意思による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意思に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

廃用身 久坂部羊 ***

2009年05月25日 | 本の読後感
本の中に本がある、という体裁。前半は医師 漆原の遺稿、後半はその遺稿を出版しようとする矢倉の漆原に続く妻菊子の自殺にまつわる解説と本の出版までの顛末、そしてこの本自体が小説として本の中に入っているというマジック。「廃用身」とは、脳梗塞などの麻痺で回復の見込みがない手足のこと、本の主である漆原医師は、勤務先の高齢者向けデイケア・クリニックで、老人の「廃用身」つまり麻痺した手足を切断する「Aケア」という療法に取り組む。Aケアによって、本人のQOL(生活の質)が向上し、体が軽くなって介護が軽減されるという効果が期待できる。さらに、不要な手足に運ばれていた血液が脳に行くので痴呆症状の軽減や言語機能の復活も期待できると。

神戸で老人ケアセンターと老人医療のクリニック「異人坂クリニック」を開いている医師の漆原は、人格者で老人の気持ち介護者の気持ちを大変よく理解する温厚な性格、毎日の診療、医療を通して介護の難しさ、苦しさを体感する漆原はそれらの人々を苦痛から開放させてあげたいと考えていた。物語の中で紹介される逸話、老化予防の「かきくけこ」を。か=感動 き=興味 く=工夫 け=健康 こ=恋。これは明るい話、作中様々に語られるのは、希望のもてない介護現場の本当の姿。「介護する人の85%は女性で、半数が“老老介護”。介護疲れからくる老人虐待や殺人、独居老人の餓死がすでに起きている。少子高齢化が進めばさらに悲惨な事態になる。現在の介護保険ではとても追いつかない。思い切った手段が必要だ」 漆原は「いらないものは排除してしまえばよい」と考えて、廃用身を切断するという画期的な療法を思いつく、「Aケア」である。動かなくなった廃用身を切断(Amputation)して、患者の体重を軽くするというもの。「Aケア」は漆原にとっても老人たちにとってもショッキングな療法、なんとかショックを和らげたいと名付けたのがAケア。廃用身のせいで床ずれができてしまったり、廃用身が邪魔をして体の他の部分が上手く動かせなかったりしている老人達。Aケアを施すことで、患者自身への負担と介護スタッフへの負担を軽減させたいと考える。廃用身は自由に動かないだけでなく、日常生活を妨げ、苦痛をもたらすため、廃用身の切断は、最初は抵抗感を示していた老人らも、成功事例を見るにつれ受け入れ始め、好評に。切断により身体の残った部分が活性化し、手を使って歩いたり、脳への血流が良くなり痴ほうが治ったりする事例も出る。廃用身を切断することによって体が軽くなった老人達を介護する介護者の負担も軽減され、Aケアと名づけられたその療法は次第にクリニックのスタッフ、患者達にも受け入れられるようになった。患者の同意を前提として手術は次々と行われ、多くの患者は不自由な手や足がなくなることで動きが良くなり、介護や苦痛、痴呆などから来る鬱からも開放され元気になっていく。クリニックで手足を切断した老人達が十三人にも及んでいた。ここまでが漆原による遺稿。

後半は編集者注として、編集者矢倉が解説した本の発刊までの物語。漆原が施したAケアをマスコミがかぎつけ、老人の手足を切断する残虐な行為、老人虐待だと報道される。今までになかった療法であり、画期的な効用もある新療法と信じ、老人達の為になると考えて施してきたAケアであった。漆原への報道バッシングが進む中、彼は自分の奥底にあった嗜虐性、凶暴性に気づき追い詰められて、結局自殺してしまう。それを知った漆原の妻菊子は遺児の槇を必死で育てようとするがやはりマスコミ報道に傷ついて自殺、槙だけは生き残る。そして矢倉は遺稿の出版にこぎ着ける。

久坂部氏は1955年堺市生まれ。大阪大医学部卒業後、神戸の病院、老人デイケア施設に勤務、現在は在宅医療クリニックに勤めている。小説は本作がデビュー作。

この小説、前半の漆原の手記、そして出版させたいと考える編集者矢倉との共同の作品という構成で書かれていて、最初読み始めたときにはノンフィクションだと思えるほどの現実感。後半は編集者矢倉の視点、矢倉は漆原の生い立ちや友人たちの証言から漆原の心の中に迫る。漆原の理解者だった矢倉は、漆原に対して放たれたマスコミ報道の矢、誹謗中傷、根拠の無い非難などを紹介しながらも、漆原とその妻菊子のまわりに起こったことを淡々と描いていく。廃用身を切断するとことは、老人たちを社会における廃用身とすることにつながるのではないか。しかし、高齢化とそれを介護する若者が少子化により相対的に減っていくのは現実、高齢化が進む日本の将来像を想像するのは怖ろしい、という問題提起の小説。
廃用身 (幻冬舎文庫)
破裂〈上〉 (幻冬舎文庫)
破裂 下 (2) (幻冬舎文庫 く 7-3)
無痛 (幻冬舎文庫)
大学病院のウラは墓場―医学部が患者を殺す (幻冬舎新書)

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