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意思による楽観のための読書日記

あめつちのうた 朝倉宏景 ***

主人公は高校を卒業して、甲子園球場のグランドキーピングを生業とする阪神園芸に入社した雨宮。高校時代は東京の野球部マネージャーを務め、甲子園を目指したがあと一歩及ばなかった。その時のピッチャーが親友の一志、自分自身のLGBT性向に悩むエースだった。雨宮の弟傑は、同じ高校の野球部に入部し、一年生なのにスラッガーとしてレギュラーのポジションを掴んだ。小さい頃から運動神経が飛び抜けてよかった弟を羨んだ雨宮だが、当然今は、そんな傑の活躍を祈っている。雨宮が阪神園芸に入社して一年目の青春物語で、球場を愛するグランドキーピングの描写が最大のポイントになる小説。

語られるのは、甲子園球場の土と芝生を守る阪神園芸のプロフェッショナルたちの努力と、その技術を身に着けたいと必死でもがく不器用な雨宮。一つ先輩の長谷は2年前に甲子園優勝投手だが、肘の故障でプロ野球の道から阪神園芸に方向転換をした屈託を持つ。一志は、野球を続けるため、関西の大学野球部に所属、甲子園球場に勤める雨宮と連絡を取り合う。雨宮は、甲子園でビール売をしている一つ年上の女性、真夏と知り合い惹かれる。偶然だったが、真夏は長谷の高校時代の同級生だった。真夏は、ミュージシャンを目指しながら大学に通い、プロ歌手の道を模索している。

雨宮は父親との間に溝を感じてきた。父も学生時代は野球選手、いつも野球のうまい傑を贔屓にして自分は関心を持ってもらえなかったことを根に持ってきた。雨宮をいつも支えてくれたのは母だった。傑が一年生ながらも夏の甲子園に出場を果たす。先頭打者としてホームランを放つ活躍をするが、後半、傑が放った内野ゴロ処理の際にイレギュラーになり、一塁上で交錯して顔面を強打して、それが引き金になり、傑のチームは逆転で負ける。どんなに整備してもイレギュラーバウンドは防げるものではないと先輩に慰められるが、雨宮はグランド整備を担当している自分の責任を感じてしまう。

一志は大学で野球をする中で、自身のLGBT志向を先輩にほのめかす。その結果、野球部の中で特別扱いされ、居場所がなくなってしまったと感じる。そんな一志を雨宮は励ます。雨宮が好意を持つ真夏は、その後も雨宮と何回か合ううちに好意を抱く。雨宮が暮らすのは会社の寮、その隣に暮らすのが先輩の長谷。真夏は屈託を持つ長谷を励ましたいと考え、長谷を訪ねた折に、偶然雨宮の母親と出くわし、雨宮の誕生会に参加することになる。長谷は、雨宮の親友の一志がピッチャーであること、LGBTに悩むこと、野球部での居場所がないと感じていることを知り、ピッチャとしての心構えを伝えようとする。

春の甲子園、選抜校の一つに選ばれたのが、東京地区代表の傑の高校。今回は3番打者として傑は甲子園に帰ってきた。雨宮の両親は、二人の息子が甲子園に出るというので、二人して関西にでてきた。傑の高校は準優勝、グランドキーピングをしている雨宮も裏方として、そして兄として誇らしく思う。父との確執を感じていた雨宮はその折にその気持を父にぶつける。父も、雨宮との接し方を反省していると、素直に謝ってくれたので、雨宮は長年の霧が晴れたように気持ちが良かった。一志は、雨宮や長谷、真夏の励ましもあり、チームの中でもう一度頑張ってみようと決意。長谷は、もう一度野球に取り組むことを決めて、北海道リーグに参加することになる。真夏はレコード会社に売り込みに成功、大学を中退、東京に行くことを決める。

入社二年目を迎えた雨宮には、長谷のいなくなったロッカーに新人の後輩が入ってきたことを知り、気を引き締める。物語はここまで。

雨宮の青春物語。読後の印象は悪くない。甲子園球場の芝、夏芝と冬芝の入れ替え、土の均し、秋の季節に行う30cmほどの掘り返し、雨と土、芝の関係、降雨時のグランドキーピングの要諦などが熱心に描写される。取材の賜物で、阪神園芸としても、嬉しい小説に違いない。LGBTやスマホの問題、ミュジシャンを目指す無若い女性など、石坂洋次郎の現代甲子園版のような小説。続編がありそうなエンディングである。

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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