浪漫亭随想録「SPレコードの60年」

主に20世紀前半に活躍した演奏家の名演等を掘り起こし、現代に伝える

小山清茂の雛歌第3番「もりこうた変奏」

2008年01月11日 | 日本國の作品
京都のある地方の「もりこ唄」をもとにした管絃樂のための変奏曲である。「もりこ唄」とは普段は聞き慣れない言葉だ。これは一種の仕事歌である。親元を離れ、守り子として働く幼い娘の歌であり、悲しい歴史の生き証人だ。

子守歌と守り子歌の決定的な違いは、歌詞に見られる。子守歌は、親が愛しい我が子に優しく語りかけるやうに歌われる。一方、守り子歌では、可愛いなどといふ歌詞は見当たらないのが普通だ。「いつまでも泣くのなら痛い目に合わすぞ」といった内容や、「私も家に帰りたい」といった、娘子の本音が垣間見える。旋律は寝かせつけるための穏やかな曲想が多いが、歌詞の内容はぼやきであるのが一般的である。

貧しい中、差別に苦しんできた人々が、可愛い我が子を奉公に出さざるを得なかった理由、それは口減らしだったのかも知れない。この作品を聴き、そういった悲しい日本の歴史に思ひを巡らせる。

と突然、祭り囃子のやうな変奏が現れる。今までの守り子の住む哀しい世界とは対照的だ。このギャップは、即ち、幼い守り子たちが感じたであらうギャップそのものである。僕には、そのやうに聴こえる。

どうして、僕が守り子に強い関心を持つやうになったかといふと、幼い頃の姐や(ねえや)の記憶と重なる部分があるからである。僕は、姐やに遊んでもらった記憶がある。アルバムにも数枚の写真が残されてゐる。この姐やは、今はどうしてゐるのだらう。

「十五で姐やは嫁にゆき・・・・」
姐やの背中に負ぶってもらって見た夕焼けの中の赤とんぼの記憶
美しい日本の光景かも知れない
しかし、忘れてはならないのは、かぞえで十五、つまり十四歳で嫁に行った姐やは十歳の頃には親元を離れ、守り子として働いてゐたといふことではないか。
そのやうに理解すれば、日本の哀しい光景に一変するのである。

この珍しい作品を指揮してゐるのは、小泉和裕、オケは京都市交響樂團である。小泉のデビュー公演は聴いた記憶があるが、演目は大フィルとのチャイコフスキーの第6交響曲だったやうに記憶してゐる。

今宵は、この1枚のLPから、様々な懐かしい思ひ出が蘇ってきた。

盤は、日本コロムビアのLP盤OX-7274-ND。

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1 コメント

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通りすがりの一言 (ユージンI)
2008-03-12 23:37:32
フェスティバルホールでの公演を聞きました。トロンボーンがお下品でしたね。当時は駐車場から挨拶をして入り、無料でBOX席で鑑賞しましたね。

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