1日の続きです。
人生は一幕の芝居。だから人の命はその人のものですが、その人だけのためのものではありません。
自分の命、自分の人生だから、どんな風に扱おうと、どんな風に生きようと勝手
というわけではないと考えます。
少し余談ですが、私は子供たちに「他人に迷惑をかけないようにしよう」と教えるのは間違っていると考えています。人はおぎゃあと生まれたときから、母親をはじめ多くの人に面倒や迷惑をかけながら大きくなります。誰の世話にもならず大きくなれる人など、誰一人としていないのです。
それは大人になってからも同じ。人生が一幕の芝居である以上、人の生き方はその観客である周りの人たちの人生に、良きにつけ悪しきにつけ、必ず何らかの影響を与えます。だから私は「他人に迷惑をかけていることが感じられない人間にならないようにしよう」と教えるべきだと思うのです。
自分の人生をどう生きるか。それは自由ですが、どんな人も他人との関わりなしでは生きられない。自分ひとりの独りよがりな芝居では、誰も感動させられないことを忘れてはいけない。
自分勝手な理想や自分の都合だけで職業を選ぶ人がいます。、そして、「自分の思っていたイメージと違う」「自分のやりたいことがさせてもらえない」などの理由ですぐに仕事をやめてしまう若者がたくさんいるでしょう。
ただ、私に言わせれば「他人に給料を出してもらいながら自分の好きなことが出来る」と考えること自体、大きな勘違いだと思います。
自分の理想を持つのは良い。でもその理想を「ただの独りよがり」ではなく、「社会に認めてもらえる意味のあるもの」にするためには、当たり前の話として、自分自身に力をつけるための不断の努力と、自分の力でそれをやり遂げるという精神力が必要です。そして、自分が給料をもらっている組織の下でその理想を達成できないのなら、自分に力をつけてその組織を離れて独立するか、もしくはその組織に対してせめて給料分の恩返しをする方法を考えるべきです。
自分の働きに応じた正当な報酬を受け取るのは当然の権利ですが、でもその権利だけを主張する前に、「他人との関わりの中で自分にどんな役割が果たせているのか」を謙虚に反省する態度、「他人に迷惑をかけなければ生きていけない自分の姿」を素直に認める態度を育まなければ、とても真っ当な教育とはいえないと考えます。
あくまで私見ですが、自分の勝手な理想だけを掲げて周りの迷惑を考えない新入社員や、自分たちの仲間の不始末の後始末も出来ないようなどっかの役所の公務員に、最低レベル以上の給与を払う必要があるのでしょうか?またそんな「社会の甘さ」を、これから社会に出て行く子どもたちに、見せていいのでしょうか・・・?