テルサのFantastic Stories

今まで書きためていたとりとめもない物語を少しずつ連載していきます。ファンタジー物が多いです。ぜひ読んでみて下さい。

エピソード 2「葉末にかかる月」 最終      -『ある国の物語』より-

2007-06-22 02:50:51 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
-ある夜,一人の青年が水晶宮の前に立った。

「さすがの月も,聖帝の運命には逆らえないのか・・・。奴は運命の輪を廻す者だと思ったが・・・・」

 星の光を集めたような煌めく銀糸の長い髪が,風に吹かれてサーッとなびく。彼は,高い城壁を登ると強行突破した。見張りの者を本当に容赦なく剣で一突きして気を失わせ,中に侵入する。途中,侵入者に気付いた司教達がゾロゾロと出てきたが,冷氷の君は冷酷な微笑さえ浮かべて次々と倒していく。

 やがて,ハービア皇子に会う。ハービアさえ思わず逃げ出したほど,ナルシス帝は恐かった。不思議なことに彼は束縛も何もされていなかった。逃げようと思えばすぐにでも逃げられそうな状況である。冷氷の君は,ハービアに聖なる木キリエで作ったサークレットを放り投げた。

「それをはめな。少々の魔術は通じぬはずだ」
「は・・・は・・・は・・・はい」

 ハービアは震える手でサークレットを拾い上げると慌てて頭にはめた。ナルシス帝の恐いまでの迫力に,味方なのに心臓がばくばくする。

「それで?ラミエル帝はどこにいる?無事なんだろうな」
「そ・・・それが,大司教に月のサークレットとかをはめられてから様子がおかしいんだ。どうやらここをファンタジアと思ってるようなところがあって,逃げようって言っても何で?って顔をするんだ。強引に連れ出そうと思ってもみたんだけどあいつ強いだろ?自分から動こうとしない限り俺だけの力じゃどうにも・・」
「なるほど・・。洗脳されかかっているな。聖帝なら誰でもここの幻に惑わされるとは聞いていたが。まあ,あいつを洗脳するには骨が折れるだろうが,早い方がいいな,奴が正気なうちに・・・」
「ナルシス帝・・」
「まだ,祭室には連れて行かれていないんだろう?」
「あ・・ああ」
「あそこに連れ込まれて本格的に洗礼を受け,聖水を飲まされたらちょっとやっかいらしいからな・・・おい,行くぞ」

 ナルシス帝はハービア皇子を連れて月の君を捜し出し,月のサークレットをはずして喝を入れる。

「あなたはナルシス帝」
「慎重なお前が油断するとはな。ハービア皇子もここにいる。行こう。ファンタジアの皇帝がいないからそろそろ各国が混乱しかかっている」
「すみません」
「ふっ,洗礼を受ける前で良かったな」

 三人はさらに強行突破した。戦神が二人もいるので,司教達は手が出せない。大司教カルタニアの魔術も効かない。

「大司教カルタニア,月の聖帝は俺達にも必要なんだ。今度ばかりはお前の好きなようにはさせない。二人はもらって行くよ」
「あなた様は冷氷の君か」
「俺には変な術は通じないんだ。じゃあな」

 ナルシス帝はふんっと馬鹿にしたように言うと,悠々と二人を連れて出て行った。ハービア皇子はあっけにとられている。
 三人は無事に国外へ脱出し,大地の国フォスター帝国の霧の館まで帰った。

「有り難うございます。ナルシス帝」
「ふん,助けたくて助けたんじゃないぜ。お前がいなくなりゃ,俺が自国を滅ぼす前にユウライアがつぶれるからさ。油断するなよな」
「はい,すみません」

 ナルシス帝はそっけなく行ってしまった。月の君は哀しそうな瞳で彼の銀色の後ろ姿を見送っている。ハービアは二人を見比べていたが,無愛想な会話の中に二人の友情を感じ取った。
 ラミエルは,大占師ルオウの所へ立ち寄った。

「本当に帰国第1号となられましたな。しかし,これでクリスタリアが諦めるとは思えません。くれぐれも用心なされ,陛下」
「はい,ご忠告,有り難うございます」

 各国も,月の君の無事帰国の報告を受けて,ほっとした。

「なあ,ラミエル。冷氷の君っておっかない奴だけど,案外いい奴だな」
「はい」
「チェッ,そっけない奴だな,お前も」

 二人は霧の館のテラスでとりとめもないことを語り合った。
 外では葉末にかかった満月が静かにそんな二人を照らし出していた。
(完)
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エピソード 2「葉末にかかる月」 7      -『ある国の物語』より-

2007-06-21 01:07:36 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
 月の君は,一人乗り込んで剣1本で捕まえようとする司教達をかわし,太陽の君を助け出した。縄を切って素早く引き起こす。

「ハービア皇子,無事で良かった。早く逃げて下さい」
「そんな事言ったって・・・・わあっ,危ない・・。ラミエル,今度の相手はちょっと手強いぜ」

 水晶宮の者はかなり腕が立つ。しかし,そのような中でも月の君は一発で剣をかわして倒していく。その姿は,まさに戦神だった。
 
 二人がスキを見て逃げようとした時,大司教カルタニアは,水晶玉を左手の平に乗せ,右手で玉から出る気を絡め取るようにその上で弧を描きながら何か呪文を唱えだした。
 その時・・・・・

「うわあああ,頭が割れる」

 突然,太陽の君が頭を抱えて転がった。月の君が慌てて彼を抱き起こす。彼は大司教カルタニアの力を見せつけられた。

「ハービア皇子,大丈夫ですか?」
「いてえ,いてえ・・・・うわっ」
「ハービア・・・・しっかり」

 大司教カルタニアが静かに二人の所に歩み寄った。

「ここは天帝ノブレス・ラ・コスモ大神直轄の国クリスタリア。何人たりともここからは逃れられないのですよ,ラミエル帝。さすがに,あなた様には,私の子供だましのような魔術は効かないようですが,お友達がその様子では動けますまい。さあ,こちらへ,陛下。陛下はここの王になる運命なのです」

 ハービアは今,カルタニアの手中にある。月の君は頭を抱えて苦しむハービアを抱えて動けなかった。

「あの,カルタニアとか言う男,魔術師か。初めてだな,そんな相手は・・」

 ハービア皇子も,彼を助けに行った月の君も,そのまま水晶の国クリスタリアから帰っては来なかった。

 二人を心配したマリウス皇子は大占師ルオウにすがりつく。

「何とかならないのか?大占師なんだろ?」
「水晶の国クリスタリアには大司教カルタニアと言う強力な魔術師がおる。カルタニアの魔術にかからぬのは,聖帝と,そして・・・・生に執着せず,常に氷の心を持つ者だけじゃ」

 大占師ルオウの言葉にマリウスは唾をゴクッと飲み込む。

「も,もしかしてあの冷氷の君に頼めって言うのか?出来ないよ,そんな事。ただでさえおっかないのに」
「いや,彼の君はもうここにはおられぬ。既に,クリスタリアに向かっておられるようじゃ」
「あいつが?あの薄情な冷血人間がか?信じられないよ」

 冷氷の君が人助けに行くなど,前代未聞の事である。

「ナルシス帝には,ラミエル帝の存在の真の重大さが分かっておられる。彼も月の聖帝に負けぬほどの剣の達人。この世を闇夜から救えるのは,今では彼一人だけじゃ」

 大占師ルオウは,水晶に写し出された氷原を見ながら呟いた。
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エピソード 2「葉末にかかる月」 6       -『ある国の物語』より-

2007-06-20 03:01:10 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
-その頃,クリスタリアでは大司教カルタニアが怒っていた。司教達はただただひれ伏すばかりである。

「この青年はラミエル帝ではない。何故,別人を連れて来たのか。このような,聖帝ではない者を水晶宮に入れてしまうとは・・・・。まあ,よい。月の聖帝は,いずれお迎え出来よう。問題はこの皇子じゃ。ここに来た以上,帰すわけにも行かぬ」
「どういたしましょうか,カルタニア大司教様」
「次の儀式の生け贄にせよ」
「ははっ」

 司教達に命令を下した後,カルタニアは静かに目を閉じた。

「ああ,早く月の聖帝が欲しい。水晶宮の王たるにふさわしい方じゃ。この手で洗礼して差し上げ,我がクリスタリアに富と平和をもたらせたい。もう少しの辛抱じゃ」

 ハービアは結局そのまま塔の一室に閉じこめられてしまった。

 月の君がクリスタリアに入り,水晶宮に着いた時,もう数日が経っていて夜も更けていた。彼は剣をギュッと握りしめ,目の前にそびえ立つ壮大な水晶宮を見上げる。

「ここにハービアはいるのか。無事だといいが・・・」

 夢のような水晶で出来た宮殿。夜であろうとその姿は白く光り輝き,宮殿全体が発光しているように見える。辺りはひっそりと静まりかえり,人の姿も見えない。

 月の君は水晶宮に忍び込んで,辺りの様子を伺いながら進む。しばらく行くと,ハービアの怒った叫び声が聞こえてきた。そっと声のする方に進んでみる。

「聖帝以外の者は死なねばならぬ,なんて言ったって,俺は好きで来たんじゃねえぞ。お前らが勝手に連れてきたんじゃないかあ」
「理由はどうであれ,入ったに変わりはない。さあ,有り難く神に捧げられよ」

 静かに祈りが始まる。ハービアは縛り上げられて祭壇の上に転がっている。あたりは多くの司祭達が跪き,祈りを捧げている。ハービアは何とか縄から逃れようともがいてみるが,どうにもならない。
 儀式は最高潮に達し,神官の一人が剣をすらりと抜いて彼の前に立つ。ハービアの顔が青ざめ,引きつってくる。神官が剣を高く振り上げ,ハービアが『もう,だめだ』と目を固く閉じて顔を背けた時,短剣が飛ん来て,剣を振り上げた神官の肩に突き刺さった。みんなが騒ぎだし,ハービアは目を開けた。
 大司教がハッと剣が飛んできた方を振り返ると,横の戸口に一人の美しい少年が立っていた。そのあまりに冷ややかな瞳に,みんなはゾッとする。

「その男に手を出さないで下さい」
「ラ,ラミエル・・お前ってば来てくれたのか?」

「ファンタジアのラミエル帝か」

 周りの者が更にざわざわと騒ぎ出す。
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エピソード 2「葉末にかかる月」 5      -『ある国の物語』より-

2007-06-18 22:38:19 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
 -「ハービア皇子,有り難う。ハービア・・・ハービア?」
 大臣達との打合会から帰ってきたラミエルは,黄金の髪の皇子の姿を探したが,どこにも見あたらない。ふと足下を見ると,下に固く丸い物が落ちている。拾い上げると,それは紋章入りのマントの留め具だった。今までに見たことのない紋章である。

まさか・・・。

 ハービア皇子が誘拐された!

 この騒ぎで悪友のマリウス皇子が駆けつける。彼はフォスター帝国の第一皇子である。

「おい,ハービアがさらわれたって?」
「マリウス皇子」
「一体どんな物好きなんだ?あのアホを連れて行くなんて。まさか道化師にするとか・・・・・・。まさかな」
「それは・・・」
「あんな奴連れて行ったって,何の役にも立たないぜ」

 月の君は,すぐに騎士達に捜させたが見つからなかった。

 そして,誘拐事件で騒いでいる霧の館に,白髭の老人が月の君を訪ねてやって来た。大占師ルオウである。その額に深い皺を刻み込んだ貫禄ある老人は,月の君に,クリスタリアには充分気を付けるように,と忠告した。

「クリスタリア?あの水晶宮を持つ伝説の国のことですか?」
「そうです。あの国はあなた様を狙っていると思われます」
「大占師ルオウ。クリスタリアの紋章はもしかして,水晶の玉を背中に乗せたユニコーンではありませんか?」
「いかにもその通りじゃ。もしや,もう何か動きがあったのかな?月の皇子よ」
「実は・・私の友人のハービア皇子が,今,何者かに誘拐されてしまったのです。その場にはこの留め具が残されていました」

 老占師は月の君から差し出された留め具を見ていたが,顔を伏せた。

「何ということじゃ。ラミエル陛下,恐らくその皇子は,あなた様と間違われて連れて行かれたのでございましょう。夜だったし,あなた様と面識のない者なら,あなた様の部屋から出てこられた皇子を,あなた様と思うは当然。クリスタリアは月ではなく,太陽を連れて行ったわけです」

 ルオウの言葉に,ラミエルは静かに顔を上げ,大占師を見た。

「ならば,私は水晶宮へ行かねばなりません」

 ルオウは彼の言葉に青くなり,慌てて阻止しようとした。

「とんでもありませんぞ,ラミエル陛下。それはとても危険な事です。水晶宮に行かれると二度と来られなくなりますぞ。今まで何人の聖帝が連れて行かれた事か」
「聖帝?あの伝説のクリスタル・ナイトの事ですか?」
「そうです。御自分でお気づきになられませなんだか?あなた様は聖帝,そして恐らくは聖帝の中でも,この世を救うために天帝から遣わされた天帝の直系の神子,クリスタル・ナイトのお一人でございましょう。あなた様は,神界からこの世に降臨された方なのです」
「私は,そんな事は信じません。いずれにしても,彼をそのままにしてはおけません。これは私の責任ですから」

 ラミエルはルオウを真っ直ぐな瞳で見つめる。澄んだ冷ややかな瞳に,思わずルオウも息を呑む。この方が月の聖帝なのか・・。

「陛下。皇子の事はもうお忘れなさいませ。偽者と分かれば,お命があるかどうか。今までクリスタリアに行って無事に帰ってきた者は一人もいないのですぞ」
「彼は私の大切な友人です。見殺しには出来ません」
「陛下,私は陛下の為を思ってここまで参ったのですぞ」
「遠路はるばる出向いて下さった事には感謝します。でも,ハービア皇子は,私にとっては何にも代え難い大切な友なのです。私達が帰国第一号となればいいのでしょう?」
「陛下・・・お待ち下され。陛下・・・!!」

 ラミエルは剣を取ると,大占師ルオウの制止を振り切って,クリスタリアへ馬を走らせた。後に残されたルオウは,茫然として,遠ざかっていく月の君の後ろ姿を見つめていた。

「何て事を・・。ラミエル帝は戦神と伺ってはいるが,今回ばかりは勝ち目はないであろう。クリスタリアは天帝ノブレス・ラ・コスモ大神直轄と言われる伝説の神の国。洗礼を受けてからでは遅すぎるのに・・・ああ,陛下」

 ルオウは力無くそこに座り込んだ。
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エピソード 2「葉末にかかる月」 4     -『ある国の物語』より-

2007-06-17 21:19:02 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
 翌朝,雪の国ユウライア帝国から冷氷の君こと,ナルシス・イオ・エルカイン皇帝が到着した。透き通るように白い肌で,銀糸の長い髪が風に揺れる。冷ややかな青い瞳に見つめられると,王達は足が竦んで震え上がってしまう。
 冷氷の君・・・・氷の心を持つ19歳の若き皇帝。私情を一切挟まず,冷酷なまでの判断をし,容赦をしない。月の君の冷たさには,何か悲しそうな要素が多分に含まれているが,冷氷の君の冷たさは,まさに魔性の如く,背筋をゾクッとさせる。
 ナルシス帝という名前を聞いただけで,みんなは気味悪がって近付こうとはしない。しかし,そんなナルシス帝もやはり,ラミエル帝には挨拶に来る。

「お久しぶりですね,ラミエル帝」
「こんにちは,ナルシス帝。お待ちしていました」

 二人を取り巻く雰囲気は特別だ。妙にそこだけが静かで冷めている。冷氷の君は,その一言だけ言うとスッと向こうへ行ってしまい,他の王や皇帝達は彼の姿が消えると妙な緊張感がとれてほっとした。

「どうもナルシス帝は苦手じゃ」
「こちらから話し掛けないと,一切話をせんからな」
「ラミエル帝はそれでもいろいろと気を遣って下さる事もあるが,ナルシス帝は一切無関心と言う顔でいる」
「彼とまともに話したことがあるのは,恐らく月の君ぐらいだろうな」

 王や皇帝達のそんな噂をハービアはフンッと言った表情で聞いていた。冷氷の君の後ろ姿を見送っていた月の君も,やがて部屋に引き返す。
 前回会ったときの「俺は必ずこの傾きかかったユウライアを建て直し,全盛期になったら自害して,両親やユウライアに復讐する」と言う彼の言葉が,月の心に悲しく蘇っていた。

 二日目の会議も無事に終わった。月の君が参加すると,会議は要領よく進行する。議長のモンテオール帝も,月の君が参加する時はとてもまとめやすい。困った事態になると,月の君の助けを乞えば良いのである。冷氷の君は,ラミエルとは対称的に一番後ろの席に座って黙ったままペンを走らせるだけである。
 会議後,王や皇帝達はぞろぞろと会議場から出て行く。翌日は中休みの日なので,みんなの表情もどことなく明るい。この日の夜は夜会が開かれるが,月の君はそのまま霧の館へ帰る。

 太陽の君が遊びに来たのは,夕食前の頃だった。

「やあ,ラミエル。遊びに来てやったぞ。有り難く思え」
「それはどうも有り難う。どうぞ」

 ラミエルに促されてハービアは彼の部屋の中に入る。月の君らしく整然とした部屋だ。乱れた所などどこにもない。

「なあ,お前,今夜の夜会は?もうそろそろだろ?」
「ええ,残念ながら,大臣達と打ち合わせがあって・・・・」
「今夜も月は見えず・・・・か」
 ハービアはぼそっと呟く。ラミエルは時計を見る。

「そろそろ行かないと。でも,書類の整理がまだだし・・」
「ラミエル,行って来いよ。その間,俺が留守番して整理しといてやるよ」
「とんでもない。あなたにそのような・・・」
「いいって。俺だってこのくらい出来るんだ。どうせ,お前の出ない夜会なんか出るつもりもないし・・・・。ほら,構わないから行けよ」

 ラミエルはハービアに押し切られ,半ば部屋から追い出されるような格好で戸口に立った。

「そうですか?では,2時間ほどお願いします。私は夕食を大臣と共にあちらでとりますから,ここに届く夕食はあなたが食べて下さって結構ですよ。では,行って来ます。すみません」
「行ってらっしゃ~い」

 ハービアは月の君を送り出すと,書類の整理を始めた。

「ひえ~っ,分からん書類ばっかり。俺も将来こんな運命なのか。ああ,早く夕食が来ないかなあ」

 彼がそう独り言を言った時,タイミング良く夕食が届いた。

「やった~。やっと夕食だ」

 ハービアは喜んで食べた。食欲も満たされて一休みする。

『早く帰って来ないかなあ。ようやく奴とゆっくり話が出来ると言うのに』

 太陽の君はずっと月を待っていた。辺りは暗くなり,夜になる。しばらくしてノックの音が3回。

「夕食はお済みでしょうか。下げに参りました」
「おっ,サンキュー」

 ドアを開けたと同時に,彼はいきなり何者かに襲われた。鼻と口に薬の匂いのする布を押しつけられ,気が遠くなった。 
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エピソード 2「葉末にかかる月」 3       -『ある国の物語』より-

2007-06-16 21:26:37 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
「ところでさ,ラミエル。聞いたか?」
「何をですか?」
「今回の総会にさ,何とあのユウライアのナルシス帝が久々に参加するって話さ」
「ナルシス帝?確か明日の朝着かれるそうですね」
「何でお前ってばいつも何でも知ってるんだよ。面白くない奴だなあ。せっかく特ダネだと思ったのに・・・」

 チェッと言いながら,太陽の君はアイボリーの上品なソファーにどんと腰を下ろす。月の君はそんな彼の様子を見ながら紅茶を入れ,お菓子と共に差し出す。ハービアは入れてもらったばかりの香り高い紅茶を一口飲むと,溜息をついた。

「俺,あの冷氷の君の冷たい目で見られたら,体が凍ってしまうよ。ゾッとするって言うか,足が竦んでしまってさ,蛇に睨まれた蛙みたいになるんだ。恐らく,対等に話せるのは月の君・・・・つまりお前ぐらいだろうって言われてるよ。俺,あいつが怖くて怖くて近寄れないよ。本当に人間なのかな?」

 ハービアの言葉に,遅れて彼の向いのソファーに座って紅茶を飲んでいたラミエルは,少し悲しそうな瞳で太陽の君を見る。

「ナルシス帝はとても不幸な方です。雪の国ユウライア帝国は北の果ての小さな国ですが・・・・彼は両親から殺されかかったのです。彼の両親は政略結婚で仲がとても悪く,父親は側室を正室にと思い,正室は恋人と駆け落ちをと企んでいました。でも,それには一つ障害があったわけですね」
「ナルシスか?」
「はい。父親にとっては,正式な第一子がいる限り正室と別れる事は出来ないし,正室も世継ぎの生母という理由でユウライアから離れることは出来ません。二人は,己の欲望の為に,当時5歳だった我が子を殺そうとしたのです。幸い,大臣達の発見が早かったので助かったのですが,その時以来,冷氷の君となってしまったようです」
「ふうん,奴にはそんな過去があったのか。でもさ,同じ生きるんならもっと楽しくしてもバチは当たらないと思うよ。お前にも言いたいんだ。自分の周りに壁を張り巡らし,そんなに自分を追いつめてどうなるって言うんだ。もう後ろは崖だぞ」

 月の君は黙って太陽の君を見る。太陽も負けじと睨み返す。

「ハービア,人間の中には,追いつめられたら生きていけなくなる者と,追いつめられなければ生きていけない者とがいます。そして,後者にも,常に崖下に落ちる事に憧れを持つ者と,落ちる事に恐れを持つ者とがいるのです」
「それがお前らだって言うのか?もし,バランスを失ってみろ。憧れや恐怖どころの話じゃなくなるんだぞ。何でそんな生き方しか出来ねえんだよ。お前,まだ16だぞ16。そんな科白は80過ぎの老人の言う言葉だよ」
「でも・・・それが私なんですよ。ハービア」

 月の君は妙に冷めて落ち着いていた。何かを諦めているような,悟りきっているような,そんな感じである。

「それで満足なのか?人間の一生なんて短いんだぞ。同じ生きるなら,面白く楽しくした方が得だぜ」
「ですから,あなたはそのように生きて下さい」
「ラミエル・・・」

 月の君は悲しそうな表情のまま少し顔を伏せる。
『まただ,そんな表情。お前が分からないよ』
 太陽の君は心の中でそう叫んだ。

「そんなに自分を追いつめて,後でどうなっても知らないからな。後悔したって助けねえぞ。お休み」

 ハービア皇子は食べる物は口の中に押し込むとそのまま出て行ってしまった。

「ごめん,ハービア」

月の君はカツカツと遠ざかって行く足音を聞きながら呟いた。
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エピソード 2「葉末にかかる月」 2     -『ある国の物語』より-

2007-06-15 02:21:21 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
-その頃,占い師達が,聖なる館に集まっていた。
「で,では,大占師よ。やはりラミエル帝は聖帝であると・・・・」
「いかにも。しかも,ラミエル帝は恐らくクリスタル・ナイトのお一人。御本人は全く気付いておられぬが,月の光に守られた真の皇帝じゃよ」
「ならば,急いで対策をたてないと・・・。水晶の国クリスタリアに狙われます。今までクリスタル・ナイトと言われた者は,皆あの国に連れて行かれ,帰って来ないと言うではありませんか」
「うむ。いくら戦神と言われる,冷たき月の聖帝でも,クリスタリアが相手ではのう。闇夜を照らす月がなくなればこの世は闇。世界が大混乱し,滅亡するのが目に見えるようじゃ」
「クリスタリアは,聖帝さえ迎えられれば,この世のことなどどうでもよいのです。水晶宮で洗礼を受ければ,いくらラミエル帝と言えど,そこから逃れられなくなります]
「月の聖帝に,一度お会いせねばならぬな」
「しかし,大占師ルオウ。今までの聖帝達は,噂がたった途端連れ去られていました。なのに,月の君があれだけ騒がれていながら,今まで御無事なのはどういう事ですか?月の君ほどの人物を,なぜこれまで・・・・」
「分からぬか?恐らく,クリスタリアの大司教カルタニアも全身が震えたと思うぞ。何とて,月の聖帝は,聖帝の中でも最高位の者と言い伝えられておる。自分が生きている間にその聖帝に巡り会ったのだからな。しかし,それだけに慎重でなければならぬ。それほどの者を迎える為には,それなりの準備が必要じゃ。ラミエル帝はスキのない冷たき戦神であるから,すぐにとは出来ないのであろう」
 長い白髭をゆっくりと撫でながら,大占師は答えた。その老人は,とりあえず身の回りの物を荷造りし,杖を持って大地の国フォスターを目指して旅立った。
 しかし,その頃には既に妖しげな動きが,フォスター帝国で見られていた。

 大地の国フォスター帝国の霧の館では,会議を終えた王皇族達がゆっくりとくつろいでいた。
 燃えるような夕日が辺りを赤く染め,1日の終わりを告げようとしている。初夏の風がとても心地よく,多くの人々が霧の館のガーデンテラスに出て,紅茶を飲んだり,話をしたりしている。その様子はとても優雅で華やかだった。笑い声もよく聞こえてくる。

 ラミエル帝は,霧の館の1階の一番奥にある自分の部屋にいたが,コンコンコンとノックの音がして,一人の客人がそこを訪れた。
「やあ,ラミエル。溜息でもついているんじゃないかと思って遊びに来てやったぜ」
「ようこそ,ハービア皇子」
 月の君は静かに虹の国レイクント帝国のハービア第一皇子を迎え入れた。彼は別名太陽の君と呼ばれ,太陽のように輝く黄金の髪と,底抜けに明るい性格を持っている。そして,月の君の周りにしつこく出没し,いつの間にか彼の唯一の親友となってしまっていた。月の君と太陽の君,この異色のコンビは,他国の間でも有名である。
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エピソード 2「葉末にかかる月」 1        -『ある国の物語』より-

2007-06-14 01:05:30 | エピソードⅡ「葉末にかかる月」
 ここは,大地の国フォスター帝国。北と西の国々の王皇族達は,半年に一度この国に集まって世界皇帝会議を開き,また,二年に一度は皇帝会議総会を計画して話し合うことになっている。
 今回は,その皇帝会議総会がフォスター帝国で開催されるのだが,いつになく多くの王皇族達が集まり,賑わいを見せていた。と,言うのも滅多に顔を出さない,森と湖の国ファンタジア帝国の若き皇帝ラミエル・デ・ルーンが久々に参加しているからである。

 世界一美しいと称えられる,森と湖に囲まれたファンタジア帝国は,世界中の国々の中でも名門中の名門国であり,その美しい大国は若干16歳の少年によって統治されていた。
 彼の容貌は,見る者全てを絶句させるほどの美しさだが,重要な会議にしか姿を現さず,常に冷静で,どこか冷たい所があることから,通称「月の君」と呼ばれていた。つまり,今回会議場がいつになく賑やかなのは,月の君を一目見ようと,他国の王皇族達が詰め掛けているからなのである。

 総会は七日間かけて行われ,その初日の会議が始まった。
 もの静かな動き,固く閉じられた口・・・・誰をも寄せ付けないような冷たい表情をして月の君は自分の席に着く。
 会議中は一切スキを見せず,冷静な判断で意見を述べ,会議が終わると,彼はそのままさっさと王皇族達の宿泊部屋が集まっている霧の館へ帰ってしまった。
「あいかわらずですな,月の君は」
「月の君か・・・。とらえどころのない夢のように美しく,それでいてどことなく冷たい皇帝を言い表すに相応しい名だ」
 会議場に残っていた王皇族達はそう噂しあった。

「ところで,近頃の噂を聞きましたか?」
「噂・・・・と言いますと?聖帝のことですかな?」
「そうですよ。ファンタジアのラミエル帝は,占い師達が口をそろえて聖帝だと申しておる。いつも月の君を占おうとすると,水晶の中で美しい月として姿を現し,彼の運命を占うことが出来ぬとか・・・。故に月の聖帝と言われ,一説によるとクリスタル・ナイトの一人ではないかと・・・」
「クリスタルナイト?あの伝説の水晶の騎士ですか?」
「そう,聖帝の中でも,とりわけ優れた者であるクリスタル・ナイトです。今,その事でみなさん動揺しているんですよ」
「クリスタリアの事か・・・。もし本当ならこの世は滅びるぞ」
「大丈夫です,月の君は。時々,ゾッとするような冷たい表情をし,かと思えば,泣きそうなほど悲しく切ない表情もされる。笑わず,怒らず,騒がず,これが本当に16歳の子供かと思えるほどじゃ。その月が,クリスタリアに負けるなど・・・。」
「そうです。彼なら大丈夫ですよ。でも,月の君もハービア皇子に会われてから,少しは明るくなられましたね」
 王皇族達の雑談は,もっぱら月の君の事についてである。
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