その後の流れを変えたかもしれない歴史上の決断や、個人にもその後の人生を変えることになる決断がある。その決断は果たして熟考された結果なのか、直感的に決めてしまったことなのか。本書ではいくつかの決断が紹介され、その決断に至る背景や、決断の結果もたらされた事柄が示される。関心のある歴史上の出来事や自分の人生を振り返る恰好の読み物であり、知的好奇心が刺激される。
マンハッタン島はイーストリバーとハドソンリバーに挟まれた島、しかし両方の川は最下流でありほぼ塩水、19世紀の水道開通までは住民の飲水はキャナルストリートの南にあったコレクトポンドという湧き水に依存していた。それが18世紀後半にできたなめし革工場の排水が飲料水を汚染し始めた。あまりに汚染がひどいので、NY市は池を埋め立てて住宅地にしたが、30年後には湧き水による地盤沈下と微生物による腐敗臭により住民は逃げ出し貧民窟になってしまう。NY市が埋め立てをする際には、公園にしょうという計画案もあったが、土地の売却益を得たかったNY市は不動産売却を決断したのが、結果的には不動産価値の低下を招いてしまう。この時代に、市民からの要望を受け止める仕組みや、環境問題、自然保護、地盤調査などの科学的分析を多様なメンバーで行うことが実行されていれば少しは異なる結果が待っていたのかもしれないが、埋め立てられた池は元には戻らなかった。
チャールズ・ダーウィンはビーグル号での世界旅行から帰還して2年後の29歳のとき、自分の結婚の是非について悩んでいた。彼は見開きのノートに結婚のメリットとデメリットを次のように記していた。メリット:子供、伴侶、家庭、話し相手・・・ デメリット:好きな場所に行く自由を失う、付き合いたくない人を選べない、クラブで切れ者の男たちと話ができない、妻との喧嘩、読書時間とお金不足、妻がロンドンを好きになれない可能性・・・。結論は結婚する。エマ・ウエッジウッドとの結婚は経済的安定とエマの信仰との衝突を招いた。各項目への重み付けができていたとしても、一次的な変数以上のそれらの結果としての無数の変数へのシミュレーションなどできるわけもなく、ましてやお互いの相性などは事前シミュレーションは困難である。
判断基準の多様性は出された結論に対してプラスに働く。専門性はプラスに働きそうに思えるが、統計学的にはそれはマイナス。陪審員の人種などの構成は多様であればあるほどただしい結論を導き出すという。つけ加えると、多様でない陪審員ほど、その結論に自信を持ち、多様な陪審員たちは結論に自信を待たない。これは個人でも、能力の低い人ほど自分を高く評価する傾向があるのと同様の傾向。
本書には、オバマ政権時代にオサマ・ビン・ラディンの隠れ家を極秘裏に突き止めた際の、急襲シナリオの検討プロセスや、宇宙に存在する可能性がある未確認生命体へのメッセージ発信の可否、家族で今住んでいるNYCからカリフォルニアに引っ越す場合の判断基準などの事例が示され、読者は「想像の翼」を自分に引き寄せて広げる時間と自由を与えられる。何を妄想してみるかはまさに読者次第、面白く読めるかどうかも読者次第。ここ数年で読んだ論述としては白眉だと思う。