意思による楽観のための読書日記

エピデミック 川端裕人 ***

感染症が広がるときに、感染源はなにか、経路は、感染率は、致死率は、これらを時、場所、人をキーに分類して仮説を立て原因を探る、これが疫学的アプローチ。例えばインフルエンザ症例の感染源が鳥だと仮説を立てて、実際に感染した人と鳥に接触したかどうかをマトリックスで分類してみる。
    曝露 非曝露 合計
症例   4  14 18
非症例 10  24 34
このマトリックスのオッヅ比は0.69
別の感染源を仮説として考えて同様のマトリックスを考える。
    曝露 非曝露 合計
症例   9   5 14
非症例  7  18 25
この場合のオッヅ比は4.63
この2つで見ると別の感染源のオッヅ比が7倍近くあり後者の感染源が疑われるという。こうしたアプローチなどにより感染源を特定していくのが疫学。

一般的なウイルス学では、感染者から血液採取をしてウイルスを特定し、そのウイルスで実験してみて同様の症例が出るかどうかを確かめる。疫病対策ではいずれも重要なアプローチとなるが、本書では、疫学的アプローチの重要性をアピールしている。パラドックスは感染源が早く特定できて感染が広がらなければニュースにもならず騒ぎにならないが、その時こそ感染封じ込めに成功したという時であり、しかし予算獲得に必要な官庁上層部や議員たちへのアピールにはなりにくいということ。

房総半島の先端にある小さな市であるT市、その中の崎浜という地区で急性で発熱し死亡するという病気が広がり、同時に流行していたインフルエンザと相まって現地は混乱する。その場所に近いC市の病院で院内感染を制御する仕事に関わっていた島袋ケイトはT市で発生した「重症化するインフルエンザ」について行って調べてきてほしい、と上司の棋理に頼まれた。ケイトが属するのは国立集団感染予防管理センター(NCOC)の実地疫学隊(FET)。感染者数は3名、いずれも崎浜に居住する者で38.5度以上の熱を出し肺炎症状を呈して呼吸困難になり急激に重症化したという。インフルエンザが疑われるが重症化は若い人にも見られその原因は謎である。インフルエンザウイルス検査ではH3N2を検出したが、重症化原因は別になるのではないかと疑われた。

ケイトはNCOCの御厨センター長たちと感染原因究明に努力する。次に疑われたのがSARS、しかし症状は似ているもののSARSウイルスは検出されない。そしてなぞの感染症をXSARSと名付けた。結局10日間で人口3000人の町で1000人が感染して49人が死亡、感染源は町にいる鳥、動物愛護団体が育てている動物たち、そして犬や猫が疑われる。そして結局感染源は崎浜地区に多く住んでいた猫と判明したが、その猫は一体何から感染したというのか。T市の南方にはクジラが遊泳するということで有名な場所があり、崎浜にはクジラの死体が時々打ち上げられる。その肉を猫が食べたのではないかと疑われる。

物語は感染源であるクジラやイルカが海に広がっていることを思わせながら余韻を持って終わる。1918年に世界で流行したインフルエンザでは、感染者を載せた大型兵士運搬船がアメリカから欧州に航行する間に船中に感染者が広がるという不幸があった。T市という比較的孤立した小さな町のそのまた孤立した崎浜という地区での発生であり、FETの専門家が発生当初から関わっていたため10日で封じ込められたかに見えるXSARS、これが1918年の当時と同様の状況だったらどうだっただろうか。エボラ出血熱がアフリカ西海岸で拡大しているが、この感染症も今まではローカルな発生に封じ込められてきたかに見えるが、ワクチンで抑制されてきたわけではなく、死亡率が高いため今までは感染が広がりにくかったと考えられている。ジェット機で数時間で別の国や欧州、アジア、アメリカにも移動できる現代では、1918年以上のリスクを抱えながら、WHOやCDCのメンバー達の目に見えにくい活躍によってなんとか拡大を抑制できているだけなのかもしれない。H5N1新型インフルエンザの恐ろしさを忘れてはならないと思う。


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