意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

プリズム 百田尚樹 ****

2013年04月27日 | 本の読後感
ちょっと最近は百田尚樹づいている。永遠の0を読んで感動し、ボックス!でその迫力に驚き、風の中のマリアで面白いテーマ選定とバリエーションに目を開き、次々と読んでみたくなる作家である。

そしてプリズム、解離性障害、つまり多重人格者を取り扱ったお話。梅田聡子は32歳のちょっと美人な主婦、アルバイトとして家庭教師をやることにした。派遣先は成城にある古い住宅街にある大きな邸宅、教えるのは小学5年生の修一、数学が苦手なのでそこを何とかして欲しいというリクエストである。修一は普通の小学生、両親と一緒に住んでいた。しかし、邸宅には別棟があり、そこには紹介されなかったもう一人の家族がいた。かれは広志、時折庭で見かけるが声もかけてこないのでよく分からない男性だった。広志は多重人格者であり、幼少時に家族から虐待を受け、その虐待に耐え切れなかったために別人格を形成させて精神的に虐待から逃れていた、これが多重人格者の生まれた原因であった。

多重人格者は、虐待されて生まれる20世紀になって北アメリカで生まれた精神的な症状であるとされ、それ以前には報告されていない、もしくは本当に発生していないと考えられている。虐待されるのは幼少時であり、虐待されるのは両親であることから、物理的に逃れるすべのない子供は、そのような環境から逃避するために、虐待される別人格を形成し、本人の記憶から消してしまうのだという。

広志は虐待される人格、純也を作り出し虐待される間の記憶をなくす、そんな彼らを冷静に観察する理想的な人格卓也を作り出し、性的リビドーを感じた時の人格精一を創りだした。精一は40歳代の男性だった。怒りや悲しみ、性的衝動など感情ごとに12人の人格を創りだした。別人格が表面に出ている間は、広志の記憶は途絶える。虐待されていた小学生の4-5年生は卓也や純也が表にでいていたので広志が6年生になって戻ってきた時には3年生までの学力と記憶しかなかった。また、純也は広志が表にいると自分は出られないことから、広志の友人や異性の友だちから広志を遠ざけるようないじわるをしたという。小中学生時代の広志は大変辛い経験をした。

淑子は複数人格を持つ広志、そして時折顔を出す卓也と話をするうちに、多重人格者であることを知り、卓也に主治医である進藤先生を紹介される。進藤先生は、家庭教師である聡子に広志の病歴を説明し、治療の結果12あった人格が今は5人にまで集約されてきたことを伝える。集約されるということは、集約されてしまう人格は表に出られない、つまり消滅してしまうことを意味する。そのため、人格によっては集約されることを拒否するともいう。純也は集約されることを拒否、卓也は聡子が好きになり、気持ちの整理ができない。卓也と話すうちに聡子も卓也を愛するようになってしまい、夫と別れてしまう。

同じ人間の中の、一人の人格を愛してしまう聡子、しかしもしセックスをしている間に別人格に入れ替わっていたらどうするのか、そんな恐怖を感じながらも卓也との関係を止められない聡子。進藤先生は広志、卓也、純也がすべて聡子が好きになってしまったことを伝える。広志は恋をしたことで治療に前向きになってきたという。そして、卓也は純也を説得し、ともに広志に集約されようと提案する。この提案は聡子とも永遠にわかれてしまうことを意味する。永遠の別れ、同じ顔なのに今は広志に戻ってしまった彼と出会う聡子。広志は、集約された結果、すべての人格の記憶と性格をも継承しているという。信じることが難しい聡子であったが、新しい広志ともう少し付き合ってみようと思う。

百田尚樹、なんて面白い作家なのだろう。同じ手法、同じようなストーリー、同じテイストを読者に感じさせないエンタテインメントである。他の作品も読んでみたくなる、作者の術中にはまってしまった感じがする。


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漂流 吉村昭 ***

2013年04月25日 | 本の読後感
土佐の漁師が船で沖に出た、そして嵐で流され、小笠原列島の鳥島に流された。寛政の時代であり、鳥島付近を航行する船はなく、12年もの長きにわたって鳥島で過ごした。結局は船を作って脱出したのであるが、それまでの12年間、何をしていたのか。これは、頭を使わなかった漂流者は、このような本に紹介されるまでもなく死んでしまったのであり、この本に紹介されているということは記録が残っている、つまり帰還したということ。

主人公の名前は長平、何が彼を生き延びさせたのか、それは希望、絶望の反対。希望を失った漂流者は先に死んでしまった。

自分が漂流して島に流れ着いたら、うーーん、長吉のように生き延びられるのだろうか。吉村昭は、結構面白い。


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青眉抄 上村松園 ***

2013年04月22日 | 本の読後感
上村松園の生涯を描いた映画「序の舞」を見て以来、ちょっと松園づいている。松園の随筆をまとめたという本書、読んでみた。26歳で寡婦となり、2人の姉妹を親戚の力も借りずにひとりで茶葉屋の「ちきりや」商売で育て上げた母への強い尊敬と、自分も母と同じように生きる、という意志の表れを感じる。

女性画を描くに当たっての調査、それは大変なものであったようだ。このタイトルにもなっている青眉は京都で母となった女性が眉を剃る、そのまゆが青いことから呼ばれる名前から取られた。髷、女性の髷は江戸時代からそのバリエーションが増えているが、関東、関西、関西でも京阪神でそれぞれ呼び方が異なり、そのデザインも少しずつ異なるらしい。丸髷、島田、蝶々などをはじめとして、それらのバリエーションがその他の都市における呼び名の違いから数え切れないほどである。その中から、時代、描かれる女性の年齢、職業、場面などで描き分けるという。

京都の嫁入りの様子を描いた「花ざかり」は近所の女性の支度を手伝いながらスケッチしたものを題材に描いた。六条御息所を描いた「焔」はもとは「生霊」としたかったのを、あまりに直接的だというので、謡曲の先生の金剛巌につけてもらったのがそれ。

日本画の師匠、まずは鈴木松年、映画では手込めにされた相手だが、ここでは立派な先生として書かれている。もうひとりは幸野楳嶺、そしてもうひとりは竹内栖鳳。松園という雅号は鈴木松年の一文字と宇治の茶園からつけたと。

そして66歳の時に行った支那旅行。映画を見てから本書を読むと、松園役の名取裕子と鈴木松年役の佐藤慶の顔が思い浮かんで仕方がない。良いような悪いような、しかし読むきっかけが映画なのだから良いとする。


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上村松園 新潮日本美術文庫 ****

2013年04月21日 | 本の読後感
先週のBS放送で、「序の舞」を演っていたので見た、ちょっと古い作品で1984年公開だったというが、主演の松園役が名取裕子、母親が岡田茉莉子、松園の師匠が佐藤慶、松園の学校の先生で若い絵の先輩が風間杜夫、という配役だったが、名取裕子の演技が強烈な印象だった。松園は京都の生まれで、その息子が上村松篁、その娘が、京都府立鴨沂高校、私の母と同級生だったとのことで、身近に感じていた。部屋の明かりのロウソクがランプになり、電灯になる、街の灯がガス灯から電気になる、などと映画の背景にも目が行った。星4つは映画の評価。

大昔、高島屋で展覧会をやっていたのを見た記憶があり、その時に画集を買ったのを引っ張りだして見ていたら、なんだか本を買いたくなって買ってしまったのがこれ。今の時代には少し合わない気もするが、一番気に入っているのが「姉妹三人」という絵で、松園28歳の時の作品。三姉妹が並んで立って、三人で本を読んでいるのだが、構図としては、長女と三女の顔しか見えない。それでも、長女が蝶々髷、次女が島田、三女が丸髷という風に年齢が分かるようにしている。そして、三女の着物は振袖でピンク色、次女と長女は袖が短く、色も渋い青と黒、という風に次女の顔は見えなくても三姉妹の風情がよく出ているのである。細かい所では、次女はそっと三女の肩を抱いていて、仲の良い三姉妹を表現している。

美人画では、奥村土牛を見に記念美術館を訪れたが、やはり松園の方がいい。鏑木清方も良いが、画家本人が美人という松井冬子という人もいる、と話がそれた。本人が書いたという「青眉抄」も読んでみようと思う。


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龍の哭く街 今野敏 **

2013年04月20日 | 本の読後感
新宿を舞台にした日本人ヤクザと中国人マフィアのいざこざに、元入国管理局員の氷室が巻き込まれる。氷室は新宿のバーでバーテンダーをしているが、入局管理官時代に中国人の兄弟をリンチにして一人を殺してしまったことがあり、それが原因となって退職、現在はそのことをとても反省している。

新宿ではヤクザ同士の縄張り争いと同時に新興の中国人勢力がしのぎを削っていた。90年代まではヤクザ勢力に中国人たちはかなわなかったが、徐々に力をつけてきた彼らは独自に防衛をするようになってきた。中国人たちが経営する屋台のショバ代をめぐってヤクザとの闘いがあり、今までは逃げ出すことで対抗していた中国人たちは今は力ではねつけるようになってきた。

そんな時、氷室の昔の仲間で、一緒にリンチをした男が訪ねてきた。残りの2人の仲間が連続して死んだ、どうも復讐されているのではないかというのである。そしてその男もバーからの帰り道に電車にはねられ死亡、氷室は命が狙われていることを知る。一緒に暮らす19歳の麻美はそんな氷室が心配でならない。氷室は昔、台湾にいた頃に中国語と中国拳法を身についけていたのだが、暴力や武器に素手で対抗できるとは考えていなかった。

3人を殺したのは、昔リンチをして殺してしまった兄弟の片割れ、その彼が日本に戻ってきているというのであった。

風水、中国拳法、中国経済の発展、中国人同士のつながりと日本人への恨みなどが背景に描かれる。ストーリーに描かれるよくある暴力的な抗争の後ろにある時代背景や文化的軋轢が面白いが、この筆者にありがちな尻すぼみの展開に星は2つである。


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風が強く吹いている 三浦しをん ***

2013年04月18日 | 本の読後感
最近読んだ作品で言えば、百田尚樹の「ボックス!」に似た感触。爽やかな青春スポーツ小説、天才的なアスリートがいて、普通の選手もいて、みんなでひとつのスポーツを極めようとするが、そこには当然ライバルがいて、ライバルの中にも天才的なアスリートがいて、それを支える家族や仲間がいて、彼らを率いるちょっと個性的なコーチがいて、と共通点も多い。

高校時代に駅伝で鳴らした蔵原走(かける)、彼が駅伝では名もない寛政大学に入学して住まいを決めかねている時に声をかけたのが4年生の清瀬、その走りに目をつけたのだったが、その時には分からなかった。清瀬が誘ったのは彼も住むボロアパートの竹青荘、そこには9部屋が有り、双子のジョーた、ジョーじを含めて9人が住んでいた。つまり、走を加えると10名の住人が一緒に暮らすことになった。4年生の清瀬が住人10名を集めて「箱根駅伝に出ないか」と言った時には誰もそれがお正月の有名な駅伝競走のことだとは思わなかった。そもそも誰も駅伝など走ったことはなかったからだ。正確には、清瀬と走以外には。

清瀬の熱意と勢いにやがて駅伝騒ぎに巻き込まれ、その気になる竹青荘の10人、寛政大学の陸上部員として本当に箱根を目指すことになってしまうという、ちょっと夢のような話。

10人の個性的な面々のそれぞれが「駅伝」というストーリに従って少しずつ紹介される。まずは、箱根駅伝の予選に参加するための持ちタイムを測定するための大会に出る。このあたりも「ボックス!」と似ている。読者は読み進むうちに駅伝のルールを知っていくことになるのである。そして夏に臨む予選会、8位の学校までしか予選会を通過して箱根にはいけない。寛政大学はギリギリ予選会を通過してしまう。

そしてお正月の本選、ここでも上位10位までは次年度の出場権である「シード」を獲得できるのであるが、急ごしらえで10名しかいない寛政大学には来年のシードの意味は薄い。それでもシードを目指す10名の選手。

そして最後は、、、、。手に汗握る展開は、これも「ボックス!」ととても似ている。長距離走、といえば苦しい、と考えてしまう一般人読者も、なぜか主人公の走が感じる「爽やかな走り」を想像上ではあるが体感できるお話、ちょっと読んでみたらどうだろうか。


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ブラック・ローズ 新堂冬樹 ***

2013年04月13日 | 本の読後感
こんな女性がいるのだろうか、梨田唯。 若手のテレビ局プロデューサー、父も同じ職業だったが、仕事に悩んで自殺したという。その原因を作ったのが唯の上司である仁科、犬が狼をやっつけるにはまずは狼の子になれ、とばかりに仁科に弟子入り、プロデューサーのイロハを学ぶ。交際していた圭介とは同じ職場になった時に、ライバルになるのは嫌と別れた。

そんな唯が仁科に復讐できるチャンスが来た。500万部を売り上げた小説シリーズのドラマ化であるが、作者の河田は頑固者、作者の世界観をテレビでは再現出来っこない、とドラマ化を断り続けてきたいという。そこで、唯はウソも方便とあることないことを織り交ぜて河田を説得、そして、今売れっこ若手俳優の桂木直人を強烈に売り込んだ。小説の中の主人公イメージと全く違うと強い拒否感を示す河田だが、徐々に唯の強烈な売り込みにその気になってくる。

一方、桂木直人も超売れっ子タレントだけあって次の放送クールに間に合わせるための撮影に日程をさくなどとは考えられないと最初は突っ張っていたが、それも唯はあれやこれやと説得、ついに桂木直人の事務所も説得してしまった。そして、桂木直人の相手役には、昔交際していたと噂のあった女優で、東大生の菊池真弓をアサインしたいと考え、これも説得に成功、話題作りには事欠かないドラマ化になった。

いよいよドラマ化記者発表の当日、間際になってやはりドラマ化は嫌だと言い出す河田を丸め込んだ唯、一息つくまもなく、クランクイン直前になって桂木直人が暴漢に襲われ大怪我をしたという。恨みを持った仁科の仕業かと疑う唯だったが確証はない。そこでまたまたのウルトラCで、桂木直人の代役にお笑いタレントで売り出し中の和田翔太に目をつける。こちらも話題作りでは事欠かない配役、これでいきなり視聴率35%以上を叩きだし、唯はいよいよ勢いにのる。

仁科を徹底的に叩き落としたいと執念を燃やす唯は、元恋人の圭介を情報源に、仁科の仕事を妨害するような情報戦に打って出る。その上、でっち上げかもしれないが仁科が桂木直人を襲撃させたのだと雑誌に暴露してしまう。テレビ局は大騒ぎになり、仁科は会社に出てこれなくなる。唯の周りの人間達は、唯のあまりに非人間的な振る舞いに呆れるが、圭介だけは唯のことをかばい、思い続ける。

最後は、唯のつっぱりも破綻、仁科もプロデューサー生命を絶たれてしまうのだが、唯を最後まで見捨てなかった圭介ともう一度やり直そうと唯は決意する。

テレビ局の裏側、タレントとヤクザのつながりを示唆する逸話、タレントと事務所、プロデューサーとテレビ局の関係などが描かれるが、ちょっとデフォルメしていて、こんな話はいくらなんでもあるはずがないと考えながらも、あまりに次々と事件や突発事故が起きるので、物語の展開が読めなくて、次はどうなるのかと気になる。ちょっと軽めの業界筋物語、これは一気に読める。


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ニコライ遭難 吉村昭 ***

2013年04月11日 | 本の読後感
ポイントは二つ、ロシア皇太子ニコライは日本での歓待に喜んでいた、もう一つは世界の中で一流国になりたかった日本で、ニコライに切りつけた津田三蔵を死刑に処す、という時の為政者判断を司法が拒否した。

ニコライ二世は来日前、「お菊さん」という小説を読んでいた。日本人女性をお妾さんにして日本で暮らすというもので、ニコライもそれを望んでいた節がある。最初におりたったのは長崎、そこで過ごした数日はニコライにとっては自由な振る舞いが許された滞在だったようだ。お忍びで上陸して訪れる土産物店、日本側もニコライ皇太子が来ることは知っているので、それはそれで歓迎である。長崎の稲佐には多くのロシア人が暮らしていた。そこに、お忍びでニコライも訪れたと。その時に、日本のマツというロシア語が堪能な女将が呼ばれた。ギリシアの皇太子とともに稲佐郷を訪った皇太子は、その夜を大いに楽しんだという。

次に訪れたのが鹿児島、薩英戦争があり、明治維新で薩摩藩が果たした役割を知っていたニコライはその薩摩を訪問したかった。そして軍艦で瀬戸内海経由で鞆に一泊、そして神戸港に停泊、そこから訪問したのが京都であった。日本にとってみれば最新鋭の軍艦が神戸港に停泊したまま、ロシアの皇太子を京都にお迎えすることになる。京都での歓待も大変なものであったという。宿泊したのは常盤館、いまのホテルオークラ京都であり、皇太子のために大文字の送り火を焚いたというから大変なものである。現代なら、どんな来賓が来ようともそんなことはしない。

そして運命の大津に、皇太子一行は訪れる。大津での観光を警備していた警官の一人が津田三蔵であった。切りつけた理由はよくわからないとされているが、一説には、ロシアが無礼であると感じたから、というものであった。世界の大国ロシアの皇太子に怪我をさせてしまった、ロシアが何を要求してくるかわからない、ひょっとしたら神戸に停泊している戦艦が東京に行って砲撃を加える可能性だってある。明治天皇は怪我をしたニコライを見舞うことを即刻決意、襲撃があった夜には新橋から汽車に乗って京都に赴く。

天皇の気持ちは受け止めるも、日本人医師の手当は拒否する皇太子、天皇は焦る。なんとか怪我が軽いものであってほしい、そいう気持ちが通じたのか、このまま東京への訪問も続けられそうな具合だったが、本国の皇帝から帰国指令が下る。日本側は必死で皇太子への気持ちを表そうとするが、皇帝からの指令は覆せない。

そして犯人の津田三蔵の裁判に舞台は移る。

裁判にあたるのは、時の権力者たちである薩長閥からははじき出された宇和島、徳島などの出身者による裁判官。裁判官たちは、時の為政者たちの意図、つまり津田三蔵を死刑にしたい、という強い指示を司法権の独立という形で拒否する。諸外国は日本の近代化を評価するという結果になるが、その時点では大国ロシアの反応が気になって仕方がない。

淡々とした記述のなかに、明治維新後の日本人の心持ちがよく表される。当時の日本人が一番欲しかったのは「一流の国」という評価、一番恐れていたのは清のように欧米諸国の餌食になってしまうこと。この象徴的な出来事が大津事件であった。国難ともいえるこの事件、ニコライ二世はその後、日本人のことをサルと呼ぶようになったという噂があるのも、この屈折した日本人の心持ちを象徴的に表す逸話ではないか。ニコライ二世は本当にそのような印象を持ったのか、決してそんなことはないはずだと思う。


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三匹のおっさん 有川浩 ****

2013年04月07日 | 本の読後感
痛快な3人の還暦オヤジの話、「アラ還」だそうだ。剣道一筋、自宅で剣道教室を開いていたが生徒の数が減り、閉鎖に追い込まれ暇になったキヨこと清田清一、柔道家で居酒屋の親父で、店は息子に譲ってしまったが元気が余っているシゲこと立花重雄、3人めは工場経営者で機械ものにめっぽう強い男、妻に先立たれて一人娘の高校生早苗と暮らすノリこと有村則夫。キヨには二世代同居する息子夫婦がいるが、その息子、つまりキヨの孫である高校生祐希と早苗がある事件がきっかけで仲良くなる。3匹の還暦オヤジと高校生の二人が面白く絡む。

痛快ではあるが、起きている事件は身近で根が深いものばかり。ゲームセンターの売上金を狙った恐喝だが、雇われ店長が悪い奴に付け狙われグルになって売上金をごまかす手筋は3匹のおっさん達にはお見通しとなる。高校生の祐希はそのゲームセンターにアルバイトづとめ、そしてキヨも定年後の雇用延長者としてゲームセンターに顧問的な立場で週3日雇われている。祐希は今時の高校生であり、喋り方はガキそのものだが、キヨが時折見せる厳しさは自分の親にはない鋭さを秘めていることを感じ取る。そうした時に祐希がカツアゲに合う、そしてキヨ達3匹のおっさん達に助けられるというのが第一話。そしてキヨの存在感を知った祐希、キヨは孫の祐希に服のセンスが悪いとけなされながらも、それ以降は服の着方の手ほどきを祐希に受けることになる。

第二話ではノリの娘の早苗が痴漢に遭遇、もう少しでレイプされそうになるところを祐希と3匹のおっさん達に助けられる。

ここからの話は3匹+高校生2人の話しとなる。第三話ではシゲの奥さんが小学時代の初恋の人という紳士に声をかけられ、言葉巧みに危うく大金を詐欺で搾取されそうになる。それもシゲが奥さんを大切に扱わなかったから、という話。初恋詐欺とも言える手口は本当にあるらしい。

第四話は中学校のいきものがかりの話。係になった二人の中学生が担当するのはカモの親子20羽、何者かに羽を切られたり足を切断されたりする。傷つく中学生の二人だが、学校は問題を起こさないためにもカモを動物園に寄付して問題の拡大を防ごうとする。二人の中学生は不満である。最後まで面倒を見たいと3匹のおっさん達に相談を持ちかける。犯人は中学3年生で進学クラスの子達だった。学校はまたも問題を小さくすまそうと学校内で解決しようとする。子供たちを傷つけないようにする、という建前を子供たち自身がよくしった上での確信犯であるにもかかわらず、それでも不問にしようとする学校と親たち、これでは本当の問題は解決しないと憤る3匹のおっさんたちであった。

第五話は早苗の友人で軽いノリの潤子、雑誌のモデルにならないかと誘われて悪い男に騙されそうになる、という女子高校生の問題。

第六話は催眠商法、クーリングオフで逃げられるかと思えば、そうではなくて、お年寄りたちの寂しさを狙った高額商品の売りつけビジネスであった。

女優の中江有里が解説を書いているのだが、肩書きは脚本家となっている、そうなのか。大阪におけるおっさんとおっちゃんの違い解説、おじいちゃんなどとは呼ばれたくない、ということで自分たちのことを「おっさん」と呼ぶのがこの本の主人公たちである。あきらかにおっちゃんではないし、兄ちゃんたちでもジジイでもないのだが、そんなことより児玉清が亡くなる前に絶賛してくれたことが参照されている。児玉清に褒められることは相当嬉しいのだそうだ。まあ、読んでみないことには痛快なこの小説のイメージは感じられないと思うが、還暦の男たち、その妻達、そして高校生、それぞれの目線で語られるのも結構面白いのである。続編も読んでみたい。



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流星の絆 東野圭吾 ***

2013年04月07日 | 本の読後感
兄弟の絆、と言ってもいい内容。長男の功一、次男の泰輔、末っ子の静奈、横須賀で洋食屋を営む有明家の子どもたちの仲はとてもいい。洋食屋を切り盛りするのは両親、父のお得意のメニューはハヤシライスだった。ペルセウス流星群が流れるというある夜に3人はこっそり家を抜けだして流星群を見に行くが、生憎の曇り空で流れ星など見ることができなかったが、家に帰ってみると、家から見知らぬ男が飛び出してくるのを次男の泰輔が目撃、家では両親が殺害されていた。事件を追うのは横須賀警察の柏原と萩村、犯人は捕まらなかった。

そして時効の迫る14年後、3人の兄弟は力を合わせて生きていた。しかし人を騙して金を巻き上げる詐欺、こんなことは長続きはしないと長男の功一は考えていた。これまで何人もの人間を騙して生きてきた三人、しかし、もうこれくらいでやめようと話をした功一、しかしそうした時に出会った「犯人」の男、それは戸神政行、横浜で洋食屋を営み成功してチェーン展開をする繁盛ぶりだった。そしてその名物料理はハヤシライス、戸神が犯人だと睨んだ3人は、その息子で麻布十番に新しい店を出店する予定の政行の息子、行成に近づく。

静奈は行成を騙して情報を聞き出し、政行が本当の犯人だと警察に思わせるような状況証拠を作り出す係となり、成功しかかる。警察で14年もの長い間、この3人兄弟の事件を追ってきた柏原と萩村も政行が怪しいのではないかと何かと聞き取りをするが確信が持てない。行成と何度も合ううちにその人となりに尊敬をいだき好意をもつ静奈、しかし親の命を奪った犯人の息子に心を奪われてはいけないと思う、静奈、しかし本当の心は偽れなかった。

3人がお互いをかばい合って生きる兄弟愛、そして洋食店を継ごうとする政行の息子行成の誠実さに心惹かれる静奈、思わぬところから魂胆を見破られる静奈、そして本当のことを教えて欲しいと迫る行成、最後は思わぬどんでん返しがあるのだが、行成と静奈の最後はハッピーエンドに近いので安心できる。

東野圭吾の語りに思わず引き込まれるが、ストーリーは単純である。東野圭吾のファンなら納得、東野圭吾の小説を初めて読む方なら、なぜ東野圭吾が売れるのかがわかると思う。




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昨日の世界(下) 恩田陸 ***

2013年04月06日 | 本の読後感
これは恩田ワールドだ。どうなっているのか、分からないままに読み進む読者は、女子高校生の新村和音のおばがキーパースンであることに気がつく。そして、新村和音と失踪した市川吾郎の関係に結末の予感を持つが下巻の最初ではまだまだわからない。市川吾郎の特技、なんでも覚えてしまう、という技には、地図を見るとその地形が頭のなかに思い浮かび、等高線を見るだけでその土地の様子が頭に浮かぶ、ということを知り、3つの塔と、水路がめぐらされた特異な地形のこの町になにか地形上の秘密がありそうだと感づく。

新村家は、昔から土木工事を仕切ってきた、そして3つの塔の建築にも携わってきた。土木工事には水道工事、電気工事、ガス工事、伝送線工事、道路工事もある。そしてこの街に大きな道路工事の話があった時にもなぜか雲散霧消してしまった経緯に、物語のヒントを感じるが、この街の謎にはなかなか結びつかない。

そして、ある日降りだした大雨は、この町の水路という水路を水で満たしていく。水が町の水路を走る、走る、走る。そして和音は、大雨の日に起きると昔から言われてきたことを見るために町の全体を見ることができる場所に移動する。

町全体が水の上に浮かんでいる、というのがこの街の秘密であり、3つの塔は大雨が降った際の水抜き穴に、住宅が建築されないための古人の知恵だったというのだ。3つの塔からはまっすぐに水柱が立っている、それを遠くから見るのは和音である。市川吾郎は、この町に来た時にこの町の秘密の存在を知ったのであり、それを確かめたくて、親戚だった和音の叔母に頼み込んでこの街の一軒家を借りたのであった。

市川吾郎は殺されるときにはもうすでにその精神が肉体離脱しているという終末、それは読者を驚かせる仕掛けであり、なんだそれは、と思わず恩田ワールドに引きこまれてしまう仕掛けでもある。3つの塔、亀と鋏と川のステンドグラス、3本線の新村家の家紋と3つの塔の関係、物語のあちこちに埋め込まれた仕掛けが最後の最後にやっとワンピースに当てはまるが、それを読んでいる途中で予見することは読者には難しいだろう。

不思議な読後感、夢のなかのお話、新聞連載だったというこの小説、新聞読者はバラバラの317話のピースを組み立てることができたのだろうか。




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昨日の世界(上) 恩田陸 ***

2013年04月02日 | 本の読後感
会社の宴会の席から突然姿を消した営業職の市川吾郎、幼い頃から目で見たイメージをそのまま記憶できるという特技があった。その力をうまく使って営業としてもいい成績を上げる優秀な、そして真面目なサラリーマンのはずであった。何も言わずに欠勤するなどとは同僚や上司の誰もが思えない市川吾郎が会社に来なくなってから1年後、ある街で起きた殺人事件での被害者が市川吾郎、と報道されて驚いたのは元の上司や同僚であった。

市川吾郎は1年もの間に何をしていたのだろうか。市川吾郎が殺された街はなんの変哲もない田舎町、しかしどこか郷愁を誘う街で、特徴的な2つの塔と先が壊れたまま放置されている三つ目の塔があった。そして街には段々畑のように段差がついた地形があり、上からは水路が流れていた。

街の人たちは塔の歴史についてはあまり関心がないようだったが、街の高校教師だった田中健三はこの街の歴史を著作「塔に見守られて」を書いていた。市川吾郎は色川と名乗り、この街について調査をしていたようなのだ。そのなかで、田中健三の自宅にも訪問していろいろな疑問をぶつけていた。

様々な登場人物により、非常に断片的に市川吾郎の動きが少しずつ明らかにされていくが、断片的すぎて読者にはなかなか全体を再構成できない。

溺れかけた猫を市川吾郎が助ける事件では、棚田のようになっている街に走る水路が溺れかけた猫を川下にまで運んでいったことが明かされ、街に走る水路の仕組みが明かされる。駅の掲示板に不思議な掲示をしたのが市川吾郎であることがわかるが、掲示されていたのは田中健三の飼い猫が持っていた手鞠であること、不思議な顔や地図であったこともわかるが、それが何につながってくるのかが分からない。川沿いに建つ洋館の話、焚き火の神様がふと訪れる時には必ずどこかで死亡事故が起きていること、そして市川吾郎が殺された時にも焚き火の神様が舞い降りていたことも、高校生の田代修平の証言でわかるが、それがどのように殺人事件につながるかはまだ分からない。

市川吾郎には小さい時に分かれたそっくりの顔をした弟がいることも分かり、その弟もこの街に現れてくる。

いったい物語はどのように収斂していくのか、読者は多くの不思議を抱えさせられたまま下巻へと誘われるように読みつないでいく。




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