てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

イメージの系譜 ― 江戸絵画を横断する試み(8)

2006年11月17日 | 美術随想
花鳥画について その7



 「デフォルメ」という言葉がある。今では誰でも知っているポピュラーな外来語だが、特に美術に親しくしていると、しょっちゅうこの言葉に出くわすような気がする。では「デフォルメ」の意味するところは、本当はいったい何なのか? そう問われると、はたと考え込まざるを得ない。

 「デフォルメ」とは、フランス語で「変形する」といった意味だそうだ。ではピカソのように、横顔に目をふたつ描いたようなのは「デフォルメ」なのか? 多分そうだろう。モディリアーニの肖像画のように、縦に長く引き伸ばされた顔は? それもおそらく「デフォルメ」のたぐいだと思って間違いではあるまい。では、若冲は?

 たびたび名前を出してきた辻惟雄氏の『奇想の系譜』の中では、若冲の章に「デフォルムされた云々」という表現が見える。この「デフォルムされた」という言い方は、本が書かれてから30年あまり経った今ではめったに使われない用法だが、さしずめ若冲の絵も立派な「デフォルメ」の仲間だといってさしつかえないだろう。

 しかしこれで「デフォルメ」の意味が明らかになったかというと、そうともいえない。ピカソ、モディリアーニ、若冲と、思いつくまま並べてきたが、これら三人の画家に「デフォルメ」という共通項があるとしたところで、彼らの絵はまったくといっていいほど似ていないこともまた確かなのだ。いったい「デフォルメ」の本質とはどこにあるのだろうか?

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 長沢芦雪の『富士越鶴図』(個人蔵、上図)を、もし師の応挙が観たら ― そしてもし応挙がフランス語に精通していたとしたら ― おい、デフォルメのしすぎだぞ、と一喝したかもしれない。何といってもこの富士山のいただきの鋭いことといったら、ちょっと類を見ないほどだ。太宰治は名作『富嶽百景』の冒頭で、画家の描く富士は実物よりも鋭角だということを、具体的な角度を示しながら書いているが、いくら何でもこの芦雪の富士は度が過ぎるというものだろう。こんな険しい富士では、とても登れるものではない。かの有名な葛飾北斎の『富嶽三十六景』を例にとってみても、せいぜいこれくらいの角度が関の山である(「山下白雨」、下図)。



 だが芦雪は、登るための山としてこの富士を描いたのではなかった。ましてや北斎のように、景観の主役として眺めたわけでもなかった。芦雪が異様に鋭い富士の峰を描いたのは、そこに鶴の群れを描き添えたかったからにほかならない。鶴たちは山腹をぎりぎりかすめるようにして、整然たるひと筋の隊列をなしながら、こちらへ向かって飛んでくるのである。いや、滑空してくる、といったほうがふさわしい。

 芦雪は3つの三角形を折り重なるように配置して、この雄大な景観を縦長の画面に閉じ込めた(下図)。大胆さと単純さをあわせもった、まことに驚くべき構図であるといわねばならないだろう。芦雪の「デフォルメ」は、ひとえにこの構図を実現するための手段であった。芦雪は自然の中に“造形原理”を見ていたのではないか、といったのは、つまりこういうことである。セザンヌは「自然は円筒と球体と円錐に還元される」などといったそうだが、芦雪はセザンヌより100年も早く、自然を三角形に還元していたのだ。



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 それにしてもこの鶴たちは、まるで画面から飛び出さんばかりの迫力ではあるまいか。もちろん当時はすでに遠近法の存在は知られていて、師の応挙も「眼鏡絵」と呼ばれるものを描いている(『三十三間堂通し矢図』神戸市立博物館、下図)。だが、淡彩の墨絵でここまで大胆に遠近法を用いた作品は、あまり例がないように思われる。芦雪は応挙に学んだだけでなく、その技法を独自にアレンジし、さまざまに応用していった。異端というよりも、進取の気性に富んでいたというべきであろう。つまりは、チャレンジャーだったのだ。



 しかしより重要なのは、芦雪がただ奇抜な構図や遠近法を駆使してうれしがっていたわけではないということである。『富士越鶴図』には「富士」「鶴」「朝日」というめでたい主題が詰め込まれているが、とりわけぼくが感動を覚えるのは、鶴たちがまるで太陽から飛来しているかのように描かれているということだ。彼らはまるで朝日そのもののように、はるかな海を越え、富士山をかすめて、ぼくたちの目の前に降臨してくるところなのである。頭の上にはもちろん、朝日と同じ鮮やかな丹色(にいろ)をきらめかせながら・・・。

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