生きる力・勇気・志――「ブッダの言葉」を中心に

大阪の禅寺 天正寺住職 佐々木奘堂(じょうどう)のブログです。人間が本来もっている自由で活発な身心を探求していきます。

「クソを吐きかけている」って、どんな行為?

2012年05月26日 | 「ブッダの言葉」序
「お前ら(私など禅僧や禅を学び修している人たち)、
誰のものともわからない屎(クソ)を人に吐きかけているんだぞ!」
と、臨済が言っていることを見ました。

それでは、私たちの、どのような行いが、そうだというのでしょうか?
臨済の屎云々の直前の文章を見てみます。

原文:
向教中取意度商量成於句義

書き下し文:
教の中に向かって取って、意度(いたく)商量して、句義を成す。

おおよその意味:
お経の中に書いてあることを取り上げ、
この句(言葉)の義(意味)はどうだとか、
ああかこうかと量り(考えたり、議論したり…)、
「この句の意味はこうなんだな」と、言ったりしている。

みなさん、どう思いますか?
これは、誰でもやる行為ですよね。
お経というのは、たいがい、
「仏が話した言葉を聞きました」で始まりますし、
その仏が話した言葉を、その意味はどういうことか、
誰かの解説を聞いたり、自分で考えたりしますよね。

臨済が見るには、それが即、
クソを口に含んで、その後、人にぶっかけている…
というおぞましい光景だと言うのです。

その「句義」(言葉の意味)の、「句」に関しても、
臨済は、具体的に挙げています。


菩提
涅槃…

私たちは、多くの場合、これらの言葉の意味を、
お経やその解説本で読んだりして、その意味をより深く理解して
いくことを、仏教を学ぶことだと思ったりしています。
それが、誰のものかしれないクソを含んでは吐き出しているとも
気づかないままに…

あぁ…
まさにその通りだと思えますし、
何とも、キタナイ、エゲツナイことを…

臨済は、これを「衣」(衣服)とも表現していますので、
次にそれを見てみましょう。
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親鸞上人の言葉に感激したハイデッガー「日本の人達は何をしているのか」

2012年05月19日 | 「ブッダの言葉」序
ハイデッガーという20世紀を代表する哲学者がいます。
彼は、晩年、東洋の思想に関心を深めました。

親鸞上人の言葉を、付き添っていた弟子が記した
『歎異抄』を英訳で読み、深い感銘を受けています。

『中外日報』(昭和38年)の 記事から引用します。

「今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞の歎異抄を読んだ。

『弥陀の五劫思惟の願を案ずるに
ひとえに親鸞一人がためなりけり』
とは、何ん と透徹した態度だろう。

もし十年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを
知ったら、自分はギリシャ・ラテン語の 勉強もしなかった。
日本語を学び聖者の話しを聞いて、
世界中に拡めることを生きがいにしたであろう。
遅かった」
と書いている。

更に
「自分の側には日本の哲学者、思想家だという人が
三十名近くも留学して弟子になった。
ほか のことではない。
思想・哲学の問題を随分話 し合ってきたが
それらの接触を通じて、日本にこんな素晴らしい思想が
あろうなどという匂いすらなかった。

日本の人達は何をしているのだろう。

日本は戦いに敗けて、今後は文化国家として、
世界文化に貢 献するといっているが
私をして云わしむれば、
立派な建物も美術品もいらな い。

なんにも要らないか ら聖人のみ教えの匂いのある
人間になって欲しい。

商売、観光、政治家であっても
日本人に触れたら何かそこに深い教えがある
という匂いのある人間 になって欲しい。

そしたら世界中の人々が、この教えの存在を知り、
フランス人はフランス語を、デンマーク人 はデンマーク語を
通じてそれぞれこの聖者のみ教えをわがものとするであろう。

そのとき世界の平和の問題に対する見通しがはじめてつく。
二 十一世紀文明の基礎が置かれる」
と述べている。

引用ここまで。
何と印象的なハイデッガーの言葉でしょう。

「日本の人達は何をしているのだろう」
とハイデッガーは言いますが、私自身、かりにも宗教者であり、
親鸞上人と同じく仏教者でありますし、
「自分はいったい何をしているのか」、
よくよく肝に銘じねばと思います。

親鸞上人ホントにすごい、
と最近ものすごく思います。
法然上人と親鸞上人がしたことは、
仏教の歴史においても、実に実に画期的なことです。
日本人がなした中で一番すごいことだと思います。

少し極端な言い方をすれば、
日本に本当に仏教が伝わったのは、
いや、日本に初めて仏教が起こったのは、
法然上人が回心した1175年だと、私は
本当にそう思います。
親鸞上人も実に深くそれを徹底しました。

日本人として、仏教者として、
何とかその香りを伝える人間にならねば、
と思います。
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臨済の言うことを自ずと実践していた私

2012年05月17日 | 「ブッダの言葉」序
「私は、臨済宗の僧侶で、本当に良かった」
と、本当に思っています。

私がこれまで修行でしてきたこと、そして、
住職になってからしてきたこと、
これを見事に言ってくれているのが、
臨済禅師です。

私としては、意識して、そうしてたわけでなく、
自分なりに、工夫し、努力してきたことが、
自ずと、臨済禅師が述べていることに、
ピタリ合ったわけです。

「さすが臨済宗の僧侶だな、臨済禅師の言ってることを
自ずと実践しているなんて」と
単純に喜べないのは、悲しいところですが…

それは… 手錠や鎖で縛られている人に、
さらにもう一重の 手錠と鎖を、
私がはめていた…
(中には、臨済がのべているように「歓喜」の人もあるかも。)

あるいは、誰ともわからないクソを、私の口に含み、
私なりに咀嚼(そしゃく)した上で、人にぶっかけていた…

やっぱり、私がしてきたことを、
一番的確に表現しているのは 臨済の言葉ですね。
こう気づかせてくれたのは、本当にありがたいことです。

知らずにぶっかけていた「クソ」とは、 言ってしまえば、
言葉に執らわれ、方法に執らわれ、ということです。

ここ数年は、「身体」に関してです。

私は、「坐禅」を、ものすごく、偏狭に、
とらえていたと思います。

自分で工夫し、人にも伝え、
互いに、鎖に縛られ…
抜け出る道はなし。


法然上人、親鸞上人、
臨済や馬祖、六祖という素晴らしい人たちの
おかげで、上のことを、やっと少しわかったように思います。

さて、ブログの題名にある「ブッダの言葉」を書け、
という意見もありますし、
もうすぐ、それ取り上げます。
「住む」をめぐって、取り上げようと思います。

また別の方から、
「仏教では、『ゆるし』は、どうなってるの?」
という質問も受けました。
これも大問題なので、これも書こうと思います。
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クソくらえシリーズ再会ーー私自身がクソを吐きかけていたな…

2012年05月14日 | 「ブッダの言葉」序
臨済の言葉で、「屎(クソ)」が入っているものを取り上げました。
これは読んでもらったらわかると思いますが、
臨済が、何かを、「クソくらえ」と言っている言葉ではありません。

私を含め、僧侶、禅僧たちが、
「どっかのウンコ(お釈迦様のウンコだと思い込んでる場合も含め)を
口に含んで、ドロドロにしたものを、人にぶっかけてるぞ!
お前ら、そんなオゾマシイことしているのに、気づかないのか!」
と言っているのです。

自分以外の誰かが、そういうクソ汚い、凄惨なことをしていたら、
「なんとヒドイ汚いことをしている奴らか…」と思うでしょうけど、
やっぱり自分自身の問題ですね。

最近、私も、自分自身のしてきたことが、
クソを含んで人にぶっかけるようなことをしていたのでは…
と思います。

自分のやってきたことが、「だから何?」と思います。
私の心の中の問答を下に。


「呼吸法ができるようになってきた。」
「だから何?」

「数息観をものすごいやったぞ。観(ヴィパッサナ)の修練積んだぞ。」
「だから何?」

「足が痛いのに耐えて、坐禅しぬいたぞ。」
「だから何?」

「足が痛くない坐禅ができるようになったぞ。」
「だから何?」

「体が柔軟になってきたぞ。」
「だから何なんだ?」

「体が柔軟になってきたのにつれ、自ずと心も柔軟になってきたかも。」
「んなわけあるか!」

ここに挙げたこと自体は全く悪くないと思います。
ですが、それが仏教だとか、仏道修行だとか、思っていたりする…
そんなことを、ほんの少しでも思う時点で、完全に間違っています。
お釈迦様をバカにするのも、いいかげんにしろ! と思います。

じゃ、お釈迦様がした坐禅って何?
そんなものがあると思って探してる時点で、根本から間違い。

じゃ、お釈迦様って、何でもないの?
これは、そうだとも、そうでないとも言えない。
実に画期的な大転換をした人です。

自分の心、体が、修行して向上してきたか、
などという問題とは全く関係ありません。
自分の状態など全く顧みず、すべてを打ちまかせていく。
ここに全く別次元のものが開けていきます。

法然上人、禅、そしてブッダ…
これらを綴っていきます。
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「謎が解けたぜ!」ーー微熱の中で

2012年05月10日 | 「ブッダの言葉」序
「謎は解けたぜ!」

昨晩から、ちょっと微熱があって、寝てました。

5月10日未明、ふとんの中、上の言葉を心の中で叫びました。

マンガだと、その後、犯人を含む関係者をあつめ、
「犯人は、この中にいる!」と言って、
謎解きをしてくのですが…

さて、私が、「解けた!」と思った謎とは?
そして、その犯人は?

ここに思わぬ謎・からくりが…
人間の根本に潜む、思わぬからくりが…

これで、今日から書いていこうと思います。
本を。
ブログでも、綴っていこうかと思います。

2012年5月10日。
お釈迦様、イエスの生きた地をまわり、
帰国し…

(ちなみに、シャリース20歳の誕生日ですね。
文脈とは、関係ないですが…)

これは、微熱の中のたわごとかどうか…
とりあえず今は、熱があるので、寝ます。
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