“還暦を機に、父の影響で日記を付け始めて15年になる。1日数行の5年日記であるが、よく読いたと自分でも驚いている。しかし近頃、その日の出来事が思い出せなかったり、前日が空白だったりと、記憶力が少々衰えてきた。読み返してみると不思議なことに、たった数行の文章なのに数年前のことが甦ってくる。これは、高齢者の回想法としていいようだ。
父の日記は60年以上続き、日々の出来事がびっしり書いてある。都々逸の稽古、当たり屋に言いがかりをつけられたこと、結婚式と法事を掛け持ちしたことなど、私の知らない父の日常が面白いほど紙面にあふれている。晩年は毎日、「妻を風呂に入れて就寝」と、体の不自由な母を労っていた。父の日記は25年前の11月8日、「二時のバスで天文台へ」と書き、数時間後、輪禍の犠牲になり、呆気なく終わっている。
私は4冊目の日記帳を買う時に随分迷った。5年後の自分が想像できないのだ。でも、このまま今までの流れを止めるわけにはいかないし、店頭の日記帳も一緒に連れて帰ってと言っているようだし、思い切ってレジに並んだ。この先も、私の人生をたくさん綴ろうと決心した瞬間だ。 ”(11月25日付け中日新聞)
愛知県東浦町の主婦・川瀬さん(75)の投稿文です。5年日記を使い始めて3冊目を終えた川瀬さん、今75歳、5年は80歳、4冊目をどうするか?結局買われた。これはこの15年の習慣が大きく左右していると思う。「今までの流れを止めるわけにはいかない」という言葉が表している。今特に差し障りがあれば別だが、何も無ければこうなるであろう。それが習慣である。そして、日記を始められたのは、お父さんの影響と言われる。読んでみて良さを見いだされたのである。
さてボクである。今年で3年日記が終わる。ボクは何の躊躇もなく、先日来年からのものを注文してきた。それ以前から日記は書いていたが、昭和60年から3年日記にした。13冊39年が終わる。さて次の3年、どんな生活を送るのであろうか。
ところでこの川瀬さん、妻は覚えていたのである。昔同じ団地に住み、長女の同級生がいたという。更に川柳の大会で司会者をしていたという。こんなところに出会いがあるというのは、面白いものである。ボクは全く覚えがない。
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