資源的限界に突き当たる。さらに生産性の限界は世界が高度な社会に到達した時点で訪れて、現代のポスト資本主義の議論に繋がる。

現代の先進国経済に共通するのは、生産性が上がるほど失業者が増える、というジレンマ。「過剰による貧困」とも言える皮肉な事態である。日本ではこれを「小泉改革の負の遺産」とも評価されるが、筆者は二つの対応策を示す。資本主義是正の方策と同様の、過剰の抑制と再分配の強化である。具体的には、時間の政策として時短、日本においては国民の休日増加、そして時間消費を提供する、商品のサービス化である。

さらに、生産性の評価基準を労働生産性から環境生産性とすることを提案。政府政策として福祉分野で労働集約的領域への投資を呼びかける。

また、税制にも産業の変化に応じた対応を提言。前産業化社会が土地への地租、産業化社会がフローの拡大を捉えた所得と法人税であるのを、ポスト工業化社会ではストックへの相続税や資本課税に移行すべきだと。また、環境課税も資源消費抑制のために必要だとする。

さらには、コミュニティ経済の展開を提唱、資本主義と社会主義の中間の緑の福祉国家を社会構想とする。本書の主張はここまで。

これは環境と福祉の融合であり、「分かち合い資本主義」や「里山資本主義」などの主張と重なる。日本における経済政策は今のところアメリカの追随であり「競争資本主義」あるいは「強欲資本主義」をなぞるような科学国家的施策である。このままでは、格差拡大からの不満増大により、いずれは路線変更が必要になるのではないか。安全保障政策の議論と並行して、前向きな経済政策の方向性に関する議論を期待したい。
コメント

中国4.0 エドワード ルトワック ****

2016年08月25日 | 本の読後感
現代中国の海洋進出、相当な傍若無人さを多くの日本人が感じていると思う。これはいったいいつから始まったのか?筆者はリーマンショック後、アメリカの成長が止まり、2020年頃には中国が経済規模でアメリカを凌駕する可能性がある、との見方が出た以降だったとの分析する。2000年以降、中国は国際社会でのルールブックを遵守しながら活躍の場を広げてきたことを1.0とし、傍若無人さを表面化させた2009年頃からを中国2.0と表現。

基本的には、中国は国際感覚が持てていないと評価する。九段線という考え方など、酔っぱらいの世迷い言と評価する。尖閣諸島についても資源に関心がない時代には見向きもしていなかったとする。

その後2014年頃からはさらに、相手によって出方を変える中国3.0に進化、経済的な支援をちらつかせれば、相手は態度を変えてくる、という考え方だと。

中国指導部にとっての外交とは、国内向けのメッセージが半分以上だと分析する。習近平に下から情報を上げてくる仕組みが機能していない、との分析もあり、経済的な停滞が、習近平の強硬路線の更なる強化に繋がる可能性を示唆する。

最悪のケースとしての米中衝突の可能性にも言及、世界の誰も望まない戦争には、日本も巻き込まれるとの分析もある。

九段線の否定、世界のルール遵守宣言、これが筆者が提言する中国4.0であるが、実現するとは考えにくい。日本としては、尖閣諸島対応を油断なく進めながら、毅然たる態度で対応するしかない。

今後、G20や国連の場をどのような態度で中国はのぞむか、習近平の考え方ひとつで国の方向が決められてしまう今の体制に不安を感じながらも、圧力をかけ続けるしかないのかと思う。日本の安全保障政策の前向きな見直しは時間がないと考えるのが、現在の状勢ではないか。
コメント

偽りの保守・安倍晋三の正体 岸井成格、佐高信 ****

2016年08月15日 | 本の読後感
毎日新聞記者から論説委員、主筆となった岸井と慶応大学の同窓生だという佐高信による対談。岸井は長く自民党の担当記者で、佐藤栄作首相番記者から保守本流担当記者だった。当時の自民党主流は吉田茂から佐藤栄作、田中角栄、小沢一郎のラインと池田勇人、前尾繁三郎、大平正芳、宮沢喜一のラインがあった。前者は金の匂いが強く、後者はそれほどでもない、と評価。準主流と表現するのが鳩山一郎、岸信介、福田赳夫、三塚博、河野一郎、中曽根康弘、渡辺美智雄のラインである。

中選挙区制度であった20世紀時代の衆議院選挙には、金権政治と派閥支配という問題があり、二大政党政治を目指す、金権政治変革などを唱えて小選挙区制の導入がなされた。その時何が変わったかといえば、自民党官邸サイドの権力増大で、時の権力者に異を唱えることが難しくなり、いい意味で別の意味でも多様だった自民党の活力が奪われてしまったと評価する。

日中国交回復時に舞台裏で状況を整えたのは園田直と保利茂だったと。二人共、意見の異なる国内左派とも協力して中国とのパイプを強くしていったという。今の政権に最も欠けているのは異なる意見に耳を傾け、より良い方向性を見出すことだと指摘、今後の日本の安全保障政策はほんとうの意味での「保守の智慧」が解決策を提示できるはずだと主張。

現在の安倍政権の問題は、異なる意見には一切耳を貸さず、実利のみに執着し敵は徹底的に叩く、その典型例が原発問題と沖縄基地問題。自民党の従来の保守本流はタカ派に乗っ取られてしまい、小選挙区制の導入により力を持てしまった官邸サイドに逆らえない権力構造になっていると。

安倍晋太郎の番記者だったこともある岸井は、晋太郎が常々いっていた「護憲で平和主義」を晋三がどのように理解して咀嚼したのかに注目。岸信介は母方の祖父ではあるが、晋太郎は阿部寛の息子であり、岸信介のような右翼的な国家主義者の流れではないという。安倍晋三は、そういう流れを直に晋太郎に聞いてきた岸井のことが「目の上のたんこぶ」のように鬱陶しいのではないだろうか。

今後の流れの中で重要になるのは市民運動と既成政党との連携であると。米ソ対立から米中並立時代に、日本の安全保障政策をどのように立て直していくのか、保守、革新の左右両サイドからの智慧とアプローチが重要と考える。

コメント

地団駄は島根で踏め わぐりたかし ****

2016年08月12日 | 本の読後感
この本、ラジオを聴いていて知った。この筆者が出演していて「急がば回れ」と「地団駄」の語源を披露していたのである。旅行するにもいろんな楽しみ方があるものだと感心して、買って読んでみたら結構面白い。

筆者は蘊蓄ともいえる語源を調べるために全国を旅しながら、その地の人たちと交流しておいしいものを食べて歩いている。こうした旅で本を書いて楽しみ本まで出しているのだ。ネタには事欠かないはず。

秋田と山形の県境にある鳥海山に近く、有耶無耶の関がある。昔、旅人を襲う山賊がいてそれを恐れた旅人がその山賊が最近出たかどうかを聞いた言葉「いるかいないか」から来たという「有耶無耶の関」本当だろうか。

江戸時代、おいしい酒は関西の伏見や灘から下ってきた酒と決まっていた。「くだらない」とはおいしい酒ではないということから。うん、これは聞いたことがある。

鹿児島にある焼酎の作り方に、蒸留するその方法から下から「チンチン」火を焚いて、上から蒸留された焼酎が「タラタラ」垂れてくる、非常に時間と手間のかかるやり方がある。これを薩摩地方では「チンタラ」するのは手間がかかるし時間がかかるという意味で使っていた。明治維新後、薩摩の人間が日本の警察や軍隊を仕切った時によく使った表現、「コラ、チンタラするんでねえ」これが全国に広まったという。

三重に関という東海道の宿場がある。そこでは京都の祇園祭によく似た山車を街中に繰り出して引き回す祭りがある。道の幅に限界があるので、山車のサイズにも限界がある、そこから大きく作ろうと思っても限界があることを「関の山」。

奈良の平城京には大極殿があった。その屋根を支える柱は4本、それが大極柱、大黒天に守られることから大黒柱と。

江戸の町に神田明神があり、その土手の土でこしらえたおちょこ、土がよくないので注いだお酒が漏ってしまう。そこでへなちょこ。江戸時代の江戸の町には牢獄があった、死刑になるのはまっぴら、その場所が「矢場」とよばれた。だからヤバイ。

まさに文字通り「下らない」のもあるが、読んでいるとそこに行ってみたくなることもあるので面白い。続編は「太鼓判は山梨で押せ」とのこと。機会があったら読んでみることにする。





コメント