意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

破壊する創造者ーウイルスがヒトを進化させた  フランク ・ライアン  *****

2014年12月28日 | 本の読後感
読み終えるのに時間がかかった。その理由は何回も同じ箇所を読み返したくなったから。面白かった、長いお正月休みにピッタリの五つ星である。

生物の進化にウイルスが関わっているらしい、ということは近年言われているが、具体的にどう関わっているのか、それは生物にどういう意味と影響をあたえるのか。ダーウインの進化論では突然変異と自然選択により進化が促されたとされているが、生まれてからの環境変化はどのように生物に影響を与え、その影響は子孫には引き継がれないのか、芋洗いする猿の知恵は「ミーム」と名付けられたが、長い首をしたキリンは本当に自然選択だけで進化したのか、異種生物同士がお互いに依存しあって生きている事例は進化論で説明しきれるのか、ミトコンドリアが細胞に入り込んだことは進化なのか、全く同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも性格や病気になるのは別であるのはなぜ、、、かずかずの疑問に答えてくれる一冊だと思う。

進化に関わるのは異種交雑、(生物内のウイルスを含む異なる生物体が関係しながら生きる)共生、エピジェネティックス(遺伝子配列を変化させることなく発現を抑制するメカニズムで環境変化などを感じ取って必要な過去のDNA配列を活性化させたり抑制すること)、そして突然変異の4つの圧力だという。本書の前半ではウイルスがいかに動物のDNAに働きかけてウイルスのコピーを作成するか、そしてそれはコピーされてしまった個体や種にどのような影響をあたえるのかを事例や学説を紹介しながら解説する。人のDNAは2万種類、遺伝に直接関わるのはその1.5%しかない。残りはなにか。HERV(ヒト内在性レトロウイルス)と言われるDNAが9%あってその中には過去に感染したウイルスの情報が入っている。

動物にウイルスが感染すると病気になり死んでしまうことがある。しかし鳥類のインフルエンザのように宿主には悪影響を及ぼさず、感染した哺乳類が大変な目に遭うケースが有る。エボラウイルスは感染者の半数近くが死んでしまう。ウイルスは宿主の種に近く、食べ物や生育環境が近い異生物に強く働きかけ、宿主の生存確率を上げているのではないかという仮説がある。短期的には感染した生物に病気をもたらすウイルスは、生き延びた宿主のDNAに入り込んで、そのウイルスに耐性を持つDNAを作るためのコピーを作り残しておくというのである。DNAが変異する速度と比べるとRNAからなるウイルスの変異速度は数万倍以上である。あらゆる変異を繰り返しながら生物に入り込むウイルスは、実は長い目で見るとその生物の生存確率を向上させているとも言えるのである。これも広い意味での共生。共生で有名なのは10億年前に細胞核に入り込んで酸素をエネルギーに変換する能力を細胞に与えたとされるミトコンドリア、これがなければ酸素の充満する地球で生物は生きてはいけない、これも共生の一つ。

遺伝情報は親から子に伝えられるが、ウイルスによるDNAコピーは同時代の異種に広がる、つまり水平的展開であり、遺伝情報は垂直だけではなくて水平的にも広がるというのだ。

エピジェネティックスでは山中教授のiPS細胞や問題のSTAP細胞も環境変化圧力がDNAが本来持っていた抑制因子を発現させるという事例。この事例をみると、この分野の研究を進めていけばがんを発生させているメカニズムも抑制できる可能性があり、DNAの意味が無いと思われた配列にも大いに意味があるという可能性もある。同じ遺伝子を持っている双生児でも異なる環境に暮らせば発現する遺伝子情報が異なり、まったく異なる一生を終える可能性もある。高いところにある葉を食べようとして環境変化に対応しようとすれば、その環境圧力により発現するDNA配列が変わってくる、というのがエピジェネティックス。

よく「海が豊かなのは山の森が豊かだから」等と言われるが、地球上の生物は地球という環境を共有しながら30億年以上も地球上で生き続けてきたのであり、お互いに影響を与えないわけはない。ウイルスが生物のDNAの片割れとして進化の一翼を担っているというのは画期的な考え方ではないだろうか。地球環境のあらゆる変化は生物に有象無象の環境圧力を与え続けていて、それを受けて生物のDNAはRNA配列のウイルスと協力しながら異種交雑を繰り返し、突然変異も絡んで進化してきた、なんて、ワクワクする話ではないか。地球に衝突して恐竜たちを滅ぼしたという小惑星の軌道が少し違っていたら進化した恐竜が地球上を支配していたか。

DNAからは少し離れるが九州にあったという姶良カルデラ大爆発によって死滅したとされる当時の縄文人が、大量に火山爆発を生き延びていたら、朝鮮半島などから日本列島に次々と移住してきたという弥生人達によるその後の邪馬台国や大和政権はどうなっていたのか、同じ歴史は生まれていなかったか、それとも稲作と文字を持ったものはやはり強かったか、こういう仮説は考えるだけで面白い。災害の多い日本列島で住み着いて多くの環境圧力を生き延びてきた日本人にはどんなエピジェネティックスが潜んでいるのか、他にはないDNA配列が発現しようとしているかもしれない。

読むのに時間はかかるが、科学好きにはおすすめしたい一冊である。


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日本民族の誕生 安本美典 ****

2014年12月12日 | 本の読後感
「環太平洋古民族と長江流域文化の融合」というサブタイトル通り、日本列島に住み着いた人たちの先祖はどこから来たのか、古事記や日本書紀に書かれた神話の事実はどうだったのかを、考古学、DNA分析、文書、言語、比較文化学などの手法で類推する。

最初のページに掲載されているのが桜島火口から噴煙を上げる火山湾の写真で、向こう側に縄文時代に大爆発があったとされる姶良カルデラの壁が見えている。紀元前6000年前後に起きた姶良カルデラ大噴火ではその当時の九州はもちろん西日本全体に住み着いていたはずの縄文人達をほとんど根絶やしにしたのではないかと堆積物の年代分析から人口推移を読み取り類推する。噴火直後の縄文中期には近畿、中四国、九州にまたがる西日本の推定人口は9500人、東日本は261800人と人口の94%が東日本に偏在していた。それが弥生時代には西日本に30万人、東日本に29万人とほぼ拮抗するまでになっていたという。縄文時代の貝塚、遺跡、釣り針、ドングリなどの硬い果実などで出土する数は1対9、現在破局噴火と呼ばれる大噴火は沖縄列島から九州にかけて過去1万年に一度程度は起きている。

倭人が使っていた弓は縦の長さが長い、住んでいた家は屋根の上部が長く下が短い逆台形の形、ここからも日本列島に住み着いたヒトの先祖をたどれる。言語での比較も可能であるが、日本語は日本列島以外では現在使われていない。遺伝子分析からはアムール流域から北海道に、朝鮮半島から九州に、東南アジアから琉球諸島経由でという3方向から何回にもわたって人々が日本列島に住み着いたこともわかっている。しかしだからといって日本語も同様のルートをたどったとは必ずしも言えない。言語定着と民族流入にはそれぞれ時間的ズレが有りすでに日本列島では定着していた同一言語を話す人たちに新しく来た人たちが例えば稲作や製鉄技術などをもたらしたかもしれないし、その逆もありうる。本書では複数の科学的分析から日本列島に住み着いた日本民族の起源を探る。

猿人、原人、旧人、新人と分類できる人類、DNA分析によれば今の人類は概ねホモ・サピエンスである新人の子孫であるが、ネアンデルタール人など一部の旧人との混血もあるという。日本列島に来たルートは冒頭紹介した3通り、陸続きだった大陸から歩いて到達、時期は4-3万年前。石器は北海道経由と朝鮮半島経由だが元はバイカル湖付近からがメインだった。そして狩猟がメインの生活から縄文文化に移行、そして紀元前6000年ころに西日本が壊滅的被害を受けて、その後朝鮮半島、沖縄列島経由で弥生文化を支える稲作、鉄器、徴税の仕組み、などがもたらされ西日本から弥生文化が広がっていった。しかし縄文文化は駆逐されていたわけではなく、九州南部や関東以北、北海道などでは熊襲、蝦夷、アイヌなど狩猟を主とする生活を送る人々も混在していた。

高床式建築、屋根の形、羽子板による羽根つき、竹馬、下駄、歌垣などの習俗は中国の揚子江の南、雲南省、会稽、ベトナム、タイなどと共通する。いつこうした文化が日本にやってきたのか。中国での鵜飼いの分布を見ると、揚子江流域の南京、漢口、昆明、重慶からその南、広州、ハノイへと広がる。紀元前4-3世紀には中国は戦国時代、ほぼ楚の領域と重なる。またその文化圏は「照葉樹林帯文化」と重なる。これは私も読んだ「照葉樹林文化とはなにか 佐々木高明著」である。照葉樹林帯とはミャンマー北部から中国湖南地方と南はラオス北部、タイ北部にまたがる半月弧で囲まれる地域である。そして日本にあった長い弓、魏志倭人伝にも記述された弓はポリネシアやフィリピン、ソロモン諸島など南方諸島に類似のものがあるという。魏志倭人伝には倭は「江南」の呉から来たという伝承を持っていたと記された文がある。紀元前7-6世紀の江南は蘇州、会稽あたりである。ナレズシの文化圏は台湾から東南アジア一帯にあり納豆の分布やこんにゃく、魚醤の分布などと重なる。

比較言語学で見ると日本語の発祥の地は九州北部と朝鮮半島の南端であるという。これは「日本語のルーツは古代朝鮮語だった パク ビョングシク、倭の正体 姜 吉云」と同じ結論。しかしそのルートは朝鮮半島から日本列島にもたらされたというよりも、文法と単語が別々に別のルートからもたらされたものが混じっているという。言語要素に朝鮮半島北部と揚子江流域、そして南方的な要素もある。南方的要素は弥生時代の幕開けとともに稲作と一緒にもたらされた。それは呉、越、楚などが滅んだ西暦紀元前5-3世紀の動乱期で、その後中国北方の秦、漢、西晋の文化も到来していて、日本語は数多くの文法と単語が重層的に積み重なって出来ている。縄文時代の日本列島には原倭人とも言える共通言語を話す人達が住んでいた。その言語は古い朝鮮語と共通する特徴を持っていた。縄文時代晩期から揚子江からビルマ語系言語を持つ人達が流入、稲作とともに稲作にまつわる単語をもたらした。さらに建築、遊び、妻問い婚などももたらす。言語で言えば、音韻、文法の特徴ではインドネシア、カンボジア、ビルマ、マライ、ポリネシア語などの南方系諸言語と偶然以上の一致があり影響を受けている。中国語、ヨーロッパ系に比べてアイヌ語、朝鮮語、アルタイ語に近く、弥生時代のはじめ、紀元前5-3世紀に呉、越、楚など揚子江流域国家の動乱期にそれらの地域からのヒトの流入による言語的影響を受けた。以後、秦、漢の成立からは朝鮮半島経由、南方経路での中国、朝鮮との接触が深まった。

筆者によれば邪馬台国は北九州地域の中心があり出雲や南九州にも影響を及ぼした。280年ころ邪馬台国の後継勢力が畿内に進出、畿内いた勢力を駆逐して大和政権を樹立、日本書紀では神武東征神話、そしてその後の武烈天皇から継体天皇に世代交代する逸話として記述された。この大和朝廷が倭人語を日本列島全体に広げ統一的に使われる原動力になった。先ほどの建築や各種文化の広がりを合わせて考えるともともと日本列島に住んでいた北方民族に南方の人たちが支配的に加わって住み着いたと考えられる。

これが結論である。複眼的に見れば見るほど、日本書紀や古事記の記述を一つの解釈に特定するのは難しそうだが、やはり素人としては知りたい。崇神天皇や継体天皇は誰なのか、倭の五王は誰だったのか、応神、仁徳、允恭、雄略、欽明この辺りを知りたいのだ。「倭の正体」によれば、諡(おくりな)や言語学的分析よりそれはそれぞれ百済の王に特定できるとして継体、舒明、皇極、孝徳、天智、天武天皇は誰なのかを特定している。継体は百済の東城王、推古の子とされる舒明は百済の阿佐王、皇極は百済の宝公主、孝徳はその弟の智積であるとする。そして天智天皇は百済の義慈王の子で天武は智積の子で達率長福であると推理している。そこまで特定できるのかは疑わしいのだが、なんとか検証する方法はないのか、また機会があったら研究本を探索してみたい。


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日本語のルーツは古代朝鮮語だった パク ビョングシク、倭の正体 姜 吉云 **

2014年12月10日 | 本の読後感
この二冊、いずれも古代日本語のルーツは古代朝鮮語であった、との仮説から言語の類似性を比較して検証を進めるという手法で、倭の国は朝鮮半島の南部にあり、その後朝鮮半島情勢の混乱があり、朝鮮南部にいた倭の人々が当時縄文文化がメインであった日本列島に移住してきたことを立証しようとしている。

この仮説自体にはある説得力があり、検証されている言語の類似性にも「そうかな」と思える部分もあるが、検証のすべてを言語類似性のみに依存しており、また、筆者独自の類推から飛躍する結論を得る部分がほとんどだという印象をもつ。

本来は、遺伝子分析による大きな仮説があり、アフリカに発生した猿人、旧人、新人などの霊長類の子孫が10-15万年前にアフリカをでて世界に広がったというところから仮説の検証を展開する必要があるはず。アフリカをでたあとの新人類は一部はヨーロッパに、一部はユーラシア大陸を横断しインド、中国、モンゴル、そして東南アジアとシベリアから南北アメリカへと世界に広がった。日本列島には2-3万年前に南方、朝鮮半島、北方のそれぞれから入ってきた人類は狩猟文化から縄文式文化へと移行してきた。流入は重層的であり、その言語体系や文化も重層的で、複数の文化的影響を受け継いでいるのではないかと類推できる。

稲作文化、弥生式文明の流入も複数のルートがあったと推定できるが、これに関する研究はすでに多くの研究者が仮説をたてており、大野晋の日本語タミル語由来説佐々木高明の照葉樹林文化論などの著作を読んでみたこともある。つまり、倭国の正体や日本語のルーツを解き明かすためには、言語類似性のみに依存することなく、稲作や生活様式全体、食料、宗教、武器、DNA分析などなど複眼的比較検討がなければ説得力を持ち得ないと考えたい。

両書とも読んでいて面白いと感じる部分もあるが、主張するところの説得力に関しては一面的であると言わざるをえない。ただ、日本語のルーツの一部に百済を始めとする朝鮮文化が深く影響を及ぼしていること、これには深く頷ける。日本書紀、万葉集を解析する際に古代朝鮮語の知識をもった研究者があたる必要があることにも首肯できるところ多である。倭の五王や崇神天皇、継体天皇など王朝の変わり目に何が起きたのか、この解明に是非複眼的分析を期待するところであり、つぎの読書ターゲットはもうすこし幅広く多面的分析が展開された著作である。


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弔い花 川崎草志 ****

2014年12月06日 | 本の読後感
川崎草志さん、これからも楽しみな書き手だと思う。

読み手の一時的メモリーサイズを試すようなプロローグがまた5つほど、これらがどのようにつながっていくのか。そして最後はなんと最初の「長い腕」の書き出しを受けたような結び、これも気が利いている。

書き出しは長い腕のプロローグと同じ時、1848年鶴太の家族が斬殺されるシーンとその後早瀬の村で苗字帯刀を許された東、西、古倉、宇賀、藤、島の各家代表者と当時の代官のやりとり、そこで代官が小さい鶴太を匿ったことが明かされる。そして大工だった鶴太の父の腕を鶴太が受け継いだように木の彫り物で曼珠沙華を作り上げる。これがタイトルにもなった弔い花、後の東の家に隠された謎を解く鍵になる。

明治26年、鶴太が立派な大工になり近江敬次郎となのり有名になって若い大工とその腕を競う。その相手が石丸佐吉、なんと長い腕にも呪い歌にも登場した主人公島汐路の会社の上司石丸の父である。近江敬次郎が小僧に持たしてきたのは彫り物の曼珠沙華、それを見た佐吉はすぐに負けを認めるほどの出来栄えだった。

明治33年、東屋敷で行われていたのは結婚の祝宴、それは東屋敷の新築祝いでもあった。その家を建てたのは東京から来た名棟梁、しかしその家に嫁いできた女は東屋敷で暮らすようになり気がおかしくなってしまう。東屋敷を建てたのは敬次郎、そして結婚の祝宴の最中に殺された敬次郎、東屋敷の壁の中にその死体は埋め込まれたのだ。東屋敷以外の屋敷に設えられたのは鶴と亀
しかしこの東屋敷だけは曼珠沙華だった。まるで自らの弔い花のように。

昭和51年、山形県酒田市で大家事があった。火事の跡を調査して回る大工は愛媛から来たという。そして焼けずに残っていた家を見て家の前に植えられていた木が家を守ったと言う。タブの木、タモとも言い、それはシオジという種類だといった。シオジが家を火から守る。シオジは汐路、これが物語の最後で効いてくる。

31年前の岡山、大工を父に持つ石丸圭一の家族が斬殺される。唯一の生き残りが6歳の圭一。

そして三ヶ月前の早瀬、東屋敷の娘紫苑が何者かに殺される。紫苑が最後に叫んだ「キョウコ!」キョウコとはだれなのか。

物語は現代の早瀬と昭和20年の早瀬で同時進行する。これも「呪い歌」と同じ手法。

昭和20年、敗戦を迎えた日本では生き残ったやくざ者達が村々から食料や金品を巻き上げるという犯罪が横行していた。早瀬の町の近隣でも同じようなことが起きていて、次に早瀬が狙われているという。そこで、早瀬の町の高射砲陣地にいた兵隊たちとそのリーダーの長谷川が村人たちに警護を頼まれる。そこに居合わせたのが石丸幸太郎、圭一の父であった。長谷川と幸太郎は力を合わせてやくざ者から町を守る。警護を依頼したのが島家の雅義と宇賀恩太郎、恩太郎の娘が萩代。雅義は島汐路の祖父。そして萩代と幸太郎は結ばれる。つまり石丸圭一は宇賀家の跡継ぎであったのだ。

現代の早瀬、その早瀬を調べていて死んでしまった汐路の親友エリカの婚約者が香川、早瀬に隠された呪いと謎を「呪われた町」というタイトルにして出版してしまう。その結果、ネットで広がる早瀬にまつわるいろいろな噂、早瀬の町の住民に対する嫌がらせが起きるようになる。それを煽るのが宇賀家に養子に入った英正。汐路はなんとか早瀬の町を守ろうとするが帰って英正や町の住民から嫌われてしまう。

敬次郎が町に仕込んだ罠とはなんだったのか。敬次郎は6つの旧家の屋敷を建てて、町の住民はその家の作りを真似て自宅を建てた。街道沿いにもし家事が起きれば延焼しやすい作りになるように。しかしその呪いに気がついた人物がいた。島家の汐路の父だった。家と家の間に燃えにくい樹木を植え続けた。それがタモの木、シオジだ。

汐路は姉の明奈とその夫でレストランを経営する神保明広と協力してなんとか早瀬の町を守ろうとする。そして、英正こそが早瀬の町をダメにしようとする人物であり、ネットでキョウコを名乗って紫苑を殺害させた犯人だということを突き止める。そして英正を汐路と一緒に退治したのは石丸圭一、しかし圭一は英正に射殺されてしまう。

いくつもの伏線と同時に進行する2つの物語、そして仕込まれている幾つもの小道具が各所に効いてくる。最後に神保明広と明奈が養子として引き取った良太が子供なりに初めて料理を作るとその味は玄人の味付け、神保はびっくりする、という結び。鶴太が長い腕のプロログで見せた大工としての天才の片鱗と同じである。見事な結末、長い腕、呪い歌、弔い花、ミステリー好きにおすすめの三連作である。


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呪い歌 川崎草志 ***

2014年12月03日 | 本の読後感
やはり川崎草志は只者ではなかった、これも面白い。第一作の「長い腕」が横溝正史ミステリ大賞を受賞したのが2001年、その続編である本書が発刊されたのは11年後だったが、やはりその物語には数多くの仕掛けが隠されて、更なる続編もほのめかしている。

プロローグでは6つのエピソードが現れて読者は一時的メモリーの不足に悩みながら読み進むことになる。一つ目は「長い腕」でも現れた嘉永年間の伊予の国早瀬の宮大工の一家に起きた悲劇、2つ目は江戸末期に江戸城無血開城で有名な西郷隆盛と勝海舟の会談、3つ目は関東大震災の中を逃げ惑う親子、4つ目が太平洋戦争の敗戦直後に早瀬にあった高射砲基地で起きた失踪事件、そして今から20年前に1作目でも登場し本書の主人公になる島汐路の家族が20年前に経験した不思議な体験、そして6つ目が現代の東京を襲った大地震、その時地下鉄に乗り合わせてしまった親子の話。これらがどのようにつながっていくのか、第一作以上に大掛かりな仕掛けを感じさせる書き出しである。

そして今回は現代の早瀬に帰郷していた島汐路と同時進行のように描かれる勝海舟の江戸城無血開城の20年前勝麟太郎の時代の話、この2つがどう関係してくるのか、キーとなるのはどうも「かごめかごめの歌」である。その歌にはどんな秘密が隠されているのか、これがタイトルにもなっている。

前作では島汐路はゲーム開発会社を退職、故郷の早瀬に帰り同僚の心中や中学生の殺人事件を探る間に従兄姉の死とともにその一つの家が滅びてしまう場面に出会った。それは江戸の昔に村で迫害にあったケイジロウが年月を超えて仕掛けた罠の一つの結果でもあった。しかしその罠はそれでは終わらなかったのである。それが今回の物語。

汐路の友人でフリーライターのエリカは早瀬での事件を聞きつけ、なにか記事になりそうなニオイでも感じたのかケイジロウの謎を探り始めた。汐路は早瀬の村では旧家の一つ島家の跡取りの姫御、旧家の定例会議に呼ばれ、長谷川という老人の世話を依頼された。長谷川は太平洋戦争の最後に早瀬の高射砲基地で部下の二人を見失い、その行方が今でも気になっているという。基地のあったのは亀釣山、その出来事を聞いた汐路は自分の家族が20年前に経験した出来事と関係していると気がつく。そんな時、東京で起きた大地震で早瀬出身のもう一人の姫御が死亡し遺児が二人で汐路の助けを待っているという。その姫御と汐路は年賀状を交換する程度の間柄ではあったが子供二人を放っては置けないと汐路は東京の病院にいき、もう一人の姫御三井礼子の家に行ってみる。礼子の兄がいたはず、しかしその行方は分からなかった。礼子はケイジロウにつながりの有りそうな遺品を残していたが、その遺品の謎もわからないままだった。

早瀬の町にあった旧家、それは上古倉と下宇賀、東と西、本藤と島などと対を成している。なにあオドロオドロしい謂れがありそうな気がする名前、横溝正史バリだというのも頷ける。

そしてキーとなるかごめの歌。元歌は次のようなものだという。『かがめ かがめ かごの中の鶏は いついつでやる 夜明けの番に つるつるつべった なべのなべのそこぬけ』徳川家康は江戸の町を開くときに大工の棟梁の二人にそれを託した。鶴正昭と甲良宗広、甲良は亀で鶴亀は江戸では大工の先祖と崇められるという。その鶴と亀がすべる、鶏とは酉であり水の神様、酉の出番があるということは火が出るということ、江戸を取り囲んで夜が明ける前の晩に火を放つぞ、つまり江戸の町を焼き払うぞという脅し歌になる。徳川家の後ろの正面にいたのは倒幕軍の大将西郷隆盛であろうか。

こういう仕掛けがいっぱいあって、物語が進めばそうしたなぞなぞが解かれる、読者は憑かれたように読み進むしかない、という話なのである。

話は汐路がエリカを死体で見つけ、さらにケイジロウが仕掛けたと考えられる洞穴を発見し、そこに潜んでいた人物を見つけることで急展開、前作でも登場した元上司の石丸、その友人の源田が再登場、一気に幕切れに進むが、それでもケイジロウの仕掛けは残っている気がする、というところで終わる。必ずや続編があるという終わり方、これは続々編を読むしかないではないか。


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長い腕 川崎草志 ***

2014年12月01日 | 本の読後感
「疫神」という小説を読んだ時、中途半端に終っていて、それでも物語の設定や仕掛けられたプロットに作者の才能を感じた。「疫神」では、死んだ二海夫婦の果たすべき役割は何だったのか、その子供で遺児になってしまったあーちゃんはどうなるのか、登場したエミリーには同姓同名の詩人がいたという設定なのだが、それ以上の深堀りはなかった。桂也はその後どうなるのか、読者は知りたいがなんの説明もない、尻切れトンボなのである。もっと面白いお話をかけるはずなのに、という思いから、横溝正史ミステリ大賞を受賞したという本書を読んでみた。

結果から言えば「面白かった」もっと読んでみたい。主人公が勤めるゲーム制作の現場やゲーム制作業界、PCとインターネットに詳しい作者が、現場感を出すのに成功していて面白いこともある。PCゲームという現代の時代設定と、郷里の愛媛の田舎のオドロオドロしい設定、これは横溝正史の世界でもある。

登場人物の島汐路は東京のPCゲーム制作会社に勤めるスタッフ、会社の同僚が謎の死を遂げる。ビルからの墜落死だったが、汐路は小さい頃に両親に死なれその原因がやはり墜落死、ショックを受けた。そして郷里の愛媛に暮らす姉が勤める中学校で生徒が同級生を射殺するという事件があったことを知らされる。汐路が両方の被害者が同じアニメキャラを身につけていたことから、同じ原因があるのではないかと疑うが、愛媛と東京、離れた場所で可能性は薄いのではないかとは思うがどうか。そして郷里の町の殺人犯罪発生率が異常に高いことを知り、会社をやめるつもりだった汐路は郷里に帰って確かめてみることにする。

郷里の町は古いしきたりや旧家が今でも勢力を持つような田舎。島の家はそうした有力者の一族だった。そしてその町には呪いのような歪みが町の中に今でも存在しているような気がする。ストーカーのように汐路の姉につきまとう男は松原。島一族の西の家に対応するように存在する東の家、そしてそこに住む汐路の従姉西英子と再会する。そして殺された女子中学生と殺人を犯した同級生と一緒にホームページを立ち上げていたという男子中学生村上祥一郎を通して、殺人にまつわる謎を解いていく。

そして殺された女子中学生達がメールのやり取りをしていたケイジロウの存在を知る。さらにそのケイジロウは汐路の知っている従姉西英子ではないかと疑いを深める。なんてこと、汐路は西英子の家に忍び込む。そこで見たのは英子の弟で汐路の従兄弟の狂った姿だった。そして汐路は自分の両親の墜落死の真相を知ることになる。

このストーリーとその背景、過去の怨念、早瀬という愛媛の片田舎の町、続編を期待するなというのが無理、やっぱりにらんだ通りこの作者、才能の持ち主だ、早速続編を読んでみようと思う。


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