意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

天涯の花 宮尾登美子 ****

2013年11月28日 | 本の読後感
太平洋戦争の終戦の年、徳島の児童養護施設に「平珠子」と名前が書かれ上等の布に包まれた生後まもない赤ちゃんが捨てられていた。ミルクを飲ませた直後と見られるあとが口元には残っていて大切に育てられたことは伺えたが、戦後の大変な時、何等かに理由で育てられないと考えた母親が置きさったものとして養育園では珠子を育てることにした。

珠子は性格がよく、他の子供たちがいたずらや喧嘩をしてもそれには加わらず、園長先生やそのほかの先生たちの言うこともよく聞いた。養育園では15歳、中学卒業とともに卒園するという決まりがあった。昭和35年、珠子もその時を迎え、徳島の池田のさらに奥にある剣山の山腹にある神社の老夫婦の養女として引き取られることになった。大変な山奥で、電気もガスも、道さえもないという辺鄙なところであったが、珠子は親切そうな62歳の養父国太郎の人柄に安心して、迎えに来た国太郎に手を引かれ山の中の神社に到着した。国太郎の妻はすぎ、64歳で病弱だった。珠子はこの老夫婦の世話をしながら下働きをさせられるのか、とも思ったが、自然の中に有り俗世間の声も聞こえない山の中の神社が気に入った。みなしご、親なし子、などと虐められた学校時代の思い出から、そんな人が周りには一人もいないという環境がいいと思ったのだ。

山の頂上には山の家があり、同世代の兄妹の典夫と勝代、その両親がいた。冬は雪に埋もれるので山の家も閉じて、その家族も山から降りていなくなるが、春から秋にかけては唯一のお隣さんとして心強く、またいい遊び友達にもなった。病弱だったすぎはあるとき急に具合が悪くなり数日苦しんだ末に亡くなった。山の中で死人を抱えた国太郎は途方にくれたが、珠子が山小屋まで上がって無線で荷物運びの「ボッカ」を二人頼んで、すぎを担いで街まで運んでもらうことにした。下の町には親戚もいて、普段は顔を合わすこともない親類たちに国太郎は珠子を紹介するいい機会にもなった。

そうして数年、珠子は神社でのさまざまな仕事やしきたりを学んで、国太郎のサポートができるようになってきた。それでも、神社の跡取りになれるわけではなく、国太郎が死んだらどうなるのか、ふと頭をよぎることがあった。19歳になる頃には、一緒に遊んでいた典夫も20歳を過ぎ、珠子に恋心を打ち明けるようになり、珠子も悪い気はしなかったが、国太郎のことを考えると、典夫とどのような暮らしをすることになるのか、神社をどうするのか、と結論を出すことはできなかった。

あるとき、山で道に迷い、行き倒れになっている登山者を珠子が助けた。ほうっておいたら死んでいたかもしれず、珠子は登山者を神社まで必死の思いかついで連れて帰った。登山者は久能という珠子よりは20歳近くも年上の東京から来た写真家だったが、久能はこの剣山が気に入ったと神社の宿坊に2ヶ月も住み着くことになる。国太郎も男手があるということで頼りにするようになり、珠子は久能に惹かれる気持ちが強くなってきた。しかし久能には東京に妻がいた。二人はうまくいかず、久能はもう別れよう、と置き手紙を置いて出てきたのだという。久能は珠子と一緒になりたいと告白、珠子もすっかりその気になる。そんな時、久能の妻が山の中の神社まで久能を迎えに来た。一緒に帰りたくない久能は抵抗したが、珠子と結婚するにも、まずは妻と正式に離婚手続きをする必要が有り、妻の家族にも説明が必要、などと説得されて東京に帰ることになる。珠子とは「必ず迎えに来るから」と約束をする。

そして冬になってしまう。珠子はいつ久能が帰ってきてくれるかと首を長くして待つが音沙汰はない。珠子のそうした状況を知ってか、典夫はもう一度珠子と結婚したいと申し込んできた。久能が忘れられない珠子は典夫のありがたい申し出を断るも、久能からの連絡が一切ない状況では、悩みに悩んだ。そして典夫の親戚が、珠子との結婚に反対していることを知る。理由は珠子がみなしごだ、という理由であり、珠子は典夫との結婚を諦め、久能を待つことを決意する。

物語は、久能が妻との生活に区切りをつけて四国に向かうことを匂わせて、ここで終わる。新聞小説であり、なにかの区切りでもあったのかちょっと唐突感のあるエンディングだとは思うが、中途半端な感じではなく、珠子はきっと久能と結ばれるだろうという予感を読者は抱く。15年間の養育員生活、その後の6年間の山中での生活、珠子は世間の荒波をほとんど知らずに、本当に清らかな心をもったまま大人になっている。典夫の親戚、久能の妻、という存在が世俗を感じさせられるが、珠子はいずれとも距離を置いて、世俗からはあくまで背を向ける。山に咲く数多くの花が度々登場するが、高山植物は下界では育たない。珠子は高山植物のような存在なのか。山でこそ可憐な花、珠子はそんな山の花、天涯の花、に自分を重ねていたのかもしれない。


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夏への扉 ロバート・A・ハインライン ****

2013年11月26日 | 本の読後感
SFの古典で名作と言われる本書、Kindle本として読んでみた。古い福島訳のバージョンである。書かれたのは1956年、舞台は1970年12月、そして主人公のダンは冷凍睡眠で30年後の2001年に蘇る。猫のピートは護民官ペトロニウス、住んでいるのはアメリカのコネティカット州。6週間戦争といわれるアメリカの大都市を壊滅させた戦争が起きる少し前、ダンは恋人に裏切られ、発明した特許も友人とその元彼女に騙し取られ、この寒いコネティカットから抜け出せる「夏への扉」を探していた。

ダンは技術者でありアイデアマンだった。家事をこなしてくれるロボット「Hired Girl(文化女中器」を開発し、友人のマイルズ・ジェントリーと会社を起こして販売し、成功を収めていた。マイルズには養女にした9歳のリッキーがいて、リッキーはダンになついていた。いや、懐いていたというより30にもなろうというダンのことを将来のパートナーと考えてもいた。そんなリッキーをダンも可愛がった。

ダンとマイルズは続いて自動窓ふきロボットの「窓ふきウイリー」を開発、それを販売できるまでの工程にあった。そんな時に現れたのは完璧な事務処理能力をもった美人のベル、ダンはすぐにベルが好きになった。ふたりは婚約をし、会社の株式はマイルズとダン、そしてベルで分割することにした。そしてダンが開発したのが、今までのロボットの能力を全て備える「万能フランク」、トーゼンメモリーチューブを備えていて、教え込んだ動作を再現できるので、チューブの数だけ異なる作業をこなせるようになるというロボットである。そして会社の将来がもうひとつのGEかと思えるようになる頃、ダンは相棒だと信じていた二人から会社を実質的に追い出されるという仕打ちを受ける。その上、自白剤をベルに打たれて、すべてを告白することを強いられた上で、冷凍睡眠サービスの病院に送り込まれた。

30年後の2001年に目覚めたダンは、マイルズとベルが経営していた会社は今はもう存在しないことを知るが、ベルからは、催眠から目覚めたという新聞記事から知ったという連絡が入る。会いたくもなかったが、他に知り合いもいないダンはベルに会いに行き、ひどく失望させられる。そして2001年の時代に過去への人間転送を研究しているという大学教授の存在を知り会いにいく。そして計略を巡らして、30年前に、マイルズとベルにしてやられた時点の直前に送り戻してもらうことに成功する。もう一度30年前のベルとマイルズのいる時点でダンがしたことは、二人がダンからだまし取ろうとした新製品の設計図や試作品を取り戻し、その時には離れたキャンプ場でガールスカウトをしていたリッキーに事情を説明することだった。どう説明したのか。会社の株式を銀行に預けておくこと、養父のマイルズと縁を切ること、祖母と一緒に暮らすこと、そして10年経ったら冷凍睡眠サービスを行っている指定の病院に行き、2001年に目覚めさせて欲しいという契約を結ぶこと。そうそれば、2001年の僕に会えるからと説明した。

ダンは再び30年の冷凍睡眠サービスを申し込み、リッキーは言いつけ通り10年後に冷凍睡眠サービスを受け、2001年のダンは指定した冷凍睡眠の病院にリッキーを迎えに行く、というお話。

読後、良い気分になれるのは、ダンが良いヤツだから、リッキーが良い子だから、そしてダンが自分の発明に自信をもつ正直な技術者だから、なのかな。ストーリーのポイントは時間旅行と冷凍睡眠を組み合わせて年の離れた二人を結びつけるというアイデア、これが秀逸なのだ。Hired Girlを文化女中器という翻訳には参るが、1956年といえばまだ人工衛星もとんでいない時代、電話の普及もまだまだ、自動車もこれからという時代であることを考えれば、この秀逸なアイデアだけでも名作とされる価値はある。

Kindle本は、電車の中では横位置にして読むのが読みやすいことも発見、本の紙色を真っ白ではなく薄い黄色、つまりちょっと古びた本のように指定できるのも嬉しかった。営団地下鉄なら地下区間はwifiで「ラジコ」も聞けるので、本(新聞)を読みながらTBSラジオを聞きながら、ということもkindleだけでできる。もっと他にも面白そうなことを試してみようと思っている。


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天の方舟 服部真澄 ***

2013年11月22日 | 本の読後感
京都大学で農学部に所属し農業経済を学んでいた黒谷七波は貧しい農家に生まれ育った。実家では農業の傍ら酪農にも手を出して借金に苦しんでいた。大学を卒業した黒谷七波は海外の開発コンサルタンティングを行う日本でも有数の企業、五本木コンサルタンツ、そこに就職した。金に執着していた七波はゼネコンと一緒になって政府の海外援助マネーをかすめ取る裏技があることを知り、会社のトップや他社のキーマンにアプローチする。七波の就職した五本木コンサルタンツは日本のゼネコンと組んで海外ODAに絡んで、数多くの案件を手がけていた。七波は名栗建設の宮里と組んでODAマネーのさや抜きをすることを覚える。同期入社の多くのメンバーは会社の中で行われるダーティな動きや、ODAマネーが実際には援助されている国の人々のためにはなっていない実態を知って嫌になって会社を去っていく。そうした中、七波は会社の中で裏金を動かす業務を担当し、ベトナムの駐在員事務所の所長を任されるようになる。そしてベトナムで行っていたODAマネーによる橋建設で、リベートを取ることに原因があると思われる建設中の大事故により、現地の労働者たちが60名以上が死亡する。責任を感じた七波は、一緒に組んでいた宮里の罪状やゼネコンのやり方を日本の検察に自白し、自らも有罪を覚悟して出頭するが、司法取引により執行猶予付きの罪状となる。

印象は、少し中途半端、七波が経済的に困っていたのはわかるが、あえてダーティな会社の動きに同調するモティベーションとしては弱いのではないか。また最後には改心して会社の罪状を告白するのに、自分は「執行猶予」をぎりぎりのところで確認して、最後は好きな相手の子供を産む。日本のODAマネーが本当に援助されている途上国のためになっていないケースが有るのではないか、そして海外の相手国の人間に贈賄しても取り締まるべき日本の法律が未整備だったことなどをアピールしている、これが筆者が訴えたかったことなのか。テレビドラマにもなったというが、ストーリーは少々チープ。


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母の遺産ー新聞小説 水村美苗 ****

2013年11月18日 | 本の読後感
母の死、娘にとっては悲しいのか重荷を下ろせる出来事なのか。主人公の美津紀は50歳代になる女性、夫の哲人は大学の教授でテレビでも名前が売れてきたところなのだが、若い女ができたようなのだ。姉の奈津紀は裕福な家に嫁ぎ、裕二というチェリストが夫、経済的にはなんの不自由もない。母が死ぬと千歳船橋にあった実家を売ったお金と、介護ホームに払い込んだ一時金の返金で合わせて二人の姉妹にはそれぞれ3500万円程が返ってくるという。日記風の物語はその母の死、遺産が入ってくるところから時間を遡って始まる。

二人の父はずっと以前に糖尿病をこじらせて入院した上に亡くなっていた。そんな時に母は父の面倒を十分見ずに娘たちに世話を焼かせていた。母はわがままであった。母は父が死んだあと男を作ったが、そんな男も母が転倒して骨折入院してからは近づかなくなった。入院した母の面倒を見るのは美津紀がメイン、姉の奈津紀はたまにしか病院には来てくれなかった。百貨店の何が食べたいとか、DVDが見たいとか思うままに要望を娘に押し付けてくる、それに美津紀は応えてやった。

そんな母の母、つまり美津紀たちの祖母は芸者であった。それを見初めた祖父と結婚したのだが、その時流行していた新聞小説が金色夜叉、祖母は自分を「お宮さん」と合わせ鏡にしていたという。明治のその時代、娯楽といえば多くはなかったが、その頃始まった新聞での連載小説は少しは字が読めるようになった明治の女性にとっては大いなる楽しみだった。祖母は祖父とは分かれ苦労して母を育てた。母の紀子は経済的に豊かになることに貪欲だった。そして自分、そして二人の娘にはなんとかいい暮らしをしたい、させてやりたいと必死の努力をするのだった。そして姉の奈津紀にはパリに留学をさせて音楽を学ばせ、上流の暮らしをする裕福な音楽家との結婚をアレンジすることに成功した。妹の美津紀は割を食わされたが、それでも語学留学として1年のパリ留学をさせてもらった。そしてパリで官費留学生だったエリートの夫哲夫と知り合い、素敵な求婚をされたのが良い思い出となった。しかし、それも、若い女を作ったと言われれば、甘い思い出は苦い喪失感と入れ替わった。それを知ったのは夫のGメール、パスワードを知っていたので、女とのやり取りをすべて読むことができたのだ。女とのやり取りは、美津紀と分かれる具体的な方法や、財産分割のやり方、その額にまで及んでいた。美津紀は夫と別れることを旅先の芦ノ湖のホテルで決意し、Gメールを自分宛、そしてご丁寧にも女にも写を入れて転送する。その時、母の遺産と夫との財産分割で一体いくらになるのか、自分ひとりで生きていけるのか、どんなマンションなら買えるのか、細かい数字を計算する。

母の介護、夫との離婚、美津紀は自分が得ている現在の収入や今後の仕事についても計算してみる。夫との離婚はこうした計算をした上ではあったが、決定的だったのは経済的な心配のない姉が遺産の半分以上を譲ってくれるという一言だった。

母の介護で耳にする病気や薬、治療法の名前、そして夫との財産分割で出会う、難しい年金や法律用語、そして数値計算を筆者は披露する。わがままな母の面倒を見て毒づくのだが、どこかに母への思いも垣間見られる。これら全ては経験したことなのだろうと思う。筆者の実の夫とも離婚するのかと心配になるくらい真に迫っている。美津紀、奈津紀の姉妹と両親の関係、母が中心に回っていた家族、そして祖母の家庭環境、美津紀と哲夫との出会いと別れ、これらが次第に明らかになり、なんだか水村家のことを深く知ってしまったような気分にもなる。中身の濃いいい物語、これは水村のその他の小説との共通項、「本格小説」「私小説」「日本語が亡びるとき」と読んでいると、水村美苗の一生を見せてもらったようななんだかちょっと済まないような気がする。





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第五番 久坂部羊 ***

2013年11月13日 | 本の読後感
登場人物がよく死ぬ、そして読んでいるうちにこの人は死ぬんだろうな、ということもなんとなく分かってくるような、善悪のはっきりしたお話で、悪人というよりも性格異常者か普通人かという色分けで、登場人物の8割がたが性格異常者、といほどの偏りがある。ストーリーは前作「無痛」の続編、6年後を描いている。

先天性の無痛症という前作で心神耗弱状態で残酷な殺人を犯したことで、法の裁きを受けたイバラ、死刑になるほどの罪状でありながら、心神耗弱状態だったことで6年の刑期を言い渡され、釈放されて社会復帰のために警備会社に勤めるようになっている。

イバラを心神耗弱状態に陥れたのは精神科医の白神、彼は、アルゼンチンで逃亡して自殺した、という噂が伝わっている。イバラを気にかけるのはイバラに息子を殺されかけた高見菜見子、イバラが再犯などしないように何かと気を配っている。

そこに美人日本画家三岸薫が現れる。イバラが刑務所で描いた絵を見て、彼は素質がある
ぜひ私のもとで腕を磨いて欲しい、というのである。三岸はグロテスクな画風で売り出し中、人が人を殺している現場、内蔵が腹からこぼれ出ていているような描写、そして体に肉腫が発生している患者、菜見子は直感的に不安を感じるが、美人で有名な画家、ということで申し出を断るような理由も見つからない。

そのころ、日本各地で奇妙な腫瘍をもつ患者が発生、高い確率で死ぬという奇病が見つかっていた。初めてこうした患者を診察したのが菅井准教授、カポジ肉腫に似ているが新たな病状であり、自分が発見者になれれば教授の地位も夢ではないと虚栄心をくすぐられる。「新型のカポジ肉腫」と名づけられた病気、その感染源を特定し、治療法が見つけられれば、と様々な手法を試みるが患者を治すことはできない。病院を訪れる患者のほとんどが死亡してしまうのだった。

ウィーンに住み、日本人の患者を診ている精神科医の為頼は日本からの留学生服部サビーネの診察を行っていた。サビーネの治療のために紹介されたハンガリー人の精神科医フェヘールと情報交換する。フェヘールは、為頼がフェヘールと同じような才能、患者を見ることで外見からその病気を見抜く技術を持っていることに気づき、「メディカーサ」という世界的な医療組織のメンバーにならないか、と誘う。しかしメディカーサの真の狙いは、医療の地位を高めるためにあえて病原菌を広めて、その治療に当たる、という活動をすることを知り、為頼は加入を断り、組織から命を狙われる。このあたりからストーリーは荒唐無稽さを増してくるが、ストーリーに引き込まれている読者は先に読み進むしかない。

メディカーサはその設立目的から日本をターゲットに新たな感染症を送り出していたのだった。「第五番」というのは、1967年にドイツのマーブルクで突然発生したエボラ出血熱を第一番とし、第二番が1981年のHIV、1993年の狂牛病が第三番、2002年のSARSが第四番、その次がこの新型カポジ肉腫だった。メディカーサはWHOの関連団体とされ、WHOのスポンサーには大企業である製薬メーカーが連なる。これらの感染症は世界の製薬会社に巨額の利益をもたらしている。これらは作られた流行だった、というのがこのお話における設定である。

そしてフェヘールは死んだとされていた白神が顔を手術でオーストリア人に変えなりすましていた人物だった。そしてフェヘールはその患者だった美人日本画家三岸に新型カポジ肉腫の写真を送りつけ、絵に描かせていた。新型カポジ肉腫は、治療しようとすればするほど悪化する、という性質を持ち、特定の健康食品を食べている人が罹患する、という。健康志向の日本人がたやすく罹患しすぐに悪化して死に至る、という皮肉な性質を持っている。

久坂部羊はフェヘールの口を借りてこのように言う。「日本人は医療に絶対的な安全を求めると聞いているが、そんなことはありえないではないか。過大な期待は医療従事者に負担を与え、医師や看護師を現場から立ち去らせているのではないか」「臨床試験とは言い方を変えれば人体実験、新米の医師が一人前になるには多くの失敗を経験するということが必要」「入院の優先度は治る見込みが高いかどうかで判断すべきであり、治る見込みがない患者は入院させるべきではない」「日本では医師の権威が低下して医師のなり手が減少、医療崩壊が大きな問題となっているというではないか」。これらは医師である久坂部羊の意見ではないか。

そしてさらにフェヘールは言う。「日本ではポピュラーだという人間ドック、病気でもない人間をあれこれ検査して異常のないことを確認する、無駄なことです」「メタボリックシンドローム検診という曖昧な基準も信じられない」「抗生物質が大好きなのも日本人、使いすぎて無菌状態になっているから新たな感染症にはかえって抵抗力が失われている」「医師は病気を直すのが仕事だが、病気がこの世からなくなると医師は困る。地球が本当に平和になったら困るのは平和主義者だというのと同じ、自己矛盾を抱えているのが医師だ」「健康は手段であり目的ではない、日本語では守銭奴という言葉があるらしいが、守健奴ではないか」フェヘールは日本人の白神だからこのくらいのことは知っていてもおかしくはないが、ここまでオーストリア人が言えるのか、と思うがストーリー上では不思議には思わないから面白い。

新型インフルエンザが流行った2009年のあとで、WHOが弱毒性だったのに世界的流行宣言をしたことに批判が集まった。これで儲けたのは製薬会社だったために、WHOとのつながりが疑われたためだった。それがモチーフになっている。美人日本画家三岸も実在する美人日本画家の松井冬子さんがモデルになっているのかもしれないと思う読者もいるだろう。心神耗弱者に対する刑罰減免にも久坂部さんは異論がありそうだ。多くの主張を物語に織り込んで、物語はクライマックスを迎える。最後には悪そうな登場人物はみんな死んで、イバラは白神に操られそうになりながらまっとうな人間の心を垣間見せる。そして菜見子と為頼が結ばれそうになり、意味ありげな為頼の予言で締めくくられるので、またまた続編の予感がする。

グロテスクな描写が苦手な人には今ひとつ、感染症やSF好きなひとには面白い、ストーリー展開の面白さ、スピード感は久坂部羊の手腕であり、読んでいて飽きることはない。



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蛍の航跡 帚木蓬生 ***

2013年11月09日 | 本の読後感
帚木蓬生には「逃亡」という、外地憲兵を主人公にした小説がある。戦争の悲惨さを下敷きにして、憲兵と戦犯、戦後の裁判というものの理不尽さ、そしてそれを見る国の裏切り、そして国民の無知、無関心さを描いていた。「三たびの海峡」という戦争を挟んだ朝鮮と日本の物語もあったがこれも非常に感動的なストーリーであったことを思い出す。本書「蛍の航跡」太平洋戦争に軍医士官として戦地に派遣された15人の開戦から終戦までの道筋をたどっている。15篇いずれも参考文献からの忠実なドキュメンタリーではないかと思えるほどに迫真の描写がある。派遣された戦地は、満州から上海、武漢、敗戦後に送られるシベリア、仏領インドシナ、タイ、ビルマからインパール作戦、マレー半島からシンガポール、スマトラ島やジャワ島、ボルネオ島、フィリピン、ニューギニア、トラック島、タラワ島と地図で見るとこんなに広い地域に日本は戦線を展開していたのかと驚くと同時に、その地の果てまで送られていた兵隊たちに思いを馳せる。

15篇の主人公に共通するのは太平洋戦争開戦前後に軍医士官として戦地に派遣される男性であること。中尉から大尉での派遣であるためかならず従兵がつき、敵兵に負われ食料も乏しくなって大変な思いをする中でもどこかに余裕を感じる。兵隊や上司、現地の病人や産婦を診察したり出産の手伝いをしたりするので、みんなに頼りにされ信頼もされる立場である。それでも戦地の、特に南方の島々における逃避行ともいえる行軍でのひもじさ、その中での戦いは惨めを通り越して「もうやめてほしい」と言いたくなるような悲惨さである。大岡昇平の「レイテ戦記」、「俘虜記」、野間宏の「真空地帯」などで知る日本軍の兵隊たちとはすこし違った意味で日本軍の兵隊たちの実体が分かる小説群と言えると思う。






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茨の木 さだまさし ****

2013年11月04日 | 本の読後感
気持ちのいい感想を持てる話である。

主人公の真二、50歳を前に妻とは離婚した。兄の健一郎は実家の酒屋を継ぐために博多にいるが、健一郎と店の経営方針で喧嘩をしてしまった真二は家を飛び出し、今は東京にいる。喧嘩した時に父とも諍いになり、実家には帰らないまま2年が経過、そして父がなくなった。母を一人にするのは気になるが、健一郎とは気まずい関係である。その健一郎から父の形見であるバイオリンを送ってきた。バイオリンの中に書かれていた作成者名はイギリスはグラスゴーのアマチュアバイオリン製作者のR.C.Crawfordで1894年とある。バイオリンの製作者の生まれた町に行ってみたくて、イギリス行きを思い立つ。そんな時、健一郎の妻である香織から電話がある。年老いた母が重荷になるというなら自分が引き取ってもいいという真二に、香織は告げる、健一郎に軽い認知症の症状が出たというのである。しかし、イギリス行きの思いは強く、真二は一人、イギリスへと旅立つ。

イギリスではガイドを頼んでおいた。Glasgowといっても土地勘もなく、どう行けばいいのか、何を手がかりにするのかもわからないので、事前に唯一の手がかりである作成者名をガイドに送っておいて調査をしてもらっていた。そして何日かかってもR.C.Crawfordにたどり着きたいと想った。ガイドとして現れたのは若い女性、響子であった。聞くと7歳の娘がいて母に預かってもらっているという。響子は38歳、しかし夫とは別れたという。その夫とは年の離れたイギリス人で、今でも響子を追いかけているというのである。そして、真二はレンタカーを借りて、響子をガイドにロンドンから北に向かう。M6、北に向かう高速道路をひた走る二人を一台の車が追いかけてくる。響子を追いかけるイギリス人の男だった。真二はなんとか男を振り切ったかに見えたが、男は執念深く、猟銃を用意して二人の宿に迫る。そうとは知らない二人は田舎のB&Bに宿泊、そこでB&Bのオーナーのマリーに親切にされる。そこで、響子は真二のバイオリンを演奏する。バイオリニストを目指していたという響子、そうとはしらなかった真二、マリーと一緒に聞き惚れる。響子はコンクールでも優勝するなど活躍していたが、審査員の一人だったイギリス人に見初められ結婚した、それが今追いかけてきている男だという。娘は二人の間に生まれた子、しかし、男のDVに耐え切れず別れたと。真二も自分のバイオリンの話、家族の話をする。そんな二人の話を聞いたマリーはまるで、二人が娘と息子のように。そしてそこに響子を追いかけて男が猟銃をもって現れるが、それを撃退したのはマリー、男は警察に引き渡される。

響子から離婚にまつわるストーリーを聞いた真二は、響子に惹かれる。次の街に移動するとき、真二は響子に娘を呼んだらどうかと提案する。ちょうど夏休みだった。おしゃまな娘は花子、花子は子供らしく、真二にバイオリンのことを地元のラジオ局で放送してもらったらどうかと提案する。それは名案とばかりにラジオ局に掛け合った響子、ラジオ局の担当者は、イギリスにバイオリンの生まれ故郷を訪ねてきたという日本人の思いに感動、真二とのインタビューをして毎日そのインタビューを放送してくれることになる。街ではそのエピソードが有名になり、街中の人たちが日本からバイオリンの生い立ちを訪ねてきた日本人のことを知るようになる。やがてBBCでも全国放送され、自分もR.C.Crawfordを知っている、などという申出でが相次いで、ようやく、その作者の娘の住んでいる場所にたどり着く。そして真二は響子にプロポーズをする。花子もそれに賛成、響子の心は決まっているようだが、物語はそこで終わる。

いい話なのである。挿入される逸話にイギリスの詩人ワーズワースの詩「茨の木」(The Thorn)が登場、その詩を教えてくれた実習生の浅野先生の初恋した真二の話があって、浅野先生と響子がダブって見える。スコットランドでは、ピーターラビットの作者が自然保護のために土地を保有していた話も紹介される。その映画、先日たまたまBSの映画劇場で見ていたので、頭に残っていた。ワーズワースの詩も確かに高校の教科書で習ったことを思い出す。時代背景からみて多分、僕と同世代か少し下の真二、同じ世代の健一郎に共感するのかもしれないが、自分の記憶とダブル部分が多いストーリーは心に響くのである。さだまさし、眉山、解夏と読んできたが、なかなかのストーリーテラーだと思う。

ちなみに、この本は図書館で借りた本を、富士通 ScanSnap SV600でスキャンして、Kindle Fire HD 8.9で読んだが、全く問題なくスムーズに読めた。図書館の本は大きく重いので気軽に読むには不適と敬遠していた。スキャンするのに300枚で60分、平均すれば、本書であれば2P分をまとめて一回でスキャンするので、約150枚で30分かかる。これを面倒と思うか、便利と考えるか。SV600は45000円、Kindleは20800円、モトは取れないと思うが、これからしばらくは図書館通いが続くと思う。


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