居酒屋黙示録 新章 暖簾を繋ぐ刻

旧き善き銭湯を訪れ、立ち飲みを巡り、居酒屋で思う。

岡山饂飩行脚

2016-06-16 18:03:21 | グルメ
岡山での仕事の間は大抵寮で食事をとるので、外食することはあまりないが土日などは流石に外で食いたくもなる。
とは言え、飲みに出るには近くに店が有るわけでもなく、潤沢な小遣いを持っている訳でもないので買い物ついでの昼飯が関の山である。
しかし数少ない機会を無駄にするつもりは更々なく色々な情報を掻き集めては訪れたい一軒を決めている。

今回最初の店と選んだのは、手打ちうどんの店みのり。
土日の昼11時から二時間のみの営業と中々のハードルの高さだが、平日休む事の方が難しい俺には土日営業の店の方が有難い。
然程遠くは無かったが、初めて訪れるので少し早めに寮を離れる。
天気は生憎宜しくなく、少し走ると小雨もパラつきレインスーツを羽織る事にしたが気温は低くないので爽快なツーリングとは行かないようだ。
近くまでは地図も見ずに行けたが、そこからは携帯のGPSが大活躍。
グーグルマップ等で岡山市中区の桑野辺りを見ると田園地帯が広がっている。
見通しは良いが目標物がないと、まるっきり何処に向かって良いかが判らない。
確認しては少し走りを繰り返し、店を見つけたのは営業時間の20分程も前だった。
開店の準備をされているので外で待たせてもらう事にして、外で販売している取れたての野菜を見て回る。
巻きの締まった綺麗なキャベツや、新玉ねぎなど欲しくなる物もあったのだが、食べた後に岡山に買い物に行くつもりなので取り敢えず抑えておいた。
程なく準備も整い店内に招き入れられる、小上がり一つの他はカウンターに5、6席の10人程で一杯になりそうだ。
事実俺の後に、おそらくは近くの会社の方々が8人来られて開店早々満員である。
メニューは野菜天ぷらうどん、かけうどん、ざるうどん、天ざるうどん、天ぷら盛り合わせ、ビールとシンプルだ。
冬場は温野菜うどんもあるらしい。
野菜天ぷらうどんをお願いして、じっくり待つ。
御主人がうどんを茹で、おかみさんが野菜の天ぷらを揚げる様子を目の前で見れる位置なので、いやが上にも期待が高まる。
尚、御主人がうどんを打つ目の前のカウンター席には粉かぶり席と小さな木の看板が張ってある。
さてさて、うどんが来ましたよ。
出汁の色は薄め、具は法蓮草、蒲鉾、細切り昆布、青葱。
天ぷらは別皿に7、8品盛られていて、見た目で判るのは南瓜、アスパラガス、玉葱位で後は食べなければ判りそうにない。
という訳で、早速いただきましょう。
先ずはうどんから。
塩分が尖ってなくて出汁の味が優しい感じだ。
うどんも歯ごたえはあるが固い訳ではなく、これはバランス良く美味しいうどんだ。
では天ぷらの方へ行って見よう。
カウンターの上の塩を皿の端に盛り、オーソドックスに南瓜から。
甘いわ-、取れたての野菜を天ぷらにするとか凄い贅沢な事かも。
そこからは一心不乱にうどんを啜り、天ぷらを噛じる。
玉葱、アスパラガス、もう一つの濃いオレンジ色は安納芋、白く瑞々しいのはコールラビと云う野菜だそうだ。
更にカリフラワーとブロッコリーが揚がりましたよとおかみさんが皿に乗せてくれる。
どれもこれも旨くて、つい焦りが出たのか上顎を火傷した。
うどんと天ぷらを平らげて、水で口の中を冷やしているとおかみさんが天ぷらまだあるよ、どう?と勧めてくれる。
気に入ったコールラビをもう一つ貰って締めとした。
非常に満足出来る内容でした。
これは再訪間違いない。
その後岡山で日本酒買うまでは行きましたが、口内の火傷が気になってさっさと帰ることにしました。
次回は気を付けよう。

つぎに訪れたのが先の日記に少し書いた児島の松屋製麺。
営業時間は朝5時40分から7時までとハードルが高い。
今は昼営業もしてるらしいが、うどんはやはり打ちたて茹でたてを食って見たいものでしょう。
例によって少し早めに着くのだが、既に5、6人のそれらしい人々がうろうろしている。
携帯でもう一度予習をして、出来始めた列の何人目かに入り開店を待った。
店が開く頃には2、30人が並んでいるようだ、凄えな。
ぞろぞろと店内に進み順番にうどんを注文、釜玉の大にした。
レジ前に積まれた卵を一つ自分で取り、うどんを受け取り葱を一匙、カウンターへ移動して醤油を回しざんぐりと混ぜさっさと啜り込む。
うむうむ旨い、中太の麺だが中々もっちりした歯応え。
成る程朝からこれだけ人が集まる訳だ。
食べ終わった器は入り口近くの流しでセルフで洗い、籠に入れておく。
今度来るときは色々なうどんを食べてみたいものだが、ここはハードル高いしいつ来れるか判らないなあ。

また別の広島に帰る日。
昼から移動することにしたので、鴨方のインター近くのうどんのたぐちを訪れた。
ここで食べたかったのは天ぷらうどんだった。
雑誌やネットで見ただけだが、あれは度肝を抜かれる。
丼の上に何か薄手の雑誌みたいな大きさの物体が乗ってる感じだ。
しかし到着したのは昼を大分過ぎていたので天ぷらが売り切れ、次点のきつねうどん並を注文した。
きつねうどんの油揚もまた巨大で大きめの丼の上を覆い尽くしうどんは全く見えない。
先ずはうどんと云う事で油揚を、よいせっと横に避けてうどんを一啜り。
かなりの太麺は歯応え固め、出汁はかなり甘い感じがする。
油揚は厚みもあって出汁が良く染みてますわ。
他のお客さんが食べていた丼がかなりの大きさだったので並にしておいたのだが、意外と麺が少な目で油揚より先にうどんが無くなってしまい少々物足りなかった。
今度は早めに訪れて、是非とも天ぷらうどんの大を食べたいところである。

何か再訪したい店ばかりになってきたが、ラーメンも行きたい所あるんだよなー。

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石風呂温泉 岩乃屋

2016-06-05 16:19:37 | 銭湯
タイトルを見てピンと来る人は多いと思うが、竹原市忠海にある国内に唯一残る石風呂に行ってきた。
意外と近くに在りながら未訪だった事にさしたる理由はない。
岩乃屋の事を知ったのは、結構最近の事であり自由に動ける身ではなかっただけの事。

そして久々にネットで見た岩乃屋の記事に、今行くより他は無かろうと判断した。
1月に岡山の仕事が終わったのに何故かまた、岡山にいる初夏の折。
岡山の寮をバイクで離れたのは、朝5時頃。
なんでそんなに早いのかというと、物のついでと云うやつだ。
倉敷市児島上の町に松屋製麺という朝5時40分からやっているうどん屋がある。
昨今、24時間営業の店も多いので、強いて言えば何時だろうが食いたい時に食いたい物は手に入るだろう。
だがそれでも早朝から営業し、そこに食べに行く人々がいるのにはそれなりの理由がある筈だ。
それを確めに俺は行く。
などと書いたが松屋製麺のレポは別に岡山うどん行脚として書くので後程。

初夏だというのに生憎の曇り空も相まって、矢鱈と寒いぜ。
コンビニや道の駅で暖を取りつつ、のんびりと広島へ向かう。
松屋製麺を6時前頃に離れてるので、岩乃屋の開業の11時30分まで5時間半あるわけだ。
普通に走れば3時間弱位だろう、つまり2時間半は時間を潰せと言うことになる。
という訳で高梁川河口の釣人を見に行き、セブンイレブンでコーヒーを飲み、道の駅笠岡でトイレに入り休憩所で2ちゃんのログをチェックして、尾道で寿湯の夏場の様子を写真に撮ってと、かなり寄り道したつもりだったがそれでも岩乃屋の前に着いたのは10時50分頃であった。
おかみさんにご飯食べて来たらと勧められたので、忠海の駅周辺をバイクでさっと周り、ほとんど何もないということを確認して、駅に隣接しているファミマに寄る。
うさぎの島として有名な大久野島へのフェリー乗り場も近いため、家族連れや若いグループなども居るなか、雑誌を二、三冊パラパラと立ち読みした後、カップラーメンとおにぎりで簡単な昼飯をコンビニ駐車場で掻き込んだ。
なんとか11時30分まで時間を潰し岩乃屋に戻った。
受付で1200円の料金を支払い、おかみさんの良く来る人がもう先に行ってるから判らない事は聞いてくださいとの声を受け石風呂の方に向かった。

瀬戸内に暮らす人々にはイメージしやすいと思うが、海の近くまで森が迫りそのまま数メートルの岩肌が海へ続く、そんな海岸の岩場に幅1メートル程の通路がコンクリートで作られている。
50メートルも進むと右手に石風呂が掘られていて、御主人が汗だくで作業をされている。
その奥に更衣室と休憩室があり、更衣室で半パンとTシャツに着替えた。
石風呂は混浴なので裸になることはない。
休憩室の棚に着替えた服を籠に入れて置いておく。
休憩室も砂岩質の岩場にくり抜かれた防空壕のような空間で、広さは15畳程もあろうか。
床には筵が敷かれていて足裏に優しい感じがする。
おかみさんの言われた常連の方であろうご老人が居られたので挨拶し、御主人の仕事を一緒になって見守る。
石風呂の手前海側は洗い場と休憩スペースのようだ。
入口から見て正面に一つ小さな扉があるがここが「あついほう」の石風呂になるようだ。
その中で燃やした木々を今、御主人が取りだしている所だ。
長い棒の先に付いたスコップで燠火を取りだし、ある程度無くなった所で水に浸した竹箒で床を掃き、残り火を奥に寄せる。
そして床に簀の子と筵を敷いて、その上にアマモという海藻を敷き詰める。
文章にすると短いものだが、これはとてつもない重労働だ。
銭湯の釜場仕事を手伝ったことがあるが、それどころではない。
鬼気迫る御主人の仕事振りを常連さんの隣で見守る事しか出来なかった。
「あついほう」の部屋に扉が取り付けられ、御主人が笑顔でお待たせと言ってくれると、常連さんは早速、その右手にある「ぬるいほう」の扉に入って行った。

俺も早速入るのだが、その前に手前の様子をもう少し詳しく書いておこう。
海辺の通路から引戸を入ればそこが先程から描写している「あついほう」の部屋の前。
今は筵が敷かれ休憩所も兼ねていて部屋の角に半切りのドラム缶に燠火が焚かれ、薬罐が何個か乗っている。
先程常連さんが薬罐に茶葉を入れて火から降ろしていたので、客が勝手に飲める様になっているのだろう。
強い匂いの出るものは焼かない様にと注意書きがあるので、焼いて食えるものならば焼いても良いようだ。
さて右手側に「ぬるいほう」の扉とその海側は一段高くなった洗い場がある。
奥の壁には小さな浴槽があるがこれは掛かり湯用で浸かってはいけない。
右手の壁に湯水のカラン、海側の壁にもカランとシャワーが備えられている。
部屋の中央に当たる部分に浴槽が一つ切られていて、形は半月を更に半分にした感じ。
浴槽自体は白の長方形タイルで周囲の壁が水色の長方形タイルだが模様入りなのか、今迄見たことがないタイルだった。
浴槽周囲や洗い場の湯桶台は小石風タイルでこの洗い場だけでも銭湯数寄には必見ものだと思う。

それじゃま、石風呂の方に入ってみましょうか。
入口の扉を開けて中に入る、サウナと同じようになるべく早く閉めるのが良いのだが入口扉は高さ1メートル、幅80センチ程でかなり小さい上に、石壁に厚みがあるため入ってすぐに後ろを向いて閉めるなど出来ない。
一度奥の広い場所で方向性転換して扉を閉めて下がる羽目になった。
何回か出入りして後ろ手に閉める事が出来るようになったが、これは中々難しい。
入ってすぐは目が慣れていないので、広さも高さも判らなかったがどうやら、広さ的には8畳間位ありそうだ。
高さは立っても平気そうだが、扉の高さより上、つまり座った状態での頭より上の空間には「あついほう」から流れて来る熱気が充満しているのだ。
座った状態での体感温度は40~50度位だろうか。
程なくして顔から腕から、どんどん汗が吹き出して来た。
常連さんは時折、休憩所にあった団扇で背中を扇いでいるが、勿論涼を求めているのではなく上方の熱い空気を背に浴びているのだ。
真似してタオルで上方の空気を掻き寄せて見ると、確かに程よい熱気が来る。
下の方で蹲ったまま、じっとしていると然程暑い訳ではないが空気が動くと肌が熱気をより感じる訳だ。
暫くして常連さんが出て行き、程なく俺も外に出た。
買ってあったペットボトルの茶を飲み、海辺の通路で風に当たる。
これは気持ち良いわ。
目の前の海にはうさぎの島として有名になった大久野島、遠くに見える斜張橋はしまなみ海道か。

何度か出たり入ったりを繰り返す内にお客さんが増えてきた。
女性も何人か来ている。
1時を過ぎると「あついほう」の扉が解禁となる。
先程の常連さんとその顔見知りの女性が先ず突入。
出てきたところで「どんな感じなんですか?」と聞いてみると、「熱いですよ、皮膚火傷しますよ」と返ってきたが、まあ、一度は行ってみなければ。
銀泉浴場の52度すら入った俺だ、撃ちてしやまんと休憩所に積んである麻袋を一つ手にとり、入口の壁に触れない様に注意しながら突入した。
何とか扉を閉めて中にしゃがみ込んだ、が、ヤバイ!この部屋ヤバイ!
熱いと云うより痛い!
剥き出しの皮膚部分がもれなく痛い。
麻袋で背中を防御するも足まで防ぎきれない。
てな訳で這う這うの体で撤退、実質2分も中にいたかどうか。
洗い場の水で体を冷やしたが、耳とかピリピリ痛いし。
あれ人間の生存出来る環境じゃねえよ。

暫くは「ぬるいほう」でゆっくりし、他のお客さんと話をしたりした。
最初にいた常連さんが採ったばかりの蛸を炭火で焼いて勧めてくれたり楽しい一時を過ごした。

最後にもう一度「あついほう」に挑む事にしたのは、なにがそうさせたのだろうか。
麻袋を一枚は背に被り、一枚を抱えて再び突入した。
床に一枚を敷いてその上に寝転び上から麻袋を被る事には成功した。
上半身の防御は完璧だった。
足は動かなければ耐えれるだろうという計算だった。
確かに上腿、下腿の皮膚は動かなければ熱い空気に耐えた。
しかし足の裏は筵とアマモを貫通してくる焼けた石床の熱を受けきれず、脚を浮かせれば空気をかき混ぜ、また熱くなるという攻撃にまたもや撤退を余儀なくされることとなった。
まあ3分位は中にいたか。

最後に洗い場で水を浴び、タオルで拭いた後、外の通路で風を浴び乾いた所で着替えた。
良い風呂だった。
帰り際、御主人と話をしていると昔は海側にもう一つ休憩室があったそうだが台風で壊れてしまったそうだ。
今は石の土台部分が海中に見えるだけだ。

昭和25年から66年間、石風呂を焚き続けてきた御主人は、今年の9月1日を最後にその営業を終える。
それはこの国に残る最後の石風呂が姿を消すと云うことを意味する。
楽な仕事でも儲かる仕事でもない故に消えてしまうのは仕方のないことかも知れない。
ただあり続けて欲しいと思うのは余りに無責任な要望だ。
私達はただ残された時間の中、岩乃屋を訪れ石風呂を楽しみ、そこで会った人との交流を楽しむ事が出来るだけ。
そしてそれを自らの、そして皆の記憶として遺す。
自分に出来るのはそこまでだ。

これを読んだ人には是非一度は行って見て欲しいと思うが、但し神経質な人にはお勧めしない。
汗でアマモが肌に貼り付いたり、砂岩質の天井から砂が落ちて着替えが砂だらけになったり、煤がついて黒くなったり、最後に身体を流す時もシャンプー、石鹸は使えないとかを我慢出来ない人は行かない方が良いでしょう。
ま、本当に神経質な人は共同の浴場なぞ最初から行かないか。
そういう人と友達になることもないだろうから良いけどね。




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