意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

アルジャーノンに花束を ダニエル・キイス著 小尾芙佐訳 ****

2009年04月30日 | 本の読後感
主人公チャーリーは多少知的障害を持っている32歳、IQは68。パン屋のドナーさんのところで働かせてもらっているが、両親に捨てられたことも覚えていない。何をやっても人並みにできないので他の店員は彼をからかってちょっかいを出したりしていた。チャーリーはお人好しなので、自分が笑われていても、人が笑うのはそれが自分に対する嘲笑であっても楽しいこと。人が自分を見て笑いが巻きおこれば、チャーリーにとっては友達の証、その人たちは自分のことが好きなのだと信じることができた。大学の教授から、チャーリーに頭が良くなる手術を受けないか、という申し出がある。いつももっと頭が良くなりたいと思っているチャーリー、他の人たちと同じように本を読んだり書いたり、数学ができるようになることを望んでいた彼にとっては願ってもない申し出だった。

脳の外科手術の実験で、知恵遅れの彼は天才へ、チャーリイ自身が書いた報告が彼の知能の進歩を示します。原文ではどうなのかわかりませんが、日本語では漢字や句読点の使い方、文法など幼稚で読むのにも苦労する文章が、徐々に読みやすくなり、手術から時間が経つにつれて、高度なものへと進化していきます。チャーリー自身の変貌を報告書が示します。しかし、知能の向上がチャーリーにもたらしたものは、手術前に期待していたものとは全く違っていた。チャーリーの知能はさらに進んで、手術を施した教授たちをも凌駕するようになった。チャーリーは、知識の量に反比例するような疎外感を感じるようになる。頭が良くなればもっとたくさんの友達ができる、ひとりぼっちではなくなる、そう信じていた彼は、普通の人では一生かかっても得られないほどの知識を得たが、たくさんの友達は得られなかった。チャーリーのあまりの変化にに誰もが笑いを失い、彼を手術した教授たちも、チャーリーに劣等感を抱くようになってしまった。さらにチャーリーは今まで感じたことのなかった憎しみや驕りといった感情を抱き、多くの人間は賢いわけではない、ということに腹が立つ。彼と同じ手術を受けたネズミのアルジャーノンだけはチャーリーの悲しみと憎しみを理解してくれた。

アルジャーノンはチャーリーと同じように知能を向上させたけれど、段々情緒不安定になり、行動は凶暴になり死んでしまう。チャーリーは自分をそこに見出してしまう。チャーリーが天才になり、その後退行していくときの心の動き、心理、それらの描写が読者にそれぞれの思索の時間ときっかけを与えてくれる。とても印象に残る本です。
アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)
24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)
五番目のサリー〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)
五番目のサリー〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)
心の鏡 (ダニエル・キイス文庫)

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今からでも遅くない病気にならない健康生活スタイル ****

2009年04月29日 | 本の読後感
最近多くの企業の食堂などで目につくポップ、メタボリック症候群、として取り上げられている生活習慣病に対する健保組合などによる啓発活動です。ウエストサイズ、男性なら85センチ以上、女性は90センチ以上の場合で、血圧が高い(85~130以上)、高脂血症(中性脂肪150mg/dl以上など)、高血糖(空腹時血糖値が100mg/dl以上など)のいずれかに該当するとメタボリック症候群と見なされ、度合いを診断、保健指導を行うとしています。政府は健診受診率などにより高齢者医療の支援金を増減する仕組みを導入するので、健康保険組合としても社員の健康管理に真剣になります。生活習慣病はちょっとした注意で予防できると言われています、今年の4月からは健保などによる保健指導が強化されますので、言われる前に対策を考えてみてはどうでしょう。

上記に該当するかどうかは別にして、健康に過ごせることは、仕事をする、充実したプライベート生活を送る、いずれの場合にも基本となります。なかにはすでに障害や持病があり、その障害や持病とつき合いながら仕事や生活を組み立てなければならない方もおられるので一概には言えませんが、あらたな病気にならないように過ごす、ということはどのような方にも当てはまる重要なポイントではないでしょうか。

会社の仕事を進める上でも、同じ部署やプロジェクトに病人が出るとプロジェクトの生産性が落ちるので、組織長にとってメンバーの健康管理は立派な仕事の一つといえます。上記で話題になる生活習慣病のどれかになってしまえば仕事や生活に支障が出て家族や同僚にも迷惑がかかりますので、生活習慣病にならないことは通常の生活や仕事を今まで通りに続ける上で重要な要件といえます。「やる気」をもって仕事をすることは重要、とよく言われますが、健康であること、病気にならないことは仕事でも個人生活でも最も基本的な要件であり、健康はやる気の源泉、とも言えるのではないでしょうか。このように考えると、仕事もプライベートも充実させたいというワークライフバランスの基本も健康あってのこと、と考えることができます。「病気にならない生き方」という本もあるので、気になる方はそちらを参照いただければと思いますが、この本にも書かれているポイントはバランスの良い食事と適度な運動です。

食事と運動、いずれもプライベートなことなので他人にとやかく言われたくはないのですが、生活習慣病の予防であり、仕事のパフォーマンスやプロジェクトの生産性にも関係するとあれば、個人の内臓脂肪の量やウエストサイズという個人情報を健康管理組合が管理することに対しても、抵抗してばかりはいられない、と考えた方が良いのではないでしょうか。

食事に関してよく言われていることは「野菜と魚中心に腹八分目」、運動は「毎日続けられる有酸素運動」、どちらも毎日続けることが重要です。食事、運動量と肥満には単純な関係があり40歳男性で身長が170cm体重65Kgの場合、摂取カロリーにして一日2000Kcal程度が事務系サラリーマンの適量といわれています。

食事と運動について具体的には毎日何ができるのでしょう。

■ 食事:三食をバランス良く摂ることだといわれています。多くのサラリーマンの問題は夕食と飲酒。朝食昼食をそれぞれ600-700Kcal摂ったとすると夕食に摂れるエネルギーは700Kcalが限度、中ジョッキ350ccで150Kcal、串カツなど食べると一本で240Kcal、ピザは一切れで450Kcal、もうオーバーです。「もういいよ」とここで切れないでください。ちょっとした工夫で結構飲み食いできるのです。焼酎にすれば生の100ccで150Kcal、鯵のたたきならひと皿100Kcal、ひじきの煮物ならひと皿80Kcal、もづくならいくら食べてもタレの数Kcalです。飲み会の場所選びを和食健康路線に変更すればカロリーもだいぶ違ってくるかも知れません。

■ 運動:激しい運動を週末だけやるよりも、平日もできる「歩き」はいかがでしょう。目標は一日一万歩、これで330Kcal、わずかですが、毎日続ければご飯にして一杯半、焼酎が2杯余計に飲めます。一つ手前の駅で降りて歩くとして、たとえば会社まで30分、1分100歩とするとこれで3000歩、朝がつらければ帰りはどうでしょう。エレベータ待ちでいらいらする方、上なら二階、下なら五階くらいは歩いてみたらどうでしょう、一階分で20段程度ですので2Up-5Downで40歩-100歩です。

■ 計測:体重と血圧を毎日計測することは重要です。できればメモをとって家族の分も計ってあげたらいかがでしょう。Wii FITを買って家族で楽しむという手もあります。毎日計測しノートに付けるだけでダイエットに成功した方は多いと聞きます。まずは現実を見つめることが重要で、計測するだけでも生活習慣病予防に効果があると言われています。

メタボリックなんて自分には関係ない、営業職なのでそのようなことは無理、人生楽しく生きたいので我慢はしない、もう手遅れ、などなどいろいろな方がおられると思いますが、病気にならないことは誰にでも関係があり、職種にかかわらずできることはあります。人生楽しく生きるためにあらたに病気にならないことは大切で、もう手遅れということはないと思います。

病気にならない生き方、進めてみませんか。
今からでも遅くない病気にならない健康生活スタイル
病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

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ただマイヨ・ジョーヌのためでなく ランス・アームストロング ****

2009年04月28日 | 本の読後感
ツール・ド・フランス、聞いたことがある方も多いと思いますが、毎年7月にフランスを中心に行われる自転車レース、1999年から7年連続で総合優勝したのがアメリカ人のランス、彼が睾丸癌に罹って回復し、7連覇するまでの物語、感動します。ガンにかかって回復するだけでも感動するだろうし、ツール・ド・フランスで優勝するだけでも大感激だと思うのですが、回復率2割の睾丸癌と闘って回復、その後の自転車レースへの復帰と連勝につなげる、これはサラリーマンや自営業にかかわらず聞いてみたい話ではないか。アメリカ人の成功物語ではないか、という意見もあると思いますが、それはその通り、成功者の自伝です。しかし、この話に勇気づけられ自分も何とかできると思える人は多いのではないでしょうか。欧州と米国の文化の違いを受容する米国人の心理やパートナーとの別離など、日本人からみるとわかりにくいアメリカ人の心理にふれることができる描写もあります。自転車に興味がある方、ガンに罹っていて治療中の方、サラリーマンで限界を感じている方、お勧めしますよ。
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫)
ミラクルトレーニング―七週間完璧プログラム
マイヨ・ジョーヌ ― 伝説の1999-2005ツール・ド・フランス写真集
毎秒が生きるチャンス! ナリッシュブックス

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わたしの京都 渡辺淳一 ***

2009年04月27日 | 本の読後感
昭和26年、高校の修学旅行で京都に初めて行ったときの思い出、琵琶湖の明るさと春の京都の桜の華やかさ、これで千年の都京都の魅力にとらわれた話、札幌の4月といえばまだまだ山には雪、里にも残雪が残っているのに、京都では桜が満開、この差はなんだ、という気づき。壬生義士伝で新撰組の南部藩出身の吉村貫一郎が京都の桜をみて、「南部の辛夷は北に向いて咲く、だがらづえーんだ」という科白を思い出す。渡辺さんが北大の教養課程を終えて、大学専門課程へ進むのに京大を受験するために京都にきて財布をなくし、1ヶ月も安宿に泊まってついでに京都観光をした話も、渡辺さんの人柄が京都の宿のおばちゃんの好意につながった、ということが読者にはわかる。京都ことばには「否定語」がない、という話。京都の人は他人にものを取ってもらうときに「ちょっとそこのもん取ってくれはらしまへんやろか」などというが、くれはる、という丁寧語にしまへんという否定形を挟んでやろか、という疑問型で相手の気持ちを聞く形にして、取ってください、というお願いをする。京都弁には命令形もないことに僕も気がつく。渡辺さんが35歳の時に知り合った祇園の芸妓に多くのことを教わったという話、これも渡辺さんの小説ににじみ出てきていると感じる。東京のクラブは客の数で課金するが、京都の御茶屋は付いた芸者の数と時間でお線香代として課金される、という話、請求書を送るにしてもふと庭に落ちていた落ち葉を入れてくるのは祇園のお茶屋、コンピュータで出力された紙を送ってくるのは薄野のクラブ、請求書送付にかかっている費用は変わらずとも、払う方からすれば祇園に先に振り込む、こうした多くのトピックスで著者がいかに京都に関心を持ち続けていたかを訴えている。京都出身の僕としては面はゆい部分も多いが、その通りですよ、ともいいたくなる僕は、渡辺さんからすれば典型的な京都人でしょう。
わたしの京都 (講談社文庫)
懲りない男と反省しない女 (中公文庫)
男というもの (中公文庫)
鈍感力
これだけ違う男と女 (中公文庫)
秘すれば花 (講談社文庫)
愛の流刑地〈上〉 (幻冬舎文庫)
愛の流刑地〈下〉 (幻冬舎文庫)
夫というもの (集英社文庫)
光と影 (文春文庫)
遠き落日〈上〉 (集英社文庫)
遠き落日〈下〉 (集英社文庫)
失楽園〈上〉 (角川文庫)
失楽園〈下〉 (角川文庫)
シャトウルージュ (文春文庫)
うたかた (集英社文庫)

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海の稜線 黒川博行 ***

2009年04月27日 | 本の読後感
東京から研修に一年期限で大阪に来たキャリア警部補 萩原と、ブンこと私立大学出の文田巡査部長が本物語りのメイン。関西と東京の掛け合い漫才であるが、真剣勝負は東京のキャリアの圧勝、しかし、刑事部長総長の娘でほとんど登場しないがマドンナである伶子をモノにするのはブン、名を捨てて実を取ったのか。関西出身の僕としては逆の設定で行ってほしかった。例えば、京大出でキャリアの警部補が大阪に研修、そこに東京の私立大出身の巡査部長がいて、事件は京大出が見事に解決するが、京都のマドンナは東京出身が攫ってしまう、という、こちらの方が面白くないかな。とにかく、黒川さんの関西弁対東京弁の掛け合いは、ブンと総長の関西弁同士の掛け合いとともに、ボケとつっこみの応酬につぐ応酬で楽しめる。そうか、ここで気がついた。普通のレベルの東京出身者が大阪にきてもこの激しいボケとつっこみの応酬にはついて行けない、キャリアの萩原だったからこそ意識せずとも対抗できたということか。黒川さん、そこまで考えていたか。一艘船主の話、船の保険金の話、どのくらいの時間で499トンの船は沈むのかという話、いずれも単なる取材だけでかける内容なのか、おもしろい推理トリックと併せて興味深い。
海の稜線 (創元推理文庫)
煙霞
暗礁〈上〉 (幻冬舎文庫)
暗礁〈下〉 (幻冬舎文庫)
疫病神 (新潮文庫)
迅雷 (文春文庫)
悪果
カウント・プラン (文春文庫)
国境 (講談社文庫)
切断 (創元推理文庫)
封印 (文春文庫)

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10万時間の自由―定年後のライフプラン 紀平正幸 ***

2009年04月26日 | 本の読後感
「10万時間の自由」という本を読みました。定年後の自由時間は約10万時間、これは社会に出てから働いてきた時間とほぼ同じくらいの長さですよ、どのように活用するか考えたことありますか、という問題提起と活用事例紹介の本です。 式にすると次のようになります。

社会人になってからの労働・通勤時間合計 10時間X40年X250日 = 10万時間
定年後の自由時間合計 14時間X20年X365日 = 10万時間

言われてみるとドキッ!としますが、計算するとその通り。自由時間活用のキーワードは紀平さんによると3つ、「金」、「健康」、「生きがい」。現役時代とこの部分は同じですね、安定収入、家族と本人の健康、そしてやりがい。現役時代にはなにかと背負うものが多くて、出産や育児、親の介護というプライベートな部分から、会社では責任ある仕事を任され、モチベーション高く会社や社会に貢献することが求められます。定年後には現役時代のように背負うものは多くはありませんが、「金」、「健康」、「生きがい」という根本部分は現役時代と共通です。しかし定年後、使える時間が全く違うことが分かります。この自由時間をどう活用できるか、これが鍵です。

「金」

夫婦二人でまずまずの生活を続けるには月35万円の安定収入が必要、と言われていますが、世代によって期待できる年金額が異なります。紀平さんによると次のように計算されます。計算前提はサラリーマンの夫が厚生年金に加入、妻は専業主婦で国民年金加入後、昭和61年からは3号被保険者となったとします。昭和19年生まれの世代は60歳から厚生年金の基礎部分、62歳からはさらに報酬比例部分が支給され85歳までの年金支給額は合計7395万円、一方生活費、趣味、リフォーム費用など必要なお金は9550万円、定年時に必要な貯蓄額は差し引き2155万円です。これが昭和29年生まれでは老齢基礎年金支給開始年齢が65歳になるため収入合計が6535万円になるので必要貯蓄額は3015万円になります。さらに昭和39年生まれの方では65歳にならなければすべての年金は支給されないので、収入合計が5796万円で、必要貯蓄が3754万円となります。世代によって1600万円もの格差が生じることになります。紀平さんは対策の一つとして自宅のオフバランス化、つまり賃貸住宅やいくつかの投資のポートフォリオパターンを推奨しています。

「健康」

健康維持と病気、入院、介護時の対応に分けて考えます。適度な運動、パートナーで共通の趣味、年齢に応じた食生活です。定年後は健康でなくなった場合の対応が心配です。こうした心配のため保険に入っておこうと考えますが、実際の入院や通院で必要な金額と加入している保険のカバー範囲を年齢に応じて見直すことが必要です。しかし、若い頃加入した保険の条件のままにしている方多く、40歳以降は支払う保険料の方が多い場合があるので注意が必要とのことです。介護についても、実際に介護が必要になる確率は70~74歳で3.9%、75~79歳で5.5%であり、80歳をすぎても10%と、10人に一人の割合で懸念される介護のために個人はどのくらいの準備をしておくか、という問題です。公的サービスを期待したいところですが、夫婦や子供との今からのコミュニケーションにより、将来の健康問題の懸念解消を図る方が健全、とも考えられます。そしてなにより病気や寝たきりにならないことが重要、生活改善は積み重ねが重要、急にはできませんので気がついたその日から心がけましょう。

「生きがい」

現役時代には「今日はなんかモチベーションが上がらない」などとぼやきながら、原因を会社や上司のせいにしていたやる気・やりがい、定年後は誰のせいにもできません。定年後の生きがいに共通して大切なのは「社会貢献」と「自然とのふれあい」だそうです。インタビューを読んでみると皆さん、生きがいを自分で探して見つけ、そしてそれを持続させる努力をしています。現役時代より自然に近い住まいで、世の中のお役に立っている、と感じられることが生きがいだ、という方が多いのです。現役世代の私たちも、やる気・やりがい、同じことではないでしょうか。そして現役時代に培った人脈や経験、ノウハウ、資格、趣味、パートナーとのコミュニケーションがすべて活かされてくる、というのも皆さん共通しています。定年後、急に田舎暮らしをしたり、未経験の農業に転向したり、という方は成功していません。現役時代からパートナーと一緒に徐々に生活パターンを切り替えていった方が成功しています。つまり、現役時代の人脈などの「貯蓄」が人生の「引き出しを」増やし、定年後の10万時間を豊かにする、ということなのです。

子育てでも「貯金」説があります。生まれてから本当にかわいい12歳までが「かわいい思い出貯金」が増える期間。それ以降は反抗期もあり、憎たらしくなって悪さもするが、社会人になるまでは、子供が12歳になるまで貯めていた「かわいい思い出貯金」を引き出し続けて、面倒を見る、ちょうど「貯金」がトントンになる頃に自立する、という説です。定年後のバランスシート(B/S)もこれと同じなのかもしれません。貯金や年金などの「資本」の部充実は重要ですが、現役時代にこのB/Sの右と左のバランスを取りながら、友人や趣味、家族との良好なコミュニケーションなどどれだけの「資産」を蓄積できるかで、定年後の10万時間の有効活用可能性が決まります。あなたの「資産」はどれだけたまっていますか。
100歳までの作法と“お金”―「逆算の人生設計」してみませんか?
10万時間の自由―定年後のライフプラン (幻冬舎セレクト)
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輪違屋糸里 浅田次郎 ****

2009年04月25日 | 本の読後感
この本と「壬生義士伝」を読んで、京都の壬生に散在する八木家跡地、輪違屋、角屋、島原大門跡、壬生寺などを見て回ったこと思い出します。芹沢鴨が暗殺された部屋に案内されたとき、ほかの見学者たちは説明者に従って屋敷を反時計回りに見学、僕は一人で反対周りをしていました。説明者が鴨居の向こうで「この刀傷が芹沢鴨のつけたもの」とか言っているので「どれどれ」とかいいながら触ったら鴨居の向こう側でこちらをみていた他の見学者たちが一斉に「何をするの」という顔で僕を見つめる、何か悪いことでもしたのかと鴨居の反対側に回ると「刀傷には絶対にふれないでください」と墨守されているではないですか。ちょっと恥ずかしい思い出です。

この本の題名、輪違屋とは京都島原の置屋、糸里は輪違屋にいる天神と呼ばれる芸妓です。島原の芸妓は禿(かむろ)と呼ばれる使い走り、そして半夜、鹿恋、天神と出世します。そして島原の芸妓の最高位を「太夫」(たいう)と呼び朝廷から正五位の位を授けられたそうです。島原では自分の置屋の太夫を「こっちのたいう=こったい」と呼んでいたという話もありました。島原の天神・糸里と吉栄、菱屋の妾お梅、前川のお勝、八木のおまさ、この5人の女と新選組の隊士たちが幕末の京都に起こる様々な出来事に絡み合って描かれています。将軍護衛の名目で集められた壬生浪士達。時間がたつごとに狼藉が目立つようになり、京都の町衆からも好かれず、芹沢が島原の花魁を斬殺したことから、その花魁を姉のように慕っていた糸里は、壬生浪士達の内部抗争に巻き込まれて行きます。

本書の主人公は実は芹沢鴨、従来芹沢は酒乱で乱暴者という印象で良い人物に描かれたことはありませんが、本作品での芹沢は教養があり剣が強く国の将来を憂う立派な武士。一方、土方は陰険な策謀家、自分に惚れている糸里を芹沢暗殺の策謀に利用できる男。近藤・土方・沖田といったメンバーは百姓や足軽上がりの人物として描かれます。近藤は石頭で武士になりたいと願いながらもなりきれない男、永倉は正義漢でいいやつ。芹沢の愛人のお梅も、菱屋の愛人と蔑まれながらも傾きかけた店を立て直すいい女、一途な彼女に魅力を感じる読者は多いのではないでしょうか。

新撰組については結局あまり詳しいことはわかっていないことが多く、こうした物語を書く立場からすると自由度が多い、つまり話を作れるということらしい。この本では芹沢暗殺とは守護職松平容保が近藤・土方らに課した踏み絵。百姓や足軽上がりの人間が侍になるには剣の腕が立つ本物の侍を斬って初めて侍になれるというもの。

土方を慕う糸里や平山の子を身籠った吉栄らを使い、土方や沖田らは、芹沢一派の暗殺を計画し実行する。土方は芹沢らを暗殺した後、利用した糸里と吉栄までも殺そうとするのですが、糸里が毅然とした態度で吉栄を守り、土方も糸里の前に手が出せなかった。その後、吉栄は糸里の生まれ故郷で子供を産む。土方と決別した糸里は花魁となり、吉栄とその子の行く末を会津の殿様に約束させる。愛する人とともに生きる事ができなかった糸里の思いを、もう一人の吉栄が受け取り、生まれた子供をしっかりと育てていく決意をする。この終章はしっかりと生き抜く覚悟を決めた二人の女の強さがすばらしく描かれていたと思います。
輪違屋糸里 上
輪違屋糸里 下
壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2
壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3

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翳りゆく夏 赤井三尋 ***

2009年04月25日 | 本の読後感
江戸川乱歩賞受賞作品。20年前に起こった誘拐事件、犯人は身代金を奪取したのだが警察の追跡を受けて事故を起こして死んだため、誘拐された赤ん坊の行方も分からない。その犯人には比呂子という娘がいた。比呂子はその後親戚に引き取られ、実の子供同様に育てられ、成人して東西新聞社の就職試験を優秀な成績で合格した。その時、週刊秀峰に「誘拐犯の娘を記者にする大東西の公正と良識」という記事が載った。東西新聞の入社が内定している比呂子は、20年前に横須賀で起きた誘拐事件の犯人の娘であった。雑誌に記事が出たことで、比呂子は東西新聞の内定を断ろうとしていた。人事厚生局長の武藤や、社長の杉野がこれを押し留めようとした。

この記事を出した週刊秀峰の意図を疑うとともに加害者家族への二次的社会的制裁に問題を感じる東西新聞社の上層部は、事件当時謎を残しながらも被疑者死亡のまま終決とされてしまったこの事件を洗いなおす事にした。担当を命じられたのは梶、彼は今は人事厚生局長となった武藤とともに20年前、横須賀支局で事件の取材に当たっていた。梶は当時事件を担当していた退職刑事の元を訪れ、事件の詳細を再確認する。事件では横須賀市内の総合病院で乳児が行方不明になった。そして病院長のもとに五千万円の身代金を要求した脅迫状が届く。犯人は警察の裏をかき、身代金を手にするが、少しの気のゆるみから警察に追われることになり、追跡の末共犯者の女性とともに事故死、誘拐された乳児も行方不明になったのだった。

梶は当時の関係者から事件についての詳細を知るに従って疑問を抱く。比呂子の父親は本当に犯人だったのか。梶は一つ一つのできごとを丹念に洗い出していったとき、今まで見えなかった真実が見えてきた。全体構想や挿入されるプロットの一つ一つがとてもよく練られ、考えられた作品。登場人物の心理状態も細かく描写されていて、なにげない言葉に埋め込まれた事件の真実への伏線も良い。新聞社が会社を挙げて誘拐犯の娘を社会的差別と偏見から守り、そのことを記事にした週刊誌の編集長を追いつめる。新聞社はその娘を日本での好奇心だらけのの目に晒さないため、ワシントン支局勤務にして入社を実現させる。加害者家族への差別は理不尽だとして敢然と戦うマスコミを描いている。社長がそこまで新人人事に口を出すのかと疑う方もいるかもしれないが、そんなことは作品上大きな問題ではない、そういう正義感ある社長がいるかもしれないのである。
翳りゆく夏 (講談社文庫)

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病気にならない生き方 新谷弘実 *****

2009年04月25日 | 本の読後感
毎日の食生活などをどのようにするかについて大いに影響を受けた本。新谷さんによると、「ビタミンやミネラルは補酵素、つまりコエンザイム。一番大切な酵素・エンザイムの働きを助けるという、ビタミンやミネラルはいわば脇役なのです。消化吸収はもちろん、細胞が新しいものと入れ替わる新陳代謝も、体内に入った毒素を分解し解毒しているのもエンザイムの働きです。そのため、エンザイムの量と活性度が健康状態に大きく影響するのです」

酵素を補う食事とは、1.非加熱の食品を多く摂る。2.発酵食品を多く摂る。3.食べすぎを控える。4.時間をかけて、良くかんで食べる。5.動物性の食べ物を控える。6.夕食は寝る4~5時間前に終える。

さらに、こうした状態を維持するのに役立つのが「腸内洗浄-コーヒーエネマ」。便秘気味の方はもちろん、そうではない方でも腸の中に出るべき便が長くたまっている状態が続くことは体への負担、できるだけスムーズに早く排泄するための方法として毎日の腸内洗浄を薦めています。

この本を読んだのは2005年11月、それ以来コーヒーエネマを欠かさず続けていて本当に快調(腸)です。体もすっきり体型になり、風邪を引いたりしなくなり、体も不調になることがなくなりました。なにか新興宗教の勧誘のようですが、一読を勧めます。
病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-
病気にならない生き方 2 実践編
病気にならない生き方 3 若返り編 (3)
【図解】病気にならない生き方

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ハゲタカ 真山仁 ****

2009年04月25日 | 本の読後感
真山さんがセミナーなどで語るのは「本当にそうなのかをいつも疑え」常識と言われていることを疑う、ニュースや新聞で報道されていることでも、いろいろな角度からものを見てみることが重要。社会での出来事を単一価値観でしかとらえられないということは大きな間違いに向かって国全体が進んでしまう危険性を孕んでいる。「ハゲタカは日本を食い物にする悪者」ということ、日本の企業が倒産するのも、日本企業の株が買収されるのも、日本で失業者が増えたのも、格差社会になってしまったことも、ハゲタカファンドが格安で日本企業を買いあさったせいだ。日本の経営者は自分の責任をハゲタカファンドに転嫁して責任逃れをしていないか、などという趣旨。この本「ハゲタカ」はこうした著者の主張から生まれたのか。

ニューヨークでジャズピアニストを目指していた、鷲津(この名字もハゲタカからきているのか)は企業買収のプロ、「ケネス・クラリス・リバプール」のアルバート・クラリスに見込まれてニューヨークの投資会社の社長に転身。日本ではバブル経済絶頂期であった。その後バブル崩壊後の日本で、破綻寸前の銀行から債権を買いとって、瀕死状態の企業を次から次へと買収する。一方、4年前に割腹自殺を遂げた、花井淳平のことも調べていた。大蔵省と当時の取引先の銀行に騙されたという花井には、いったいなにがあったのか。バブルの崩壊後、証券会社や銀行が破綻した背景を盛り込み、破綻寸前企業をむさぼるハゲタカファンドを描く、元新聞記者の真山仁の「ハゲタカ」が本書である。

1997年、大手都市銀行「三葉銀行」総合企画部の不良債権処理チーム資産流動化開発室室長芝野健夫は、不良債権を一括して売却処理する「バルクセール」の責任者として、「ホライゾン・キャピタル」代表取締役として日本に送り込まれた鷲津と出会う。ニューヨーク駐在経験が長い柴野は企業再生のプロではあるが、政治家や反社会的勢力と癒着して債権を隠したまま処理する会社上層部のやり方に不満を感じていた。栃木県の名門リゾートホテル「ミカド」を経営する松平家の長女貴子は父親で経営者である重久の反対を押し切ってスイスのホテル経営を学ぶ大学に留学、帰国後も「ミカド」に戻らず外資系ホテルで実績を上げていた。しかし、バブル崩壊と放漫経営で「ミカド」は二進も三進もいかない状態になっていた。鷲津、芝野、貴子の三人の「人間ドラマ」が描かれる。

1997年から2004年という間に多くの国民が深く知ることなく進んでいた不良債権処理や企業破綻と再生、企業買収の描写に引き込まれてしまう。ハゲタカがやっていることは日本を食い物にすることなのか、「それは本当なのかを疑う」という真山さんの指摘通りの描写です。一族で私欲を貪って経営しているオーナー企業があって、経営が行き詰っているのにもかかわらず、贅沢三昧をしている人間にはその経営責任を取らせるということも描かれます。続編の「ハゲタカ2」とあわせてお薦めです。
ハゲタカ(上) (講談社文庫)
ハゲタカ(下) (講談社文庫)
ハゲタカ2(上) (講談社文庫)
ハゲタカ2(下) (講談社文庫)


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プラハの春 春江一也 *****

2009年04月25日 | 本の読後感
著者が外交官として実際に赴任した、チェコスロバキアでの体験をもとに書いた小説「プラハの春」。現地では日本人は第三者、特に外交官という立場では客観的な事件として出来事をとらえることができたのだと思うが、物語は「プラハの春事件」とは利害関係のない堀江亮介という外交官の視点で書かれており、事件の進行を第三者的視点から見るという形で読むことができる。実際に赴任していたという経験が生きていて、非常に細かく歴史的背景が書かれている。「プラハの春」は1968年、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動。自由を勝ち取ったかに見えた「プラハの春」が、ソ連軍という共産主義国家に蹂躙される様子を、日本大使館勤務だった外交官の著者の体験をもとに主人公の堀江が語る。彼が愛する東ドイツ人女性カテリーナは、大学教師の反体制活動家。プラハの街に押し寄せるソ連の軍隊、しかし、プラハの町は奇跡的に中世の街並みを保っています。物語に出てくるレストラン、ホテル、ビアホールなどが、今も健在であることを知るとうれしくなる。「プラハの春」の続編、「ベルリンの秋」「ウィーンの冬」もおすすめ。
プラハの春〈上〉 (集英社文庫)
プラハの春〈下〉 (集英社文庫)
ベルリンの秋〈上〉 (集英社文庫)
ベルリンの秋〈下〉 (集英社文庫)
ウィーンの冬〈上〉 (集英社文庫)
ウィーンの冬〈下〉 (集英社文庫)


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イタリアの自転車工房物語―49の自転車工房と5つの自転車博物館&教会を探訪 ****

2009年04月25日 | 本の読後感
少し前に買った本、トイレでいつも読んでいる。イタリア北部地方を中心に点在する自転車作りのメーカー、工房を紹介している。有名なピナレロやデローザ、ビアンキから日本では無名の工房まで、実にイタリアでは小さな町の小さな自転車メーカーがあることに驚く。取材は1995年から2005年までなので、今ではクローズしてしまったメーカも多い。巻頭にコルナーゴとデローザの言葉が紹介されているが、本当に自転車作りが好きなのだ、そして自分の技術に誇りを持っていることがにじみ出ている。日本の雑誌の取材なのであまり強くは語られていないが、カンパニョーロへの誇りとシマノへの対抗意識も相当のものがあるのではないか。日本にも昔は陸王や目黒など数多くのオートバイメーカーがあったが今残るのは4社、イタリアの自転車工房も同じような歴史をたどるのだろうか。
イタリアの自転車工房物語―49の自転車工房と5つの自転車博物館&教会を探訪 (ヤエスメディアムック―CYCLE SPORTS (136))
日本のオートバイの歴史。―二輪車メーカーの興亡の記録。

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平成宗教20年史 島田裕巳 ****

2009年04月24日 | 本の読後感
何と言っても、「創価学会は必ずしも宗教組織というよりもむしろ民族に近い」というご指摘、これは至言です。初めからいうと、オウム真理教、幸福の科学、統一教会、創価学会、法輪功、真如苑、パナウェーブ、スピリチュアル・ブームなどという宗教が取り上げられている。酒鬼薔薇聖斗と西鉄バスジャック、秋葉原トラック突入事件、これらはオウム真理教事件を幼心に刻まれた同世代が時をまたがって犯した事件、という分析にも目から鱗でした。創価学会は日蓮正宗と喧嘩別れ、以後日蓮正宗側には創価学会の金が入らなくなり、創価学会側は法事や法要、葬式ができなくなった、戒名を廃止、以後友人葬になったこと、生長の家、ブラジルでは信者250万を越えている、こういう話は知りませんでした。「日本の10大新興宗教」の続編として存在感ありますな。
平成宗教20年史 (幻冬舎新書)
日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)
創価学会 (新潮新書)
新宗教ビジネス (講談社BIZ)
資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代
民族化する創価学会 ユダヤ人の来た道をたどる人々
慶應三田会―組織とその全貌

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日銀券 幸田真音 ***

2009年04月23日 | 本の読後感
物語は、経済学者の中井が英国の友人に誘われて南アフリカに旅をして、旅先で若い女性に出会うところから始まる。2003年に日銀の政策審議会委員になった中井、その後に史上初の女性副総裁として登場する芦川笙子はなんと南アフリカで出会った女性だった。この60歳を超えた中井と39歳の芦川笙子とのアフェアを絡めた経済小説なのだが、中井と笙子の恋物語が嘘くさくて、この小説には要らないのではないかと感じた読者は多いのではないか。物語には短資会社のディラーである三上とその部下も登場させ、先輩が後輩に教える形で短資市場の状況を読者に説明している。長引く異常なゼロ金利状態、日銀による量的緩和政策が危うい前提に立っていることを理解しながらも、緩和政策をやめられない日銀とその状況のなかで危機感さえも薄れてきた短資ディーラーの状況も解説する。その後2005年に笙子が仕掛ける、日銀による金利引き上げ、金融引締め、その後に続くドル安、米国債暴落、日本国債の外人買い、というお話。初老の日銀委員と39歳の美人副総裁の恋物語などというへんてこな挿話は絡めずに、日銀の内部からみた日本経済の危機的状況を中心に物語を進めた方がすっきりとした小説になったのではないかと思う。
日銀券 上巻
日銀券 下巻
ロロ・ジョングランの歌声
タックス・シェルター (新潮文庫)
日本国債〈上〉 (講談社文庫)
日本国債〈下〉 (講談社文庫)
cc:カーボンコピー
小説ヘッジファンド (講談社文庫)
偽造証券 (新潮文庫)
バイアウト
コイン・トス (講談社文庫)
傷―邦銀崩壊〈上〉 (文春文庫)
傷―邦銀崩壊〈下〉 (文春文庫)
凛冽の宙 (小学館文庫)
あきんど―絹屋半兵衛〈上〉 (新潮文庫)
あきんど―絹屋半兵衛〈下〉 (新潮文庫)
代行返上〔文庫版〕 (小学館文庫)

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シマノ 世界を制した自転車パーツ 山口和幸 ****

2009年04月18日 | 本の読後感
シマノの「デュラエース」、自転車乗りならまあ誰でも知っている自転車パーツの最高級品、実はジュラルミン+エースの造語だったことが紹介されています。1999年、シマノは自転車レース「ツール・ド・フランス」を制しました。「デュラエース」搭載車が初優勝を遂げたのです。その後ツール・ド・フランスを4連覇しました。ランスアームストロング用のペダル、ツール・ド・フランスでの勝利、冷間鍛造、つまり熱を加えず金属を室温で、金型を用いて圧縮成型する技術、ギアチェンジをするときにスムーズにギアが変わる発見、緻密で積極的な海外戦略などシマノが日本メーカから世界のシマノに飛躍する歴史が紹介されています。このシマノもはじまりは、堺の小さな町工場でした。シマノがヨーロッパでの自転車ロードレースを意識して、デュラエースを発売したのは72年。自転車業界で初めて、変速機、ブレーキ、クランクなどを一つのコンポーネントセットとして設計、発売しました。僕の大学の同じクラスのH.K君がシマノに就職した、ということも思い出します。そういえばうちの学科は金属材料を専攻する人が多く、H.K君はひょっとしたらジュラルミンを研究していたのか。僕も卒論のテーマはチタン銅合金の疲労特性、先読みできていればシマノに入れていただき、チタン製のコンポーネントを開発するチームに、と妄想が広がります、これが77年。僕がロードレーサーを初めて買ったのは78年、当時デュラエースは買えなかったので、Shimano600というコンポーネントにしてもらい、とにかくDura-Aceというシールを自転車に貼ってもらいたかったので、クランクだけはDura-Aceにしたのを思い出します。そのシマノ、1979年には空気抵抗が少ないことをうたい文句にした「デュラエースAX」を発売するのですが、ペダルが壊れたりして返品が殺到、経営が傾く危機に見舞われました。1981年には開発が独善的だったとの反省から営業企画部を立ち上げ、お客様の声を聞き市場のニーズを探ることで巻き返しを図ります。

ブレーキとシフトレバーが一つになったSTI、ライバルサンツアーとの競り合い、シマノレーシングチームの存在、アトランタオリンピックを目指した戦い、などなど、技術者魂とでもいう逸話がいっぱい紹介されています。

シマノの技術者は、。イタリアのコンポーネントメーカーでヨーロッパではシェア占状態の名門、カンパニヨーロが実は大好きな技術者たちがそれに負けないものを日本で作ろうと考えているのです。自分が考えた技術に自信があるなら堂々と主張する文化、がシマノを発展させてきたのでしょう。本当にエンドユーザが求めているものが売れるもの、営業が「これは売れそうだ」という話を鵜呑みにしてはいけないんだ、という技術者魂がある。好きなことを仕事にするのが技術者にとっては最高の生き甲斐になる、シマノというのはそういう会社なんですね。
シマノ 世界を制した自転車パーツ

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