意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

ルワンダ中央銀行総裁日記 服部正也 ****

2013年10月31日 | 本の読後感
日銀に20年以上勤めていた筆者はIMFから独立まもない1965年のルワンダの中央銀行に総裁として赴任してくれないかと依頼される。結果として6年間滞在し、ルワンダの経済自立と発展に多大な寄与を果たすことになった。その哲学は、ルワンダの人たちの幸福に本当につながるのか、ということ。当時のルワンダ大統領とその哲学で一致、絶大なる信頼を得て経済改革を任された。

ルワンダといえば、今でも内戦が続き、フツ族とツチ族に分かれての果てしない内戦が続く国、との報道を通してしか知らないアフリカの国であるが、その国が独立して間もないときに日本人がこのように重要な働きをして大統領をはじめ現地の人たちに大変な感謝をされていたこと、誇らしく思える程である。

ルワンダのような農業国は経済発展のために工場を建てっても仕方がない、農業自体を発展させて国民に自信を持ってもらうことが幸せにつながる、という考えから、特産品であったコーヒー栽培の効率化を図り、もうひとつの輸出品であった鉱山開発に力を入れた。そして、財政赤字解消のために為替制度の改革、適正為替レートの設定、二重為替レートの解消、商品の最低価格の見直し、外国人に有利だった税制改正などを矢継ぎ早におこなった。それらに手をつけるに先立って、外国人の識者に話を聞くのではなく、地元の人たちの本音とローカルな事情を調査することに専念した。ともすれば、インテリである外国人顧問や外国からのビジネスマンに状況を聞いたりするのであるが、かれらはどうしても既得権益を守ろうとする。地元の人たちはうまく説明できなくても、自分たちが何に困っているのか、どうしたいのか、なぜこうなっているのか、などの本当の実態を伝えてくれる。筆者はこうしたローカルな声を聞いて回った。この姿勢は地元の人の信頼を得ることにたいへんつながった。

ルワンダは第一次大戦前はドイツの植民地、それ以降はベルギーの信託統治があったため、ベルギー人が顧問として滞在し、学校教育はフランス語、貨幣はフランであった。コーヒーを増産しても世界の需要は低迷しており、積み出し港までは海のないルワンダからは輸送賃がかさみ有利ではなかった。そしてそれがルワンダ人のためになるように、ルワンダ会社法の改正、ルワンダ人による経営のために経営者はルワンダに常駐する義務があることなどを決めた。

また商品の最低価格設定では、ルワンダ人がビールを好んで飲み、悪いケースではそれにより家計が破綻するような場合もあることを考慮して、一般的な日常生活に必要な商品価格を25-40フランに設定し、ビールの価格を35フランとした。こうすることにより、日常必要品よりも少し高めのビールを買う前に必需品を買い、余裕が出てきた人はビールを飲める、というシナリオを考えたのである。おなじような考え方で、1年間一生懸命働いたら家を一軒立てられるような材料価格設定を意図した。これによりせっかく稼いだお金を飲んでしまわず、貯蓄すれば家も建てられると思えるようにしたというのである。

筆者によれば、途上国に一番乏しい資源は「能力ある人」であると。そして発展を阻むのも人であり、発展を進めるのもやはり人であると。ここで、重要なことを指摘している、それは言語の問題。小中学校の教科書さえ現地語ではなくフランス語のものしかなく、高等教育はすべてフランス語か英語、高等教育を受ける若者は留学し、一般のルワンダ人とのあいだに超え難いエリート意識を植えつけられて成人するという。つまり教育に力を入れても、母国語による教育が広められなければルワンダのために働く知識人は生まれてこないというのである。日本が明治の時代になぜ成長できたか、日本語への翻訳を一生懸命行い、すべての高等教育を日本語で行ったことに思いを飛ばした。日本語しか話せない、グローバル化に遅れる、という議論があるが、国家拡大時には文明の日本語化は有効であったはずである。単なる技術援助はプラスにはならないし、方針なき援助はかえって害をなす、というのが筆者の主張である。

今は内戦であれるルワンダの独立直後のお話ではあるが、国が独立して発展をする夜明け前のようなその地点に立てたこと、そしてその一翼を担えたことは大いに価値のあることであり、満足もできただろうと思える。筆者の貢献がなんとか今のルワンダにも残っていれば、その考え方を継承する人材が残っていればと祈りたい気がする。


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京都と闇社会 一ノ宮美成、湯浅俊彦 ***

2013年10月29日 | 本の読後感
京都の同和問題、大阪の在日問題、ヤクザ問題と進んできて、どうも古都京都は典雅なイメージとは真逆のダーティな一面がありそうだとamazon検索をしたら出てきたのがこの本、タイトルもそのもの「京都と闇社会」。

京都駅前というか八条口には今は立派なホテルやショッピングモールがあるが、その昔は同和地区があり、小さな家が立ち並ぶ地域だった。再開発計画が出来た時に土地の買い上げが必要となり、同和対応と土地買収、というヤクザと同和活動家の最適な出番がやってきたといえた。そこに登場したのが会津小鉄会、山口組、武富士、そして同和団体の崇仁協議会であった。武井前会長が提供する資金で崇仁同和会が地上げをするのだが、そこに会津小鉄会が目を付け、その上前をはねようと山口組も参入した。そして山口組と会津小鉄会の抗争があり、崇仁協議会も襲撃される。さらに山口組系の中野会が一枚加わり、中野組組員が山口組の若頭だった宅見勝組長を襲撃したりと、京都は「京都戦争」と呼ばれる抗争の舞台となっていった。そしてその背景の一つに許永中の逃亡ミステリーがあるという。

京都の政財界を牛耳ったと言われた男がいた、山段芳春。バックにいは警察、検察、市役所、そして暴力団がいた。その人脈と資金力で京都信用金庫を取り仕切り、近畿放送(現在の京都放送)も牛耳っていた。許永中とも協力関係に有りイトマン事件では家宅捜索も受けた。

暴力団では京都に本部がある会津小鉄会、土木、建築事業があればその裏には会津小鉄会がいると言われ、京都ほど暴力団に金を払う金が多い土地はないと言われたという。佐川急便の佐川清会長ともつながりがあり用心棒もつとめたという。佐川清は一代で佐川急便を運送業界の大企業に育て上げたが、その労働環境は厳しく、給料は高いが労働時間はとびきり長いと言われる。芸能人のタニマチもつとめ、26人のスポンサーをしていると豪語していた。また餃子の王将の脱税にも部落解放同盟がからんでいた。

京都にたくさんある宗教団体、西本願寺の権力闘争でも部落解放同盟が差別発言をでっち上げるなどして権力闘争に加わっていたという。阿含宗のアドバイザーには電通が入り込み、阿含宗の宗教行事を収入源とするための演出を担当していた。裏千家の千宗室、細木数子とお墓ビジネス、無量寿寺が行う宗教ビジネスなどなど、ヤクザ、同和が入り乱れて経済活動を行っているという、「京に蠢く懲りない面々」という単行本からの記述である。

歴史と文化の街という表の顔の京都、裏の顔は江戸時代からの歴史の裏側でもあった。京都の街の周りに10箇所程度あると言われた部落、そして大阪にも多い在日韓国・朝鮮人、そしてその中から生まれる暴力団員、京都守護職であった会津藩の松平容保に世話になった初代会津小鉄は戊辰戦争にも500人の手下と一緒に参加したという。そして京都に本拠地をおいたのが会津小鉄会だった。一筋縄ではいかない街が京都、もっと調べてみる価値はありそうだ。


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許永中 日本の闇を背負い続けた男 森功 ***

2013年10月24日 | 本の読後感
筆者が獄中にいる許永中とインタビューし書簡のやり取りで取材した内容から書き上げられたドキュメンタリーである。関心がある向きには実物を読まなければ伝えきれない迫力がある。

在日二世として大阪の中津に生まれて育った許永中は、父を早くに亡くし、母の作るドブロク売りで生計を立てていた。小学校に上がったのは1953年、インテリの父の影響か永中少年は頭の回転が早かった。体の大きかった永中は小中高と喧嘩には負けたことがなかった。そして大阪工業大学に入学、そこでヤクザとのつながりを持つ。40名ほどの手下を従えて大阪でヤクザとも渡り合ったというが、その時から女性にはもてた。そして最初の妻と結婚もしてしまう。

そして在日という立場を利用して同和活動をしている部落解放同盟の西成支部長の岡田繁治や飛鳥支部長小西邦彦ともつながりを持つ。そのころ知り合ったのが関西のフィクサーと呼ばれていた西村嘉一郎、電鉄会社のリゾート開発を装って銀行や不動産業者から金を吸い上げる手法は彼に学んだという。そして西村のスポンサーが大谷貴義、小佐野賢治と並び称される大物政商である。そしてこのつながりから当時の外務大臣園田直、坊秀男などとも知り合った。こうして在日、同和、ヤクザという顔を使い分けながら裏の世界に手を広げていく。

そして一番長く許永中のスポンサーとなった東邦生命の太田清蔵と知り合う。太田の後ろ盾を得た許永中はKBS京都の乗っ取りを企む。そして大阪政財界の大立者野村周史を知り、そして竹下登の盟友と呼ばれた福本邦雄ともつながりを持つにいたり、闇者界の帝王と呼ばれるようになるのはこの頃である。そして3000億円を掠め取ったとされるイトマン事件が許永中を一番有名にしたのであるが、その前後にも日本レースにおける手形乱発事件やホテルニュージャパンの跡地にも手を出したという。そして石橋産業事件で特捜が許永中を探し始めると2年間姿をくらます。そして韓国のホテルで狭心症で拘束されるもまたも逃走、身柄拘束され2000年からイトマン事件と石橋産業事件の裁判が始まる。

許永中は二つの事件で合計13年の懲役を言い渡され今も服役中だという。本書には許永中に関与した人物が実名でたくさん登場する。現役の政治家や亡くなった方の名前も沢山出てくるので、本書の出版には数々の抵抗があったのではないかと想像できる。それでも本書を発刊した講談社、ある意味での決断が必要とされたのではないかと思う。森功氏、本書の著者はあらゆるつてをたどって取材をしたと思われるが、多くの公務員も取材対象としていたのではないかと想像される。そうした際に、国家の機密、外交上の機密などを漏らしたとみなされると、いま議論されている「機密保護法案」によれば処罰対象となる。このような法制度はこうした取材を阻害しないだろうか。「ホワイトアウト」という現役公務員による内部告発的な小説が評判になっているが、こうした書物を発刊することに躊躇するようなことにはならないだろうか。いくら取材の自由、国民の知る権利を守る、と唱えられていても心配になる。


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同和と暴力団 一ノ宮美成 ***

2013年10月19日 | 本の読後感
暴力団の代表格、山口組が日本最大の指定暴力団になりえたのは、主として同和対策事業として15兆円がつぎ込まれたことと深く関係しているという。1969年に施行された同和対策事業特別措置法は2002年3月末までの33年間継続、その資金は同和地区に暮らし「部落民」と差別されてきた人たちの生活と雇用改善に寄与した。その予算を配布する際に窓口になったのが社会党系の部落解放同盟と共産党系の全解連。そして施策は助成金や生活の補助金支給から雇用紹介、施設建設など多岐にわたったが、それぞれに配布の窓口組織が組成され、その中に暴力団関係者の息がかかったメンバーが入り込んでいたというのである。もちろん、同和=暴力団ではないし、部落解放同盟のすべての活動が暴力団の窓口になっていたわけではない。しかし、例えば部落解放同盟が設立した同和建設協会は同和対策事業特別措置法の事業費の受け皿となり、その組織員には少なからぬ数の現役暴力団構成員がいたという。

同和問題は根が深く、特に関西や九州では今でも根強い差別感覚が残っている。しかし同和対策事業特別措置法が施行された1960年台に比べれば、同和地区住民の経済的状況は大幅に改善され、雇用促進も進められた結果、同和対策事業特別措置法は有効に成果を出せた。逆に、それらの優遇策は一般市民から見れば逆差別とも見えるほどの優遇であり、様々な議論の結果法律は打ち切られたという。現在は大阪市長となっている橋下徹、部落出身者であることは知られている。橋下徹市長は数多くの改革を進めたとされているが、今でも同和地区への優遇策を継続させている。さらに、大阪の同和事業ではある意味で有名人だった旧飛鳥会を取り仕切り大阪の同和事業の顔役だった故小西邦彦を褒め上げるなど、今でも暴力団の資金源となっている同和事業に目をつぶっているというのである。

民主党政権で復興担当大臣に就任した途端、宮城県知事に暴言を吐き退任を余儀なくされた松本龍元衆議院議員は、福岡県の部落解放同盟のリーダーである。祖父の松本治一郎は水平社設立の立役者であり、同和問題解決に貢献してきたと言われている。松本龍元議員の祖父治一郎はその地位を利用して現在の福岡空港の土地買収に先立って近隣土地を買いあさり、その土地から得られる土地使用料は今でも松本龍元議員の主要な収入源となっているという。福岡で松本龍元議員は「同和貴族」と言われている。

「同和と銀行」で書かれていた山口組の資金源としての部落解放同盟飛鳥支部長小西邦彦と旧三和銀行の関係は本書にも暴かれている。同和問題は山口組の貯金箱だったというのである。そしてこの同和問題で成り上がったのが許永中、そして食肉の帝王と言われた浅田満であったという。さらに高島屋が30年にわたって8億円もの「手数料」を暴力団組長に払い続けていたと。

京都、大阪、博多と昔から同和地区が多いと言われてきた地区には、このような裏の金の流れがあったというドキュメンタリーである。強烈なドキュメンタリーでありすべて実名入り、筆者は本名なのだろうか、心配になる一方で、ここまで激しいとここに書かれていることは本当なのだろうかと疑う気持ちも出てくる。多分、多くの関連書物が出ていると思うので、しばらくはこの辺りを読み歩いてみようと思う。


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だれも書かなかった「部落」 寺園敦史 ****

2013年10月16日 | 本の読後感
京都市の同和行政について、社会党系の部落解放同盟(解放同盟)と共産党系の全国部落解放連合会(全解連)が対立しながら市民からは孤立した活動になっているという話は聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。

京都は1922年に水平社が設立された部落解放の発信地であり、解放活動の先進地であったはずが、解放運動の中で勝ち取ってきた同和に関する権益が既得権となり、経済的自立や困窮の問題が概ね解決されてきた1980年以降も継続され、一般市民から見れば逆の差別という状況になっていた。これをなんとか解消しようとする動きもあったが、一度獲得した権益や施策が目の前にあるのに、それを手放すことは受益者自身やその活動を推進してきた組織自身がそれを進めることは難しかった。

問題は複雑である。同様の動きは近畿では神戸や滋賀にもあって、同和行政の縮小が差別解消とともに進んでいくという理想的な動きになっている事例があったが、京都ではそうした動きにはならなかった。解放同盟と全解連の対立がそれを阻んできたのではないか、という指摘である。家賃補助、出産や育児補助、学業に関する支出支援などの金銭的補助を始め、集会所開設、病院設置、そして最大の問題は京都市への優先雇用だったという。優先雇用の枠は京都市が決めた上で、解放同盟と全解連に2対1の割合で割り当てられてきた。2つの組織は割り当てられた人数を自分の組織に貢献してくれた組織員を推薦して就職斡旋をしてきた。これはアメリカで言えば”Affirmative Action”のようなものであるが、それが組織に割り振られていることが問題を複雑にしている。同和問題は地域住民の経済的自立から、という出発点においては雇用の確保は重要な一歩であった。しかしそれが常態化し、長年の習慣化していくと、それが既得権益になる。そしてそれが2つの解放組織の組織維持活動とも連動している、これが選考雇用と呼ばれていた優先雇用の権益を放棄しにくい構造となり、解決を困難にした。

京都市職員による無断欠勤、勤務時間中のパチンコや麻雀、麻薬に絡んだ事件、事故が相次いだことは全国的にも報道され知られているが、それが同和問題に根ざしているおとはあまり知られていないかもしれない。

そして、同和に絡んだ錬金術はもっと大掛かりに行われていた。国税局による税金免除特権である。これは野中広務自民党衆議院議員により追求された事案でもあったが、国税庁はそうした特権の存在を認めていない。しかし数多くの証言からそれは確かに存在したという。最近読んだ、大阪の三和銀行淡路支店による大阪の同和活動支部長を窓口にした不正融資を描いたドキュメンタリー「同和と銀行」にも書かれていた同和免税特権である。さらに、京都市市営地下鉄建設時の京都南部の淡水漁協への「協力金」と称する補助金は、同和活動をしていると自称する組合長による、これまた実際には行われていない漁業保証であったという。

ここまでのことがわかっていて、京都市議会の自民党も共産党もこうした同和への今となっては意味が大幅に薄れてしまった補助金や施策の解消がどうしてできなかったのか。京都市役所が施策解消に抵抗していた節もあるという。差別解消、が目的であったはずなのに、一般市民から見れば逆に妬ましいまでの同和施策となっていて、同和運動が差別を解消できない原因であるという皮肉な状況になっていた。解放活動が二派に分かれていた、という状態が、差別解消を難しくしていたとも言えそうである。

外から見れば、歴史があって美しい京都の街にこのような暗部があるとは、京都市民でも気がつかないのではないか。いや、知っているのに知らないふりをしている人も多いのかもしれない。「同和は怖い」から。英語でよく言う”Elephant in the room”である。そういう私も京都出身、京都市職員にも多くの同級生がおり、友人にも多くの部落出身者がいたはずであるが、こんなことになっていたとは知らなかった、いや、気がつかなかった。自分でももう少し調べてみたい気がする。


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森の自然学校 稲本正 ***

2013年10月16日 | 本の読後感
人工物に囲まれた現代生活は、長い人類の生活から見ればまことに不自然、森と木に囲まれた生活こそが人間らしい生活ではないか、という主張。人類が生まれて400万年、縄文時代以降でも数千年、現代文明がもたらされたのは日本では日露戦争以降、つまり最近110年程度の話であり、それ以前はプラスチックも化石燃料も使われなかった。そうした時代と化石燃料によ
る生活の時代を比べれば、400万年 vs 110年、ほんのごくごく最近の話であることを認識する必要があるという。

筆者はまず、木で作られた製品の良さをアピール、本物の木で作ることの良さを具体的に訴える。木の加工、工具、木の住宅。そして森に入って遊ぶことの楽しさ、手入れ、里山の意味を訴え、森に囲まれた日本の良さと世界で日本ほど森に囲まれた国はないと説明する。国土面積の66%が森、という国はスカンジナビア3国以上であると。

森と林の違い、別のTVの知識ではあるが、林は人の手が入ったもので、森は自然のものだという。雑木林でも下草刈りや間伐は行うもの。筆者は森でも松の下などを掃除しなければ綺麗な森にはならないという。人間が森で癒されること、それは森が人間の誕生の場であり育まれた場所であったことではないかと。1997年に発刊された本である。


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同和と銀行 森功 ****

2013年10月12日 | 本の読後感
バブル発生から崩壊にかけて、当時の三和銀行淡路支店の取引先課長岡野と、部落解放同盟の支部長だった小西邦彦の関係を中心としたドキュメンタリ。都市銀行が大阪における裏の顔役であり、部落解放同盟という組織活動の支部長として双方が巨利を貪った実録である。

小西邦彦は1967年頃、暴力団活動よりも実入りが期待できるとして部落解放同盟の飛鳥支部長に就任した。同和問題はデリケートなだけに行政や警察も及び腰になる、これに目をつけたのが小西であった。1980年頃からはバブルが拡大、土地価格の高騰などにより、銀行は貸出先を急拡大した。小西は暴力団とのつながりと同和問題のボスとして表の金融機関である三和銀行からの融資を受け、裏の活動である暴力団への転貸により巨利を得た。バブル崩壊後にはその転貸案件の多くが不良債権となったのであるが、バブル拡大時には三和銀行にとって小西は業容拡大には欠かせない窓口となっていた。歴代の淡路支店取引先担当課長は小西の担当となり無茶な要求を聞いてきた。岡野が淡路支店に着任した時には「小西融資枠は5億円」と聞いていた。岡野は高卒の行員として大卒のエリートたちと競争してきたが、バブル景気を背景に、小西と一蓮托生、業容拡大と自己の出世のためには、小西と一緒になってバブルの勢いを利用しない手はないと考えるようになった。この辺りの構図はピーク時には2兆7000億円にも融資されていたという尾上縫と日本興業銀行、許永中とイトマンなどと非常に似ている。

岡野は難波地区にある新歌舞伎座の正面に広がる一等地の地上げにあたり、小西に口利きを求めた。小西は自分の飛鳥会という自分が設立した福祉組織に三和銀行から従来の融資枠の2倍にあたる10億円を融資させ、地上げをうまく行かせた結果、土地をイトマンに40億円で転売することができた。口利きに協力したヤクザへの支払い5億円を差し引いても25億円の丸儲けであった。三和銀行にとってもこれは食いはぐれがないうまい儲けであった。この場所には現在ナンバヒップスが建っている。小西と三和の取引はこの土地ころがしがきっかけで拡大していく。

小西は芸能界とのつながりも多かった。笑福亭仁鶴の「どんなんかなー」は小西が料亭にきた芸姑に話しかけているのを聞いた同席の仁鶴が「それ使わしてもうてもいいですか」と言って流行らせたという。西城秀樹の姉は山口組若頭だった宅見勝組長のあねさん、西城秀樹の婚礼には西条のパートナーになる槙原美紀の来賓として小西も招待されていたという。この槇原美紀の父博実は三和銀行とも縁が深く、三和のプロジェクト開発室案件であった新大阪駅開発計画に参加していた。その他、勝新太郎夫妻、岡本夏生、加賀まりこなどの芸能人や、自民党の村田吉隆衆議院議員、東力、渡辺美智雄などの政界、警察署長や税務署関係などネットワークは多岐にわたっていた。

阪神高速の11号線池田線の梅田出口にビルの中を高速が貫通している箇所があるが、そのビルの建て替えの口利きも小西であったという。行政とゼネコン、ヤクザ、地権者などの込み合った調整を小西に依頼するとうまくいったというのである。

バブル崩壊とともに銀行からの融資は焦げ付き、最終的には80億円の焦げ付きとなって幕を閉じる。小西も晩年は誰も人が寄り付かなくなり、寂しく肺がんで死んだ。岡野は葬儀にも行かなかった。

現在でもみずほ銀行の反社会的組織との関係が取り沙汰されているが、みずほだけではないのは金融機関の関係者ならだれでも知っていること。今は三菱UFJ銀行となっている三和銀行のケースでは、淡路支店の取引先担当課長に窓口を一本化することにより被害の最小化を当初より企図している点はたちが悪い。みずほ銀行の現在の不祥事も関係会社からの融資のため問題の認識ができなかった、などと説明されているがほとんど同じ構図だと考えられる。問題は当事者意識の有無、サラリーマンが、本当に正義感をもって対処できる組織かどうかであり、多くの日本企業でも同種の問題を内在しているのではないだろうか。今では「コンプライアンス」という括りで語られ、自分の会社は結構まじめに対応している、などと思っているが、本当にそうであろうか、自問自答したくなる内容である。


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警視庁神南署 今野敏 ***

2013年10月09日 | 本の読後感
今野敏、1997年の警察もの作品、時代を反映してバブルの後始末をする銀行、それにたかり甘い汁を吸おうとするヤクザ、親のすねをかじりながら仲間とオヤジ狩りをして憂さを晴らす若者、そしてバブル破裂の結果開発が中止になったベイエリアから神南署という新たに設置された警察署に湾岸分署から異動になった安積警部補とその部下たち。

銀行員の山崎は上司と飲んだ帰りに渋谷の公園でオヤジ狩りにあい散々な目にあう。警察に届けて捜索が始まるが犯人の若者たちは見つからない。そのことを行きつけのバーで愚痴ると、その若者たちを見つけてやろうという小淵沢と名乗る男から声をかけられる。山崎は告訴するという訴えを取り下げるが、担当していた安積係長は不審を抱く。

山崎は妻とうまくいっていない。そのため銀行の同僚で若い女性由香里と付き合っている。由香里とは毎週会っているが、妻と別れて結婚するつもりはない。銀行では離婚はタブーだからだ。そして小淵沢からオヤジ狩りの若者たちが見つかったと連絡がある。約束の時間に行くと、そこには山崎を襲った若者5人が縛られて座らされていた。取り囲むのは見るからにヤクザ、そして小淵沢は山崎に仕返しをしたいかと聞く。山崎は自分では手をくださないと答えると、ヤクザたちは若者たち5人をボコボコにして両手の骨まで骨折させる。小淵沢はこのお返しとして、銀行が持っている債権である不動産の担保設定について便宜を図るように持ちかける。そんなことは出来ないと山崎は抵抗しようとするが、一度目をつけられたら徹底的に食い物にするのがヤクザである。山崎はもう逃れられない状況に追い込まれていく。

一方、山崎に暴行を働いた若者たちを捜査していた安積係長たちは若者のリーダー格のタクという青年がいることを突き止める。そして小淵沢がピストルで殺されたという連絡が入る。タクがやったのではないかと自宅を張っていたところに隠れていたタクを見つけ逮捕する。しかし、タクは殺人などの覚えはないという。

安積は女が鍵ではないかと推測、小淵沢に女はいないか調べてみる。すると、山崎の勤める銀行に勤務する由香里が小淵沢の女であることを突き止める。これはビンゴだと、山崎の動きを見張る。山崎はそうとも知らず由香里と会う。そこを安積たちに取り押さえられる。山崎も由香里もシラを切ろうとするが、まず由香里が小淵沢との関係を自白する。状況を認識していない山崎、由香里が小淵沢の女であり、銀行情報を引き出すための情報源として使われていたことを初めて知る山崎。自宅の服から消炎反応が出たことで一巻の終わりであった。

やり手の刑事ものとは一線を画するような人間味がある安積係長とそのメンバーたち。シリーズものとして続いていくのであろう。


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異国トーキョー漂流記 高野秀行 ****

2013年10月09日 | 本の読後感
筆者の高野さん、タイがどんなに極楽な国なのか、考え方はどうなのか、という本を書いた。少し前にその本「極楽タイ暮らし」を読んで高野さんに興味を持った。一体どんな人なのか、なぜ外国にそんなに関心があるのか、そして英語やフランス語、タイ語も身につけることができたのか。その高野さんが、東京に来た外国人の目から眺めた東京という本を書いた。異国人の目から見た東京はどんな街なのか、それは日本を異国として暮らしている外国人の日本観であり、日本人観だった。

最初は、30歳前後のフランス人女性シルヴィ、日本の前衛的「舞踏」に関心があって来日したという。高野さんはアフリカの今後に行く計画を持っていた。そのためには、今後で使われているフランス語を身に付けようとしていたが、当時大学生でお金がない。そのようなとき、電車で隣に座っていた女性がフランス語の本を読んでいたので、フランス語を教えてくれないか」と頼んだという、そして1回3000円で良いよ、ということになり数ヶ月シルヴィーの前衛舞踏につき合ったりしながらフランス語を身につけた。

1986年に知り合ったのがコンゴ人のジェレミー・ドンガラ、コンゴ行きのために現地語であるリンガラ語もなんとかしようと考えて紹介してもらった先生だった。しかし、彼は慶応大学大学院の博士課程にいる大学院生であり、貧乏学生に言葉を教えるような暇はないという。そしてジェレミーは大使館員の息子のウイリーを紹介してくれた。リンガラ語はウイリーに教えてもらうことになったのだが、その後実際にコンゴに行った時にジェレミーの兄にあい、作家であるという兄のフランス語の小説を日本語に翻訳することになった。そしてそれを高野さんは自分の卒業論文に仕立て上げた。さらに、その後、その小説を小学館から出版するところまでこぎつけた。大した行動力である。

コンゴの次は南米アマゾンが行き先候補だったので、スペイン語を身に付けようとシルヴィに紹介してもらったのがスペイン人女性のパロマ、1989年のこと。その時つきあっていて別れかけていた彼女と一緒に習った。数ヶ月のレッスンでスペイン語はどうにか話せるようになったが彼女を失った。その彼女との距離感を一番感じ取ったのはパロマだったという。

1994年、ギリシャからの帰国便でペルー人の青年と隣の席になった。名前を聞くと「ウエキ」だという。日系3世であり、日本で仕事を探して住むつもりだと。行き先は札幌であり、成田についたら電話して迎えに来てもらうつもりだと。そして所持金は500ドルだというので、成田と札幌の距離を説明し、500ドルでは何もできないことを納得させ、とりあえずは自分の3畳一間のアパートに泊まらせることにした。ウエキは移民局に行きビザの発行手続きをしたが断られた。なんと祖父だと彼が言っている「ウエキキンタロウ」の孫だと申請してきたのは100人以上いるのだと。ウエキも騙されたのだろうか、その後連絡は取れないという。

その後も、中国語を習った先生の息子や、イラク人でフセインに反抗したので拷問を受けたというアリイ、そして最も魅力的だと思ったのは盲目のタイ人青年マフディ、留学生で日本の大学への入学を目論んで勉強中だという。大の日本野球好きのマフディは実際には野球を見たことも当然だがプレイしたこともないのに日本のラジオで聞いて好きになったという。それなのに大変日本野球に詳しい、というより解説者にでもなれるほどの知識だという。一緒に野球に連れて行った時にはラジオを忘れたので、高野さんがプレイの説明を横でしたやるとそれに解説を付けるのがマフディ、周りで聞いている他の観客も日本人とタイ人、それも盲目のコンビのやりとりに呆れたという。

高野さんの生き方がそのまま出ているエッセイであり、いろいろな人たちとの出会いやコミュニケーション、文化ギャップや誤解などが、自慢ではなく自然に書かれているのがいい。東京に住んでいる日本人が気がつかない東京の素晴らしさやおかしさを外国人の目から見たことのように描いているのが面白く、一気に読んでしまう。高野さん、僕にとってはちょっとしたメッケモノだとおもう。


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告白 湊かなえ **

2013年10月07日 | 本の読後感
2009年度本屋大賞第一位だというので読んでみた。

中学1年生の担任だった先生の森口はシングルマザーだった。4歳になる娘がプールで死んだ。警察によればプールの裏に飼われていた犬に餌をやりに行って、プールに落ちたとされた。しかし、教え子の下村と渡辺が電気により感電させることができる仕組みを仕込んだポシェットで娘を失神させプールに落としたことで娘は殺されたことを突き止める。森口は警察には知らせず、三学期の終業式、自分は退職する、という表明のクラス会で渡辺をA君、下村をB君とした上で、二人のしたことをクラスのみんなに知らせたのであった。その上で、二人が飲んだ牛乳にHIVウイルスに感染した人間の血液を入れたと言ったのである。森口は二人への復讐をこんな形で行ったのである。

下村は2年生になっても学校に来ることができなくなった。2年生の新しい担任は偶然にも森口の教え子だった熱血教師の寺田だった。寺田はクラス委員の美月を伴って、学校に来られなくなった下村の家を訪問した。授業のノートを持って毎週行った。下村の母は最初こそ喜んだが、下村が二人の訪問を嫌がり、寺田の態度も気に入らなくなり、二人を家には入れなくなった。下村はHIVに感染したのではないかという恐怖から潔癖症になり、そのうち家人に知られたくないので部屋から一歩も出なくなった。下村の母は下村を溺愛していた。下村もそんな母には本当のことを言わなければと思って、森口の娘をプールに落として殺してしまったことを告白した。もうおしまいだと思った下村の母は、心中しようと下村の部屋に入ったが、逆上した下村は母を包丁で刺殺してしまった。

一方の渡辺は、博士課程を卒業した母と街の電気屋の父の間に生まれた。母の教えを受けてすべての教科の成績はクラスで一番だった。特に理科が得意で、夏休みの工作で、防犯用として、触ると電気ショックが起きる財布を作成、全国のコンクールで3位に入賞するなど、才能を発揮した。しかし、母はその後父と離婚、父は新しい母と再婚した。渡辺は自分にいろいろなことを教えてくれた母が忘れられず、一度会いに行った。すると母は大学の研究室で研究者として仕事をしており、同じ大学の研究者と結婚、子供までなしていた。渡辺は自分を捨てた母にショックを受けた。また、渡辺はその才能を生かせず、犯罪を犯すような方向に才能を使っていた。そんな渡辺の性向を知った担任の森口は渡辺に注意をした。恨みに思った渡辺は何も知らない下村を誘い、森口の娘に電気ショックを与えて失神させたというわけだが、焦った下村は犯行を隠そうとして4歳の失神した娘をプールに落としてしまったのである。しかし渡辺は別れてしまった母が忘れられなかった。

このストーリーを森口の口から語らせた後に、クラス委員の美月に語らせ、下村、下村の母、渡辺と各人の口から語らせるという手法。最後には渡辺が学校で大きな爆発をさせて騒ぎをおこし警察ざたにしてやろうと携帯電話による遠隔操作で爆発するという装置を体育館に仕掛けた。そのことは犯行予告として前の晩に自分のブログに書き込んでおいた。森口は渡辺のブログをチェックしていた。渡辺への復讐が不十分だったことを悟った森口は仕掛けられた爆発物を、渡辺の母の研究室に移しておいた。そんなことを知らない渡辺は自分の学校の体育館を爆発させるつもりで携帯電話をかけたが何事も起こらない。そして、渡辺の母の研究室では大爆発が起きた。

なんというストーリーだろう。物語の組立は見事だが、読後感は果てしなく悪い。僕が審査員なら一位にはしない。


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真昼のプリニウス 池澤夏樹 *****

2013年10月04日 | 本の読後感
ちょっとこった作りの、気がつく人は気がつく、「アマちゃん」の仕掛けのようなものがいくつか埋め込まれている。プリニウスは古代ローマの博物学者、ベスビアス火山が爆発するかもしれないというのに人命救助のために船を出して、噴火が始まっても「運命は勇者に味方する」とかなんとか叫びながら船を進めるものだからガスにまかれて死んだ。”Curiosity kills cat”。主人公は30歳代のちょっと美人の火山学者、大学の助教授でもある頼子。医師の弟の友人で広告業界に務める門田を紹介される。

門田は、この世界は人が創りだした神話のようなものであり、人の数だけバリエーションはある、それはメタ的存在だ、と主張する。広告企画の一つのアイデアとして、電話によるエピソード提供をしようというので、学者の友人の姉を紹介してもらったということ。電話をかける人はちょっとした迷いをもった人、その人にランダムにちょっとしたエピソードを電話で提供するというサービスで、その後、占いの色を付けるアイデアへの変身していく。頼子は学者として世界の森羅万象の中に、小さな人間がいて、世界の振る舞いの一部でもいいから切り取って仕組みを解明したいと考えている。門田のアイデアになにか違和感を覚えるが、断る程でもないと考え手伝うことにする。

頼子には壮吾というパートナーがいるが結婚はしていない。今は、メキシコに発掘調査に行っていて月に一度、月の満ち欠けに合わせるように手紙をくれる。壮吾に手紙は自分の悩み、真に心のなかから絞り出したような言葉が紡がれていて、読んでいて苦しくなるようだ。頼子は手紙を読むたびにそんな壮吾が無くてはならない存在だと感じるようになる。しかし彼への返事は月に一度、こちらは自分の月の満ち欠けである生理に合わせて返している。頼子は自分の排卵のリズムと手紙のやり取りをシンクロさせているようだ。年に12-13回、一生であれば350-400回くらいになる排卵は、受精しなければただ体外に排出されるだけ、手紙のやり取りはこれらのリズムと同期しているようなメタファーである。

頼子には子供はいないが、友人の子供に月に一度本を送っている。その小学二年生の男の子修介を一日預かり、浅間山に連れて行く事になる。修介はちょっと目を放したスキに置いてあったジープのキーを回して発進させてしまう。そこは火山観測所であったため子供が来るとは誰も考えず、鍵をつけっぱなしにしていたのだ。頼子は自分の思い通りにはならない子供への安全装置をかけておく必要性に気がつく。浅間山の帰りに、天明3年の浅間大噴火のときに被害にあって手記を残したという、農家の娘だったハツの手記を読む。ハツはこの手記を書けたということは生き残ったのであり、農家の娘なのに文字を覚えるほどの教育を受けられた恵まれた境遇だった、そしてなにより大人になってから手記を書いたということは、記憶していた出来事を整理して手記にまとめるだけの教養と余裕を身につけていたということ。江戸時代の農家の娘の手記を読みながら、なぜハツがこのような手記が書けたのかと思いを巡らす。

頼子は教え子に火山学について説明するとき、盲目の人が大きな象を触る例えを出す。お腹を触る人、鼻でりんごを口に運ぶ事を知人、現実の学問は教科書を読むようには整理整頓されていなくて、雑多な事象から秩序を見つけ出す途方も無い試みだと。世の中は人が創りだした神話ではない。

頼子は門田に占いをやるという神埼老人を紹介してもらう。神埼は頼子に占いについて語る。電話で相手が不定の占いサービスなど自分の易とは全く異なるものであって、門田から依頼された占いについてのお願いは断ったと。それでは神埼老人の考える易とはなにか。相手が一人であり、その人とのコミュニケーションの中から引き出されるという。見も知らない誰かの八卦など読めはしないという。そして頼子に「今度の27日の正午、西北の方向にあなたの人生を変えるような出来事が出来するだろう」と告げる。頼子は神埼老人の創りだした易、つまり「神話」に向かい合ってみようと思う。

頼子は門田の誘いをきっぱりと断り、壮吾に一緒にアイスランドの留学についてきてほしいと手紙に書く。そして、27日の正午に浅間山に一人で登ろうと準備する。この手紙が頼子にとっては「安全装置」とようなもの。投げ返した手紙は、精子と出会う卵子。浅間山にはハツの気持ちを実体験したくて登るのだろうと思う。登る途中でうさぎ取り名人の少年に出会う。うさぎは好奇心から罠の針金の輪の中に首を突っ込んで、抜けなくなってしまい捕まるのだという。好奇心を抑えられないのだと。山の頂上で頼子は思いを馳せる。自分はうさぎだと。浅間山の天明3年の噴火に埋もれてしまった農民のことを考える、そしてそれを手記に書いたハツ、ジープのキーを回してしまった修介、みんな実体のある存在であり、自分がいようといまいと起こっている森羅万象、こんなことを門田は知らないと思う。頼子はプリニウスと神崎の「神話」を胸に、27日の正午を静かに待つ。

良い小説である。余韻が綺麗だ。インターネットの世界で遊んでいる現代の若者を笑うようだ。実体ある世界で自分と世界の存在を確かめろと。プリニウスにはならないはずの頼子はきっととてもいい学者になるだろうと思う。3.11の直後、放射能汚染地図をいち早く発表した群馬大学の火山学者、早川由紀夫先生の推薦図書である。


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天使の代理人(下) 山田宗樹 ****

2013年10月02日 | 本の読後感
出産と中絶について、それぞれの場面描写が真に迫っている。男性筆者にとっては取材とスタディでここまで書く、というためには相当の情報量の蓄積、取材が必要だったと思う。

上巻で登場した「天使の代理人」の著者冬子は、中絶を思いとどまらせる活動をする組織をリードしていくが、若い世代が入ってきて、もっと直接的に胎児の姿を妊婦に見せて思いとどまらせようとする活動方針に違和感を抱く。それでも説得成功率が上がってくると反対ばかりもしていられない。しかし、ある妊婦は天使の代理人に説得され、しかしその後中絶をしたあとに自殺してしまう。冬子は活動停止を提案する。

精子バンクを使って妊娠した川口弥生は19週目の出産前検診で胎児が女の子だとわかったとたん中絶することを決めてしまう。たまたま、それを知った天使の代理人のメンバーは冬子に説得を依頼する。決意が硬い弥生は訪れてきた冬子をけんもほろろに追い返す。そして、麻矢のブログにそのことを書き込む。麻矢は弥生の決断を賞賛するが、有希恵は「女の子だから」という理由で中絶しようとする弥生を思いとどめようとする。弥生は表面的には突っ張っているが、それでも有希恵の説得には耳を傾け始める。しかしやはり中絶の決意は変わらない。

有希恵は人違いで中絶させられた人違い相手である同姓同名の雪絵の出産をなんとか手伝いたいと毎週雪絵のアパートに通う。雪絵の相手である若い男の子に父親になることの意味を説いたりもする。雪絵は一時は中絶することを決めていたが有希恵に説得され生むことを決心する。有希恵のヘルプもあって、妊娠した相手の男の子もやっと父親になることの覚悟を決め、めでたく出産する。

弥生は妊娠22週目のぎりぎりのタイミングで中絶手術を受けるが、切迫流産の危険があるということでたまたまその場にいあわせた冬子が出産の手伝いをする。死産する可能性があると聞いて弥生は生きて生まれて欲しいと冬子に頼み込む。ほとんど可能性がなかったが奇跡は起こる。

冬子は「贖罪」という言葉をつかって自分の行為を説明する。さんざん人工死産の施術をするうちに、胎児であっても命あるものを亡きものにしているという罪の意識に耐えられなくなっていたのである。重いテーマではあるが、読後感が良いお話であり、筆者の必死の勉強の姿勢も好ましい。若い男女、特にこれから結婚する世代や30-40代の誰にでも薦めたい作品である。



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天使の代理人(上) 山田宗樹 ****

2013年10月01日 | 本の読後感
嫌われ松子の作者の作品、妊娠中絶の是非を問うストーリー。登場人物は多く、いくつかのエピソードが並列的に、12年の時間軸をはさんで同時進行する。

12年前に「天使の代理人」というタイトルで中絶がどんなことなのか、命の大切さを助産婦という立場から訴える本を自費出版したのは桐山冬子、産婦人科に勤める助産師だったが、その産科医では経営のために中絶も実施する優生保護法の下での医療を謳っていた。しかし、妊娠22週をすぎた胎児でも死産、という形であれば法律上も罰せられることはない、その実質的には法律違反とも言える堕胎を手伝ってきた、という罪悪感から、その病院を辞めて本を書き、自費出版したのである。500部のその本は最初は全然売れなかったが、地元の新聞に紹介され、TVのパネルディスカッションに呼ばれるなりして、少しずつ売れていった。そして、同じ助産師という他の女性も桐山冬子に共感し、仲間を集めて、少しでも中絶を思いとどまりそうな女性がいれば、中絶を申し込んできた女性の個人情報を仲間同士で共有し、法律違反ではあるが胎児を救う、という目的のために妊婦を説得する活動を始めた。

もうひとり、佐藤有希恵は産科医の勘違いで胎児の定期検診に来院したところ、同姓同名の別人の代わりに堕胎手術を施されてしまった。悲しんでも取り戻せない我が子、同姓同名のほかの人という佐藤雪絵を興信所を使って探し出し、殺そうと思ったができず、妊娠している雪絵の心の支えになろうと決意した。

そして、もうひとり、川口弥生は地方銀行で課長代理になっているキャリアウーマン、独身である。付き合っている男性はいるが、年下で結婚する相手だとは思っていない。しかし、自分の36歳という年齢を考えると、今が妊娠の最後のチャンスと考え、アメリカのNPOで精子提供をしてくれる団体を知り、白人男性の精子により人工授精による妊娠をする。

さらに、もうひとりは麻矢、大学生だが中絶し、そのことをブログに書き込む。そのブログを見た有希恵は、なぜそんなことをしたのかとコメントを書き込む。そして麻矢と有希恵のブログを通した論争が始まる。そこに弥生も加わり、中絶賛成、反対の論争が展開される。

アメリカでは”Pro-Life vs Pro-choice”論争は大統領選挙の踏み絵にもなっている価値観の判断材料であり、報道でも度々伝えられるが日本ではそうでもない、しかし実際の中絶は何百万件も行われているという。中絶の是非はどうなのか、女性はどう考えるのか。そして男は。上巻はこのあたりまで。



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