生きる力・勇気・志――「ブッダの言葉」を中心に

大阪の禅寺 天正寺住職 佐々木奘堂(じょうどう)のブログです。人間が本来もっている自由で活発な身心を探求していきます。

「禅的柔軟」の講座のご案内――朝日カルチャー大阪

2011年06月23日 | 天正寺
 また宣伝させていただきます。

 今月28日(火)の午後6時半から8時半までの2時間、
朝日カルチャーセンター中之島教室(朝日新聞大阪本社の5階)にて、
「禅的柔軟 執らわれのない自由な身心」
という講座を行ないます。
 (こちらをクリックください。)
 私は、「ちゃんと坐禅したい」という思いから、
ずっと身体のことも探求してきました。
 その過程で、いろいろ発見や学ぶことが多々ありました。
で、結局は、「思い込みや先入観を一切脇へ置いて、
ひたすらまかせていく(体の声を聞いていく)」ということです。

 坐禅で、「調身(ちょうしん)」つまり、「身体を調える」ことを
重視します。私も、相国寺僧堂で居士(在家の修行者)として坐禅を
始めてから20年、ひたすら「調身」を心がけ、努力してきました。
 これだけ「調身」を努力して、どうなったと思いますか?
 膝を悪くし、両膝とも手術しています。ぎっくり腰にも苦しみました。
つまり、思い込みの「調身」であって、身体に害を与えていたのに、
「体を調えている」と思っているために、体からの声が聞こえなかったのです。
 また、「調身」に加え、「調息」、つまり息を調えることも、
努力しました。「息を吐く際に、下腹が充実するように・・・」と
10年くらい心がけ努力しました。で、妙に、変てこで無様な腹になったり・・・
 これが「息を調える」ということでしょうか? やはり、思い込みの
中の調息であるために、体や息の本来の働きを妨げていたのです。

 これらの悲惨な体験を自分自身繰り返し、また人にも教える中で、
様々な「思い込み」のため、体からの声が聞こえず、
自分の思い込みを体に押し付けているのが、極めて多いというか、
普通の私たちのあり方だと気づきました。

 その思い込みを脇へのけ、シンプルな形や動きを、
ひたすら丁寧にやっていく中で、無限に学べることが
わかってきました。
 「寝る・坐る・立つ」という、私たち普通の人の生活の
ほとんどすべてを占める姿勢・動きの基本を、
丁寧にやっていきます。

 あらゆる執らわれから脱すべく、本来の身体・姿勢に立ち返る
ことで、その人の本来持っているものが伸びてきます。
(身体技能の向上や、健康や、美容は、自ずと伴ってきます。)

 このようなことを「禅的柔軟」としてやっていきます。
(ネーミングが今一だと自分で思うのですが、いくつか思いついた
中で他にマシなのがなくて・・・。良い案あったら教えてください。)
(他の候補:禅的体操、坐禅体操、調身心、平常かつ柔軟な身心・・・)
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 自分の人生を生きよう――私の... | トップ | 「禅的」とはいったい何? »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (みかん)
2017-08-31 14:12:24
子供の頃から目の前に居ない人の事で好きか嫌いかという質問をされることが、超苦手です。
だってわたしの場合 うそが嫌い・・・。 故に返答ができません。大抵の場合、 興味なしですから・・・
容姿 ファッション 異性の話も同様です。

ですから、京都で私の周辺のガールズトークは超むずかしいです。(余計なことは言いたくないし・・・)

しかし、高校大学の7年間 私は女学校にいました。
こんな、残酷な質問を面と向かってされたことはありませんでした。
だから・・・地域も大いに関係しているとおもわれます。 

柔軟でしたね。・・・・

私にとって今でも集団暴力的な嘘を認めて行くことは、難しいコト・・です。
大切な信頼関係の場では、お互いに本当のことを理解し合いたいと・・・願ってやみません。

柔軟ですよね・・・

好き嫌い 敵味方・・・ 等
二つに分けることは超キライ
これも私の大きな大きな執着ですね・・・

せめて家族や親しい間柄では お互いの体の声をも聴き合う様につとめたいモノです。

南無阿弥陀仏









Unknown (みかん)
2017-08-31 14:32:04
子供の頃から目の前にない事柄で好きか嫌いかという質問をされることが、超苦手です。
だってわたしの場合 うそが嫌い・・・。 
故に返答ができません。
大抵の場合、 興味なしですから・・・
容姿 ファッション 異性の話も同様です。
そんな時は 
何となく 大いに呼吸がしづらくなっています。

今の私の周辺のガールズトークは超むずかしいです。(余計なことは言いたくないし・・・)息苦しいです。

しかし、高校大学の7年間 私は女学校にいました。
こんな、残酷な質問を身近な友人には、面と向かってされたことはありませんでした。ですから・・・価値観も大いに関係しているとおもわれます。 

柔軟でしたね。・・・・

私にとって今でも集団暴力的な嘘を認めて行くことは、難しいコト・・です。
大切な信頼関係の場では、お互いに本当のことを理解し合いたいと・・・願ってやみません。

柔軟ですよね・・・

好き嫌い 敵味方・・・ 等
二つに分けることは超キライ
これも私の大きな大きな執着ですね・・・

柔軟ですね・・・
せめて家族や親しい間柄では 顔つきやお互いの体の声をも聴き合う様につとめたい・・・です。

南無阿弥陀仏









コメントを投稿

天正寺」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事