-ある夜,一人の青年が水晶宮の前に立った。
「さすがの月も,聖帝の運命には逆らえないのか・・・。奴は運命の輪を廻す者だと思ったが・・・・」
星の光を集めたような煌めく銀糸の長い髪が,風に吹かれてサーッとなびく。彼は,高い城壁を登ると強行突破した。見張りの者を本当に容赦なく剣で一突きして気を失わせ,中に侵入する。途中,侵入者に気付いた司教達がゾロゾロと出てきたが,冷氷の君は冷酷な微笑さえ浮かべて次々と倒していく。
やがて,ハービア皇子に会う。ハービアさえ思わず逃げ出したほど,ナルシス帝は恐かった。不思議なことに彼は束縛も何もされていなかった。逃げようと思えばすぐにでも逃げられそうな状況である。冷氷の君は,ハービアに聖なる木キリエで作ったサークレットを放り投げた。
「それをはめな。少々の魔術は通じぬはずだ」
「は・・・は・・・は・・・はい」
ハービアは震える手でサークレットを拾い上げると慌てて頭にはめた。ナルシス帝の恐いまでの迫力に,味方なのに心臓がばくばくする。
「それで?ラミエル帝はどこにいる?無事なんだろうな」
「そ・・・それが,大司教に月のサークレットとかをはめられてから様子がおかしいんだ。どうやらここをファンタジアと思ってるようなところがあって,逃げようって言っても何で?って顔をするんだ。強引に連れ出そうと思ってもみたんだけどあいつ強いだろ?自分から動こうとしない限り俺だけの力じゃどうにも・・」
「なるほど・・。洗脳されかかっているな。聖帝なら誰でもここの幻に惑わされるとは聞いていたが。まあ,あいつを洗脳するには骨が折れるだろうが,早い方がいいな,奴が正気なうちに・・・」
「ナルシス帝・・」
「まだ,祭室には連れて行かれていないんだろう?」
「あ・・ああ」
「あそこに連れ込まれて本格的に洗礼を受け,聖水を飲まされたらちょっとやっかいらしいからな・・・おい,行くぞ」
ナルシス帝はハービア皇子を連れて月の君を捜し出し,月のサークレットをはずして喝を入れる。
「あなたはナルシス帝」
「慎重なお前が油断するとはな。ハービア皇子もここにいる。行こう。ファンタジアの皇帝がいないからそろそろ各国が混乱しかかっている」
「すみません」
「ふっ,洗礼を受ける前で良かったな」
三人はさらに強行突破した。戦神が二人もいるので,司教達は手が出せない。大司教カルタニアの魔術も効かない。
「大司教カルタニア,月の聖帝は俺達にも必要なんだ。今度ばかりはお前の好きなようにはさせない。二人はもらって行くよ」
「あなた様は冷氷の君か」
「俺には変な術は通じないんだ。じゃあな」
ナルシス帝はふんっと馬鹿にしたように言うと,悠々と二人を連れて出て行った。ハービア皇子はあっけにとられている。
三人は無事に国外へ脱出し,大地の国フォスター帝国の霧の館まで帰った。
「有り難うございます。ナルシス帝」
「ふん,助けたくて助けたんじゃないぜ。お前がいなくなりゃ,俺が自国を滅ぼす前にユウライアがつぶれるからさ。油断するなよな」
「はい,すみません」
ナルシス帝はそっけなく行ってしまった。月の君は哀しそうな瞳で彼の銀色の後ろ姿を見送っている。ハービアは二人を見比べていたが,無愛想な会話の中に二人の友情を感じ取った。
ラミエルは,大占師ルオウの所へ立ち寄った。
「本当に帰国第1号となられましたな。しかし,これでクリスタリアが諦めるとは思えません。くれぐれも用心なされ,陛下」
「はい,ご忠告,有り難うございます」
各国も,月の君の無事帰国の報告を受けて,ほっとした。
「なあ,ラミエル。冷氷の君っておっかない奴だけど,案外いい奴だな」
「はい」
「チェッ,そっけない奴だな,お前も」
二人は霧の館のテラスでとりとめもないことを語り合った。
外では葉末にかかった満月が静かにそんな二人を照らし出していた。
(完)
「さすがの月も,聖帝の運命には逆らえないのか・・・。奴は運命の輪を廻す者だと思ったが・・・・」
星の光を集めたような煌めく銀糸の長い髪が,風に吹かれてサーッとなびく。彼は,高い城壁を登ると強行突破した。見張りの者を本当に容赦なく剣で一突きして気を失わせ,中に侵入する。途中,侵入者に気付いた司教達がゾロゾロと出てきたが,冷氷の君は冷酷な微笑さえ浮かべて次々と倒していく。
やがて,ハービア皇子に会う。ハービアさえ思わず逃げ出したほど,ナルシス帝は恐かった。不思議なことに彼は束縛も何もされていなかった。逃げようと思えばすぐにでも逃げられそうな状況である。冷氷の君は,ハービアに聖なる木キリエで作ったサークレットを放り投げた。
「それをはめな。少々の魔術は通じぬはずだ」
「は・・・は・・・は・・・はい」
ハービアは震える手でサークレットを拾い上げると慌てて頭にはめた。ナルシス帝の恐いまでの迫力に,味方なのに心臓がばくばくする。
「それで?ラミエル帝はどこにいる?無事なんだろうな」
「そ・・・それが,大司教に月のサークレットとかをはめられてから様子がおかしいんだ。どうやらここをファンタジアと思ってるようなところがあって,逃げようって言っても何で?って顔をするんだ。強引に連れ出そうと思ってもみたんだけどあいつ強いだろ?自分から動こうとしない限り俺だけの力じゃどうにも・・」
「なるほど・・。洗脳されかかっているな。聖帝なら誰でもここの幻に惑わされるとは聞いていたが。まあ,あいつを洗脳するには骨が折れるだろうが,早い方がいいな,奴が正気なうちに・・・」
「ナルシス帝・・」
「まだ,祭室には連れて行かれていないんだろう?」
「あ・・ああ」
「あそこに連れ込まれて本格的に洗礼を受け,聖水を飲まされたらちょっとやっかいらしいからな・・・おい,行くぞ」
ナルシス帝はハービア皇子を連れて月の君を捜し出し,月のサークレットをはずして喝を入れる。
「あなたはナルシス帝」
「慎重なお前が油断するとはな。ハービア皇子もここにいる。行こう。ファンタジアの皇帝がいないからそろそろ各国が混乱しかかっている」
「すみません」
「ふっ,洗礼を受ける前で良かったな」
三人はさらに強行突破した。戦神が二人もいるので,司教達は手が出せない。大司教カルタニアの魔術も効かない。
「大司教カルタニア,月の聖帝は俺達にも必要なんだ。今度ばかりはお前の好きなようにはさせない。二人はもらって行くよ」
「あなた様は冷氷の君か」
「俺には変な術は通じないんだ。じゃあな」
ナルシス帝はふんっと馬鹿にしたように言うと,悠々と二人を連れて出て行った。ハービア皇子はあっけにとられている。
三人は無事に国外へ脱出し,大地の国フォスター帝国の霧の館まで帰った。
「有り難うございます。ナルシス帝」
「ふん,助けたくて助けたんじゃないぜ。お前がいなくなりゃ,俺が自国を滅ぼす前にユウライアがつぶれるからさ。油断するなよな」
「はい,すみません」
ナルシス帝はそっけなく行ってしまった。月の君は哀しそうな瞳で彼の銀色の後ろ姿を見送っている。ハービアは二人を見比べていたが,無愛想な会話の中に二人の友情を感じ取った。
ラミエルは,大占師ルオウの所へ立ち寄った。
「本当に帰国第1号となられましたな。しかし,これでクリスタリアが諦めるとは思えません。くれぐれも用心なされ,陛下」
「はい,ご忠告,有り難うございます」
各国も,月の君の無事帰国の報告を受けて,ほっとした。
「なあ,ラミエル。冷氷の君っておっかない奴だけど,案外いい奴だな」
「はい」
「チェッ,そっけない奴だな,お前も」
二人は霧の館のテラスでとりとめもないことを語り合った。
外では葉末にかかった満月が静かにそんな二人を照らし出していた。
(完)