浪漫亭随想録「SPレコードの60年」

主に20世紀前半に活躍した演奏家の名演等を掘り起こし、現代に伝える

ハイフェッツ&バルビローリのグラズノフによる協奏曲

2008年01月23日 | 提琴弾き
ニノとニコラのトラブルは、一歩間違えば殺し合いになるほどの諍いであった。僕の目の前にも同じやうな二人が居て、互いに相手を陥れやうと僕に話を持ちかけて来る。僕は、残念なことに人一倍正義感が強い為に白黒をはっきりとつけたがる性格なもので、モモのやうにうまく仲裁できない。そればかりか、仲裁役がニノ寄りの意見を言うものだから・・・・

まぁ、そのやうなことはどうでもよい。兎にも角にも、この地では、今までに経験をしたことの無いやうなレベルのトラブルが発生するのだ。毎日が勉強になる。黙って聴くことの大切さをしみじみと感じるけふこの頃である。

そのやうな心境でハイフェッツとバルビローリのCDを取り出して聴いてゐる。チャイコフスキーはたいそうつまらない録音だと思ったので、グラズノフを取り上げた。

この作品は演奏を比較するほど知らない。よって素晴らしい演奏だと思ふ。ただ、第2楽章中間部、絃楽器がユニゾンで演奏するあたりでは、チャイコフスキーと同様、オケの稚拙な技術が露呈する。

諸説はあろうがどう聴いても単一楽章のこの作品は、レオポルド・アウアーに献呈された名曲であることに異論を唱える者は居ない。やはり人気の高い「終楽章」(どう聴いても単一楽章だ)が愉しい。ハイフェッツの演奏はザハリヒカイトだとか、技巧は完璧だが歌が無いなどと何かが欠けた演奏のやうに言はれてきたやうだが、そのとおりだと思ふ部分もあれば、けっこう浪漫的な風情を感じる部分もあるのだ。

僕は、むしろ伴奏を受け持つバルビローリ指揮による管絃團の演奏の方が問題だと思ふのである。倫敦フィルにしても倫敦響にしても、この伴奏は許容範囲には入らない。といふより許せないレベルの伴奏だと思ふ。

盤は、シンガポールDocumentsによるCD 224043-3221。

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