意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

擬態 ジョー・ホールドマン ***

2013年12月31日 | 本の読後感
地球外のM22星雲の星からやってきた生命体は単体で再生産(Reproduction)しない代わりに永遠の命を持っていた。それは、周りに存在するあらゆるものと全く同じようにみえる形に形態を変化させることができる能力も持っていた。地球に人類が誕生する100万年前にそこに到達した生命体は海の底にその宇宙船を横たえた。そして、自分の体を回りにいたホオジロザメに変化させ、環境を観察した。それは永遠とも思える時間だった。

物語は2つの時点から始まった。ひとつは2019年、サモアの海底で発見された不思議な物体を引き上げて、その物体の正体を調査するラッセル・サットンという学者とその仲間たちの話。ラッセル達は米国人だったが、政府やNASA、CIAとは別の民間組織として調査を始めた。サモアの海底からその物体を引き上げるだけでも大変だったが、何をしても傷がつかないその物体は、巨大ではないにしても、その質量は地球上で見つかっているあらゆる物質よりも比重を持っていた。サモアの海岸まで引き上げることに成功はしたが、そこからはもうどこにも動かすことはできそうになかった。ドリル、TNT、あらゆることが試みられたが少しもその物体は変化しなかった。そして用意したのが巨大なレーザー装置、その出力を徐々に上げていって物体の変化を観察した。出力の72%に達した時、その物体は空中に数メートル浮遊し、レーザー装置の上に落下、レーザーを使えなくして、再び沈黙した。続いて、太陽系の水星、金星、火星、木星、などの環境をその物体の周りに発生させて変化を見る実験を始めた。巨額の費用がかかったが、期待される結果を想像すると、それを支援するスポンサーは現れた。そして、木星の環境をシミュレーションさせた時に、それはある信号を発信した。それは2進数からなる数万バイトにもなる一定の信号だった。信号の解明のためにラッセル達は頭を絞ったが、中身はわからなかった。ラッセルはなんとしてもその信号の意味を知りたかった。

物語のもう一つの出発地点、それは1931年、ホウジロザメとして海を泳ぎまわっていた生命体、それを<変わり子(Changeling)>と呼ぶことにする。<変わり子>は海岸にいた男性を海に引っ張りこんで、自分がその男性に成り代わった。全く、人類というものに関わってこなかったので、言語体系を理解するのは大変だった。イルカやくじらの信号とはまた異なる体系を持っていると思われる言語、それは英語だった。言葉だけではなくアメリカのその時代の文明と文化を吸収するためには数年の時間を要したが、その男性として病院に入れられたり、精神病院、施設に収容されながら、その男性の家庭に入り込むことに成功、アメリカの男性としての知識と歴史を学んだ。そして、大学院生、教授を経験、様々なことを学んだ。アメリカは日本と戦争を始め、<変わり子>は兵士として招集された。派遣されたのはフィリピン、バターン死の行進を経験した。日本兵に殺されるという経験もしたがそれは<変わり子>にとってはちょっとした環境変化でしかなく、ホオジロザメに戻って太平洋を久しぶりに泳ぎまわり数年の時間をかけてカリフォルニアの海岸まで泳いで戻った。戻った時には1948年になっていた。そこからも<変わり子>は大学院生やモーテルの家具になったりもした。そして2019年の時点で最初の物語と遭遇する。

サモアの物体はなぜか<変わり子>を惹きつけた。<変わり子>は女性になり、ラッセルに近づいた。その女性はカリフォルニアに実在する女性、レイという日系アメリカ人だった。ラッセルに近づいたレイには、CIAも気がついた。本物のレイがカリフォルニアのDMV(運転試験場)で運転免許の更新に来た時に登録した指紋とサモアのレイの指紋が一致したからである。同じ人物が同時に2つの地点に存在するという事実にCIAは最大級の警戒を払った。ラッセルはそのことに気が付かずレイを心から愛するようになっていた。CIAはラッセルが気が付かないようにしてサモアのレイを罠にかけようとした。レイは罠にハマった。CIAの部隊がかけた罠に駆けつけた時、レイは一人、ラッセルはその地点に向かう時だった。CIA部隊はレイを攻撃、レイの片腕はCIAの襲撃でもぎ取られたが、レイは片腕をもぎ取られたままその場所から逃げ出し、海に逃げた。CIAはもげた腕を分析、それは人間の腕などではなく、DNAさえも検出されない物体だということがわかった。海から引き上げられた未知の物体に近づく人類ではないと思われるレイと呼ばれる<変わり子>の存在が人類に知られた瞬間だった。CIAは全世界の政府機関に連絡をとって世界中の政治のリーダーや主要な機関の職員のDNA検査を行った。そこからは<変わり子>以外の存在は発見されなかった。これ以降、すべての捜索、検問、入管、人物確認ではDNAの存在が検査されることになった。

それでも<変わり子>はその未知の物体に近づく欲望から逃れられなかった。今度は周到に用意した。アメリカ人の女性で、ラッセルに気にられるような年齢と知性、学問的背景を持っていて、CIAがどんな調査をしても怪しまれない過去をもっていること、<変わり子>はこの情報を捏造するために数ヶ月を要した。自分がどんな人物にもなれることは知っていたが、そのメカニズムは知らなかったし、DNAについての知識は持っていたが、その捏造は<変わり子>にもできなかった。大学に忍び込んでDNAのサンプルを手に入れ、それを錠剤にしていつも携行することにした。そしてシャロンという女性としてラッセルの前に現れた。あまりに自然な出会いだったのでラッセルは疑わなかった。しかしCIAは疑った。シャロンの飲んだグラスから唾液を入手しDNA検査をした。念には念を入れていた<変わり子>は、ラッセルと過ごすときにはDNA錠剤をいつも口に入れていたので、CIAの検査をすり抜けた。

実は<変わり子>以外にももう一つ、地球外からの生命体が地上にはいた。それを<カメレオン>と呼ぶ。カメレオンもサモアでの発見に惹かれた。カメレオンはラッセルのパートナーのジャックになりすましていた。カメレオンは自分と同じような存在が地球上にいることをなんとなく感じ取ってはいた。シャロンがラッセルに出会って、ようやくその未知の物体に近づくチャンスが訪れた。シャロンはラッセルに自分が昔のレイであることを告げた。謎の物体の正体を知りたくて仕方がないラッセルはそのことを知っても驚かなかった。そして、自分を一緒に地球外に連れて行ってほしいとシャロンに頼むのだった。そこにカメレオンが変身していたジャックが現れ、<変わり子>と対決することになる。謎の物体を目の前にしての対決だったが、結局、謎の物体は<変わり子>の一部だった。カメレオンは謎の物体と一体化した<変わり子>にはかなわなかった。ラッセルは<変わり子>と一緒にその物体に取り込まれてM22星雲に旅立った。

2019年の物語よりも1931年からの<変わり子>の成長物語が秀逸である。人間を学ぶことは<変わり子>には楽しいできごとだったように、読者にとっても楽しい読み物である。地球外生命体にとって20世紀の時代はどのように見えるのか、その時代のアメリカ文明と文化はどのようにみえるのか、バターン半島における日本兵の残虐行為はどう見えるのか。男性が女性と仲良くなるということはどのようにして起きるのか、それをシミュレーションするということは<変わり子>にとってなにが、どういうことが必要なのか、実に興味深いシミュレーションではないか。SFではあるが、人間生活や男女関係の客観化であり、現代人類の文明の客観化である。月から地球を見るよりずっと迫力ある自分自身の客観化である。


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顔 横山秀夫 ***

2013年12月29日 | 本の読後感
D県警に勤める平野瑞穂は似顔絵が得意、だから犯人の似顔絵を書いて犯人逮捕に貢献できる、これがストーリーの縦糸。横糸は女性の警官、云わゆる「婦人警官」が男社会である警察社会でどのように扱われ、社会からは期待され、そして課題もある、これが犯人への対応、拳銃の取り扱い、運動能力など男女間格差がある部分がフィーチャーされて課題として提示される。婦警の中でも一番尊敬されているのは婦警の七尾、彼女はおりあるごとに瑞穂を励ましてくれた。

県警の広報部ではマスコミ対応が重要な仕事、中でも女性記者の取り扱いは難しい。その担当としてアサインされた瑞穂、警察情報がなぜか特定のマスコミに漏れていることを知り、そのルートを突き止めようとする。女性記者と男性警察官、需要と供給の関係がそこにはあった、「魔女狩り」。

電話相談係にアサインされた瑞穂、放火事件の犯人に狙われているという女性からの電話を受けるが、すぐに切れる。若い女性、信頼関係をつくり上げることが重要だと瑞穂は来るかもしれない電話を待つ。そしてついにかかってきた電話、相手の名前を聞き出すことの成功、しおりだという。昔、放火されて両親が死んだと告げられた瑞穂はしおりの年齢からその頃の新聞記事を検索、しおりの叔父が放火犯だったことを知る。瑞穂はこの叔父が出所してきて放火しているのではないかと恐れていたのだ。しかし調べてみると事件は単純ではなかった。しおりの父は金遣いが荒く、弟といつも口論が絶えなかった。おまけに弟は兄の妻、つまりしおりの母とは兄が結婚する前から付き合っていた。三角関係のもつれ?瑞穂は事件のうらにある可能性をいろいろ考えてみた。まさか、放火は6歳だったしおりが、すきだった叔父を助けたくて自分でしたこと、それを知った叔父はしおりに口止めをして自分が犯人だと偽った。しおり、瑞穂には言っておきたかったのだ、このことを。「決別の時」。

瑞穂のよく知る婦人警官南田安奈が、不審な人物を追い詰め銃を構えたところを鉄パイプで殴られて重体に、そして拳銃が奪われたという。瑞穂は捜査一課に配属され、部長刑事の蓑田と組まされることになった。蓑田は婦人警官と組まされることを「フン」という呟きで表した。重体だった安奈が助かりそうだという知らせに、瑞穂は病院に駆けつけた。安奈は犯人を見たという。それは女だったと。背が高く175センチメートルはあったと。似顔絵を描かせてほしいと安奈に頼んだ。安奈はその顔は忘れられないと、犯人の絵ができるとすぐに手配された。すぐにこの犯人を見たという知らせが20位上もあった。夜中にコンビニで見た、近所にいるなどというものだが、思わぬところから彼女の養父だという男性から連絡があった。もう数年以上も連絡が取れていないが、銀行口座には毎月10万円を振り込んでいて、使われているのでどこかにはいるはずだという。コンビニの近所にある団地に絞ったD警察は瑞穂たちに捜査を指示、蓑田と一緒に現地に向かった瑞穂、しかし蓑田は指示された場所の隣にある地区が怪しいという。おかしいと思いながらも蓑田に従って現地に向かう瑞穂、蓑田は犯人を見つけ、走りだした。それは団地のなかの一室、警察マニアの女性であった。部屋には制服、警察手帳などの警察グッズが並んでいたが拳銃だけはない。犯人の女性は窓から逃げたと言って蓑田はその後を追った。瑞穂はその後をおおうとしたが追いつかなかった。しかし、犯人は逃げたのだろうかと団地の一角に行ったところ、そこに犯人は潜んでいた、手には拳銃があった。瑞穂は自分の拳銃を犯人に向けたが、安全装置を外すのを忘れ、警察マニアの犯人からはそのことを指摘された。焦った瑞穂、犯人に胸を撃たれたところを蓑田が戻ってきて、犯人を射殺した。これで一件落着かと思えたが、その直後蓑田の同僚が自殺した。殺された犯人の遺留品から警察グッズの横流しをしたことがバレたというのだ。そして、犯人の遺留品から警察官の制服一式が抜き取られていたのだ。瑞穂は蓑田のしわざだと見破った。蓑田こそが、横流しの主犯だったのだ。その証拠を持ち去り、犯人の口封じをする、というのが蓑田が考えたこと、蓑田は逮捕された。「心の銃口」
女性警察官の課題が必ず挿入され、ストーリーには必ず意外性のある逆転劇が用意されていて、さらに瑞穂の推理が鋭く女性らしいところが良い。2000-2002年に発表された作品集である。


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ことり 小川洋子 ***

2013年12月25日 | 本の読後感
同じ筆者の「猫を抱いて象と泳ぐ」に出てくるような、ひたむきで純粋な主人公「小鳥の小父さん」が中心になる、小鳥のさえずりに耳を澄まし、小鳥が人生の中心となってしまったピュアな男性のお話。

兄と弟は仲が良かった。兄は言葉を話さず、小鳥にだけ通じる「ポーポー語」を話すようになったので、両親は困った。なんとか人間の言葉を教えて話させようとしたが、兄はポーポー語しか話さず、いつも近所の幼稚園の小鳥小屋の前に行って小鳥たちが囀るのを聞いて、時々ポーポー語で話しかけるのだった。そんな兄のポーポー語を理解する唯一の存在が弟だった。自分では話せないのにポーポー語を理解することはできるのだった。

兄は人との付き合いが難しい自閉症だった。そのため、いつもと同じ生活ができないと混乱した。幼稚園より先には出かけられなかった。兄が病気で死んでしまったあと、弟は小鳥の世話をするようになった。弟は大きなお屋敷の管理人の仕事をしながら、ボランティアで幼稚園の鳥小屋に入って掃除をし、水をやり、小鳥たちの囀りを聞いた。弟は子供が苦手だったので、巧妙に子供たちが来る前に鳥小屋に出かけ、子供たちが帰るのを見計らって小屋に出かけた。しかし、幼稚園児たちは見逃さなかった。近づいてきて話しかけたり、触ったりしたが、仲良くすることはでいなかった。幼稚園児からは「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになった。

小鳥のさえずりをしてみせる小鳥の小父さん、小鳥たちはそれに囀りで応えるようになった。そして小鳥の小父さんは幼稚園の園長先生や公園で知り合った老人たちともコミュニケーションを取るようになるが、表面的、小鳥だけが本当の友達になった。あるとき、小鳥の小父さんは図書館で小鳥に関係する本を読むようになった。図書館に通うようになり司書として勤める女性と知り合い、話をするようになる。小父さんは司書の女性を自分の職場であるお屋敷に連れて行って案内した。女性は喜んだが、その交流は長続きはしなかった。女性が結婚して図書館を退職しいなくなってしまったのだ。またあるとき、幼稚園の鳥小屋の前にいた5歳の女の子と話をした事が有り、その女の子が誘拐されるという事件があった。小鳥の小父さんは誘拐犯ではないかと疑われた。警察官が調査にも来た。近所の人たちは、「ことり」と言って、小鳥の小父さんを避けるようになった。子取りと小鳥、小鳥の小父さんにはなすすべもなかった。幼稚園は、父母から「小鳥の小父さん」を幼稚園に近づけないで欲しいとの要請を受けて、ボランティアである鳥小屋の掃除を断ってしまう。

小鳥の小父さんは再び一人になり、相手は小鳥だけになった。メジロの幼鳥が巣から落ちて死にそうになっているのを助けた小鳥の小父さん、その日からメジロを育てることが生活の中心になった。餌をやり、獣医に連れて行ってなんとか健康を回復し成鳥になるためには、どんな努力も惜しまなかった。小鳥の小父さんはメジロの幼鳥に鳴き声を教えた。初めはうまく泣けなかった幼鳥も徐々にうまくなり、小父さんよりもずっと上手に鳴けるようになった。メジロなのだから当たり前、しかしその見事な鳴き声を聞きつけた男がいた。メジロの鳴き声を競う、鳴き比べを趣味にする男だった。「見事な鳴き声だ」と男は言った。男はそのメジロを売って欲しいと言った。小鳥の小父さんはとんでもないと思ったが、男に促されて、メジロの鳴き比べ会場に行ってみることになった。そこには多くの男たちが自分のメジロをカゴに入れて集まっていた。メジロを鳴かせ合って鳴き声を5回繰り返せば勝ちだという。小鳥の小父さんは悲しくなり、参加している男達には黙ってメジロたちのカゴを開け、メジロたちを逃してしまった。

家に帰った小鳥の小父さんは、自分の育てていたメジロに「明日は自由にしてあげよう」と言ったまま、最後の眠りに入ってしまった。

おとぎ話のようななんとも悲しい物語、このお話でも、どうしても「アルジャーノンに花束を」を思い出してしまう。兄との楽しかった思い出、その思い出には小鳥たちがいつもいた。小鳥の小父さんの一生は死んでしまった兄と一緒に過ごした一生だった。一人で生きるということ、それは誰にでも待っている未来なのかもしれない、と考えると「自分の小鳥はどこにいるのか」と考えてしまう。しかし、「小鳥の小父さんが子取り」、には参った。




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いつかX橋で 熊谷達也 ****

2013年12月24日 | 本の読後感
戦争孤児の生きていくさま、戦後のゴタゴタと愚連隊、そしてヤクザ、米兵相手のパンパン、靴磨きの少年たち、復興が進んでいくうちに出現する飲み屋、ダンスホールなど、絵に書いたような戦後の物語だが、なぜか心に残る主人公たちのラブストーリー。

太平洋戦争末の仙台空襲で家族のすべてである母と妹を亡くし17歳で一人ぼっちとなった土屋祐輔、家をなくして支えてくれていた母もいなくなり、戻って来いという先生の声も聞かず、火葬場の見知らぬ赤間という小父さんに助けられ、住まわせてもらう代わりに急に忙しくなった焼き場の手伝いをすることにした。そこで出会ったのが同じどしくらいの武内淑子、母の亡骸を火葬場に探しに来たらしい。母の特徴はといえば誰もが身につけている神社のお守り、これでは見つからないと思ったものの、見つけたら連絡すると約束して淑子に行き先を聞いておいた。

赤間は優しそうに見えたが、死体を焼く薪の手配に若い力が必要だったらしく、無料で使える祐輔を重宝して使った。正直で人の面倒を見るのが好きな祐輔は、文句はあるものの他に行き場もなく赤間の手伝いをした。そして迎えた終戦、祐輔は靴磨きで毎日の暮らしを立てていた。客としては愚連隊やチンピラ、特攻崩れなどまともではない輩も多くいた。小さい少年たちや靴磨きのプロである大人もいたが、雄輔はその中にあってまことに中途半端、客は多くは取れなかった。

ある日来たのが彰太、見るからにチンピラだった。祐輔の靴磨き仕事に因縁をつけて使えない旧円しか持ち合わせていないとそれしか払わなかった。別の日に、その彰太が昔雄輔の客になり金を払わず逃げた愚連隊に殴られているのを見た祐輔は彰太を助け自分のネグラに連れて帰った。見ず知らずのチンピラであった彰太を助ける祐輔に助ける理由を聞いたが、ハッキリとしない。しかし人が困っていると助けずにはいられないのが雄輔の性格であった。

同じ頃、雄輔は徳二郎というレストラン兼バーLouisianaを経営する男と知り合った。様々な過去を背負っているような男であったが、徳二郎は祐輔にレストランの二階をネグラに提供してくれた。

彰太は相変わらずチンピラを続けていたが、あるとき愚連隊のリーダーをやっつけて愚連隊のボスに自分がなった、と自慢し始めた。そんなことをしても良いことにはならないと雄輔は彰太を諌めるが、彰太は雄輔の言うことなどに耳を貸さなかった。生き方が全く異なる彰太と祐輔ではあったが、助けて助けられた関係は深く、友情はずっと続いた。彰太は仙台駅の先に架かる通称X橋の上に虹をかけるのが自分の夢だと祐輔に語るが、具体的には何かは説明できなかった。彰太はいつしか、ヤクザの仲間になっていた。

ある日、米兵相手のパンパン達を取り締まる警察に追い立てられて逃げてきた女性、なんと彼女は武内淑子だった。あばずれを装う淑子だったが、雄輔は昔の清楚で誠実な淑子の面影を見ていた。米兵に騙されて逃げてきた淑子をLouisianaの二階に匿い、二人は結ばれた。そして妊娠を告げる淑子、しかしそれは妊娠5ヶ月、雄輔と知り合う前にできた米兵の子だった。そのことに悩み雄輔から逃げようとする淑子に、自分たちの子として産んで育てようと提案する祐輔、淑子もそれを喜んだ。

幸せは長くは続かなかった。淑子の相手の米兵と彰太が諍いを起こし、米兵を殺してしまったのだ。米兵を殺してしまえば仙台での仕事に支障が出てしまうヤクザのボスは彰太をただでは置かないと考えた祐輔、逃げてきた彰太を半殺しにしていたヤクザの親玉のところに雄輔は乗り込む。ヤクザの若頭をピストルで脅し、彰太を担いでうまく逃げ出せたと思ったがそうはいかず、結局、二人共殺されてしまう。

残された淑子は、ひとりで米兵との間にできた子供を産むことになり、徳二郎はヤクザを相手に二人の仕返しをする。

戦後の孤児にありがちなストーリー、悲しい物語だが、なぜだか読後感は悪くない。それは雄輔の真っ直ぐで誠実な性格と彰太との素直な友情、そして淑子が雄輔と本当に愛し合っていたことなどからくるものだろうと思う。こんな素直で真面目な少年が戦後のゴタゴタを本当に生き残れたのかどうかは不明だが、周囲の優しさに助けられたこと、そんな優しさが混乱の中にもあることは、舞台が仙台であり、3.11東日本大震災でも証明されたように思う。うん、これが一番かな、印象が悪くはない理由。


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ハッピー・リタイアメント 浅田次郎 ***

2013年12月22日 | 本の読後感
財務省を33年間務めたノンキャリア官僚の樋口慎太郎は56歳の4月1日、JAMSの神田別室に出勤することになった。JAMSとは全国中小企業振興会で1951年設立された、起業家向けの資金融資のための保証機関であり、実際に融資するのは金融機関なのだが、その債務保証をするということで戦後、マッカーサー声がかりで設立された。しかし、現在では返済不能となった債務はこの神田分室預りとなり、返済不能債権として、何事も無く管理だけをされている、という官僚の出向先としてはまたとない天下り先、つまり何もせずとも二回目の退職金を受け取れる二次就職先であった。樋口には妻と二人の子供がいたが、再就職と同時に退職金を4分割してみんな官舎から去っていった。慎太郎は何ら喪失感を抱かず、かえってサバサバした気持ちになるのだった。

もう一人、同じ時にJAMSに出向してきた男がいた。大友勉、こちらは自衛隊のノンキャリアで、勉強して大学卒業の資格を取り、遅ればせながら兵卒から士官候補生となり、独身のまま37年務めた自衛隊を退官するときには二佐、最終勤務地の旭川駐屯地では師団司令部付きという中途半端な役職であった。一等陸佐なら連隊長や司令部幕僚などにアサインされるが二佐は中途半端なランクであった。持って生まれた正直者の大友は、自衛隊以外の生活を知らずして、初めて東京の中心地神田で勤務することになったのだ。

樋口も大友も、真面目が取り柄、そして上司からはなんとか最後は楽をさせてやりたいと配慮してもらってJAMSに配属された、というような位置づけだった。JAMSには10人の理事と何人かの主査がいた。理事には個室が与えられ、主査は二人で一室、それでも樋口と大友は立派な部屋と机、そして大切セットも備えた部屋に満足だった。そこには事務を司るアラフォー女性、立花葵がいた。美人ではあるが効率一辺倒のようなやり手の事務員、のように二人には見えた。葵はJAMSについて二人に説明するのだが、何も仕事はない、ということを二人に理解させるのには相当の時間がかかった。二人の上司は矢島理事だった。矢島は財務省時代の樋口の上司、局長からJAMSに天下った元やり手だった。葵はJAMSでの役得と現役時代の秘密を共有する仲間として矢島と男女の仲になってはいたが、決して気を許せる相手だとは考えていなかった。

葵は考えた。このまま矢島との関係を続けていても面白いことにはならないが、この新しく来た超真面目な二人と組むことはできないかと。そして、葵はJAMSのデータベースから、返済不能と分類された債権先の個人が、知らない間に出世しているような案件を虱潰しに検索してみた。そしてダメ元で、二人に債権回収に当たらせたのである。法律的にはもう時効、しかし今は成功している昔の起業家の中には、道義的責任を感じて返済をするものが何人もいる事実を知った。真面目な二人の債権回収の手口に債務者は、昔の借金に利息までつけて返済するのであった。葵が講じたのは、そうした回収金をJAMSにはばれないように外貨預金として外国金融機関に預け、それを外国で現金化する、という手段であった。しかしそのためには、自分と樋口、大友以外に、日本に残って、外国預金を海外支店に送金する、という担当者が必要だった。その担当者として目をつけたのが葵の前任者の山村ヒナだった。ヒナはマッカーサーがまだいるときに事務を任されていた。いまは悠々自適の毎日であったが、葵からこの計略を聞かされた時には進んで協力することを申し出た。

樋口と大友が回収した金額は3億5千万円にも上り、そのころ回収行為が矢島の知るところとなった。慌てた葵は二人にすぐに日本を出国しハワイで待ち合わせることを提案、自分もすぐさま住んでいるマンションを解約、あとはヒナに託して出国した。3億5千万円は三人で山分け、ハッピー・リタイアメントが待っているはずだったが、矢島の上前をはねようとした葵より、さらにヒナの方が上手だった。ヒナはイタリアに出国、自分のハッピー・リタイアメントを工作していたのだった。

浅田次郎のドタバタ喜劇、ラスベガスに集まった3人は夢や希望を失ってしまった人間だったが、カジノで、天文学的な当たりを出してしまった物語「オーマイガッ!」や、ヤクザが経営するリゾートホテルを舞台に、主人公の作家や従業員、宿泊客らが入れ替わり立ち代り繰り出されるコメディ「プリズンホテル」と同じ系統のストーリー。博多出張の行き帰りにぴったりだった。


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人生教習所 垣根涼介 ***

2013年12月21日 | 本の読後感
年齢も環境も様々な男女が、父島と母島で行われるという有料で2週間弱のセミナーに参加して、自分の考え方を見つめなおす、というストーリー。

セミナー参加費は50万円、募集人員は20名-30名、4日目には中間試験があって、セミナー内容が理解できるとみなされる参加者のみが最後まで受講できて、終了すれば就職まで斡旋してもらえるという。中間試験に不合格になっても費用のうち31万5千円は返却されるという良心的な話に応募してきたのは東京大学生、アラサー女性編集者、定年退職者、足が洗いたくなったヤクザなど様々だった。東大生は浅川太郎、入学はしたものの学業生活に失望して休学中の19歳、浅川太郎、一人息子の世話を一生懸命している母と父が竹芝桟橋まで見送りに来ているほど。太郎は自分は恵まれていることは理解しながらも何のために勉強するのかが分からなくなっていた。38歳の柏木真一はヤクザ、この稼業が嫌になり足抜けをしたいと応募した。所属していた組は警察の手入れで壊滅状態になり、足抜けしても咎められることはないと踏んでのこと、背中一面には刺青がある。森川由香は29歳独身の雑誌編集者、仕事が細ってきているのは自分が人とのコミュニケーションがうまく取れないからと劣等感を持っている。実際、場の雰囲気を読めないでいて同僚からも馬鹿にされることもある。太っていて今まで男性との付き合いをした経験はない。竹崎は定年退職した男性、南米で暮らし、現地の女性とも一緒になったという過去もあるということだが、どんな人とでも打ち解けられそうな気さくさを持っていた。

中間試験をクリアしたのは11名、その中に浅川、柏木、森川、そして竹崎が入っていた。そしてその4人が同じBグループと組み分けされ、セミナーの残りの時間を一緒に過ごすことになる。太っている森川はセミナーの一つだったハイキングで気を失い、柏木が森川を背負って帰ることになり、柏木のことをヤクザだと近づきがたい人と思っていた他の参加者も柏木を見なおした。森川もそんな柏木に恩義を感じ好意を持った。10日間を母島と父島で過ごす中で、小笠原諸島の歴史が住人により講義という形で参加者と読者に示される。江戸時代の幕府による島の発見、その後欧米人による捕鯨基地としての父島、そして太平洋戦争による疎開、機銃掃射、そして終戦後の米軍による進駐と、そのことによる急激な生活レベルの向上、そして進駐軍兵士との交流、子どもたちへのアメリカ流の教育、グアム島にある高校への進学を選んだ島民の多くは米国市民となる道を選んだ。小笠原諸島の返還で、島民たちには米国市民となる選択と日本人になる選択のオプションが与えられた。何人かは米国に移住していったが、中学生以下の多くの子供達は日本人となり、よくわからない日本語による教育を受けることとなった。その時赴任してきた日本人教師たちは日本語ができない子どもたちに一生懸命日本語教育を行った。その結果、日本の高校や大学への進学も可能なほどに学ぶことができた。

一方、小笠原諸島には約2000名の住民、その他に500人ほどの旅行者なのに住み着いている一時的住民がいた。一時的住民はよそ者扱いはされず、定着住民に馴染んで暮らしていたが、しかし何年かすると本土に戻っていったが、すぐに新しい旅行者住民が入れ替わるように居着くのだった。そのため2500名の人口は維持され、一時的な住民を受け入れる風土があった。それよりも前から住み着いていたアメリカやヨーロッパに先祖を持つ住民たちと日本人との間にも壁はなかった。こうした雰囲気に、浅川、柏木、森川、竹崎たちのセミナー参加者の心のなかにも変化が起こっていった。自分の周りに壁を作るのはやめようと。

セミナーが終わって、浅川は残りの休学期間を与那国島でアルバイトをして過ごすことにした。柏木は雑誌編集局に就職ができた。森川はNPO団体で活動をすることになった。竹崎だけは定年退職者としての悠々自適な生活を送っていた。

ハッピーストーリーではあるが、その中に、小笠原諸島の苦しい歴史と平和なばかりではない現状が解説され、しかしその開放的な雰囲気に行ってみたくなる読者は多いのではないだろうか。船で36時間、揺られていくと帰りは一週間後、そんな遠い島に、釣り、スキューバダイビングなどで毎年行っているという友人もいるが、さて、本当のところはどうだろうか。読後感は悪くない。


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蝿の帝国 帚木蓬生 ***

2013年12月14日 | 本の読後感
「蛍の航跡」より前に発刊された本。太平洋戦争に軍医として出征した医学生が主人公で、場所は樺太からマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、仏領インドシナ、満州、上海、石家荘などと様々。様々な体験が語られているが、派遣される先がちょっと違うだけでこんなにも異なる体験となるのかと思うほど、運不運も激しくある。軍医は医学校を卒業していれば基本は士官として赴任するため、二等兵の出征とはずいぶん違う。当番兵がついてかならず軍刀も持つことになる。

しかし、派遣先によれば、グラマンに機銃掃射され一緒に壕に入ったと思った隣の兵隊が一瞬のうちに殺されていたり、飛行場で爆撃にあい、いわゆる絨毯爆撃を受けて飛行場ハズレの防空壕に飛び込んで九死に一生を得たケースも有る。そうかと思えば、赴任して2年目からは新兵の甲種や乙種などを判定する役割になって、地方を回る中で地元の女性たちに歓待される軍医もいる。

満州に赴任した軍医は終戦直前に宣戦布告したソ連兵たちに追い立てられ這々の体で佐世保の港まで辿り着いた軍医もいる。帚木蓬生はこうした軍医の体験談をインタビューして短篇集のような形でまとめたのだという。よくある従軍随筆とは一種異なる作品である。



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錨を上げよ(下) 百田尚樹 **

2013年12月13日 | 本の読後感
下巻は600Pにもなる大作、図書館で借りたのでついに最後まで辿り着いたが、最後まで共感できない男、作田又三。30歳にもなって、好きになった女の気持ちを汲み取ることもできず、一人苦しむ。これが百田尚樹の本当の気持ちなら、そして人生観なら、NHKの経営委員会メンバーになどなってほしくはない。

下巻では、急に思いついて同志社大学を中退してアパートも引き払い東京に身一つで出かける。アテはないが、とにかくなんでもいいから仕事をしたい、というまったく呆れるようなおもいつき。20歳の男がこのような行動を取るのが信じられない。所持金は4万円、池袋の麻雀屋で雑用をする。そしてある時毎朝朝飯を食っている喫茶店で毎日見かける男、坂本に声をかけられそのアパートに転がり込む。そして坂本のツテでホストクラブで働くようになるが、バカらしくなりすぐに辞める。坂本はせっかく紹介してやったのにと大迷惑である。そしてそのうちに右翼的な男と飲み屋で意気投合し、次の日からその男が経営する運送屋に働くようになる。しかしここも、右翼の街宣活動を手伝わされて、殴りこみを手伝わされることになり嫌になって逃げ出す。そしてパチンコ屋の住み込み、そしてそこも飛び出す。そして働くようになったのがレコード屋、ここはしばらく続いた。クラシック音楽売り場に配属され、全く興味が無い世界だったが、次第に本を読んだり、音楽を聞くうちに興味をもつようになる。店長に、アメリカのレコードを輸入してみたらどうかと持ちかけて任せてもらうことになり張り切る。そのころ街で出会った女性、山本一枝と親しくなり同棲するようになるが、強引な作田に飽き飽きした一枝はある日いなくなる。

輸入の話が進み始める頃、レコード屋にアルバイトに来ていた慶應大学生の依田聡子と知り合う。聡子にはアメリカに婚約している男性がいるということで、作田も聡子には手を出そうとしない。しかし、聡明な聡子にだんだんと惹かれるようになった作田、しかし聡子はアルバイトを3ヶ月でやめてアメリカに渡るという。そうなれば仕方がない、もう逢えないと諦めかけていると、聡子が思わず作田に会いに来る。来週アメリカに行く、その前に作田に会いたかったというのである。作田の気持ちは爆発する。そして聡子と愛しあうようになる。又三は有頂天になり、聡子を手放すまいと誓う。そんな時、大阪の祖母が死亡したと連絡があったため1周間大阪に帰り、東京に戻ってくると聡子はアメリカに言ったという。絶望のどん底に沈む作田又三。24歳になっていた。

大阪の実家に帰った作田、しばらくぶらぶらしていると、ある日、北海道の海でタラ漁に励む漁師の姿をテレビで見る。これだ、と思った又三は、すぐさま根室に旅だった。全くアテはない。そしてそこで、しばらく漁業の様子を見る。どうしたら漁師になれるのか。そんなことは無理に決まっている。しかし諦めきれない又三、ある時、密猟でソ連領の貝殻島付近でウニを取ってくる、といういわゆる「特攻船」と呼ばれる存在があることを知る。そして頼み込んでそのメンバーに雇ってもらう。密猟であるので、ソ連の監視船に見つかったら逃げる、そして日本の海上保安庁の監視船からも追われる。しかしうまくすれば一回の出漁で数十万円の稼ぎを手にすることができた。又三はこの密猟に入れあげる。

自分で船を持って人を雇えばもっと稼げるはずだと、借金をして船を買い自分で特攻船の雇い主にもなる。こうした作田を呆れて見ていた年上の女性がいた。それは「帰郷」という名の喫茶店のママだった。特攻船でソ連の監視船に追われて、流氷の上を追い詰められたこともあった。そのせいで足の指を2本失った。ヤクザと組んで、陸上の取り締まり情報を収集して、帰ってくる港を変える、ということも始めたが、ヤクザと組んだのが間違いだった。作田が雇ったメンバーも船もヤクザに取られてしまい、ヤクザに追いかけられる身となった。それを救ってくれたのは帰郷のママ久子だった。久子は母親のように作田を愛してくれた。作田もそうした久子を心の底から好きになった。しかし時が過ぎて、久子は昔トルコで働いていた、と告白した途端、作田は「そんな女と一緒にはなれない」と親切にしてくれた久子を詰った。久子は作田から離れていった。

特攻船では結局1000万円ほどを貯金した。当時とすれば大金である。その金を持って大阪に帰った。びっくりしたのは母や弟達であった。母に300万円渡して、残りは競馬やパチンコ、ゲームで使ってしまった。そしてビリヤード店で働くようになり、そこで働く実直な女性保子と知り合った。島根の部落出身であったが、気立てがよく、よく気が利いた。作田はそんな保子が気に入った。付き合い始めると、保子は処女だった。大いに気に入った作田は保子と結婚した。保子とはうまく行きそうな気がした。保子は妊娠、しかし流産してしまう。作田は昔の友人の紹介で放送作家のアルバイトをすることになった。そしてレギュラーも持てるようになり収入も増えて暮らしも安定してくる。あるとき、会社の旅行で出かけた作田、その留守に保子は別の男と浮気をしていたことを知った又三は激怒、保子は又三から離れていく。又三は相手の男をさんざん殴り飛ばして、日本を出る。行き先はタイだった。

タイではいわゆる女衒、タイの女性を日本に送り込むという仕事だった。しかし、タイの女性の窮状を知るにいたり、その仕事からも足を洗う。手持ちの金は多くはなかったがしばらくはタイで暮らすことにする。日本からタイまで好きになった女性を追いかけてきた青年を助けるために一緒にヤクザと一緒に暮らしているというその女性を助けに行くということもするが、その女性はすでにその青年のことを愛してはいなかった。貧乏人は嫌いだ、というのがその理由だった。日本に帰ってきた又三、保子を探すが保子の実家に聞いてもその行方は分からなかった。実は保子は別の男性と結婚して子供も生んでいたのである。

波瀾万丈といえばそうであるが、立派な人間がするような生き方ではあるまい。これが百田尚樹の人生だったのなら、「永遠のゼロ」が泣くというものである。



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錨を上げよ(上) 百田尚樹 **

2013年12月09日 | 本の読後感
「永遠のゼロ」を書いた人と同じ人が書いた作品とは思えない。

主人公は作田又三、昭和30年、大阪の淀川べりの下町に生まれた。両親は当時としては普通の貧乏人、ざっくばらんな大阪のおばちゃんの代表選手のような祖母が同居、祖母はいつも又三を応援してくれたが、両親は出来のいい二人の弟、竜之助と剣之助の肩を持った。又三は小さい時から喧嘩っぱやく、直感的に行動した。気に入らなければ喧嘩をふっかけ、もっと強い奴には殴られたが、くよくよするようなことはなかった。小学中学を通して出来の悪い不良だったので、進学できる高校は限定されていた。当時は公立高校の中で商業高校は出来が相当悪くても入学できるところがあった、それが南方商業だった。

高校でも小さい時からの行動パターンは変わらず、多くの友人はつくらず、気の合う少数の仲間、しかし決していつも一緒にいるというような仲間ではなくクラスでも学校でも孤立していた。制服廃止運動などを思いつきでひとり突っ走る、ようなこともあったが、2年も留年した。小学生の頃から女の子には弱かった。好きになると思いつめてしまい、周りが何も見えなくなることを繰り返した。高校でも留年して、高校が普通校に変わり、優秀な生徒が入学してきた頃、生徒会はそうした優秀な生徒に牛耳られるようになった。そして女子の生徒会長に恋をした。しかし長続きはせず振られたのだが、又三はなぜ自分が振られるのか、相手にも未練があった。しかし相手からは手ひどく嫌われた。

こうして散々な高校生活にもピリオッド、学校がなんとかアレンジしてくれた地方スーパーに就職したが、職場で孤立、すぐに辞めることになった。両親は怒ったが、又三は平気だった。アルバイトしてその日ぐらしをする中で、大学生が楽に家庭教師をして月謝をいただいていることを知る。楽しいクラブ活動、そしてその先には地方のスーパーのようなチンケな会社ではない理想的な就職も見えているように思えた。中学高校とロクに勉強もしなかった男が大学に入りたいと思いついたことに両親は呆れ、数少ない友人たちは冗談だろう、と笑った。しかし又三は本気になり半年間必死で勉強、東大に入るぞと宣言して、さすがにそうはいかなかったが、親友が言うには「奇跡的」にも同志社大学の法学部に合格した。

又三が大学に入ったからといって、今までの気ままでカっとし易い性格が変わるわけでもなく、インテリになれるわけでもなかった。当時の大学は学生紛争の真っ只中から少し脱出しかかっていた。しかし、そうした運動の余韻はまだ残り、左翼の人間が集まるサークルに属した。そこでも素敵な先輩女性に恋をしたが、これも手痛いしっぺ返しを受けて、下宿していたアパートを仲間に襲撃されるという目にあった。又三は何回も女性には恋をしては振られ、まったく懲りない奴だった。友人たちはそうした又三を「学習しないタコだ」と馬鹿にしたが、又三は親友たちのアドバイスを聞くような素直な男ではなかった。大学2年になり、突然大学を辞めて東京に向かう深夜バスに乗った。

上巻はここまで。まったく共感できない男、又三。上巻だけで591P、下巻も読むか、と悩む
。本屋で下巻も買うかといえば買わないと思うが、既に図書館で借りてきてしまっている。唯一、面白いのは僕と同時代であり、僕も生まれ育った大阪と京都を舞台にしていること。時代の雰囲気はよくわかるし、世相も自分を囲んでいたものと共通するという点。又三は東京でもロクでもないことをするのだろうなと思うが、我慢して読んでみようと思う。



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田舎暮らしの馴染み方 扇田孝之 ****

2013年12月07日 | 本の読後感
都会ぐらしから田舎に出て、素朴な地元の人達と触れ合って本当の人間らしい暮らしをしよう、という本はたくさん出ているが、この本は違う。筆者は30年前に信州は大町の北にある山村、簗場に移住、宿泊施設を経営しながら、田舎暮らしの難しさや素晴らしさを同時に発信し続けているという。

田舎の暮らし、そして長く日本の農業従事者だけではなく江戸時代までの人々が過ごしてきた暮らしを「時速4キロの暮らし」と表現し、自動車や列車によってもたらされた近代文明的な暮らしを「時速50キロの暮らし」と表現、いまや日本ではどんな田舎に行ってもこの「時速50キロの暮らし」からは逃れられない状態になっていると。日本では戦後に暮らしがよくなり、経済的な余裕が出てくるに従って、田舎暮らしに戻りたいという都市生活者による欲求が増大、学生村や文化人村などという名前で、特に信州には多くのリゾート地や別荘地、スキー場が開発された。そして1970-90年ころがスキーのピーク、信州の田舎はスキー客であふれた。それまでは家を改築して、民宿で現金収入を得ていた農家は、スキー客によるケタ違いの現金収入を得て、車を買い、海外旅行をした。教習所は30-50歳代の人々で溢れかえったという。

1998年の長野五輪は、影がさしていたスキー客を取り戻すきっかけになったのであろうか。フランスのグルノーブルやアルベールビルでは、五輪以降も、1-2泊のスキー客ではなく、5泊以上の連泊を主なターゲットとして、町の魅力をどのように訴えるか、スキーをしない人にも来てもらえるための街づくりをしているという。また、フランスに来るスキー客は欧州中の8億人がターゲット、上中下の客層がはっきり分かれるという。そのため、宿泊施設の階層分化もはっきりするため、差別化がしやすいと。日本はそうした階級が分かれていないので、1万円以下の宿泊施設に泊まる人は、ある時には1泊3-5万円の高級旅館にも泊まる。そのため、顧客ターゲットを絞ったマーケティング戦略は難しいという。

田舎の人は素朴だ、というが、それは一面的な見方だと筆者は言う。保守的な暮らしをしていると、新しい人達との出会いは少なく、相手に知ってもらおうとする努力や、相手のことを知ろうという姿勢も失われ勝ちになり、都会から来た移住者にはそうした田舎の人達が、ある時には意固地に映ったり、見方によれば素朴に見えたりすると。停滞した社会に堕眠している人達も多いというのである。

筆者から田舎に移住しようとする人たちへのアドバイスが有る。
1. 田舎の暮らしは決して安くはない。ある程度の文化的生活をするには電気ガス水道Webなどの現金は必要であり、野菜の手作りなどをしても自給自足は大変だ。
2. 子供がいる場合には都会よりも交通費や下宿などにより余計に費用がかかる。
3. 収入源は都会に残したまままずは田舎で過ごす時間を増やすことから始めた方がいい。宿泊業は稼働率が低く、おすすめしない。
4. 田舎の暮らしでは、現地の人に受け入れてもらうことは思う以上に難しい。移住者同士のネットワークづくりが有効である。

田舎の暮らしが長続きした理由を筆者は自分の場合は、人とのコミュニケーションが継続的にあったことだと言っている。宿泊業を営んでいたから、そして細くはあっても地元の仕事を通じて現地の人達とも交流があったことだと。夫婦や家族だけで孤立しての暮らしはありえない、至極アタリマエのことだと思えるが、移住したいと想った人は見逃しがちである。田舎暮らしというのは素朴なだけではありえない。


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水神(下) 帚木蓬生 ****

2013年12月03日 | 本の読後感
下巻は、堰渠の工事が始まる場面から。筑後川に沿って40ヶ村にわたる江南原の庄屋たちが集まった正月の集まり、そこに久留米藩の普請奉行が現れ、筑後川に堰渠を建設することを藩として決めたと告げる。藩の決定であり、反対していた14ヶ村の庄屋たちもこれでもう文句は言えない。40ヶ村の農民たちから夫役を出すのは当然だが、それに加えて藩下の筑後川流域の遠くの村からも夫役の農民が駆り出されることとなった。灌漑事業による水の恩恵は、田への水利だけではなく、洪水防止にも役立ち恩恵があるはずという理屈であった。

工事が始まると、通常の夫役であればいやいや付き合わされる労働奉仕という性格であり、なんとか手を抜くことを考えがちな農民たちだったが、今回は違う。夫役の成果は自分たちに直接田への水利という目に見える恩恵としてかえってくるからである。夫役に駆り出されたそれぞれの村人たちは自分が受け持つ工区の進捗が他の工区よりも遅れたり、水漏れがしたりすることがないように一生懸命働いた。反対していた14ヶ村の村人たちも賛成していた村人もそれは同じ気持ちだった。

自分の財産をなげうち、命懸けで上訴した五人の庄屋は、40ヶ村の農民だけではなく、城下の商人たちからも尊敬の目で見られるようになった。村人たちの食費や工事のための工具、その他費用は5人の庄屋がなんとか工面したが、それでは足りなかった。庄屋たちは町の商人に借銀をするために城下まで足を伸ばした。おずおずと90両の借銀を申し出ると、普通は利息を3割取るところを1割でいいといい、毎年11両を10年間で返済するというまたとない条件で借銀することができた。五人の庄屋の噂は商人たちのあいだでも広まっており、自分たちも何か出来ることをしたい、という申し出だった。

14ヶ村の庄屋たちからも支援金の150両がもたらされた。自分たちが当初は上訴に反対表明し、反対上訴をしたことを詫びた上で、自分たちも出来る範囲で支援したいという和解の申し出だった。

工事は決して容易なものではなかった。既存の水路を広げる際に出てきた大きな岩を掘り返すために村人たちは大変な苦労をしたが、掘り出したその大岩を筑後川まで転がして行く時には通り道で働いていた他の村人たちも大岩を一緒になって押した。その大岩は堰渠の真ん中に沈められ、農民たちの努力と協力の象徴的な印となった。侍たちは農民たちが必死で働くようにと、「失敗したら我々が死を持ってお詫びします」との言を、5本の十字の磔棒を立てることで示そうとした。しかしそのような脅しは今回の夫役では全く不要であった。農民たちは五本の十字を五人の庄屋たちが自分たちの働きを見守ってくれている、と一層励んだのだった。

水路が完成し、堰渠で溜められた水を最初に水路に流した時には、流し込んだはずの水が逆流して水門を破壊するという事故が起きた。誰かが責任を取らねば収まらない、その時、下奉行でずっと農民たちの願いを叶えるべく陰で支えてくれていた侍が腹を切って、遺言で堰渠建設成功を殿様に訴えた。そのため、農民たちにはおとがめはなく、その後も工事は進められた。

工事が進む中でも、元助と百姓娘の恋も芽生えた。そして工事が完成した時には庄屋の口利きで元助の祝言も決まった。めでたしめでたしである。

ストーリーは単純だが、実際の工事や、農民たちの必死の願い、そしてなにより5人の庄屋の文字通り決死の上訴、そして推進力は今も語り継がれている。先祖が舐めた塗炭の苦しみをこれ以上自分たちとその子孫には味あわせたくないという願いである。打桶という単純な水汲み作業に一生を捧げようとしていた下働きの元助の視点から、そして5人の庄屋のひとり、山下助左衛門の視点から、帚木蓬生の筆はこうした農民たちの思いを、見事に描いている。「国銅」という奈良時代の仏像建設を取り上げた小説があったが、その物語に通ずるものがある。数年前に博多から柳川に行く途中に久留米はあったが、その時には松田聖子や坂井泉水が生まれた場所だな、なんて考えながら素通りしたものだが、次回、博多に行く機会があったら、ぜひ久留米に立ち寄りその場所を見てみたいものである。



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水神(上) 帚木蓬生 ***

2013年12月02日 | 本の読後感
時代は寛文二年(1662年)、場所は九州は筑後川流域の有馬藩下、川のそばだというのに土地が川より高く水を汲み上げなければ田に水が引けないという土地だった。その土地に生まれた元助は兄貴分の伊八と一緒に筑後川から水を桶で組み上げる「打桶」が仕事だった。毎日毎日、朝から晩まで、稲を植えてから実るまで打桶は続いた。庄屋の山下助左衛門は元助達の親代わり、先祖代々の土地を守りながらもなんとかこの土地に水を引きたいと考えていた。

それでも近隣の40ヶ村からなる村々の意思を統一するのは難しく、洪水への恐怖や灌漑事業の失敗、村ごとに違う水利事情などから、全村の意見統一をすることは不可能と思えた。そこで助左衛門は隣り合う5ヶ村の庄屋と計らい、5ヶ村の庄屋の意見として、筑後川の堰建設を藩に上訴した。もちろん、費用は5人の庄屋が負担する覚悟であり、先祖から引き継いだ田畑屋敷を売り払っても灌漑事業を成功させたいという重い決断であった。それを聞いたそれ以外の村では喧々囂々の議論が巻き起こり、14ヶ村からは反対上訴が藩にあげられ、それ以外の村は様子見を決め込んだ。しかし、心苦しく感じていたのは様子見を決め込んだ村人たちであった。8ヶ村の村では、5人の庄屋の応援をしようではないかと話し合いが持たれた。そして、手柄を横取りせず、しかし応援する気持ちを表す、ということから、追加の応援上訴という形で8ヶ村の庄屋から堰建設支援の声が上げられた。

藩の財政は苦しく、それまでも参勤交代や日光東照宮の賦役などで借金が嵩んでいた。それでも、筑後川堰建設による灌漑が成功すれば水田耕作面積は激増し藩の石高が上がれば財政も改善できる。藩の普請奉行は藩の面目を保ちながら、灌漑事業が失敗した時には百姓の浅知恵だったと責任回避をする、という案を提示して上訴を取り上げることとした。5人の庄屋には費用は庄屋もち、失敗の時には5人の庄屋は磔刑に処する、という条件で藩として堰建設を行うことが決定された。

ここまでが上巻のストーリー。百姓たちの苦労、そして藩の小役人たちの悪知恵、そして役人の中にも百姓たちの苦労と心意気を感じ取れる侍たちもいて、貧しい中で先祖の苦労と子孫の繁栄を願う百姓たちの心意気が示されて気持ちいい。一日中続く元助と伊八の打桶の掛け声「オイッサ、エットナ、オイッサ、エットナ」が頭の中で渦巻くようだ。



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エラゴン 遺志を継ぐ者 クリストファー・パオリーニ ***

2013年12月01日 | 本の読後感
登場するのは人間、ドワーフ、エルフ、魔法使い、ドラゴン、そしてドラゴンライダー。場所はアラゲイシアという想像上の世界、といえば指輪物語の続編のような、ホビットの冒険のようなお話のように聞こえるが、少し違った。主人公はエラゴンという名前の15歳の少年で、農場で伯父と暮らすが、両親はいない。ある日、硬い石っころを手に入れるが、それがなんなのかは分からない。しかしその石はドランゴンの卵だった。孵ったのはサフィラという名前のドラゴン、卵から孵ったのに名前があるというのも変だが、自分でサフィラという名前が良いとそう名乗ったのだから仕方がない。読み進むうちに、ドラゴンとその乗り手のドラゴンライダーは死に絶えたとされる一族だったことがわかる。ドラゴンライダーは今は帝国を支配している闇の帝王ガルバトリクスに絶滅させられた。エラゴンは自分では知らないうちにドラゴンライダーによる帝国へのリベンジというミッションを背負うことになる。

そして悲劇は突然エラゴンを襲う。育ての親である叔父が何者かに惨殺される。そしてエラゴンは生まれ育った街から旅に出る。旅の途中からエラゴンに魔法や剣術を教える老人ブロム、そしてそのブロムが帝国の王が放った怪物たちに殺されると新たにエラゴンの旅の仲間になるマータグ。そしてエラゴンの旅を通じてエラゴンを支えるのはサフィラ。

エラゴンが旅の途中で見た夢に出てきたのは捉えられている女性の姿。その女性はエラゴンが助けに行くのを待っているように直感する。その名前はアーリア、エルフ族の生き残りだったが、帝国の王の手先シェードに捉えられていたのである。そのアーリアを命懸けで助けに行ったエラゴン、マータグやサフィラと一緒になってアーリア救出に成功する。

そして帝国から追われるようになった一行が迷い込んだのがドワーフや人間たちが作り出した大きな隠れ家トランジヒーム。そこでは、エラゴンとサフィラというドラゴンライダーとドラゴンの出現に人々が興奮していた。そしてエラゴンはドラゴンライダーの宿命を知らされる。そこに攻め込んできたのはシェードに操られた怪物たちアーガルの大群。これらを迎え撃つのはどう見ても劣勢の人間とドワーフ、それでも逃げる場所はなく必死の戦いで、エラゴンは敵のリーダーであるシェードを死闘の末に殺すことに成功する。そうすると大勢いたアーガルたちの群れは散り散りになって敗走していった。

エラゴンはアーリア、マータグ、そしてサフィラたちとともに帝国の闇の帝王ガルバトリクスと戦うためにエルフの国を目指すことになる。本書は三部作の第一部、以下、第二部に続く。映画化もされたようでTVでも放送されたというが、映画にするとナルニア国物語のようにお子様向けになるのかも。

しかし、本ではここまでで645pにもなる大作である。ストーリーを聞くと子供向けかと思うかもしれないが、ここまでの長編、ちょっとやそっとでは読み通すことはできない。続編に期待したい。




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