意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

永遠の都 加賀乙彦 *****

2009年08月25日 | 本の読後感
加賀乙彦自身の生い立ちを「永遠の都」と重なる部分でWikipediaから拾ってみると、「1929年、東京市芝区三田に生まれる。小学校5~6年の頃、新潮社の世界文学全集を耽読したことが、後年長篇作家になる素地を培ったという。1942年4月、東京府立第六中学校入学。1943年4月、100倍の倍率を突破して陸軍幼年学校名古屋校に入学するも、在学中に敗戦を迎えたため軍人への道が絶たれ、1945年9月、東京府立第六中学校に復学。同年11月、旧制都立高等学校理科に編入学。」物語は昭和11年(1936年)の時田病院から始まる。時代的には谷崎潤一郎の「細雪」や五味川純平の「戦争と人間」と重なるが、「永遠の都」では登場人物一人一人の描写が深く詳細で、その登場人物の目から見た時代描写によって時代の雰囲気を良く伝えている。また、「永遠の都」の中心人物とも言える時田利平は宮本輝の流転の海の松坂熊吾を想起させるキャラクターだともおもうが、熊吾は戦後であり時代が少し違う。「永遠の都」では登場人物が多く、その相互関係を知ることは物語展開上重要であり、登場人物それぞれの語りが入るので立ち位置を理解しておくことは物語の理解のために必須である、まとめてみたのが冒頭の図。

時田利平は明治時代の日本男児、こうした日本人がいたからこそ日本は成長した、とも思える人物である。利平は漁師の息子に生まれ、漁師にはなりたくないと東京までの運賃を父親にもらって着の身着のままで東京に出てくる。牛乳配達をしながら、済生会病院の大学に入学、自分で稼いで勉学に励み海軍の医者になる。海軍医になったあと日露戦争で巡洋艦八雲に乗船、中国戦線にでて陸軍野戦病院の経験などをする。利平の一番の誇りは日露戦争での軍医としての活躍であり、東郷平八郎や乃木希典とも軍医として面識があり、同時代を共有、戦いに勝ったこと。明治天皇崩御とともに時代は変わったと実感、海軍を退官、東京三田綱町で徳川家の隣に土地を借りて小さな病院を建てる。重病人やけが人を治療し評判を上げていった病院は繁盛し、土地を買い上げ病院を拡大していく。関東大震災の時にも罹災者を治療するなどして病院は改築、増築を重ねて入院患者200名を超す大病院へと成長してくる。利平は発明家としても数々の発明品があり、皮膚病の薬や水の浄化装置、簡易型医療セットやレントゲン装置などで、経済的には病院経営よりもこうした物販による利益が大きい。同時に病院は増築に増築を重ね、発明品製造の工場と合わせ、時田家の住居や入院棟、診察、そして利平の発明のための研究室などが同居する巨大で奇っ怪な建物になってくる。こうした利平の自分史は後にモルヒネ中毒となり松澤病院に入院した際、自分の日記を読んで自分の過去を振り返るという形で読者に示される。旅順や203高地の戦いなどは歴史書や物語では読むが、こうした戦争への参加者体験記としてはなかなか読むことはなく、歴史読本としても貴重な物語である。

これは「永遠の都」を通して言えることであり、利平の生きた明治から、大正、そして物語ストーリーをとおしての昭和時代におきる出来事が登場人物の視点から描かれていてビビッドに読者に伝えられる。特に関東大震災は、時田病院で雇っていた朝鮮人の消火活動での活躍とその後の朝鮮人に対する誹謗からきた民間人による私的制裁が、利平の視点で生々しく描かれる。また、2.26事件は蜂起した部隊と同じ近衛連隊に属する脇中尉の視点と当日町を行き来する市民としての視点から事件が描かれ、歴史上の出来事ではない臨場感がある。疎開先に荷物をまとめて送るのを「チッキで送る」などと言っているが、これも国鉄で荷物が送れたことを知る世代には懐かしい。初江が風間家の桜子の軽井沢別荘に疎開させている央子と草津に学校ごと疎開している駿次に会いに行く場面も、臨場感あふれる描写で秀逸ある。その時代の軽井沢駅前は泥だらけで、初江は別荘につくまでに何度も転んで泥だらけになってしまう。軽井沢から草軽鉄道で草津に移動する電車は雪の中で脱線してしまうが、乗客が手伝って元に戻す、そしてその後列車の中での酒飲み達に初江は絡まれる、この描写も押しつぶされそうな時代に人々が必死に生きている様を感じさせる。B29が高度3000メートルあたりを東京南東上空から侵入してくる様、焼夷弾がぱらぱらと落ちてきて、13発時田医院に落ち、患者を救おうとした利平の体に焼夷弾の油がまとわりつく。終戦を巡る描写は脇美津の息子脇中佐の視線で描かれる。敗戦を認めたくない陸軍と、降伏しなければもっと死者を増やしてしまう現実を参謀本部参謀としてどのように感じ分析して行動したか、強行派将校たちに煽動される形で拡大してきた満州事変以降の戦線をどのように収拾したのか、激高する一部将校と同時に、脇中佐のような冷静な目線がそこにはあったことが描かれている。終戦と幸福を庶民はどのように見ていたのかは、東京に残った悠次の視点で紹介されている。負けて悔しい、しかしこれで終わりだ、という安心感である。こうしたすべてが体験者の目線で語られていて、こうした状況描写が、物語の説得力を増し、戦争を経験していない世代にも共感を呼ぶのである。さらに物語では、戦争中そして戦後までを時田家、脇家、風間家という日本の中では比較的裕福で恵まれた三つの家族のそれぞれの目線から紹介、それぞれのセリフで語られる。語り手がここまで多様である、というのも珍しく、急にナレーターが変わるというので読者がとまどう場面もあるが、視点が多様であることが歴史の証言、という観点からは多くの事柄を読者に伝える。

物語の始めの部分は平和な昭和初期の上流階級の物語である。利平の娘である初江、夏江は包容力ある美人の姉と利発で積極的な妹として描かれている。利平は物語の中心人物であるが、ストーリー展開で非常に重要なのがこの二人の女性である。昭和の初期に、女性がどのように自我を確立し、より良く生きていけるのか、二人以外にも多くの女性達が登場し、多くは男の財力や権勢に頼る女性であるが、初江と夏江は違う。木暮裕次という保険事務員の夫を持つ初江は、著者自身だと想定できる長男悠太、次男駿次、三男研三、そして一番下の央子と4人の子供に恵まれているが、夫には満足していない。夫裕次の姉が嫁いだ脇礼助の息子、一高生の晋助と不倫(物語では破倫)関係になる。確信はないが央子は晋助との子であるかも知れないと初江は感じている。夏江は時田医院の副院長である中沢と結婚するがその後離婚、セツルメントで知り合っていた菊地透と傷病兵としてノモンハンから帰還してきた後に結婚する。菊地はキリスト教信者として迫害され、マルクス主義者と混同され治安維持法で予防拘束、太平洋戦争中ほとんど獄中で過ごす。夏江は献身的に差し入れを行い、思想犯の予防的拘束であるため頻繁には面会できないが獄中の夫を精神的に支える。獄中の菊地が回想する形で菊地の半生も紹介される。それは八丈島で生まれたできの良い青年が一中から帝国大学に入学、キリスト教に出会い迫害されるまでの経緯を純粋な心を持った信者の歴史として紹介される。戦争がなければどのように素晴らしい思想家、もしくは宗教家になっただろうかと想像される人物である。

利平の長女初江は脇礼助に嫁いだ美津の弟である木暮裕次と結婚している。その初江の長男悠太は小学校から六中に合格、その後名古屋陸軍幼年学校に合格する。駿次も研三もそれぞれ成績は優秀であり性格の違いはあるが進級していく。そのなかで末子の央子はバイオリンに才能があることがわかりレッスンに励んでいる。首都爆撃のおそれから軽井沢に疎開、そこでもドイツ人のバイオリニストにレッスンを受けさらに才能を花開かせていく。庶民から見るとなんて恵まれている境遇なのかと思えるが、木暮家にとって見ればその恵まれた中にも、戦争という破壊者は遠慮なくやってくる。

物語の中盤からは戦争が登場人物達の平和に影をさす。時田、脇、風間各家はそれぞれ大病院経営者としての時田利平、政治家の父親の流れをくむ名家が立派な軍人を輩出する脇家、そしてその脇礼造の意志を継ぐ政治家として活躍する風間振一郎の風間家と経済的には上流の各家系だが、それぞれの問題を抱える。時田利平は明治の日本男児はこうある、というような精力家であり、女性にも手当たり次第に手を出す。その結果、先妻の子、妾の子、正妻の子達が同居するようなことになるが、当人は気にはしていない。正妻の菊江が亡くなると妾であったいとを正妻としてむかえ、別宅から病院に看護婦として呼び戻す。病院では先妻の子などが縁を頼って集まり、古くからの病院職員などが絡み合って人間関係は複雑怪奇である。その事務長を誰が務めるか、これが時田医院の鍵であり、上野平吉、夏江、いとなどが代わる代わる勤める。結局、空襲で時田病院が燃えてしまい、利平が失明するまでこうした苦労は続く。

物語の終盤、大きくなった時田病院を破壊したのは戦争である。物資の不足、人材の払底、そして自分自身への過信からくるモルヒネ中毒、そして利平にとって、時田医院にとっての致命傷はアメリカB29による東京爆撃であり、時田医院だけではなく東京中が焼夷弾で燃やされてしまう。初江は俊次と研三を連れて、木暮家ゆかりの地であり脇美津も先に行っている金沢に疎開する。東京には夫の悠次を残しての疎開であり、末子央子は軽井沢、長子悠太は名古屋と家族はバラバラになってしまう。幸せだったみんなを不幸にしてしまったのは戦争であり、これは戦争が如何にさまざまな影響を人々の暮らしや考え方、人生そのものに影響を与えたかを人々の生活経験を描写することで詳しく説明する。

終戦直後、名古屋の陸軍幼年学校に行っていた長男悠太が東京の自宅に復員、父の悠次に問いかける。「お父さん、日本が負けると思ったのはいつ?去年4月に幼年学校に僕が入ったその4月にはもうマキン、タラワ、クエゼリン、ルオットは玉砕していたんだよ。あのときはお父さん日本は勝と信じていたの?入学してすぐにサイパン玉砕とインパール転進で東条首相が辞めたんだぜ。知りたいのは大人も本当に勝つと信じていたのか、それとも負けるかと思っていたけれども子供には勝と教えていたのかということなんだ。阿南首相が自刃した時には正直な方だと思った、閣下は自分の身代わりに死んでくれたという気がした。俺は政府や重臣とか軍閥や財閥が国民に嘘をついて命令で兵隊を死地に追い込んだ人たちを恨んでいるんだ」このせりふは著者の言いたかったことであろう。

幸せだったみんなを不幸にしてしまったのは戦争であり、これは戦争が如何にさまざまな影響を人々の暮らしや考え方、人生そのものに影響を与えたかを人々の生活経験を描写することで詳しく説明している。

時田医院は継ぎ足し継ぎ足しの奇っ怪な建物であるが、この物語の作りも時田医院の建物のように思えてくる。物語は決して奇っ怪ではない、いやどちらかというと非常に分かりやすくここまで昭和10―20年頃の文化や人々の暮らしを正直に、庶民目線で、体験者の語り口で紹介する物語に出会ったことがない。もう30年以上前に著者の「フランドルの冬」を読んだ記憶はあるが、このような一族のストーリーが著書にあることに、この本に出会うまで気がつかなかった。しかし読み始めてすぐに「この本は読む価値のある本だ」と気づいた。全巻で文庫本7冊、大小説であり、夏休み期間格好の読み物であった。じっくり本を読めるときに良い本にであったと実に感謝である。間違いなく五つ星、すべての世代の読者に一読をお勧めする。
永遠の都〈1〉夏の海辺 (新潮文庫)
永遠の都〈2〉岐路 (新潮文庫)
永遠の都〈3〉小暗い森 (新潮文庫)
永遠の都〈4〉涙の谷 (新潮文庫)
永遠の都〈5〉迷宮 (新潮文庫)
永遠の都〈6〉炎都 (新潮文庫)
永遠の都〈7〉異郷・雨の冥府 (新潮文庫)
宣告 (上巻) (新潮文庫)
宣告 (中巻) (新潮文庫)
宣告 (下巻) (新潮文庫)
悪魔のささやき (集英社新書)
雲の都〈第1部〉広場
雲の都 第二部 時計台
雲の都〈第3部〉城砦

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「動的平衡」「世界は分けても分からない」 福岡伸一 ****

2009年08月22日 | 本の読後感
「生物と無生物のあいだ」の著者、福岡伸一さんが日経ビジネスのインタビュー(2009/8/18)で次のように述べています。 
「地球環境問題への対応だとして、CO2を地中に埋める、太陽光を遮って温暖化を防ぐ、などというのは別のリベンジを受ける可能性が高い。それは、二酸化炭素が悪いのではなく、インプットとアウトプットを調整する努力が重要だからです。インプットを減らすには、できるだけ化石燃料を燃やさず、代替エネルギーを求めて使う。アウトプットを増やすには、光合成を応援するしかありません。」

環境問題で直感的に腑に落ちないことに、福岡さんが挙げているようなことがあって、その他にも例えば「温暖化ガス排出権取引市場の創出」という計画に、そんなことをしても総排出量は変わらないではないか、と思う素朴な疑問に生物学者としての見解を示してくれたと感じます。(CO2排出量を制御する必要があると考えることはマイナスではないので、取引市場創出による二次的効果を期待できると考えられます。)環境問題も所詮は「増えすぎた人類にとっての問題」であって、46億年の歴史を持つ太陽系地球全体系からみれば、小さな「揺らぎ」程度なのかも知れません。福岡さんは次のように言います。
「人間を分子レベルで見ると見た目は同じに見えても数ヶ月ですっかり入れ替わっています。地球全体で見ると原子の総数は(隕石と地球外に飛んでいったロケットを除けば)誕生以来変わっていない、地球全体の原子の総量は一定で、太陽のエネルギーによって循環させられているだけ。だから私を構成している分子は、次の瞬間に私から出ていって、ミミズや海の藻屑や岩石、無生物の一部になっているかもしれない。時間軸を一億年レベルにとって、私を観察したら、分子が集まって、また雲散霧消するというような、固体ではなくガスみたいなものとしか見えないでしょう。それぞれの生命は、分子の“淀み”と“流れ”でしかない」

これは、福岡さんのもう一つの著書である「動的平衡」での解説にあるとおりです。インタビューで福岡さんは、環境問題も地球環境という大きなシステムを対象とした複雑系であり、生物のような「動的平衡」があるという示唆をしているのです。地球温暖化、という現象を細かく分析していって、原因となるものをCO2等のガスであると科学的に証明した、というのが現在の環境推進の理論的支柱ですが、太陽系にある地球システムという大きな流れに逆らうことは得策ではなく、地球環境という大きなシステムの動的平衡を乱すことなく、うまくインプットとアウトプットを調整することで対応することができればいい、というのが福岡さんの示唆だと思います。

「自己複製するものが生物」という定義からすると地球は生物ではないのですが、「動的平衡を維持する仕組み」と考えれば、地球と生物の共通項が見えてきます。福岡さんは「生物をパーツにわけて機能を研究しても生物全体のことは分からない」と感じていて、その主張を新しい著書「世界は分けても分からない」で解説しています。分類して細かくしたパーツ毎に研究を進め、パーツの機能を解明していくことが科学である、とすればその科学の限界は「世界は分けても分からない」ことだ、という主張です。

花粉症対策として抗ヒスタミン剤を飲むと短期的には症状は治まるが、長期的に生物は与えられた抗ヒスタミン剤を凌駕するヒスタミンを分泌しようとするのでアレルギーが強まるだけ。つまり、短期的な局所対応は全体系への悪影響を残す、ということ。環境問題を考えるときにも、ヒントになる考え方ではないでしょうか。福岡さんはさらに、次のように人類の罪を解説しています。
「ニッチとは自分の居場所、人類は自分の居場所を拡大しすぎてきた。その結果、生物多様性を犠牲にして、人類の数(人口)だけが増えすぎ、CO2排出量が増えて問題になっている。『過剰』を制御できないのが人類です」
環境問題への対応で重要なのは、CO2を悪者にした排除や取引ではなく、福岡さんの解説している「インプットとアウトプットの調整」が重要である、との主張です。

『過剰』の抑制のために日本人が世界と地球環境に貢献できるとしたら、「足を知る」、「もったいないの精神」を広めることがあると思います。また、人間は「腹オチしないこと」には本気では取り組めない、という性質があると思います。環境問題に「どうも腹オチしない」という方には、福岡さんの「動的平衡」の解説、一つの考え方ではないでしょうか。
動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
世界は分けてもわからない (講談社現代新書)
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

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図解表示のカラクリ 改訂版 表示の謎研究会 ***

2009年08月20日 | 本の読後感
世の中にある「表示」についての解説本。
自動車のナンバー、「わ」はレンタカーは知っていたが、「れ」もレンタカー、しかし北海道、鹿児島、長崎だけとか。さらに「お」「し」「へ」「ん」は使われていない、理由は「お」は「あ」と見間違えてしまうから、「し」は死、「へ」は屁を連想するから、「ん」は言いにくいから。100%ジュースにも濃縮還元とストレートがある。ストレートは殺菌処理だけ、濃縮還元は果汁を絞った後、一度濃縮し、その後香料などを加えて調整する、つまり、添加物も入りやすいとのこと。ちょっとした知識は役に立つ。視力1.0の意味、靴のサイズ、抗菌グッズってナニ、などなど、興味がある人は多いのではないだろうか。
図解表示のカラクリ 改訂版

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経済危機「100年に一度」の大嘘 波頭 亮 ****

2009年08月19日 | 本の読後感
「強欲」がある限りバブルは形成され、バブルはいつかは破裂する、これを何度も繰り返しているのが資本主義、と主張するのが米国で投資銀行「ロバーツ・ミタニLLC」を経営する神谷(みたに)さんです。(「強欲資本主義の自爆」)100年に一度と最初に表現したのはグリーンスパン元FRB議長ですが、神谷さんによれば「自分の失政を見えにくくするレトリック」、今の危機はクリントン政権時代の金融自由化とアメリカ企業の短期利益志向が産んだ80年前(1929年大恐慌)の亡霊だとのこと。米国発の経済危機だと多寡をくくっていたら、アメリカ経済頼みで脆弱だった日本経済が世界で一番の経済危機を迎えているというのが現状です。

一部の経営者達が自らの強欲を満たすために仕掛けた仕組みが、バブルを繰り返すたびに大がかりになってきて、今は世界経済を巻き込むスケールになってきているだけ、と分析するのは、楽天証券経済研究所の山崎元さん。バブル進行のパターンを次の7つの段階に分類します。(経済危機「100年に一度」の大嘘)
1. 新しい金融技術/規制緩和 → 2. 商機の発生/拡大 → 3. リスクテイク姿勢の前傾化 → 4. 維持できない資産価格高騰 → 5. 資産価格下落の小さな契機 → 6. 流動性の枯渇と信用収縮 → 7. 金融緩和による資産価格回復

1987年のブラックマンデーはポートフォリオ・インシュランスのプログラム売りが連続的に発動され株が下げ止まらなくなりました。1980年代の日本の不動産バブルは特定金銭信託とファンドトラストという仕組みが金融技術として登場したことがきっかけでした。今回の引き金は1995年のグラス・スティーガル法の形骸化を背景に、サブプライムローンの証券化がきっかけとなりましたが、いずれも強欲な人たちが「うまく1年稼げば自分は逃げ切れる」という姿勢で限られた信用枠を如何に広げるか、そして自分はババを引かないようにする行動の連鎖でおきたこととしています。100年に一度どころかブラックマンデー以降でさえ日本のバブル、LTCMショック、アメリカネット株バブル、日本のREITバブルなど何度もおきていて、今回のバブルの証券化は巧みだったために世界を巻き込んでいる、というのが山崎さんによる解説です。さらに強欲資本主義は年収300万未満という非正社員階級と年収1億円を超える株式階級を中産階級の上下に作り出してしまったと指摘、従来の中産階級である年収300万―1500万円程度の給料階級と1500万―1億円程度の経営者、弁護士、医者などの特殊技能者によるボーナス階級と合計4つの年収階級を形成してしまったと解説しています。(経済危機「100年に一度」の大嘘より)
4つの階級とは、年収、職業とを一つの目安にして日本人を無理矢理4分類してみようというもの。

株式階級 1億円以上 株式公開・値上がりなどが収入源。投資家、創業者など
ボーナス階級 1500万-1億円 余人を持って代え難いポジションやスキルを持つ。医者、弁護士、経営者など
給料階級 300万-1500万円 雇用が安定しているサラリーマンなど
非正社員階級 300万円未満 雇用自体が不安定で取り替え可能の労働力

アメリカのようなこうした格差の大きい階級社会は幸せな社会なのでしょうか。この本では今起こっていること、これから起ころうとしていることを10人のそれぞれ異なる視点から分析、徹底的に洗ってみようというもの。おもしろいムック本。
経済危機「100年に一度」の大嘘 CONUNDRUM 2009 Summer (講談社BIZ)


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影踏み 横山秀夫 *****

2009年08月12日 | 本の読後感
横山秀夫と言えば警察小説を書く人、と紹介されることもあるが、僕はこの小説、というかお話はそうしたジャンルを超えた作品だと思う。ミステリーなので謎が提示され主人公がその謎を解く、という展開であるがその中に人間の感情や生い立ち、心の動きなどが巧みに組み込まれている。組み込まれた謎のプロットが細かく周到に冒頭から用意され、なにげない台詞の中にもヒントがある。読み手はなかなかそれに気づくことはできないのだが、タネはちゃんと示されている。

双子の弟と母親、そして父親までも母親自身の手による火事で失った主人公の真壁修一、死んだ弟は啓二というが、不思議なことに修一の耳の中に生きていて類い希なる記憶力で「ノビカベ」と渾名される泥棒の兄を助ける、という特異な設定。修一は泥棒ではあるが目の前に示された証拠などを元になぜそうなったのかを徹底してこだわりを持ちながら調べる。警察ものが多い横山秀夫、この小説では主人公はこの泥棒の修一、もちろん警察官はたくさん登場する。修一が出所する場面から始まるが、収監される原因となった事件が修一は気になっていた。忍び込んだ家の夫婦、妻の葉子は起きていて、夫を殺害しようとする寸前だったのではないかと考えている。調べてみるが、妻は夫をその後殺害してはいないという。なぜ修一はそんなにその家の妻の行動が気になるのか、啓二の記憶力によって、その家にあるべきものがないことに気がついたからである。修一と啓二には同時に愛した女性、久子がいたのだが、二人は久子を巡って争い、久子は修一を選んだ。啓二はそのことを根に持ち泥棒になってしまう、これが原因となって母親が自宅に放火、啓二をとも連れにして死んだ。同級生で刑事をやっている吉川や刑務所仲間からの情報をもとに、葉子を捜し謎を解き明かしていく。その後友人である刑事の吉川が殺され、その謎を解く。さらに久子の勤める保育園での盗難事件、地元の泥棒仲間が次々と暴力団の手により手ひどく痛めつけられる事件、と修一の目の前であったり身の回りに起きる事件を、泥棒の修一が説いていくというお話。忍び込む技が持ちネタである「ノビカベ」の力と弟啓二の記憶力を使って、さらには修一のもつ勧善懲悪の信念と行動力、ヤクザを前にしても動じない胆力などで謎を解き明かしていく。こうした中で最後には弟啓二がなぜ死んだのか、母親はなぜ啓二を殺そうとしたのかが啓二の告白で示される。久子とは結ばれるのかどうかは示されない。「動機」「半落ち」「クライマーズハイ」とこの人の小説にははずれがない、また読んでみたい。
影踏み (祥伝社文庫)
クライマーズ・ハイ (文春文庫)
動機 (文春文庫)
半落ち (講談社文庫)

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凜冽の宙 幸田真音 ***

2009年08月10日 | 本の読後感
幸田さんの男女関係の設定は無理無理ではないか。外資系証券会社の日本支社長に抜擢された坂木、そして元部下で今は投資顧問会社を経営する古樫、その二人に共通する相手女性絢乃。綾乃は金融界では知らないものはいない大物の娘、その綾乃と昔、不倫関係にあった坂木、今でも綾乃に未練がある。その綾乃を古樫に紹介したのは坂木自身であり、悪徳な心を持つ古樫に綾乃は惹かれて結婚したのだ。家庭を持つ坂木だが夫婦関係はうまくいっていない。古樫と綾乃も破局を迎えている。これが物語の背景をなす男女関係。物語では日本の企業、特に不良債権処理に頭を悩ませる金融界の中小企業を手玉にとるように取引する古樫、同じ穴の狢でありながら一抹の不安を抱きながらもビジネスを進める坂木、結局どちらも当局の手に落ちるのだが、物語の設定も誇張が効き過ぎた表現とアレンジメントで鼻につく場面も多い。強欲ウォール街の資本主義の行き過ぎたお金本意主義が批判される今、この物語の多くのプロセスは予定調和的結論を想像させる。出張のお供用のお話かと思う。
凛冽の宙 (小学館文庫)

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7月のフランス 自転車とともに 岡田由佳子 ***

2009年08月02日 | 本の読後感
男が書いたんじゃあこうはいかない。ツールドフランス(TDF)に同行していながら、よくぞ教会やらお花やら見ていたものだと感心するが、それが目的というのだからこれでいいのだという感じ。TDFを見に7月のフランスを旅したい、というのがリタイヤ後の夢だ、という僕にとってはうらやましい、他のTDF観戦記ではほとんどわからない情報が満載であった。2008年のTDFに合わせる形でフランスを旅行するという振り付け。まずはエタップ・デュ・ツールに出場した片山右京に同行、出発地点のルルドの町に入る。ここでフランスの南西の町ルルドはカトリック巡礼の地らしく大聖堂が有名。レースに出る片山さんをバイク取材、これは楽しそう、得難い経験ですぞ。TDF出発地点のナントの町ではファミレスで夕食後、民宿に宿泊、朝食の様子を紹介、何気ない情報だが安く旅行をあげるならこれはよくわかる。こうしてTDFとともに移動、最初のうちは平地なのであまり知らない地名が多いがその後は山に入り有名なツールマレー峠に向かう。ルルドの町に再び入り、ピレネー博物館を訪れる、入場料5ユーロ、ユーロは現在は135円前後だが2008年7月には175円もしていたらしく、何をしても割高感があったらしい。5ユーロは850円、安くはない。ここからは地中海沿いの道、ひまわり畑とTDFの中継でよく見る風景、プロバンスの町。フランスからイタリアに変わったとたんパスタがおいしくなりフランスパンがまずくなる、フルーツだけはいつでもおいしい、というのも面白い。イタリアから再びフランスに入り、ラルプデュエズへ、ここでも自転車で頂上を目指す観客と一緒にラルプディエズで観戦、見たいなあ、僕も。たなかそのこさんの「ツールドフランスを見に行きたい!」と一緒に買ったが、TDF好きの方には合わせ買いをお勧めする。一気に読んでしまった、来年7月になったらまた読もう。
7月のフランス 自転車とともに (えい文庫 176)

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グローバリゼーション 人類5万年のドラマ ナヤン・チャンダ ***

2009年08月01日 | 本の読後感
すべてはアフリカから始まったとして、ゲノム分析でルーツが分かる話を紹介。Y染色体マーカーを遺伝子分析するとその種類が分かり、ルーツもある程度特定できるという。筆者のM168マーカーは3万1000年から7万9000年前にアフリカで生きていた男性を起源とし、筆者が持つその他のマーカーM89(東地中海レヴァント・マーカー)、M201(1ー2万年前に北インドのインダス川流域に達した)、M52(インド西部)と至る遺伝子分析により、アフリカのアダムが中東を経由しインドに至ったことが分かったとのこと。同様にオーストラリアマーカーといわれるM130、ユーラシアマーカーのM20、イラン・中央アジアのM9、シベリア南部から中国西部のM175などがあるという。こうした人類の広がりは食料調達と気候変動がもたらしたが、人類拡大のエンジンとなったのが、商人、布教家、戦士、冒険家だという。ローマ帝国の商人がインドとの通商を確立する上ではモンスーンの利用は不可欠であった。エジプトとインドの間を帆走するのに30ヶ月かかっていたのが、モンスーン(季節風)と潮流を活用することで3ヶ月へと劇的に高速化、18世紀に蒸気船が出現するまでその輸送速度は3ヶ月であったとのこと。モンスーン活用の発見前は1年20隻だった交易船が発見以降、ほとんど毎日出入りすることとなったとのギリシャ地理学者ストラボンの記述もある。ずっと時代は下って20世紀、大西洋をまたがる電信ケーブルが光ケーブルに変わられ始めたとき、1983年にはNYとLondonの間で同時に接続していた人数は4200人だったものが、1990年代に敷設されたケーブルにより130万人に激増、これは新たなモンスーンの発見であるとしている。商人と同様、布教、戦士も世界を駆けめぐっている。こうした世界の攪拌は民族分布の思いがけない様相を示している。ギリシャ以外の最大のギリシャ人都市はメルボルン、カンボジア人いとってはロングビーチなど。ビジネスでは低価格ホテルの経営者はインド系グジャラー人、食料品経営者は韓国人、レストラン経営は中国人などなど。そして帝国の拡大は遺伝子の拡大でもあった。チンギスハーンのY染色体はアジアに住む男子の8%のDNAに存在する、これは1600万人に相当する、とのこと。そしてウイルス、細菌による民族征服である。武力よりもウイルスの方が他民族征服の力になっていたこともよく分かっている。 ジャレドダイアモンドの銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎とは違った切り口、マクニールの「疫病と世界史」とも違う、壮大な人類の拡散物語の解説本である。上下で5000円はちょっと高いか。
グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上)
グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (下)

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ツール・ド・フランスを見に行きたい! たなかそのこ ****

2009年08月01日 | 本の読後感
筆者自身が撮影した写真が沢山掲載され、ツールに関心がある僕としてはとても面白い。2008年のTDFはサストレがマイヨジョーヌを獲得したが、筆者も書いているように、ランスの連覇以降、TDFではドーピング問題が盛り上がりに冷水をかけ続けてきた。TDFファンでなくても、ファンならなお一層「やめてくれー」と思っているはず。2009年のマイヨジョーヌのコンタドールには是非そんなことがおきて欲しくない。今年のコンタドールはランスとのポジション争いがあったと報道されていたが、15ステージのベルビエ峠で一気にポジション争いに決着をつけた。頂上ゴールを目指す最後の登り、5.5kmで1分半の差をつけた二人の力の差は歴然、この5.5kmで今年のTDFは決まったと言える。たなかそのこさん、2009年のTDFにも来ていたのか、きっと来ていたんだろうと思う。TDFの写真レポートを書くということが、どんなに労力が必要なことなのか、3週間のレポートと写真でよく伝わってきているし、うまくいかなかった悔しさもよく分かるので、きっと2009TDFにもリベンジで来ているのではないかと思うからだ。サラリーマンではなかなか3週間のフランス旅行はままならないが、なんとか、いつの日にかは行ってみたい場所である。
ツール・ド・フランスを見に行きたい! (えい文庫 177)

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