意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

オレンジの壺 宮本輝 ****

2009年01月31日 | 本の読後感
祖父の日記を読む、というところから発展する物語。 語り手は田沼佐和子、25歳。結婚したが1年で離婚、元亭主にいわれた言葉「おまえは石のような女だ」に傷ついている。父は田沼商事の社長、祖父の祐介がイギリスのスコッチやマーマレードの日本販売権を獲得したことを基礎に会社を発展させてきた。祖父は亡くなる際に子や孫に遺産として家や絵を遺したが、佐和子には若いときにつけた日記を残した。佐和子は今までその日記を見てみようとは思わなかったが、離婚をきっかけにして読んでみる気になった。日記には若き日の祖父が仏英の製品買い付け交渉に出航する1922年4月から11月までのことが記されていた。第一次大戦を終えたばかりの仏蘭西パリではまだまだ戦争の傷跡が残り、東洋人である祖父はパリで受けた人種差別にも言及している。そのような歴史や欧州事情に全く疎い佐和子は日記の背景について学んでみようと思った。日記にはパリで知り合ったアスリーヌ夫人とその娘ローリーヌのこと、そしてローリーヌと恋に落ちて結婚、子供までいたことがかかれている。日記はローリーヌのお腹の中の赤ちゃんを残して祖父が日本に帰国するところまでしか書かれていないが、そんな話は佐和子は聞いたことがない。姉が、ローリーヌから来たと思われるフランス語の郵便物を祖父から預かっていたことがわかり、その翻訳を知人の弟、滝井に依頼する。手紙からローリーヌの娘はマリーというが、母子ともに出産時に死んだことを知る。しかし納得できない気持ちから滝井と共にパリに赴く。物語はパリからエジプトまで展開、実は裏の日記もあることが判明、その裏日記の持ち主がパリでの祖父のもう一人のパートナーであったことがわかる。いったい、祖父はパリで何をしていたのか、どういう人間だったのか、日記に出てきた「オレンジの壺」とは何なのか。結局マリーはスイスで生きていることがわかり、エジプトの裏日記の持ち主はパリでの祖父のスパイとしての役割を果たしていたことがわかるが、全貌は解明できないままである。しかし佐和子は満足感を持つ。

日記を読む前に比べると人生を客観視し、パリでの協力者滝井への好意も確かなものになる。佐和子は女性として人間として成長する。雑誌「Classy」に92-93年に連載された小説であり、20代で結婚に失敗した女性を励ますような内容である。この時25歳だった女性なら今は40歳、アラフォーであり、二度目の結婚をしていなければアラフォーシングル、「お一人様の老後」予備軍である。今のシングル化の芽は90年代前半に既にあったことが読みとれる。それにしても佐和子は無防備に滝井という独身男とパリやエジプトに旅行し、滝井もどうにかしたい気持ちをなかなか口にしない。二人はホテルの部屋で度々お酒を飲む、チャンスはあるのだが一線を越えることがない。現実にはいくら社長令嬢でもここまでおくての女性はいないのかもしれないが、Classyだからこれでもいいのかもしれない。アラフォーシングル女性が読んだら欲求不満になるだろう。宮本 輝の物語力は凄いものがあると感じる。この小説がサスペンスなら謎はほとんど未解決であり読者は不満だらけであるが、この小説ではそうではない。佐和子のせりふ「もうこれでいいの、終わりにする」ということで区切りがついた気になる。そして、佐和子の父の科白「敗軍の将、兵を語らず、勝軍の将、己を語らずだ」という言葉に納得してしまう。第二次大戦を十数年後にひかえるフランスからドイツのヒットラーの勢力増大やロシアと欧州の関係、日本の中国進出への欧州からみた意味づけなど作者の欧州史観や戦争観をかいま見せている。人間は進歩しているはずであり、日記は過去の人の成功や失敗を知る手がかりとなる。「勝軍の将も己を語れるのは日記」ということがわかり、祖父がなぜ日記を佐和子に残したのかも「語っておきたいことがあった」と思える。この後、日米欧は第二次大戦に突入するが、1922年時点でも敗戦復興のドイツ、資源獲得に血眼の日本が見えていて、経済的困窮や資源エネルギーが国を戦争に駆り立てること、肝に銘じる必要がある。資源エネルギー問題は現在は「環境問題」へと看板を掛け替えているが、根本は同じとみるべきである。今年のCOP15、ポスト京都議定書の国際合意でロシア、中国がどう動くか、米国、インドはどう変わるか、そして日本はどう考えるか、重要な歴史の局面である。
オレンジの壺〈上〉 (講談社文庫)
オレンジの壺〈下〉 (講談社文庫)

読書日記 ブログランキングへ
コメント

宣戦布告 麻生幾 **

2009年01月21日 | 本の読後感
北朝鮮による敦賀半島への少人数特殊部隊による侵攻を題材にした擬似パニックシミュレーション小説。現実の可能性は別にして、警察力では対応できないような外国による侵攻があった場合の、日本が取るであろう対応をシミュレーションしている。非武装中立、憲法九条の制約、警察対応の自衛隊対応への延長解釈などがリアルに語られ、省庁別対応や組織別、地方自治体と政府連携がいかに拙いことになるかを解説している。災害対応でも類似の問題があると感じるが、他国による侵攻がテーマであるだけに深刻かつ判断に急を要することが想定され、自衛隊という強力な軍隊を保有しながら、憲法と法律でその行動を縛っている現状の矛盾や独立国家として国を守ることの意義を感じる。最後の終息部分はフィクション小説にありがちな尻すぼみ感があるが、それまでの問題提起に本小説の価値はある。
加筆完全版 宣戦布告〈上〉 (講談社文庫)
加筆完全版 宣戦布告〈下〉 (講談社文庫)
コメント

シャングリラ病原体 フリーマントル ***

2009年01月15日 | 本の読後感
スパイ小説のフリーマントルによる人類滅亡の危機をもたらすウイルス(病原体)の恐怖を描くSF小説。新型インフルエンザのニュースが流れる中読むとスリルが増大する。アメリカの気候学者ストッダートは地球温暖化による危機の提唱者、彼が率いる救助チームが南極から発信されたSOS信号を頼りに基地に向かう。救助チームが発見したのは死骸だけ、それも急激に老化して死んだと見られるが、救助に向かったストッダート以外のメンバーも同じ症状で全員死亡する。同時にシベリアや北極、アラスカでも同様の報告が上がってくる。ストッダートはこの問題に対応すべく編成されたワシントンDCに本拠を構える国際混成チームのリーダに指名される。しかし、各国の政府メンバーは、この南極にもかかわらず、すべてを政治的に利用しようとするため、すべての情報を迅速に共有することや、その結果を共同で分析することが阻害される。そのため一層人類の危機が目前に迫る。シベリアのバイカル湖近辺で温暖化による表層氷の溶解により先史時代の人類の死骸が発見され、さらなる緊張が走る。原因は未知の細菌なのか、温暖化により融け出した昆虫やウイルスなのか、ストッダートのチームメンバーは自らの危険も顧みない活躍を見せるがやはり政治家の暗躍が足を引っ張る。問題の全解明はできずにストッダートと結ばれた女性の妊娠が、人類へのさらなる病原体の侵入を予見させる結末を見せる。新型インフルエンザ対策を進めている官公庁メンバーや自民党PTメンバーなどにも 読んでもらいたい。
シャングリラ病原体〈上〉 (新潮文庫)
シャングリラ病原体〈下〉 (新潮文庫)
コメント

三たびの海峡 帚木蓬生 ****

2009年01月07日 | 本の読後感
太平洋戦争末期、17歳の河時根が九州の炭鉱に強制連行されるところから始まる。強制連行や日本の朝鮮支配、民族差別を扱う作品はいくつかあると思うが、日本人が朝鮮人の視点で描くというところがユニークで、 朝鮮民族の義憤ということに傾斜しすぎることなく、歴史を踏まえ、両国の人々が偏見を理解し乗り越えた上で人間性を発揮する必要がある、というのが著者の訴えたいことではないか。労務主任・山本三次ら日本人の監視員担当メンバーは時根が労働させられている炭鉱で、リンチを服従の道具とし、 何人かの朝鮮人もまた陰湿に捕虜をいじめる。一年たつころには仲間は100人から80人に減り、必死の思いで脱走、近くの朝鮮人部落に救いを求める。同胞の口利きで飯場に身を隠し、ある日本人女性と親しくなる。終戦後、日本人女性は妊娠、祖国に帰るが、朝鮮人社会にも日本人との家族は受け入れられなかった。実の兄から絶縁を告げられ、路頭に迷う時根らを助けてくれたのは、部落で差別されていた白丁の老人だけ。老人の家で妻は出産。そのうちに妻は子供と共に日本から来た彼女の父親らに連れ戻されてしまう。時根はその後、日本語を使わず、日本との縁を絶ち 韓国でスーパーの経営者となる。日本に連れ戻された妻は子を立派に育て上げて、亡くなっている。ある時、日本で一緒につらい時を過ごした同胞から、山本三次が市長となり、ボタ山をつぶし、再開発を計画していると聞き、日本に渡る。教師となった息子・時郎との対面、山本市長の悪業の追及と汚職での逮捕、仲間が地下に葬られているボタ山で、今でも山本の部下である元朝鮮人労務に、思いをぶつける。この小説は創作であるが、朝鮮人連行や捕虜としての強制労働は歴史上の事実、日本人は広島 ・長崎の犠牲者であると同時に朝鮮、中国での残虐行為、拉致と強制労働の加害者であったこと忘れてはいけない。
三たびの海峡 (新潮文庫)

読書日記 ブログランキングへ
コメント

春の夢 宮本輝 ***

2009年01月05日 | 本の読後感
大学生 哲之の視点からの一年間の青春物語。最初からきっと結ばれるだろうと想像できる、良い感じの恋人陽子がいる。母親と別居していることや、死んだ父親の借金取り立てをしつこくせまるヤクザから逃れるため、片町沿線と思しき生駒山麓の町にあるアパートに引っ越ししているのだが、悲壮感は薄く、近い将来の幸せを予感させる幕開き。陽子の心変わりに対する疑念、ホテルのアルバイトで内紛に巻き込まれたりする展開はあるものの、最後はハッピーエンド。ストーリーの柱になるのが、文字通り柱に偶然、釘で突き刺してしまったトカゲ。アパートに引越しした夜、真っ暗闇の中でトカゲを釘で刺してしまい、そのトカゲがいつまでも生きているので餌をやって飼う、ありそうにない設定であるが、このトカゲを使って歎異抄を持ち出して生と死を語る。大学生が生と死を語るので、逼迫感はないが、大学生の時にこのようなことを自分は考えていたか、と言われると記憶にはない。トカゲが出てきて気持ち悪い、という方もいるとは思うが、僕の読後感はすがすがしい。
春の夢 (文春文庫)
コメント

深海のYrr フランク・シェッツィング ****

2009年01月02日 | 本の読後感
最初の異変は世界各地で起こる。ペルーの漁師が魚群に溺死させられる、ノルウェー海では新種のゴカイがメタンハイドレート層を掘っているのが発見、カナダではホエールウォッチングの船がクジラやオルカの群れに襲われ、世界で毒クラゲが大量発生、海難事故が続発、フランスではロブスターに潜む病原体による死者が出る。そして、北海での大規模な地滑りによる大津波でヨーロッパ北部の都市は壊滅してしまう、このあたりの記述の迫力は結構リアルなものがあり、映画にすることをすでに想定しているのではないかと感じる。米海岸でもカニの大群がもたらした病原体により人々がパニックを起こすが、これらすべては海で起こっている。ノルウェーの生物学者ヨハンソン、カナダの生物学者オリヴィエラ、海洋ジャーナリストのウィーヴァー、SETI研究者クロウ、カナダ先住民のクジラ研究者アナワク、など科学者が原因解明のために集められ、米軍女性司令官リーをリーダーにして緊急対応策を練る。科学者たちはこれらの騒動を引き起こしている海洋生物が異常な行動を取った原因として共通のゼラチン状物質を持っていることを発見、一連の事態の原因について、「地球の海には人類とは異なる進化をたどった知性生物が住んでおり、今起きている異変はその生物による警告、攻撃」という仮説を立てる。空母に乗り込み科学者達はグリーンランド海に向かう。リーダーのリーや米国CIAは事態を別の視点から捉え裏工作を進める。知性体Yrrとのコミュニケーションの可能性を探るが、Yrrからの攻撃により空母は沈没寸前。ヨハンソンはリーを道連れに自爆、ウィーヴァーはフェロモン物質を深海のYrrに届る。多くの登場人物が出てきて、主役である人物も死んでいって、リーダーが実は狂気をはらんでいたり、やはり映画化を意識したエンタテインメント志向。作者自身が4年もの歳月をかけて行ったという膨大な取材により、物語で起こる様々な事象が裏付けされている点が妙にリアリティを感じさせる。謝辞として挙げられた人々には、バイオテクノロジーの科学研究員や、生物学研究所の博士、海洋学、生物学、船体構造力学などを専門とする大学教授が名を連ね、関連するサイエンスとしては地球科学・海洋生物・海洋大循環・プレートテクトニクス・遺伝子工学・地球外知的文明・石油資源産業・海洋科学技術など、多岐に渡っていて、著者の科学的裏付けに対する執着を感じる。著者は普段ニュースでも取り上げられる環境問題の重要性を訴え、地球温暖化や環境問題が海に対しても考えるべきポイントがあることを読者は気づかされる。上中下巻からなる大作だが、読者は次々に起こる事件に引き込まれるように読んでしまい、ドイツでベストセラーになったのも頷ける。著者はフランク・シェッツィング、1957年生まれのドイツ人。広告代理店でクリエイターとして活躍していた経歴をもつ。作家としてのデビューは38歳。本著作は4年を取材に費やして書き上げた傑作娯楽SF長編である。サイエンス小説好きには是非おすすめする。
深海のYrr 〈上〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)
深海のYrr 〈中〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-2)
深海のYrr 〈下〉 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-3)

読書日記 ブログランキングへ
コメント

万世一系のひみつ 竹内久美子 **

2009年01月01日 | 本の読後感
今まで出版された本をQ&Aのようにまとめた本。そんなバカな!やシンメトリーな男を読んだ方にはおなじみの話。主張があったのは「XY遺伝子」のYを残そうとするのが父系を継いで現在まできている天皇家のお世継ぎ問題。ここは何としても男子で、直系でなくても宮家の男子から次世代天皇を出してほしいという、遺伝生物学者としての主張である。世界で一番古い家系を持つという日本の天皇家、どうでもいいよ、という話ではないと思うが、誰が結論を出せるという問題でもない。急ぐ必要はないが、そのうち決めなければならない問題でもある。宮内庁が決めたり、国会が決めたりするのも限界があり、国民がどう思うかである。遺伝生物学は一つの見方であり、男子相続を主張する皆さんには理論的支えともなる主張である、が、まあしかしそれだけの話である。竹内さんには遺伝子学エッセイに集中してもらった方が面白いと思うがどうだろうか。
遺伝子が解く!万世一系のひみつ (文春文庫)
そんなバカな!―遺伝子と神について (文春文庫)
遺伝子が解く! 女の唇のひみつ 「私が、答えます」〈2〉 (文春文庫)
遺伝子が解く!男の指のひみつ (文春文庫―私が、答えます)
もっとウソを!―男と女と科学の悦楽 (文春文庫)
アタマはスローな方がいい!?―遺伝子が解く! (文春文庫)
遺伝子が解く!愛と性の「なぜ」 (文春文庫)

読書日記 ブログランキングへ
コメント