意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

内戦の日本古代史 倉本一成 ****

2019年01月08日 | 本の読後感

日本の対外戦争は4世紀から5世紀にかけての高句麗戦、7世紀の白村江の戦い、その後は秀吉の朝鮮出兵があって、明治維新まではそれだけ。海外からの襲来は新羅の入寇、刀伊の入寇、蒙古襲来があり幕末のペリー来訪まではない。一方、内戦では次の通り。邪馬台国時代の事はよくわからないが倭国大乱、古代では磐井の乱、物部戦争、壬申の乱、藤原広嗣の乱、恵美押勝の乱、蝦夷征伐、天慶の乱、平忠常の乱、前九年の役・後三年の役、治承・寿永の乱、奥州合戦、承久の乱、鎌倉の戦い、応仁の乱、川中島の戦いなどの戦国時代、関ヶ原の戦い、島原の乱、赤穂事件、戊辰戦争とここまでが明治維新以前。1500年程度の歴史で考えて、多いのか少ないのか、筆者は欧州や中東諸国、中国などと比して極めて少ないと評価する。これは中国大陸や朝鮮半島から海により隔てられていて、海外勢力による侵攻をあまり想定せずに中央集権国家建設の必要性を感じなかったためではないかという。逆に同じ理由から海外進出もほとんど企てることがなかったため、強力な軍事力を持つ国家という強い意志を持つ必要性も感じなかった。

確かに内戦を見ると、王権である天皇家に反逆した例はない。本気で王権を武力で倒す勢力は登場せず、王権側も革命に対応する武力を用意する必要性がなかったのも要因である。天皇の住まいである京都の御所は堀や高い塀もなく、守りも攻めも考えられていない。平安京に遷都して以降、王権を取り囲む支配層は藤原氏からはじまり、そのすべてが王権の正当性を信じて養護する立場を取り、武士となる平氏と源氏も桓武、清和の王権由来であることを正当性主張の主眼としてきたため、武力行使勢力でさえ王権サイドの世襲と言える。

謀反は数多いが、皇太子交代を企てたクーデター計画や王権側である藤原氏が仕組んだ陰謀以外は、出先機関である国府の襲撃事件で、そこには受領という地方豪族がいて民衆から収奪をおこなう一族がいたからである。王権から反逆者への追討も形式的な外交手段であり、大規模な戦闘や殲滅作戦ではなかった。そもそも追討自体も現地の豪族に命じていたほどである。王権側は反逆者を殺してしまうと怨霊に祟られることを嫌って穏便な解決策をとってきた。

天慶の乱の鎮圧にあたった藤原秀衡、平貞盛、源経基といった天慶功労者の子孫は兵(つわもの)の家として中央における軍事貴族の地位を独占した。こうして生まれた武士は検非違使や受領を歴任することを目指し、摂関家などの有力権門の家人になって周辺警備としての奉仕に務めることで密着を強めていった。こうして武士は貴族の中から生まれ、中央の貴族が自らは手を出さない戦闘や人殺しを職能とする集団となった。このようにして生まれた武士集団が鎌倉室町を通して中央政治に影響力を行使すると暴力的な時代となってしまう。明治維新はこうした武士の政治を断ち切り国民による政治を目指したはずだったが、欧米的な帝国主義国家を目指してしまう。そのプロセスで国民を兵士として教育し、武士道の価値観を教え込んだ。筆者は武士を「善」、貴族を「悪」とする価値観が国民の間で醸成されてしまったのではないかと推測している。そして現在でもそれは続いてはいないかと、戦後の民主社会の危うさに警鐘を鳴らす。本書内容はここまで。

倭健命の熊襲征伐、出雲征伐の神話は、1世紀から5世紀にかけての倭国大乱の歴史を、大和政権に都合のいいように書き直したものではないかと感じていたので、筆者の見解を知りたかった。中国の歴史書に登場する「倭国」が北部九州の勢力か、大和盆地の勢力なのかは確定できないが、弥生中期までは鉄器を北部九州勢力が寡占、その後大和盆地の勢力などにも鉄の需要が増加、鉄の物流を巡っての軋轢の結果が「倭国大乱」ではないかと筆者は推測している。もっとも大乱といっても大規模な戦闘ではなく、伊都国を盟主とした体制から後漢や魏からみれば窓口はどこなのかがわからない状態が続いてということ。その時代には北部九州、中部九州、山陰、瀬戸内、機内、北陸、東海という諸地域に勢力が次々に生まれていた。魏志倭人伝の卑弥呼は「ヒメミコ」、倭国は九州北部から中部にあったと筆者は推定する。その倭国が魏と結ぶのは、敵対する呉が南部九州勢力と手を組んでいたから。鉄の入手は出雲、北陸からも行われるようになり、百済と出雲勢力、新羅と北陸勢力が結びつく。ヤマト王権は白村江の戦いで破れた北部九州の勢力に代わり、百済・出雲勢力と手を組んで、その後、新羅・北陸勢力とも結んだ勢力が大和王権となったのではないかと私は思う。朝鮮半島や中国にはまだまだ未発見の資料があるはずだし、天皇陵とされている多くの陵墓を科学的手法で調査する必要性を感じる。

古代の内戦に関心があって本書を手にとったが、「おわりに」の筆者の思わぬ指摘に驚いた。大河ドラマでも京都の貴族はなにか滑稽に描かれている気もする。これからは気をつけて観察していかねば。

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